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吉村萬壱『みんなのお墓』

芥川賞作家である吉村萬壱氏の書き下ろし新作『みんなのお墓』(徳間書店)。電子書籍版はこちら↓
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 世にも奇妙な物語。ごくごく平凡な街K市にある共同墓地。奇声嬌声が漏れる精神科「ナジャ病院」の直ぐそば。しかしそこにある内藤家の墓石。多くの人がなぜか吸い寄せられてゆく。
 その子孫である内藤暁と美佐子夫婦は、もはや終わった関係。暁は散歩と称してデリヘル通い。それを見て見ぬふりをする妻。30代の主婦・木村麻奈。夫は海外に単身赴任中で、乳癌を患った経験があり、ボランティア団体の支援に精出している。彼女はこの場所を舞台に全裸になることで、自分を解放する。いつも4人で連んでいる小学生女子の同じ3班4人組。木村麻奈の娘で裕福な家に育った貴子、貧しい雇用促進住宅に住む琴未、キンキン声で大柄の舞、いつも何かを押しつけられている太った智代。一緒にいるから仲がいいとはとても言い難い。むしろ内輪で苛めや仲間はずれも起こる。琴未の姉である俘実は「海野機械房」でアルバイトする他はブラブラしていた。唯一の友人である持田優華が参加していた「真・神塾」の合宿に自分も身を投じる。しかし狂信的かつ高圧的な塾生活に抵抗して、刃傷沙汰となって瀕死で脱走する。小学校5年生以来引きこもりとなった服部隼人。もはや30年以上の隠遁生活で、社会復帰の見込みもない。行くのはコンビニくらいなもの。しかも唯一の支援者である母親の存在を受け入れようともしない。そんな息子の姿を見て嘆く母親。
 どいつもこいつもロクな奴がいない。目から鼻に抜けるような賢い人は誰もいない。そして彼らの行動は、いつも糞尿や性行為に塗れている。しかも殺人事件や交通事故が頻発する街。この何処か心が欠損した人々が、共同墓地の公衆トイレから内藤家の墓をゾーンとして集散する。それぞれがお互いを性的な興味、幽霊としての存在、身内への疑念など、不条理な感情に囚われて惹き寄せられる。それらが入り乱れて、やがてお互いがお互いの存在や行動を知ることになる。奇態の連続とも言えるK市の住民だが、その放埒の果てにそれなりの平穏がカーテンを下ろす。そして振り返ってみれば、架空のK市とは私たちが住まう街であり、その住民たちは私たち自身でもあるだろう。

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