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【詩】いつか帰る

昭和と同い年が決まり文句だった父
平成の終わり近く
九十を目前に床から離れられなくなった
何度目かの、そして最後の入院

窓に夕陽の明るさ
命を繋ぐ管が、半透明の影を病床におとす
わずかに口を開け眠る、薄い頬
帰れなくなった意識

家族が病室に集められ
胃ろうにしますか
約束の時間に遅れた医師が聞く

手術をすれば数週間は稼げるかもしれない
でも、たぶんそこまで、もう体力がない
どうしますか

せかさないで

昭和とおんなじ二十歳のとき満州で敗戦
爆弾かかえて戦車に飛び込むはずが助かった
だけど
終わったはずの戦闘で
助かったはずの仲間が死んだ、意味なく。
帰れた者、帰れなかった者。

かつて、わずかに語った戦争
憎み憎まれ、殺し殺され
俺たちにはどうしようもなかった。
昭和の苦さ

どうしますか。

どうしよう、問いかける母の目。
どうしよう、みな言葉をさぐる。

親父はそれをのぞまない、兄が言う。

負担だしね、と医師はうなずく。

夕陽が消える。
ガラス色の闇に映し出され
透き通っていく頬。

          (『詩と思想 詩人集2021』)

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