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独り、真夜中の片隅で【ショートショート・超短編小説】

「このまま独りなのかな……」
 ユウタは絶望の淵に追い込まれる。

◇◇◇

 ユウタは午前1時の散歩を毎日の楽しみとしている。まだ17歳でこの時間に外を出歩くのはあまり好ましくないことはユウタも承知している。ただ、真夜中のしんとした匂いが好きでたまらなく、ついつい夜な夜な家族に内緒で家を出てしまう。幸運にも今まで職務質問に会ったこともない。
 真夜中の空気を存分に味わうには一人で歩くのが一番良い。なので、真夜中の散歩はユウタ本人しか知らない秘密であり、ちょっとしたスリルをもたらす。
 ある日、いつも通りの散歩の途中のことであった。
 散歩コースの途中にある公園内に、見知らぬ縦長の四角い板がぼんやりと見えた。
「なんだ、あれは。立て看板かな」
 不思議に思いながら、恐る恐るユウタは近づいてみた。近づくにつれ、立て看板ではなく、直立した一枚の板であることに気づく。
 さらによく観察してみる。
「ドアノブっぽい取手が付いているし、多分扉だろうか」
 どうやら扉らしいその板には、平和の象徴のような公園には似つかわしくない不穏な装飾が施されていた。苦悶の表情を浮かべる髑髏の装飾が縁になされており、一番上には天体のような飾りが付いていた。ドアノブは赤くさび付いており、だいぶ年季が入っていることがうかがえた。
 不気味な見た目はどうも少年心をくすぐるようで、それはユウタも例外ではない。
 この先に何があるんだろうか。散歩の爽快感や真夜中独特の高揚感もあり、普段は大人しいユウタも、好奇心が恐怖心を上回っていたようだ。ろくに考えもせず「よし、入ってみよう」と軽率にも決断した。
 ユウタは警戒もせずにドアノブに手をかけた。固いドアノブが、ギギギ、と音を立てて回る。ドアノブを回しきったところで力を込めて引く。見た目の装飾具合の通り、重い扉だ。
 扉の向こう側には砂の上に石や岩が散らばってできた土地が広がっていた。これはどこなんだ、まるで月のようだ、とユウタは呟いた。言うまでもないが、実際に月に行ったことはないが。
 目の前に広がった砂地に興奮しながらユウタは足を踏み入れ、扉を閉めた。今日の散歩はいつもと違うものになりそうだ。遠くまで広がる砂地を見渡しながら、ユウタは空気を味わう。そして、心を躍らせながら、無邪気に走り出した。
 しかし問題が発生したのは、一通り砂地を満喫した後、ユウタは帰宅しようと扉に近づいたときであった。扉に付いていたはずのドアノブが消えていたのだ。
 この状況で焦らない人間はいないだろう。元の世界に帰れない、とユウタは顔を青くした。引いて入ってきたのだから押せばいいのでは、と扉に向かって体当たりする。しかし空しくも扉はびくともしない。
 いよいよまずいことになったことを知り、一旦別の手段、具体的には砂地を散策してみることにした。悪手かもしれないが、何もしないよりはマシだろう。混乱の渦に飲み込まれるユウタは当てもなく歩き出した。
 1時間ほど歩いたろうか。前方に何かが光輝く様子が見える。目を細めてみたところ、ぽつんと白色の何かがあるようだ。元の世界に戻る手掛かりがあるかもしれない。ユウタは走って駆け寄る。
 そこに置いてあったのはピカピカのレンズがはめ込まれた白い望遠鏡であった。救いなのか、はずれなのか、喜びなのか、落胆なのか。どっちつかずの感情がユウタの中に生じた。
 悩んでも仕方ない、覗いてみよう。ユウタは白い望遠鏡をのぞき込んだ。
レンズ越しに映るのは自宅だった。どうやらすっかり朝になってしまっているようだ。朝食を囲む家族だが、一つ違う点があった。座席には父、母、兄、そして高校生くらいの見知らぬ男が座っていた。家族は違和感を覚える様子もなく、平穏な朝を迎えているようだ。
 時間が経ち、朝食を終えて家族は各々出かけていくようだ。嫌な予感がしたユウタは学校での自分の居場所がどうなっているかが気になった。ユウタは急いで学校の教室を望遠鏡で探した。
 5分程だろうか。ようやく教室を見つけることができた。
 嫌な予感は的中し、教室にあるユウタの席には先ほどの見知らぬ男が座っていた。男はユウタがいつもつるんでいる仲間たちと楽しそうに談笑しているようだ。
 ユウタは部活動やバイト先、帰り道、夕食の団欒など、あらゆる場面を必死に観察した。しかし、どこをいくら見ても、ユウタがいつもいたいずれの居場所に、ユウタでない見知らぬ男が居座っていることが明らかになるだけだった。
 元の世界に帰る手段はない。そもそも、自分の居場所が消えてしまった。ユウタができることといえば、ただただ望遠鏡を覗くことだけだった。

◇◇◇

 今やユウタの存在を知るものはいない。聞いた話では、今日もユウタは広く広く広がった真夜中の砂地の片隅で、孤独に生を無駄に消費している、らしい。

ブログとはまた違ったテイストです。