デマや誤った情報に惑わされないための私の3つの生活の知恵

政治的論争や科学的知見、社会問題など、私たちは日々生活していくうえで様々な情報を浴びています。最近だと新型コロナウィルスの話が多いでしょうか。

あふれる情報にまみれた生活の中で気になるのが「それって本当なの?」ということ。つまり、情報の信頼度についてで、デマや誤情報は気になります。「それって本当なの?」と考えることができればまだマシなんですが、知らず知らずのうちにあまり正しくない情報に汚染されてしまうこともしばしば。

そんな世の中を生き抜くためには、ある程度工夫が必要だと思うんですよね。なので、私は日頃からできるだけ気を付けようと心掛けていることがあります。それがこれから記す3つの生活の知恵です。当たり前のことかもしれませんがご一読を。

その1:(マス)メディアは情報や問題を「提供する」というより、何を問題として議論すべきなのか「設定する」機能を持っている

もちろん情報や問題の提供もしているのですが、(マス)メディアは議題の設定機能が強い、と言われています。といっても、あまりピンとこないかもしれません。では、どういうことか。

今はコロナ関係で色々な情報が飛び交ってますよね。ワクチンの効き目や副反応とか、新規感染者の増加とか。そしてすべての情報をさばききることはできません。

そこで働くのが(マス)メディアで、重要な情報をピックアップして流してくれます。ここで肝となるのが、それは私たちが重要と感じたものではなく、(マス)メディアが重要(あるいは、その受け手が重要と感じるであろう)と考えている情報が発信されるということです。そう、すなわち(マス)メディアがみんなに考えて欲しい情報を流し、議論させるわけです。ワクチンの話をしたい(させたい)ならワクチンの情報を、感染者増加の話をしたい(させたい)なら感染者の情報を発信する、といった具合です。

それって偏向報道ってこと?と感じる人もいるでしょう。確かにそのようなケースもあり、ねじ曲げて議論させることもしばしばあります。逆に言えばそれだけの力があるわけです。

これらを踏まえ、私たちはどうすれば良いか。それは、情報はもちろんのこと、何を議論すべきか、という根底から考えることだと私は思います。本質的に何が問題なのか見極め、話を進める。そういう力が今後は必要かな、と考えています。その際、できるだけ情報を集めるとか、いま問題視されていることは何か、自分が知りたいことは何か整理すると良いでしょう。

その2:Aの専門家はBの素人である

私たちはついつい権威に従ってしまいがちです。それ自体は悪いことではなく、医師に病気のことを聞くとか、経済学者に経済のことを聞くとか、聞きたいことの専門家を頼るのは問題ないケースが多いでしょう。

ただ、注意したいのが、肩書きがすごいからといって、その人が万能であるわけではない、ということです。考えてみれば当たり前で、医師に国の経済のことを聞いても返答に困るでしょうし、経済学者に病気の治療法を聞いても知らないことが多いでしょう。素人ですから。誠実な人なら、わからないことはわからないと答えます。特に学者はそうあるべきだと習いました。

しかし厄介なのが、中途半端な知識で回答してしまう偉い人がいるという事実。正義感なのか、肩書きに酔っているのかわかりませんが、耳だけの情報で答えてしまう。正確な情報もあるかもしれませんが、基本的に信頼度は低いです。

しかも人間は権威に弱い。ついつい耳を傾けてしまう。これは責めても仕方ない習性だと私は考えています。

デマや誤情報を鵜呑みにしないためにも、肩書きには注意が必要です。

その3:知識だけでなく考える力も大切

知識はあればあるだけ良いことが多いですが、忘れてはならないのが考えることです。

誤った情報ではないかチェックすることから始まり、知識をまとめて自分なりの方針や見解を持ってこそ知識は役立ちます。単に情報を集めて知識を獲得するだけなのはもったいない。

しかし考える、というのは難しいもの。そこで提案したい事項が、物事を考える際には可能な限り複数の意見や情報、知識を比較することです。比較を意識することでさまざまなものの見方ができ、考えた結果の純度が高まります。そして、デマや誤情報は何であり、正確性の高いものは何であるのか見抜く力も付くでしょう。

まとめ

具体的な例示や引用もなく、雑な文章になってしまいましたが、私はこの3つを意識してます。そして、多分情報社会におけるリテラシーは高い方……はず。

急に全てを意識するのは難しいので、ひとつでも私の生活の知恵を活かしてもらえれば嬉しいな、と思っています。

#いま私にできること

ブログとはまた違ったテイストです。