桔梗屋

関西育ち。日本の城好き、温泉好き、ゆるキャラ好きのなまけ者。近ごろは観劇めぐりで週末が…

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関西育ち。日本の城好き、温泉好き、ゆるキャラ好きのなまけ者。近ごろは観劇めぐりで週末が溶けてます。

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舞台刀剣乱舞 せっかく気合いの入った年表を作ってくださってるので、刀ステシリーズ通しての物語を時系列でまとめてみる。主に自分用メモ。

※かなりのネタバレですので何卒ご注意ください 例のあの年表、たしか初出は維伝のパンフレットでしたか。 それまでもずっと好きだったけど、ここまで刀ステにハマることになった…いわゆる沼に!ドボン!となったのは、きっとあの年表のせいです。 今よりもっと抜けが多くて、半分くらい文字が滲んで読めない、毛筆縦書きの時代ものっぽいあの書付。歴史書のようでもあり、RPGの宝の地図的質感もあるあの……年表の説明だいぶ長いな。 とにかく、『見えないところを作られると見たくなる、というか絶対

    • 映画刀剣乱舞-黎明- メイン10振りの感想。別本丸の別個体でありながら、キャラクターの解像度の高さに、刀剣乱舞の積み重ねてきた歴史が息づいてる。

      三日月宗近 消えた山姥切を追って一振りで時代を越えるあたり、「お、そんな身を呈する?」と思わせつつ、どの三日月かも仲間思いなところは変わらない。仮の主は守るというよりも結局世話をやかせる性分というか、そこはブレないなぁと。マイペースとはこういうことかw 山姥切国広 記憶をなくすという設定ではあるものの、ただ操られるだけじゃない強さを感じた。自分を取り繕わない分、根底にある優しさのようなものがストレートに出てたと思う。「この時代にも守りたいものができたのだな」って優しく微

      • 刀剣乱舞無双プレイして、改めて歴史について考えた。刀剣乱舞はずいぶん深い所まで掘り進んでいるなという話。

        ※ネタバレありです※ 無双本丸の刀剣男士は歴史を守っているのではなかった。 刀ステ綺伝で獅子王が言う物語への出陣に近いかもしれない。 刀剣乱舞無双の5章〜最終章で、彼らが出陣していたのが「夢の世界」だったという事実が明らかになる。 豊臣の存続を願い、豊臣秀次を生存させ、関ヶ原〜大坂の陣の流れを逆転させたいという想い。それは面影という刀剣男士の抜け落ちた一部による夢だった。 だから、そこにあるのは歴史ではなく、いくら正そうとしてもどこかに歪みが生じる。 1章〜4章まで、ち

        • 「バクマン。」THE STAGE スタッフさんも役者の皆さんも、演出の過酷な要求によく応えたな…という話。とりあえずウォーリーさんは独自の「もの降らせ部」を作ったほうがいい、という話w

          この舞台には雨が降る。 まじもんの雨ですw エッセンス的に、ちょこっと水を使う舞台は観たことあるけど、ガッツリ普通にどしゃ降ります。そして足元はプールです。いやさプールの前の消毒液? 膝下くらいまで水あります。 このご時世、これだけでもなかなかチャレンジングやな、とは思いました。 少年漫画の中のワクワクでキラキラの世界(いわゆる劇中劇)と、ままならない現実世界の厳しさのコントラストとして雨の要素はとてもうまく使われていて、うーんさすが…と唸りました。 非現実のマンガを原

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        舞台刀剣乱舞 せっかく気合いの入った年表を作ってくださってるので、刀ステシリーズ通しての物語を時系列でまとめてみる。主に自分用メモ。

        • 映画刀剣乱舞-黎明- メイン10振りの感想。別本丸の別個体でありながら、キャラクターの解像度の高さに、刀剣乱舞の積み重ねてきた歴史が息づいてる。

        • 刀剣乱舞無双プレイして、改めて歴史について考えた。刀剣乱舞はずいぶん深い所まで掘り進んでいるなという話。

        • 「バクマン。」THE STAGE スタッフさんも役者の皆さんも、演出の過酷な要求によく応えたな…という話。とりあえずウォーリーさんは独自の「もの降らせ部」を作ったほうがいい、という話w

          舞台刀剣乱舞 天伝 出陣前の一期一振のモノローグが泣けた理由。

          見事だったなと思うのは、秀吉様への思慕という「人として」の感情から、歴史を守る使命という「物として」の存在意義へと、台詞も表情も移り変わるグラデーションなんです。 『かつて豊臣の刀であった私は、歴史を守る刀となったのですから』 この一つの台詞だけでそれを表現する本田礼生氏、ハンパないですね。 (キャーキャーかっこいい!顔がいい!とももちろん思ってたけどw) 前に書いた、人として在る自分自身とは決して相容れない無機物的な部分。 それが彼らの本質であり、だけれども、感情を持つ

          舞台刀剣乱舞 天伝 出陣前の一期一振のモノローグが泣けた理由。

          舞台刀剣乱舞 天伝 一期一振という刀。ステの刀たちはひたすらに「物」であり、ひたすらにいじらしい

          刀剣乱舞は大元のゲームを原作ではなく原案としていて、「みんな違ってみんないい」が気持ちよくハマる稀有なメディアミックスを展開していると常々思っている。 舞台刀剣乱舞の刀たちに思うのは、彼らが一貫して「物」であり、物が心を持った故の葛藤、悲哀が、ずっと描かれ続けているのだなと。だから、歴史上の人物のように自分の天命を知るわけでもない庶民たる自分とは時に相容れず、時にどこまでも冷たく感じられ、そして時に、心がギリギリと締め付けられるほどに彼らのことを愛おしく思う瞬間がある。

          舞台刀剣乱舞 天伝 一期一振という刀。ステの刀たちはひたすらに「物」であり、ひたすらにいじらしい