見出し画像

長編小説「ボクメガ ~僕と女神の宇宙戦争~」 

    


1 西暦2024・6・23、地球、日本のどこか

 爽やかな初夏の陽射しを受けながら、法理崑太はいつもの待ち合わせ場所へと急いでいた。この春、学校一の美人と名高い、今井苺花から告白され、彼氏彼女の間柄になったわけだが、それ以降は毎日がバラ色でありながら、同時に茨の道を歩むことにもなった。

 昔から、男の嫉妬は女のそれより恐ろしいと言われているらしいが、崑太はまさに体感としてそれを感じていた。それは、朝のあいさつと同時に思い切り背中を叩かれたり、何かにつけて余計な役割に推薦されたりと、多岐に渡る形で発揮され、崑太を悩ませたのだ。

 だが、同時に昔の人は持つべきものは親友とも言っていた。崑太の場合は森川真一郎である。真一郎は「腕っぷしの強さ」で有名で、一年生の頃に応援団への寄付と言いつつ、ほとんどカツアゲに近い行為を行っていた上級生グループ数名に逆らい、一人で全員を戦意喪失まで追い込み、さらには人数を増やして再挑戦してきた三年生を返り討ちにしたことで、一躍、名を馳せたのだ。

 とは言え、普段の真一郎は明朗快活を地で行くお調子者で、誰とでも打ち解ける社交性を持っており、去年の文化祭では女装でステージに立ち、「愚か者」を熱唱するなど、とても地域で「柴高のゴルゴ」と通り名され、恐れられている存在とは思えないはじけ方で文化祭を盛り上げた。

崑太はその真一郎とは幼馴染であり、二人は一緒に過ごすことが多かった。周囲は崑太が真一郎を頼って「金魚のフン」になっていると思いがちだが、実は全く逆で、むしろ真一郎の方が崑太の金魚のフンなのだ。だが、真一郎本人がいくら説明しても周囲はマトモに取り合わず、崑太は相変わらず金魚のフン扱いだったが、当の崑太がそんなことは全く意に介していない様子だったので、真一郎もそれ以上は多くを語らず、今に至っている。

 そういうわけもあり、男子生徒の嫉妬(一部の男性教師を含む)はイタズラ程度の嫌がらせで済んでおり、真一郎からも「この程度は学校一の美人とお付き合いする上では飲まなくてはいけない条件だ」などといかにもワケシリのような諭しを受け、甘んじてイタズラを容認しているようなところがあった。

 崑太が苺花から告白を受けたのは、進級して間もなくのことで、授業の合間の休み時間に、自分の机で真一郎と昨夜のゲームの話で盛り上がっているところに苺花が現れ、まるで「消しゴム貸して」とでも言うような口調で「私と付き合って」と崑太に告げたことによる。崑太は崑太で、話に夢中のあまり誰からどんな話をされているのかも気付かずに、「ああ、いいよ!」と返答し、これにてめでたくカップルが誕生した。

 数舜後に状況を理解した崑太は、衝撃の大きさにただ固まるばかりだったが、苺花は、それはもう無邪気に喜び、親友の仲裕奈と手を取り合って喜んでいた。

 それからの苺花は、告白にも負けるとも劣らない堂々とした態度で、その日に早速一緒の帰宅を誘ってきたし、次の日からは小さな手作り弁当持参で昼食に誘われ、そのたびに崑太は大きな喜びと同時に小さな生傷を増やしていった。

 そんな日々がひと月も続くと、さすがに周囲も飽き始めたのか、崑太と苺花が仲良く話していても大した騒ぎにはならなくなり、崑太の生傷も日を追うごとに減っていった。

 そして、今日は来るべき中間テストの勉強のため、近所のファーストフード店、ミッキーディーに四人で集まることになっており、崑太は真一郎と待ち合わせてからミッキーディーに赴くつもりで待ち合わせ場所へと向かっていたのだった。

 「遅い。貴重な勉強時間を減らすつもりか!」

かなり前から待っていたらしい真一郎は、そう言うと踵を返してミッキーディーへの道のりを歩き始めた。

 「なんだと。お前は勉強より裕奈ちゃん目当てだろうが。大体、もはやお前や裕奈ちゃんが一緒にいなくたって勉強くらい二人でできるんだぞ?」

崑太も負けじと言い返す。何を隠そう、崑太も苺花もそれまでに恋愛経験どころか、同世代の異性とまともに話したこともなかったため、二人になるとどうしても無言の時間が増えてしまい、見かねた真一郎や裕奈が加わって話やすい雰囲気を作ってくれたこともあって、今では二人きりでも会話に詰まるようなことはないのだが、真一郎は何かと理由を付けては四人で会うように話を持っていくのだった。 

 崑太は元々成績がいい方ではなかったが、春先の事件があって以降、その成績すら下がる一方だった。初めて彼女ができて、その彼女が飛び切りの美人なのだから、それだけでも成績下降の条件としては十分なのに、周囲の騒ぎがそれに拍車を掛け、最近は授業についていくのがやっとと言うのが正直なところだった。

 苺花も同じで、勉強の時間が減ったことを母親に指摘され、夜のラインや電話の時間を決めたり、放課後に出掛ける頻度を減らしたりしながら、なんとか今の水準を保っているような状況だった。崑太と違うのは、苺花は成績優秀で、下がったとしても順位を数えるために折る指が、手の指だけから足の指まで含めて、に変わる程度だとは思うが、「崑太のせいで成績が下がった」と周囲に言わせないためにも、中間では逆に順位を上げたい、と意気込んでいるようだ。

 そんな話を聞いた真一郎が、「じゃあ勉強会♪」と心から楽しそうに発案したことにより、今日の勉強会となったわけだが、真一郎も裕奈も成績はそれなりにいい方で、こちらは理数系に強い真一郎と文系に強い裕奈の組み合わせで、いずれにしても崑太にとっては「とても頼りになる」3人であり、この勉強会で一番助かるのは崑太だろうと思うので、今日は全員に御馳走をするつもりで、なけなしの貯金を切り崩してきていた。

 勉強会が始まると、崑太が思っていた以上に真剣な勉強会となり、特に裕奈の力の入れ具合は相当なもので、主要教科の傾向と対策をまとめた冊子を準備してきてくれたのだが、この完成度がかなり高く、要点がまとまっているだけでなく、マーカーや付箋を多用した見やすいな物で、さらには飽きが来ないようにとの配慮なのか、ところどころにオリジナルのキャラクターを書いて吹き出しで内容を解説させる、と言うような、そのまま値段を付けて販売できそうなクオリティで、一同を驚かせた。

 トイレの時に真一郎に尋ねてみると、どうやら裕奈は苺花と崑太、それぞれの中間テストに懸ける思いと覚悟に涙が出るほど感動したらしく、片っ端から成績優秀者を訪ね歩いてノートを借りたり、教師に相談したりと、かなりの労力を費やして作成したものらしい。真一郎はその作業を手伝う役を仰せつかり、これまたかなりの時間を掛けてくれたらしいが、「おかげで裕奈ちゃんと二人きりの時間ができた♪」と大喜びの様子であった。

 「・・・そっか、ありがとな。」

少なからず感動を覚えた崑太は、手を洗いながらそういうと、真一郎は真顔で、

 「感謝はいい。結果で示せよ?裕奈ちゃんのがんばりを無駄にしたら・・・。」

崑太はその迫力に思わずブルッと震えた。さすがは柴高のゴルゴと言われるだけのことはある。

 時計の針はまもなく夕方6時を指そうとしていた。午前中から、ところどころに休憩をはさんではいたが、それでもゆうに6時間は勉強したはずだ。しかも、崑太は教えてもらう専門だったので、中身も充実したものだった。さすがに疲れを覚え、今日は解散して自宅学習に切り替えることにした。

 「いやー、本当に助かりました!みんなありがとう!」

それぞれに帰宅の準備をしながら、崑太は手を合わせて、ストレートに全員に感謝した。

 「こちらこそ、たくさん御馳走してもらっちゃって・・・お金、大丈夫なの?」

心配そうなのは苺花だった。

 「これくらい、安いもんだよ?そこらの塾でこの中身の勉強したら、軽く諭吉さん飛んでいくから!」

そう言ったのは、一番食欲旺盛だった真一郎。

 「そうかもねー、でも、こっちもやり切った感、ある。中間大丈夫だよ、きっと。」

裕奈がウンウンうなずきながら付け加える。

 「家に帰ったら裕奈ちゃんのテキスト見ながら復習するよ。これ、ほんとにもらっちゃっていいの?」

 「だーいじょぶだいじょぶ。でもホント、がんばってよね!」

 「うん、自分の命のためにも、がんばるよ。」

不思議そうな顔をする女子二人から見えないテーブルの下では、真一郎が崑太の足を思い切り踏みつけていた。

 家に帰り、軽く食事を済ますと、崑太はすぐに自室に戻り、復習を開始する。

 10時には苺花とラインのやり取りをしながら休憩し、満ち足りた気分で残りの復習を済ませると、時計は1時を回っていた。明日からはまた学校ということもあり、シャワーは明日の朝に浴びることにして、そろそろベッドに入ることにした。

 スマホのアラームを確認し、充電をセットしてからアルバムの苺花の写真を開く。

 写真はまだ数えるくらいしかなかったが、そのどれもが明るい笑顔でこちらを見ており、こんな素敵な子が自分の彼女だとは、未だに信じられない思いだった。

 「おやすみ」

崑太は小さく声に出して画面の中の苺花にそう言うと、電灯を消し、自分に訪れた思いがけない幸福の様々な場面を思い返しながら、眠りに落ちて行った。

         

2 宇宙歴189・10・15、ポイントナガルカル付近の宙域

 「この辺りのはずだ。センサー、何か反応は?」

 深宇宙探査艦アキツシマの艦橋で、艦長のナオ・オーウチ・ギレット大佐がセンサー担当のタウラ少尉に向き直りながら聞いた。

 「依然として反応なしです。せめて、何を探せばいいのかがわかれば・・・。」

タウラの訴えはもっともだった。「探せ」とは言うものの、「何を」探せばいいのか、誰も答えを知らない。そもそも「探せ」と言う命令も、「ヒミコ」の一人が受けた託宣を元に出されたものであり、今日このとき、この座標近辺に迎えを出すように、というものであり、そこにも「何を」は示されておらず、当然、ギレットにわかるはずもなかった。 

 ギレットの沈黙に、艦橋の雰囲気はますます重苦しいものになっていき、    見かねた副長のコーツが、代わってタウラに返答する。

 「タウラ、フィルターを全部外して0からセンサーを作動させてみてくれ。一度全部捉えてから、原因が特定できるノイズを除去していくんだ。」

 「通常とは逆の作業をする、ということですね?」

 「そうだ。手間だろうが、このまま何もない画面を眺めているよりはマシだろう。」

 タウラは了承して強くうなずくと、部下に指示を出して作業に取り掛かった。だが、1名だけには通常通りの手段で監視を続けさせ、万が一に備えさせることにする。この辺りは戦闘宙域からはかなり離れているが、今の宇宙に完全に安全な場所など存在するわけがない、というのがタウラの持論だったからだ。タウラ自身は、フィルターを外したセンサー結果をクリーニングする作業に加わり、自分の目ですべてを確認するつもりでいた。

 この、深宇宙探査艦アキツシマは、全長が14kmに及ぶ、アキツシマ級の一番艦となる。艦長のギレット大佐以下、軍属乗員1500名、研究職乗員950名で運用されており、建造目的は環太陽系惑星機構の外辺にある深宇宙を航行して宙域図を作成することであり、またその途上で機構に有益、もしくは有害になりそうな存在が確認されれば、それを調査報告の上、然るべき措置を取ることである。そのため、アキツシマには科学士官が通常より多く配置され、最新設備が供えられた調査研究のためのスペースは、広大とも言えるほどだった。さらに、単独で探査に当たるため、ある程度の装備を艦内で製造できる工業区を備えており、また、生鮮食料品を供給するための農地や、人工の海が作られ、これらは乗員の家族が居住する艦街「ネオムサシシティ」に隣接して造営され、街の人々に食料を提供しながら就業場所としても機能している。

 これには探査艦での任務が長期に及ぶことも考慮されている。機構に所属する一般艦の任務期間が数週間から長くても2年程度なのに対し、探査艦の任務期間は最低でも4年と長期に渡ることが多く、その間、親しい人間と過ごせないという事実は長らく探査艦乗員の悩みであったためだった。

 だが、艦街に家族を移住させることにより、緊急の場合を除けば、乗員は勤務が明ければ家族の元へ帰り生活を共にすることができる。この効果は上層部が考えていたよりもはるかに大きく、乗員の健康維持や業務内容の改善に多大な好影響をもたらした。当初は訓練も受けていない一般人が危険を伴う宇宙での生活をすることに反対の声も大きかったが、それでも徐々に浸透していき、アキツシマ級三番艦が任務に就く頃には、乗員の約7割が家族同伴での乗艦を選択している。アキツシマへも、当初は移住を希望しなかった乗員の家族が、補給寄港のたび続々と増えており、今では家族のいる乗員の8割がネオムサシシティに居住し、今後も増える予定だった。

 また、任務中の税は一切が免除され、加えて生活に不可欠な固定費がほとんどかからない(光熱費は無料、食料や日用品は配給制)ため、ネオムサシシティで労働した分の賃金全額を資産に回すことができる。もっとも、配給分以外の食料や生活をより充実したものにするためのもの、娯楽や嗜好に関わるものなどには当然のように費用が発生してくるが、それを差し引いても任務が終われば相当の金額を手にして離艦することができる、といった特典もあった。

 こうした側面を持ちながらも、アキツシマは機構軍に所属する戦闘艦であり、攻撃兵装として、光熱線兵器であるセイザーターレットが艦を囲むように施設され、主砲にはセイザーを圧縮して威力を増加させたコンプレッションセイザーと、昔ながらの質量弾を光速の15%で撃ち出すことのできるスピードキャノンを装備しており、誘導兵器としては光量子芯魚雷やアンカーミサイルと呼ばれる最新鋭の武装を持っている。また、艦体全域にエネルギーフィールドを展開する「シールド」と呼ばれる防御兵装と、ソビリティ粒子で被膜されたトリニティチタニウム製の外板装甲により、敵性存在からの攻撃や宇宙空間での放射線をはじめとするあらゆる有害な物質から艦を守ることが可能だ。搭載されている艦載機は120機で、大型の輸送シャトルから偵察用の無人ドローンまでを網羅しているが、主力は空間戦車とも呼ばれる高機動戦車で、これは戦闘機の機動力と戦車の攻撃力・防御力といった特長を併せ持った兵器であり、機構軍の主力兵器となっている。そして、これらをすべて運用するために必要なエネルギーを生み出すのが艦後方の機関部に設置された「ヒカリエンジン」と呼ばれる装置で、これは光を直接エネルギーに変える技術を応用してできたエンジンで、事実上の永久機関であり、あらゆる光源から放たれる光さえあれば、莫大なエネルギーを生み出すことのできるものであった。

 この技術は、今から120年前、人間が初めて異星人とのファーストコンタクトを実現してから80年後に、「ヒカリ」と呼ばれる高位高次元の存在からもたらされた。

 その頃、地球ではすでに太陽系の周辺宇宙に存在する、五つの惑星の異星人との接触を果たしており、その技術と資源を得て、地球史上もっとも発展した文明となっていた。だが、6番目の文明惑星で出会った異星人「シクス」は、地球を始めとする他の五惑星のいかなる異星人とも異なり、あらゆる方法での意思疎通が不可能な種族だった上に、非常に好戦的であり、赴いた使節は全員、その艦船もろとも攻撃を受け、宇宙のチリとなってしまった。それだけではなく、その惑星から一番近くに存在していたタニアン星へ侵攻を開始し、タニアン星に住む総人口の3分の2に及ぶタニアン人の命が、最初の10日間で失われてしまう、という事態に陥った。

 これに対し地球を含む6惑星の連合軍がタニアン星解放のために戦端を開き、こちらも多大なる被害を受けながら、タニアン星のシクスを全滅させるに至った。しかし、シクスがさらなる侵攻を試みている様子が窺われ、危機感を感じた6惑星が連盟し、「環太陽系惑星機構」が発足することとなった。本部は、6惑星のほぼ中心に位置し、もっとも貴重な資源である、液体状の「水」を大量に保有しており、さらにはタニアン解放戦線で卓越した戦闘技術を発揮した地球人がいるという理由で、地球に置かれることとなった。地球では、最初に異星人とのコンタクトを成功(個人や政府内の一組織という単位ではない。国家単位でのコンタクトのことを指す)させ、その技術を得て地球統一政府を樹立するに至ったニホンが中心となり、機構に所属して行動を共にすることになったのである。

 こうして誕生した環太陽系惑星機構が最初に行ったのがシクス殲滅作戦であり、その戦いでは実に機構軍の80%を失いながらも、かろうじてシクスを壊滅させることができた。

 だが、この作戦で各惑星は激しく疲弊し、特に侵攻にあったタニアン星と、機構の中心となって戦いに参加した地球の損耗は激しく、それを支援していた他惑星にあっても資源の生産が大きな負担となり、機構を構成する惑星全体が慢性的な半機能不全に陥ることとなってしまった。そこに追い打ちを掛けるように、後に「ケガレ」と総称されることになる存在が別宇宙から侵略を開始し、機構はさらなるダメージを受けることとなる。ケガレに対しては、それまでの攻撃手段があまり有効ではなく、効果的な作戦が実行できないまま機構側の惑星は次々と侵略され、地球でもヨーロッパやアフリカ方面に上陸したケガレが猛威を振るい、一時ヨーロッパからは人類が消えてしまう、というところまで追い込まれた。

 このままではいずれ絶滅は時間の問題、という悲観的な風潮が機構中に広がった時、ケガレの対極の存在である「ヒカリ」が機構側に介入し、対ケガレ用の兵器を始め、ヒカリエンジンの基礎となる理論や物質が「箱舟」によって機構にもたらされた。これによって息を吹き返した機構軍は各地で反攻を開始し、長い年月と多大な犠牲を払いながらも、ケガレを機構の勢力の外側にまで追い払うことができた。

 このヒカリの介入は、最初の介入(機構の兵器開発の大部分を担っていたヒュノトー星に突如として現れた「箱舟」がそれに当たる。)を除いて「ヒミコ」と呼ばれる精神感応能力者によって「託宣」という形でもたらされるのだが、抽象的なイメージのこともあれば順番がバラバラの様々な言語でもたらされることもあり、複数回の託宣を経てようやく解読に成功するような場合や、一つの託宣が複数の他の託宣を解読するキーワードとして使われるような場合もあったため、時にまったく違う意味に解読された託宣を元に行動を起こしてしまい、失敗するようなこともままあった。

 こうした背景から、「ヒミコの託宣」は陰では「あまりアテにならないもの」の比喩として用いられることがあり、アキツシマの今回の任務においても任務開始当初から乗員たちの間でその真偽が問われていたのである。

 そうした背景を持った今回の任務の最終局面で、目標すら分からずに時間ばかりが過ぎている状況となれば、懐疑論者は「それ見たことか」とシニカルな薄笑いを浮かべ、確信論者は何か見落としがないか、解釈に誤解があるのではないか、とあがきとも思える行動をし始め、艦内には何となくピリピリした雰囲気が漂っていたのである。

 ことに、それを探知することをその業務とされているセンサー担当員においては、そういった議論にも逐一耳を傾けながら探知の手掛かりを得ようと努力を続けていたため、その雰囲気は一層際立ったものとなり、センサー担当科員を束ねるミノリ・タウラ少尉はその対応にも苦慮することとなっていた。

 「ヴィーピピピ」

 タウラが最初のクリーニングをまもなく終え、二周目のクリーニングに入ろうとしたとき、通常探知のために残していたセンサー科員のコンソールにアラートが入る。タウラはすぐに作業を中止し、その科員が見ている画面を自分のスクリーンにも映して内容を確信すると、さらに確認したものの精度を上げるためセンサーの調整コマンドを入力ながら、今見た内容を報告する。

 「異相反応探知!コース027、マーク004、距離およそ25,000!」

 艦橋に緊張が走る。異相反応とは、ケガレが出現する場所に予兆として現れる現象で、わずかに時空間に歪みが生じる現象を指す。

 再走査の結果からも、異相反応が確実となり、艦橋には新たな緊張が走る。

 ギレットは艦長席に戻り、自分のコンソールから各部署へ指示を出していく。

 「センサー、光学も併せて結果をメインに映せ。ウェポン、シールドをモード2に、各火器に火を入れろ。キャリアー、セイバー隊とスピアー隊は機上待機を。」

各部署から受領通知が入り、アキツシマは急激にその活動を活性化させていった。

 艦橋のメインモニターは、異相反応が現れた宙域を映し出していた。そこには、まるで巨大なイカを思わせる一体の異形の生物と、そのイカの長い触手に、今にもからめとられそうになっている、同じくらいの大きさの、三叉の鉾の先端部分を思わせる物体が明瞭に確認できた。

 「あれは、なんだ?」

ギレットが隣の席のコーツに尋ねる。コーツもその物体が何なのか、推し量っているようだったが、その口は開かれなかった。

 「艦長、おそらくあれが目標物です。あの形状はヒカリの箱舟で見た覚えがあります。」

 そう口を挟んできたのは、科学士官としてこの艦に乗り込んでいる、唯一のヒュノトー星人、モンス少佐だった。身長2mを優に超す、薄い緑色の皮膚を持つヒュノトー星人は、長命であることでも知られており、その寿命がもたらす豊富な知識と深い洞察は「機構の良心」と揶揄され、特に医療技術に特化した進んだ科学技術を持っている。ヒカリが、数ある惑星の中からヒュノトー星を選んで箱舟を遣わしたことに誇りを持っており、それは時に高い自尊心と合わさり、他の者に誤解を与えることにもなったが、基本的には物静かで平和主義の崇高な種族であった。モンスは続けて、

 「実際に実物を見たわけではありませんが、対ケガレ用の決戦兵器として書物に記載されていました。ヒカリの種族以外では操縦が不可能ということで開発が見送られた兵器の一つと、形状が酷似しています。」

 「では、我々はあのケガレを何とかして、あの物体を回収すればいいと言うわけね?」

ギレットが確認を取ると、モンスは大きくうなずいた。ギレットもうなずき返し、各部に新たな指示を与える。

 「目標、既報座標のケガレに向け、最大戦速、ウェポン、セイザー発射待機!」

 「コピー!到達まで40秒!」

コンソールに示される相対速度はみるみる上昇していくが、艦橋ではその影響は何も感じられない。ヒカリエンジンのもたらす莫大なエネルギーが、重力を適正にコントロールしていることの現れである。

 この状況は艦後方中央部に位置する艦街、ネオムサシシティでも同じことであり、居住している人々がアキツシマの挙動で影響を受けることはなかった。もっとも、異相反応を感知した段階で警報が発せられ、それぞれが一番近いシェルターに移動を開始しているはずであった。艦街のシェルターは、どんな場所からでも200m以内になるように設置されており、いざと言う時にはそのまま脱出ポッドとして機能するように設計されていた。

 また、この警報と同時にフレームスーツと呼ばれる全環境性能を有する保護服が起動し、居住者の身体を保護する。これは、体内に保有するナノマシンと、普段の服の素材として使用されているナノコットンが形状を変化させて対象者を包み込むものであり、プログラム次第で多くの拡張性を持っている。起動すると0.17秒で全身を覆い、耐熱、耐衝撃などの防御機構と合わせて、宇宙空間での生存を可能とするものだ。

 ハンガーでも、戦闘準備は着々と進んで行く。一部隊6機で構成されているセイバー隊とスピアー隊の空間戦車は既にパイロットの搭乗が完了しており、出撃に向けた最終確認を行っている。また、その他の部隊の隊員たちも、いつでも出撃命令に対応できるよう、ハンガー脇のブリーフィングルームに続々と集まり始めていた。

 セイバー隊のリーダー、ショウ・ブリッツ大尉は、更新されていく情報を目で追いながら、大まかな指示を部下の隊員に伝えていた。

 「セイバーリーダーからセイバー各員、目標はケガレ一体、イカの化け物みたいなのがそうだ。その近くにある燭台みたいなのが任務の回収物だから、間違っても攻撃するな。画像をよく確認しておけ。優先交戦権はセイバー、援護がスピアーとなった。会敵したら思い切りぶちこんでやれ。それから、ビグ、6番機のルーキーの面倒を見てやれ。ルーキー、ビグのケツを追い掛けることだけを考えて飛べ。以上だ。」

各員から受領通知が送られてきたのを確認すると、ショウは個別交信で副隊長のビギー・ビー少尉を呼び出した。

 「ビグ、わかってるな?今回はお守りだ。無茶はするなよ?」

 「わかってるって。私がルーキーの時のアンタみたいな無茶はしないよ。それより、どうなんだい?今回のは、セイバーでやっていけそう?」

 「まあ、大丈夫だろうよ。それなりに苦労してここまで来たみたいだし、俺やお前みたいに無茶をする性格でもなさそうだ。お前とはいいコンビになると思うぞ?どうだ?そろそろお前もセクションリーダーになっていい頃合いだと思うがな。鍛えて副長にしたら。」

 「冗談でしょ?私以外の誰がアンタのケツ守るって言うのさ?」

 「お前、昇進の話、断り続けてるらしいじゃないか。どういうつもりだ?」

 「心も体もアンタのモノってことさ。」

 「バカ言ってんじゃない。次にその話が出たら必ず受けろよ。お前は俺の副長で終わるようなタマじゃないんだからな。」

 「はいはい、考えとくよ。オーバー。」

ビグは掛け値なしに優秀なパイロットだった。だが、時々何を考えているのかわからないような、つかみどころのない行動を取ることがある。そのたびに、ショウは年頃の娘に手を焼かされている父親のような気持になり、あれこれとビグに説教めいたアドバイスをするのだが、当の本人はどこ吹く風で、一向に落ち着く気配はない。今回も新人を任せるにあたり、念押しのつもりで話をしてみたが、いつものようにはぐらかされて終わりだった。

 その時、またモニターの情報が更新され、イカの化け物が燭台を絡め取り、どこかに運ぼうとしているような光景が映し出された。

 艦橋では、いよいよその緊張が高まりの度合いを増していた。

 目の前では、明らかにヒカリの兵器と思われる物体が攻撃されているようだが、ヒカリの兵器が反撃をする様子がない。というより、回避するような行動もとっておらず、相手のなすがままにされている状態だった。

 「あのままでは危険です。何か手を打たないと。」

コーツがギレットに小声で囁く。

 「ウェポン、セイザーでケガレだけを撃ち抜けるか?」

ギレットが冷静に指示を与える。火器管制担当士官のマシアス中佐も慌てることなくコンソールに指を滑らせ、ギレットに答える。

 「コピー。セイザー照準完了。発射指示、いつでもどうぞ。」

 「射っ!」

見事な曲射による予測射撃だった。放たれた4本のセイザーのうち、3本がケガレを貫く。

射貫かれたケガレは体をビクッと震わせると、ヒカリの兵器を放し、こちらに向けて突進してきた。

 「続けて第二射、射っ!」

その指示が終わると同時に、新たな4本のセイザーが放たれ、今度は4本ともイカの体を貫いた。イカの体に開いた穴から、紫色に輝く煙が上がり、体の表面には銀色の液体が流れる。イカは、一瞬激しくのたうった後、その動きを完全に止めた。

 すかさずタウラからの報告が入る。

 「目標、活動停止。新たな異相反応ありません。どうやらハグレのようです。」

「ハグレ」とは様々な理由でマキシを始めとする指揮階層の指揮下を離れ、宇宙空間を彷徨うことしかできなくなったケガレを指す。大抵の場合は大した脅威とはみなされず、今回のような辺境宙域ではそのまま放置されることすらあったが、稀に今回のように何の意味も持たずに突飛な行動を取るケガレも現れ、機構の支配宙域では専門のパトロール部隊が駆除を任されている。

 「操舵、両舷停止。キャリアー、セイバーとスピアーを発進させて哨戒に当たらせて。臨検班はハンガーで待機。これより接触、回収を試みる。」

続けてギレットが指示を飛ばす。態勢が整うのを待つ間、まずは最初の接触となる交信を試みる。ヒカリからの物体という可能性が高いとは言え、完全に確認が取れるまで油断はできない。すでに機構には第一報としての評価を報告しているが、そこでも断定的な表現は用いていなかった。

 交渉は主に副長であるジャン・ルーベン・コーツ中佐の業務となる。機構軍に所属する前は、統一地球政府の外交官として宇宙を飛び回り、機構を構成する他星人との様々な交渉を行ってきた。その業務は多岐に渡り、そもそも環境も種族も言語も異なる相手と意思疎通を図るだけでも、時に命懸けであり、そのいい例がシクスとの外交交渉に向かった使節団の最期だった。コーツはそんな業務を4期16年間勤めあげた後、機構軍にその手腕と経験を買われ、探査艦の専属乗員として勤務することとなった。

 「こちら環太陽系惑星機構の探索艦、アキツシマ。そちらの所属を名乗られたい。」

バリトンのよく通る声が、艦橋に響き渡る。威厳を漂わせつつも高圧的ではない、抑揚を抑えた見事な一言と言えた。通信は日本語のほか、機構内で使用率の高い12の言語を用い、超短波から重力波までの350の周波数で送信される。今回の場合は出力を絞り、強い指向性を持たせてあるのは言わずもがなだった。

 驚いたことに、返答はすぐに帰ってきた。それも、日本語だった。

 「当方はそちらに与せんとする、そちらにとっては未知の勢力のものである。地球に向け航行中の、予期せぬ事故により難儀をしている。速やかなる回収と保護を求めるものである。」

 艦橋は驚きに包まれていた。普段は沈着冷静なコーツまでが目を大きく見開き、当惑の表情でギレットに向き直る。

 事実上、これで「ヒカリ」と双方向的に意思疎通を果たしたことになる。それは、この120年間で初めてのことだった。

 

   

3 宇宙歴189・10・15、ポイントナガルカル付近の宙域


 環太陽系惑星機構の探査艦アキツシマが異相反応を感知した頃、崑太は顔に圧迫感を感じて目を覚ました。

 目覚めたものの、まぶたを開けるのが一苦労だった。ものすごく重苦しいし、少し開くと激しい眩暈に襲われ、また目を閉じる、ということを繰り返しているうちに、だんだんと意識がはっきりとしてきて、体の感覚が戻って来ていた。

 自分が非常に窮屈な体制で、固い椅子のようなものに座っていることが感じられた。匂いもいつもと違い、甘いような匂いとともに、化学準備室の匂いに似た、薬品のような匂いも混ざっている。音はほとんど聞こえなかったが、耳をすますと低いブーンという音とそれに混じって時折聞こえるピッ、という音。崑太はエアコンのリモコンを操作した時の音に似ているな、とおぼろげに考えた。

 それにしても、体が重い。上半身から顔に掛けて何かが覆いかぶさっているようだ。まだ眩暈は続いていたが、体は動かせるようなので、腰の辺りの痛みを和らげようと、崑太は身を捩って姿勢を変えてみた。腰の痛みが和らいだのもつかの間、今の動きで、今度は覆いかぶさっている柔らかい物が位置を変え、崑太の鼻と口を塞ぐ形になってしまった。

 呼吸ができなくなって慌てた崑太は、重い両手を動かす隙間を見つけると、渾身の力を振り絞って覆いかぶさった物を振り払う。

 「イタッ!」

顔の圧迫感が消え、呼吸ができるようになるのと同時に、「ゴンッ」と言う音と、悲鳴が上がる。ようやく片目を開けることができた崑太は、自分の腹の上で後頭部を抑える女の子を下から見上げた。どうやら覆いかぶさっていたのはこの子らしい。とすると、顔に当たっていたのはこの子の・・・。途端に意識がはっきりし、動揺した崑太が激しく動くと、何かの拍子に座っている椅子の背もたれが起きてしまい、今度は激しく、女の子の胸に顔面を埋めることとなってしまった。ふよん、とした感触が全身を貫いた時、部屋中が激しい衝撃に襲われ、今度は逆に崑太が座席に押し付けられ、そこに女の子の胸が激しく押し付けられる。続けて襲われた衝撃に、今度は部屋がぐるぐると回転し、座席から放り出されるような感覚を覚えた。部屋中の至る所から軋み音が上がり、それよりも大きな音で警報のような音が響き渡る。

 「やばっ!」

ようやく崑太から離れた女の子は、そういうと崑太がいる座席の後ろへと回り込もうと、崑太の体を乗り越えた。

 崑太の眼前が急激に開け、周囲の様子が目に飛び込んでくる。

 そこは、映画でよく見る戦闘機のコクピットによく似た場所だった。座席の周囲を取り囲むようにスイッチや計器が取り付けられたコンソールが並び、ちょうど両手が届くような場所に左右からそれぞれ操縦桿のようなものが飛び出している。目を上げると、大きな曲面で構成されたモニターが並び、星空と、赤い点滅する枠で囲まれた、大きなイカのようにも、昆虫のようにも見える生き物が映し出されていた。その生き物が長い触手を振るうと、今までより大きな衝撃が遅い、崑太は両方のコンソールに手を付いてかろうじて姿勢を保った。

 どうやら、目の前のイカの化け物はこちらを絡めとろうとしているようで、残りの触手をこちらに伸ばしながら、どんどん近付いてきていた。

 「やばい、やばい、やばい、やばい!」

崑太は小声で呟くと、両腕に力を込めて次に来る衝撃に耐えようとした。

 イカのもう一本の長い触手が、大きく振りかぶってこちらに放たれようとしたとき、斜め上から何本かの光線が現れ、イカの体を貫いた。イカはぶるんと大きく一度震えると、光線が飛来した方向に向きを変え、怒り狂ったように触手をぐるぐる振り回して突進していく。どうやら、こちらへの興味は失ったらしい。

 崑太は長い溜息とともに、全身から力が抜けていくような感じがした。混乱する頭を落ち着かせながら、記憶を辿ってみるが、昨夜は間違いなく自分のベッドで眠りに落ちたはずだった。夢ではないのは、今も襲う体中の痛みが物語っている。

 考えれば考えるほどに、分からなくなっていく。そういえば、なんで自分は裸なんだ!

 その時、上部のスピーカーらしい機械から、男性の声が聞こえてくる。

 「こちら環太陽系惑星機構の探索艦、アキツシマ。そちらの所属を名乗られたい。」

 訳のわからない単語の連続に、崑太はまた激しい眩暈に襲われた。脳が現実を受け入れるのを拒否しているような感じだった。

 今度は座席の後ろの方から、恐らくはさっきの女の子であろう声が聞こえてきた。

 「当方はそちらに与せんとする、そちらにとっては未知の勢力のものである。地球に向け航行中の、予期せぬ事故により難儀をしている。速やかなる回収と保護を求めるものである。」

「(助けを求めるにしては、ずいぶんと上からな物言いだな・・・。)」

崑太は薄れ行く意識の中で、ボーっとそんなことを考えていた。もう、何もかもがどうでも良くなっていて、まるで他人事のような感想しか思い浮かばなくなっていた。    

 座席の後ろから音が聞こえ、崑太の右側から先ほどの女の子が顔を出し、崑太の顔を覗き込むようにして声を掛けてきた。

 「大丈夫?」

 初めて正面から顔を見た。年のころは自分と同じくらいだろうか、整った顔立ちで、肌は白く、驚くほどスベスベに見える。違和感を覚えるのは、その瞳が白目も黒目もなく、紫色の濃淡だけ、ということだった。

 「(それにしても、なんでこの子も裸なんだ・・・?)」

 崑太は今度こそ、意識を失った。

  ハッとして崑太が目覚めると、どこか見慣れない部屋に寝かされていた。部屋の天井は全体が光を放っているかのように明るく輝いているが、刺すような明るさではなく、柔らかく包み込むような明るさだった。

 体を起こそうとすると、一瞬だが、恐ろしく激しい頭痛と眩暈が崑太を襲う。その一瞬に、崑太の頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。驚くほど速い早送りの映像が頭の中に再生されているような感じだった。

 その眩暈が止むと、崑太は多くのことを「知識」として得ていた。自分のいるこの場所が、崑太のいた時代から200年が経過した未来であること、地球が数々の他の惑星で発展した文明と交流を持っていること、その文明同士が同盟を結び、「ケガレ」と呼ばれる存在と戦争状態にあること、その戦争に終止符を打つべく、ヒカリが戦線に投入した戦闘兵器の操縦者として、自分が選ばれたこと、そして、あの紫色の瞳の女の子は、自分を補佐するために同じようにヒカリから送り込まれてきた、使者の一人であること・・・。

 今までは想像すらしたことのなかったことが、「現実」として自分の頭の中で理解されていることに驚愕しながら、さらに驚いたことにそんな境遇の自分を、「ここで戦わざるを得ない」とすでに覚悟を決めている別の自分が見ていて、半ばそんな自分を慰めるような感情も持っている、ということだった。自分の中に様々な「別の自分」がいて、何が本当の現実で、どれが本当の自分なのか、わからなくなっているようだった。

  「(実際のところ、どうすればいいんだ?)」

 崑太は起き上がりながら、極めて素朴な疑問にぶつかり、そんなことも知らずに覚悟を決めた自分自身がおかしくなって、自嘲的にクスッと笑った。

 それに、起き上がってみて自分が裸でないことにホッとした自分もおかしかった。こんな訳の分からない、子供向けアニメみたいな展開の中で、そんな些細なことを心配する余裕があるなら、メンタルはまだ大丈夫そうだった。

 床に足をついて立ち上がった時、これから向かおうとしていた唯一の出入り口が開き、制服をきっちりと身に着けた男性と若い女性が部屋に入ってきた。

 「やあ、気分はどうだい。私はコーツと言う。この船の副長をしている者だ。」

 コーツと名乗った男性は、どことなく教師を連想させるような物腰で、そう言った。厳しさは感じられないが、自然と威厳に溢れているようで、崑太もゆっくり起き上がると、自己紹介をする。

 「僕は法理崑太と言います。日本の高校生でした。なぜかは分かりませんが、戦うためにここに呼ばれたらしいです。でも、ほんとにただの高校生で、何も取柄はありません。」

 コーツと名乗った男性と若い女性は、日本語を話すが見た目は日本人とは程遠く感じたため、崑太は「日本」と言う部分を強調していった。もしかしたら、この時代にも大使館のような施設があるかも知れなかったからだ。

 「高校生と言うと、年齢は16歳から18歳だったね?」

 「17歳です。」

 「戦う、と言っていたが、状況は理解している、ということかね?」

 「二回目にこの部屋で目が覚めた時、ものすごい頭痛と眩暈がして、事情は呑み込めました。なぜかはわかりませんが。」

 「君が認識している事情を教えてくれ。」

 「ええと、今が、僕が過ごしていた時代から200年くらい後の時代で、宇宙人と協力してケガレって言う敵と戦ってるんですよね?僕はどうやらそのケガレとの戦争に参加するために、ヒカリっていう存在から選ばれてここで戦うことになったみたいです。」

 コーツは腕を組み、左手の握りこぶしを口元に当てるようにして話を聞いていたが、話が終わると若い女性を振り返る。若い女性はタブレットに目を落としたまま、小さく首を左右に振った。

 「・・・ふむ。まあ、概ね間違ってはいないようだが、どうやって戦う?」

 「詳しくは分かりませんが、どうやら僕が一回目に目覚めた場所と、そこに一緒にいた女の子と関係があるみたいです。」

 「なるほど。君は・・・法理君は、ああいう機械の扱いが得意なのかな?その・・・元の世界で乗っていたとか・・・。」

 コーツは様々な憶測を頭に描きながら、慎重に言葉を選んで話しているようだった。

 「いえいえ!あんなの、乗ったことも触ったこともありませんよ!似たような戦闘機の操縦席なら映画やテレビで見たことはありますが、実物を見たのは初めてです。ましてや乗ったことなんて・・・。」

 崑太が両手を振りながら否定すると、コーツは不思議そうに崑太を眺めて言った。

 「それなのに、なんで戦うことを決めたんだね?初めて見た機械で、どうやって戦うつもりだ?」

 「わかりませんけど、やるしかないんですよ。そうしないと僕は元の世界に帰れない。そんな気がするんです。」

 コーツは真剣な表情で、崑太を長い時間見つめていた。その鋭い視線は、心の奥底まで届いて、自分の内面をくまなく探られているような感覚を覚える。長い長い沈黙の後で、ようやくコーツが口を開いた。

 「わかったよ、法理君。つまるところは、君は我々の戦争に、期せずして巻き込まれてしまったわけだな?そして、法理君も自分の世界へ帰るという目的のために、戦うことを決意してくれた、と。」

 崑太は無言で、力強くうなずいた。

 「それなら、我々は貴君を歓迎する。ようこそ、アキツシマへ。いろいろと尋ねてすまなかった。体調がいいようなら、これからすぐに自室へ案内させるが、どうだね?」

 崑太は了承すると、コーツは少し休んだら艦内を案内させる、と告げて、報告のために戻っていった。残された若い女性が崑太を案内してくれるようだった。

 若い女性はジェナと言い、19歳だと言うが、すでに軍人として5年の服務経験を有していた。道すがら、今の時代の学校生活について話を聞いたが、どうやら年齢的な制約はまったく無くなっており、学力や体力の基準さえ満たせば、誰でも「アカデミー」と呼ばれている学校に通えるらしい。そこでも、履修期間は定められておらず、最初に通うこととなる初等校から、最高学府となる高等士官校までを7年で履修し終えた記録があるという。

 医務室から通路を歩いたり、エレベーターのようなものに乗ったりしながら、5分程度で居住区のようなところについた。表示は「ゲストフロア」となっており、通路の装飾が煌びやかになり、壁のあちらこちらに絵画や、美術品のようなものが置いてあった。通路の両側に豪華な装飾の扉が複数並んでおり、ジェナはその中の一つに崑太を案内した。

 「ここが、あなたがこれから過ごす部屋になるわ。気に入ってもらえるといいけど。」

 魅力的な笑顔をこちらに向け、ジェナが入り口のコンソールに指を走らせると、音もなく扉が両側に開いた。中は驚くほど広く、正面には大きな水槽が設置され、中には色とりどりの魚が泳いでいた。床はフカフカの絨毯で、油断すると足首まで埋まってしまいそうな気がする。両側に大きな左右開きのドアがあり、崑太が部屋に足を踏み入れると、右側のドアが開いて、中からあの女の子が飛び出して来て、崑太に抱き着いた。

 「メートル!無事だったのね!良かったー!」

 女の子はそういうと、崑太の胸に顔を埋めながら、ぴょんぴょん飛び跳ねた。 

 ジェナが目を丸くして驚いているのが視界の隅に入ってきたが、自分も同じような顔をしているに違いないと思いながら、崑太は女の子の両肩を掴んで引き離す。

 「待った、待った!僕は法理崑太。君とは今日初めて会ったんだよ?誰かと勘違いしてるんじゃない?」

 肩を掴まれながら、なおニコニコしていた女の子が、急に真顔になる。

 「何言ってるの?あー、記憶の交換がうまくいかなかったのね!じゃあ、もう一度!」

 そういうと、女の子が両手を伸ばし、崑太の顔を引き寄せて口づけようとする。

 「わあ!ちょっと!何する気⁉」

 「何って、記憶の交換じゃない。さっきはメートルが気を失ってたから、うまくいかなかったのかもよ?もう一度しよ?」

 「するって、何を⁉」

 「だーかーらー!記憶の交換‼」

 「えぇ⁉それって、具体的にどうやるの?」

 「はぁ?舌と舌を絡ませるに決まってるでしょ!さっきはメートルが気を失ってたから、うまく絡ませられなかったの!」

 そう言うと、女の子がグイグイ顔を引き寄せる。意外と力が強い。崑太がかろうじて顔を背け、頬と頬がぶつかるように反らすことができた。

 女の子は明らかに不満そうに崑太を突き放すと、さらに飛び掛かろうと身構えた。

 「ちょ、ちょ、ちょっと!まず、一回落ち着いて!冷静に!」

 崑太が両手を前に突き出して、防御の姿勢を取る。女の子は構えを解いて、両手を腰に当てると、フンッと鼻を鳴らした。

 その様子を見て、一呼吸おいた崑太が、ゆっくりと確かめる。

 「えーと、記憶の交換って言うのは、つまり、キスするってこと?」

 「そうよ!舌って言うのはこの肉体の中で一番敏感な部分なの。それに、脳に近いから記憶の交換には最適な部位じゃない。っていうか、そんなことすら忘れた?」

 女の子が心底呆れた、という表情で小首を傾げる。崑太にしてみれば、忘れていたどころか初めて聞いた話だったが、なるほど言われてみれば確かに有り得そうな話だ、と思わないでもなかった。だが、重要なのは次の部分だ。

 「それで、僕達は一度記憶の交換・・・つまりはキスしてるってこと?」

 「当たり前でしょ?それが通常の手続きなんだから。さっきK―DXの中で二人が目覚めた時に、もう済ませてるわよ。もっともメートルは気を失ってたけどね!」

 崑太は一瞬、気が遠くなりそうだった。苺花のために取っておいたファーストキスは、この見ず知らずの女の子に奪われたのだ。しかも、自分が気を失ってる間に。

 ふらついた崑太を見て、ジェナが支えようと近付きながら声を掛ける。

 「だ、大丈夫ですか?」

 途端に女の子がすごい勢いで、崑太とジェナの間に割って入る。

 「だーーーーっ!ちょっと!何よアンタ!」

 今にも噛みつきそうな女の子は、崑太を後ろ手に庇い、戦闘の姿勢を取る。

 「待った!待った!ちょっと落ち着いて!ジェナさん、僕は大丈夫なんで、ちょっと、どっかに座りましょう。」

 ジェナはカクカクとうなずきながらも、口からは反対の言葉が飛び出した。

 「あ、あの・・・案内はここまでで大丈夫だと思うので、あとはお二人でゆっくりと・・・。」

 「え?ちょ、ちょっと待ってください!もしかして、この子と同室ですか?」

 「ハイ・・・。あの、そのように指示されておりますが・・・。」

 「えぇ⁉だ、誰からですか?」

 「はい・・・あのぅ・・・」

 ジェナが、恐るおそる女の子をチラッと見る。

 察した崑太は、女の子に確認を取る。

 「あ、あの・・・もしかして、キミが指示したの?」

 女の子がキッと振り向いて、今度は崑太に噛みついてくる。

 「逆に聞きますけど、私たちが別々の部屋で、どうする気なの?またどこかの女を引っ張り込む計画じゃないでしょうね?」

 気が付くと、ジェナは既に通路に出ており、ひきつった笑顔でこちらに手を振っていた。

 「じゃ、じゃあ、あとで艦内を案内しますので・・・それまで、ゆっくりお休み下さい。それでは!」

 扉が閉まり、室内には二人が取り残された。

 未だ臨戦態勢の女の子を見て、崑太は深い溜息をついた。よりによって、自分の運命の手掛かりを握っていると思われた女の子が、思い込みが激しくてやたらと好戦的な、崑太が一番苦手なタイプの女の子とは。しかもその子とはキスを済ませていて、思い返してみればついさっきまで、二人とも狭い空間で裸で過ごしていたのだ。ヘタをすると、もっと驚愕的な真実が明らかになる可能性すらあった。

 「と、とりあえず、座ろうよ。なんか、すごく疲れた。」

崑太が今日何回目かの溜息をつきながらそう言うと、女の子は途端に心配そうな表情に変わり、崑太の腰に腕を回して、支えるようにしながら右側のドアを開けた。

 室内はさらに広く、豪華な作りだった。すぐ前に軽く10人は座れそうなソファが並び、間には高級そうな大きなテーブルが二つ置かれている。部屋はさらに奥の方へと続いており、大型のベッドの向こうに見える大きな窓には、いっぱいの星空が映っていた。

 女の子は崑太をソファに座らせると、どこかからコップに入った水を持ってきて、崑太に勧めた。崑太は冷たい水を口に含むと、この数分間の記憶を思い起こし、疑問を一つひとつ口に出していった。

 「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね?」

 そういうと、女の子はハッとすると同時に、ひどく悲しげな顔で、ポツンと一言告げた。

 「エナ。」

 「エナちゃんって言うんだ?僕が二回目にこの場所で目覚めた時、眩暈と同時にたくさんのことを思いついたんだけど、それは、さっき言ってた記憶の交換のおかげ?」

 「たぶん、そう思う。意識を取り戻した瞬間に脳に一気に情報が流れたから、眩暈がしたんだと思う。」

 「そっか。そうすると、キミが僕を補佐して、一緒に戦ってくれるっていう、ヒカリの使者ということだよね?」

 エナがこっくりとうなずく。

 「最初に目覚めた時に、操縦席みたいなところだったんだけど、それが戦うための兵器なんだね?」

 「そう。K―DX(ケーデックス)。私達の、ネガイの結晶。」

 そこまで言うと、エナはたまりかねたように崑太にすがりつく。

 「ねぇ、もう一回記憶の交換しようよ。いくら話してたってキリがないよ?」

 だが、崑太は躊躇していた。今日初めて会った女の子と、舌と舌を絡めるなんて、どう考えたっておかしな話だ。

 「そうだ、さっきから、僕のことメートルって呼んでたね?あれは?」

 話題を変えられて、不満そうにしたエナは、それでもボツリポツリと話し始める。

 「メートルは・・・あなたのこと。正確には、別の世界でのあなた。ずーっとずーっと別の世界で、一緒に戦ってた。私の大切な人・・・。」

 「じゃあ、僕とエナちゃんは、今までもずっとどこかで一緒に戦ってきたの?」

 エナは激しくかぶりを振った。

 「エナって呼んで!前みたいに!ねぇ、ほんとにおかしいよ?今ままでもこういう記憶の混乱がなかったわけじゃないけど、私の名前まで忘れるなんて・・・。」

 「じゃあ、やっぱり今回が初めてじゃないんだ・・・。」

 「そうだよ。私たちは二人ともヒカリの使者なんだよ?色んな世界のネガイに答えて、色んな世界で戦ってきた。そのたびに姿や形は違うけど、それでもケーデックスと一緒に戦ってきたのに・・・。」

 エナは、深い悲しみに包まれているようだった。自分がどれくらいの時間、彼女とともに過ごしてきたのかはわからないが、彼女の言うことが本当なら、少なくても彼女にとっては、唯一の知己である存在が自分のことを思い出せないでいる、ということだ。それが、辛いことだと言うのは、崑太にも容易に想像がついた。

 「ねぇ?もしかして、ケーデックスのことも忘れてるんじゃない?」

 エナの一言に、崑太は我に返る。確かに、その辺りのことは何も思い当たることがない。これは重大なことだった。戦争の真っただ中に戦闘のために送り込まれているというのに、当の本人がその戦闘の仕方どころか、それがどんな兵器なのか、どう動かしたらいいのかすらわかっていない、というのは致命的だ。

 崑太の表情を見て、エナも察したようだった。

 「・・・やっぱり・・・。どうするの?さすがに全部を口では説明しきれないよ?」

 ここに来て、崑太も覚悟を決めざるを得なかった。さすがに戦闘兵器の操縦方法を口で説明されたところで、どうにもなるものではないだろう。そうなると、やはり記憶の交換でメートルとしての記憶を得るしか方法はない。崑太にとっては、さらに苺花を裏切るような行為に及ぶしかないことに強い抵抗を感じるが、だからといってこのままでは役に立たないばかりか、犬死するのがせいぜいのところだ。それに、「生きて元の世界に戻る」という目的を達成するためには、いずれにしろこの戦いに勝つしか方法はないのである。

 「(そうだ、元の世界に戻るためだ。これは、言ってみれば仕方のない不可抗力のひとつに過ぎないんだ。)」

 崑太は無理矢理、自分を納得させようと必死だった。

 「こうなったら、記憶の交換、もう一度やり直すしか方法はないみたいだね。」

 こう言えば、今までのエナの反応から見て、間違いなくむしゃぶりついてくるだろうと思っていた崑太の予想に反して、エナは口元に残忍とも思える笑みを浮かべてこういった。

 「じゃあ、今度はあなたの方から試してみて。」

 挑発的な表情すら浮かべて、エナがこちらに体を向け、顎を上向ける。だが、その瞳は大きく開かれていて、まるで崑太の一挙手一投足を見逃すまい、としているようだ。

 これには崑太はお手上げ状態だった。苺花とのキスだったら、何度も想像を膨らませて

色々なシチュエーション、様々なバージョンが用意されていたが、そもそもその苺花ともこんな局面は迎えたことがないばかりか、今までの人生で母親以外の異性とキスをしたことなどないのに、こともあろうに戦争の真っただ中の戦艦の中で、今日初めて会った女の子と、映画でしか観たことのない、「舌を絡ませるタイプ」のキスを、自分から行わなければならないとは。ヒカリだか神様だか知らないが、幼気な男子高校生に何をやらせる気なのか、まったくもって理解に苦しむ。そんな崑太の気持ちを知ってか知らずか、エナはさらに挑発的な言動を崑太に浴びせるのだった。

 「するの?しないの?首が疲れるんですけど!」

 クソ。ほんとにいけ好かない子だ。だが、この一言が崑太の魂に火を灯した。

 崑太は、乱暴とも思える手つきでエナの顔を両手で挟み込むと、一気に顔を近付ける。それでもエナは動じることもなく、目は見開いたままだった。

 「ぁん、優しくして。」

 もう少しで口が触れる、というその瞬間、エナが小声で囁く。その吐息が、もろに崑太の顔面を襲った。瞬間、崑太はたまらずに顔と両手を離し、荒い息を吐いた。

 その様子を見て、エナは腹を抱えて笑い転げる。自分がひどく惨めに感じられるとともに、エナに対してちょっとした殺意さえ覚えた。

 深い深い溜息をつきながら、両手で頭を抱え込む崑太を見て、さすがに申し訳ないと思ったのか、笑い疲れたのか、エナが崑太に寄りかかり、肩と肩とを触れさせる。

 「ごめんごめん、イジワル過ぎたね。でも、ほんとにメートルじゃないんだね・・・。メートルなら、何も覚えてないにしたってキス一つであんなに手間取らないもん。」

 そう言うと、エナが崑太を振り向かせ、ゆっくりと唇を重ねてきた。それから、徐々に唇に力を入れて、崑太の口を開かせると、優しく丁寧に、舌を崑太の口の中に挿し入れてくる。全身の感覚が、舌先だけに集まったように感じた。それはしっとりと温かく、とても甘かった。無意識のうちに、両手がエナの体を抱きしめている。エナの両手もまた、崑太を優しく包み込み、ゆっくりと背中を擦っていた。

 ひとしきり舌を絡ませた後、エナは入って来た時と同じようにそっと、崑太から離れていった。

 崑太の深い感動をよそに、エナは記憶が蘇るのを確信したかのように、無言でじっと崑太の表情を眺めている。その態度は、実に落ち着いたものだった。

 数秒が経ち、数十秒が経過しても、さっきのような眩暈は襲ってこず、何かを思いついたような感覚もなかった。

 「・・・あ・・・れ?・・・。」

 崑太が当惑の表情を浮かべると、エナも合わせたように当惑の表情を浮かべる。

 「え?なに?」

 「いや・・・。特に何も思い出さないんだけど・・・。」

 「はぁ⁇そんなわけないでしょ!これ以上ないくらい、うまく言ったわよ!」

 「だけど・・・何も・・・。」

 言い終わらないうちに、エナが飛び掛かって来て、また記憶の交換を始める。今度はさっきより荒々しく、時間も長かった。離れると、今度はエナも荒い息を吐きながら、左手の甲で口元を拭った。

 しかし、やはり十数秒が経過しても、崑太には何も感じられなかった。

 表情でそれを察したエナが、ムキになって飛び掛かってくる。が、今度は崑太が冷静に受け止め、記憶の交換を阻止した。

 「待った。ひとつ確認したいんだけど、エナの方に変化はないの?」

 そう言われてハッとしたのか、エナがそそくさと崑太から離れ、一瞬記憶を辿るような表情を見せたが、すぐに我に返って崑太に向き直る。

 「私も、何も感じない・・・。」

 記憶の交換と言うからには、エナの方にも崑太の記憶が共有できてなければならないはずだったが、そうはなっていないようだった。

 「え?え?なんで?だって、ケイで最初の交換をした時は、完全ではないにしても上手くいったじゃない!」

 「そう、それなんだけど、その時、エナは何を感じた?つまり、僕の記憶を共有した時に。」

 「・・・そういえば・・・特に・・・何も・・・。」

 「それは、よくあること?」

 「・・・ううん。今までは、なかった・・・。」

 そう言うと、エナはぺたんと座り込み、頭を抱える。

 「どういうこと⁉私たち、どうなっちゃった?」

 「わからないけど、何か原因があることは確かだと思う。他になにか確認できる方法はないの?」

 「ある!ケイに会おう!」

 それが何なのか、エナは説明しなかったが、今は説明よりも実際に試してみる方が先だった。エナは小走りに通路に出て、エレベーターへと向かい、さっさとエレベーターに乗り込もうとする。

 「エナ?ケイの場所はわかってるんだよね?」

 崑太の問いかけに、エナが急ブレーキを掛けたため、止まり切れなかった崑太は顎をしたたかにエナの後頭部に打ち付けてしまった

 「そういえば、知らなかった!」

 今やっとその事実に気が付いたらしく、自分でも驚いたのか、紫色の瞳がさらに大きく、丸くなったようだ。それにしても、これではまるでコントの再現だ。エナは大人びた部分もあるが、こういう幼稚な部分も併せ持っているようだった。崑太は、ジンジンする顎を擦りながら、元の世界に帰る確率が、また少し下がったような気がした。

 いずれにしてもゲストフロアで待っていても、ケイの場所を知っている人に会える確率は少ないので、結局はエレベーターに乗り、とにかくここの事情に詳しい人物と話をしなければならない、と考えた崑太はエレベーターに乗り込んだ。

 「結局乗るならそのままで良かったじゃない。」

 エナが小声でブツクサ言うのが聞こえたが、あえて無視してコンソールに視線を落とす。表記は日本語と英語、それから数字の羅列でされている。地球統一政府の公用語が2種と、どちらも読むことができない他惑星人のために、この宇宙の共通認識とも言える数字が表記されている。数字なら文字を覚えるのはたった10個で済む。その分複雑な文章には膨大な数の数字の羅列が必要となるが、このような案内のための単語なら、その心配はなかった。アキツシマは地球で建造されているのでこのような表記だが、他惑星で建造された艦については地球人が数字を読むこととなる。

 二人は相談の末、ここはやはり「艦橋」にしようと決めた。ここなら偉い人もいるだろうから、何事においても話が早いはずだ、と言うのがその理由だ。

 音もなくエレベーターが動き出すと、先ほどよりもだいぶ早く扉が開く。エレベーターの先には巨大なガラスの壁があり、入り口には武器を携行した歩哨が配置されていた。ガラスの壁は高さが20mほどはあるように見え、壁の中ほどには通路が設けられ、そこにも歩哨がいるが、それ以外のところは艦橋の内部が丸見えだった。大きな吹き抜け式の艦橋は、前面に巨大なモニターが3×3枚並べられており、今は上段と中央の2列6枚に星空(宇宙空間)が映し出され、下段の3枚はそれぞれ別の個所をモニターしているように見えた。入口から一段低く設置された床面は区画され、それぞれにコンソールやモニターが並んでおり、こちらからだと座席に着いている何人かの頭が見え隠れしているような状態だった。部屋の中央部に、左右の通路と繋がっているロフトのような部分があり、一部しか確認できないが、おそらくあそこが「偉い人」がいる場所に違いない。

 二人は意気揚々とエレベーターを降りたが、当然のように歩哨に咎められた。

 「そこで止まれ!ここは許可のないものは立ち入りが制限されている!」

 目の前の二人は携えていた銃を構え、二人に銃口を向けた。上部通路の歩哨もそれに倣う。途端にガラスの壁に色が付き、向こうの様子が見えなくなると、左右の通路からも応援の歩哨が現れた。二人は、エレベーターを降りて2秒で、合わせて10丁の銃口を向けられることになってしまった。

 驚いて反射的に両手を挙げた崑太に対し、エナはむしろ胸を張って一歩前に出ると、堂々と名乗りを上げる。

 「下がれ!下郎ども!誰に武器を向けておるのか!我らは故合って遣わされたヒカリの従者である!立場も弁えず噛みつく気ならば、その首、野良犬のように縊り落としてくれるぞ!」

 華奢な体から発せられたとは思えない、実に大きな声だった。その音圧で、全ての壁がビリビリと揺れるようだった。歩哨の反応は瞬間的で、全員が全員、武器を取り落として不動の気を付けの姿勢を取る。中にはガタガタと震えだしている者までいた。エナはそんな歩哨たちを、まるでねめつけるようにして、威圧を続けている。

 突然、右側の扉が大きく開かれ、中から転がるようにして一人の女性が現れ、二人の前の床に平伏した。驚くほどに痩せていて、着ている服からして、兵士でも士官でもないのが見て取れた。それはまるで、教科書で見た古代の巫女のような服装だった。

 「平に、平に!どうか荒ぶる御霊をお鎮め下さいますよう!この者ら、仮初の主の命に従うより法のない、下賤の者どもでございます!どうか!どうか!」

 額を地面に擦り付けるようにして哀願する。この女性も激しくその身を震わせている。

 「汝、何者か!いくばくかはこの世の理を解すると見るに、名乗らぬは無礼であろうぞ!」

 「お、畏れながら申し上げます!わ、わ、我が名はハシミと申し、ヒミコの末席に名を連ねる、塵芥のごとき小さき者にございます!ほ、本来ならば御光臨に際して神籬侍して参らすところ、月の障りにて穢れた身なれば、謹慎自重より他なく、このような仕儀に相成りましたること、伏し伏して、ただただ詫ぶのみにございます・・・。」

 最後の方は消え入りそうに小さな声だった。恐怖のあまり気を失いそうになっているようだ。現に、歩哨の何人かは失神して倒れていた。エナは、足元で震えるハシミに一歩近付くと、静かに語り掛ける。

 「ヒミコ・ハシミ。そなたの罪を赦する。顔を上げよ。」

 名前を呼ばれてひと際大きくビクッとしたハシミは、顔を上げようとしてなかなか上げられないようだった。エナは静かに待っているのみだ。やがて、ごくごくゆっくりと、震えに逆らうようにハシミが顔を上げていく。驚くほどの長い時間を掛けて顔を上げたハシミは、閉じた目からボロボロと涙が流れるままに任せていた。徐々に徐々に、その瞼も開かれていく。エナが、こちらも驚くほどゆっくりと、右手をハシミの額にかざす。

 「あ、ああっ!」

 ハシミが歓喜の声を上げると、倒れ込むのを必死で支えるように両手を突っ張った。

 「そなたの真心、確かに受け取った。これよりはなお一層、ヒカリの声がそなたに届くことになろう。心して励め。」

 慈愛に満ちた、優しい声だった。まるで母親が生まれたての赤子に語り掛けるかのような響きが感じられる。ハシミの体は未だに震えていたが、先ほどまでの恐怖の慄きではなく、それは深い感動そのものを現しているかのようであった。

 「さて、ハシミよ。我々は我らの宙船を探しておる。案内せよ。」

 ハシミは、ハハッとため息とも呻きとも聞こえる声を発すると、一旦平伏し、そのままの姿勢でするすると後退した。そのまま立ち上がると、放心状態の歩哨の頬を張って意識を取り戻させ、何事かを告げる。

 歩哨はハッと直立し、大きくうなずくと、通信機に向かって何事かを報告した。

 

 その頃、艦長室で崑太からの聴取内容をギレットに報告していたコーツは、ギレットに促され、一つのモニターに注目した。ちょうど二人が歩哨に取り囲まれている場面だった。音量を上げ、一部始終を見ていたギレットとコーツは顔を見合わせる。

 「たいしたものね。武装した兵士たちを一声で戦闘不能にするなんて。どうやらヒカリからの使者と言うのは嘘ではないようね。・・・それにしても、なぜ彼らは艦橋にアクセスできたのかしら?」

 本来であれば、艦橋に出入りを許された者以外がリフト(崑太はエレベーターと呼んでいるが)に乗ったところで、艦橋までは到達できないように設定されている。だが、二人はいとも易々と艦橋までたどり着いている。もしこの二人が、艦を占拠しようと目論んでいたならば、歩哨の対応ぶりを見ても、簡単にその目的を果たしてしまっただろう。艦の全てを預かるギレットにしてみれば、それは看過することのできない重大事となる。それは、艦の内務の責任者でもある、コーツにとっても同じことだった。

 「大至急、調査します。」

 コーツは、自分が対応を誤ったことを恥じた。本来であれば、例えそれが子供と言えども、素性の知れない存在を見張りもつけずに自由にさせることなど、考えられなかったが、「ヒカリの使者を発見した」という先入観と、見るからに無害そうな二人の言動や行動を見て、完全に油断をしていた。

 「まあ、無理もないわね。ヒカリに懐疑的な私でさえ、彼らがここまでやるとは、想像すらしなかった・・・。お互い、気を引き締めましょう。」

 「はっ!」

 コーツはあらためて舌を巻いた。「たいしたもの」がここにもいる。さすがに若くして艦長を務めるだけのことはある、と以前からことあるごとに感心してきたが、よも艦の指揮権を奪われかねなかった事態を前にして、冷静に事実を客観視している。さらに、倍近い年齢の部下の失態を責めるでもなく、自分の非を認めながら「今後は気を付けるように」との戒めも忘れていない。

 「どうやら彼らは彼らの乗り物に用があるようね。いい機会だから私も会ってみようと思うけど、どうかしら?」

 ギレットは椅子から立ち上がると、一応はコーツに同意を求めてきた。だが、ギレットが微笑みを浮かべながら求めてくる同意に抗する術を、コーツは持ち合わせていない。一緒に勤務してから日も浅い方だが、コーツはすでにナオ・オーウチ・ギレットという人物に、心酔している、と言っていい。ギレットの方でもそんなコーツを見透かしているようで、現に今もこちらが返答する前に、彼女は上着のジッパーを締め、キャップに髪の毛をたくし込んでいるところだった。返答がどうあろうと、彼らに会うつもりになっているのは間違いなかった。

 「では、私が艦橋に。」

 ギレットは軽くうなずくと、コーツをそのままに、艦長室を後にした。 

 艦橋の前では、ハシミが恭しくエナに間もなく迎えが来ることを伝え、待たせてしまう非礼を詫びた。エナは軽く手を振ってそれを流すと、ハシミはさらに恭しく後ろへと下がる。

 尊大な態度を崩さないエナに、崑太が小声で話し掛ける。

 「すごいな、さっきの。どんな技を使ったんだ?」

 エナがチラッとこちらを見てから、口元を隠して崑太の耳元で囁く。

 「ハッタリっていう技よ!馬鹿ね!」

 崑太は驚いて目を丸くすると、エナはウィンクで答え、また元の尊大な態度に戻って立っていた。

 それから間もなく、今度は左側の入り口から、作業用の上着とキャップを被った女性が現れた。女性が歩哨に命令し、それぞれの持ち場に戻してから、二人に話し掛けてきた。

 「私が本艦の艦長、ギレットです。乗員を代表して先ほどの非礼を詫び、お二人の乗艦を心より歓迎致します。」

 それは、実に堂々とした第一声だった。威圧的とも思えないのに、こちらに有無を言わせない迫力がある。エナも同じことを感じたのだろう、イニシアチブを渡すまいと、必死の抵抗を試みるが、その声は先ほどとは程遠く、多少上ずってさえいた。

 「ぶ、無礼であろう!被り物を取ってはどうか!」

 「この艦では、作業区に向かう乗員はすべて保護帽を被るように定められております。それが誰であろうと。お二人はご自分の乗り物をお探しなんでしょう?それは格納庫にあり、格納庫は作業区となっております。」

 エナの完敗であった。この人物にハッタリは通用しない。

 「む・・・それではそちが案内してくれるのか?」

 「はい、喜んで。」

 そう言うと、ギレットはどこからかキャップを二つ取り出し、とびっきりの笑顔で二人に手渡す。

 まるっきり大人と子供の戦いだった。無茶を言う子供を軽くあやして言うことを聞かせる、大人の余裕がギレットにはあった。エナも負けを悟ったようで、むっつりとキャップを受け取ると顔を隠すように目深に被った。

 ギレットは二人をエスコートし、リフトへと乗り込む。リフト内は、重苦しい空気で満たされており、崑太は女性二人に挟まれて居たたまれない気持ちになった。何とか空気を変えようと、ギレットに話し掛ける。

 「あの・・・さっきはすみませんでした。お騒がせしちゃって・・・。」

 ギレットが振り向き、意外そうな顔つきで崑太を見る。並んでみると、ギレットの方が頭一つ分身長が高かった。

 「大丈夫よ。本来なら営倉行きだけど、二人はまだ民間人の扱いだから。そうそう、それと、あなたたちのパスだと本当はリフトで艦橋までは来られないはずなんだけど、どうやったの?」

 いかにも打ち解けた様子で問い掛けてくる。崑太は経験上、年上の女性のこうした態度には気を付けるようにしている。思わぬところで足元を掬われかねない。それがエナを手玉にとった艦長なら、なおさらのことだ。

 「え・・・どうって・・・普通にそこに表示されてたので・・・。それに、僕達パスなんて持ってませんよ?」

 崑太はコンソールを指さしながら、当惑した表情を浮かべる。

 「オリエンテーリングもまだだから知らないと思うけど、パスはここに。」

 そういうと、ギレットが人差し指で崑太の胸をつつく。そこには「G002」と書かれたプレートが取り付けてあった。

 「Gはゲストの意味よ。それがパスになってて、ゲストフロアの出入りは自由だけど、それ以外の場所にはアクセスできないようになってるの。」

 その時、エナが崑太の脇腹をつつく。振り向くと、エナが何かを崑太に手渡した。その様子に気付いたギレットも、崑太の手の平を覗き込む。そこには「ジェナ・E・コンスタンツ」と書かれていた。

 「呆れた!ジェナのパスを盗んだの?」

 目を丸くしたギレットに、エナが小声で答える。

 「万が一のため。あなたたちが味方かどうか、まだわからなかったから。」

 ギレットは、やれやれというように両手を広げ、崑太からジェナのパスを取り上げると胸のポケットにしまう。

 「とんでもない天使さんね!でも、私があなたの立場でも、チャンスがあれば同じことをしたでしょうね。その洞察力と行動力は生き残るためには必要かも知れない。」

 今度は崑太とエナが目を丸くする番だった。今度こそ間違いなく怒鳴り散らされるかと思えば、まるで「よくやった」と言わんばかりの言葉が掛けられるとは、思ってもいなかった。

 「それで・・・どうかしら?少なくても私たちが敵じゃない、っていうことはわかってもらえた?」

 またあの声だ。大人が子供をあやすときの声。

 果たして、エナは素直にコクッとうなずくと、小さく「ごめんなさい」と呟いた。

 「わかってもらえたなら、良かった。はるばる迎えに来た甲斐があったわ。私もあなたたちが敵じゃないことはよくわかったから、最初からやり直して、協力していきましょう。お互いに、やらなくちゃならないことがあるでしょ?」

 そう言うと、ギレットはまずはお互いをどう呼ぶか決めようと提案し、ギレットはそれぞれを「崑太くん」と「エナちゃん」と呼ぶことになり、二人はギレットを「ナオ」「艦長」と呼ぶことになった。ナオと呼び捨てにするのはもちろんエナだ。崑太はいくらなんでも呼び捨てはない、と反対したが、逆にギレットがその方がいい、と提案を歓迎する意向だった。

 ギレットとしても、エナの神秘性を残していた方がいろいろやりやすい、というのがその理由だった。さきほどのヒミコや歩哨の感じたエナへの畏怖の念は、おそらくそれほどかからずに艦内全域に広まるはずだった。それを信じる者、疑う者はいるだろうが、事実は事実として語られることになるだろう。それを今更覆すよりは、「艦長でさえも呼び捨てにする立場」にエナを置き、逆にギレットが親しみを込めて「エナちゃん」と呼ぶことで二人が信頼に基づいた強い協力関係にあることを知らしめ、艦の統率をより一層強める効果が期待できる。

 それから、軍人としての階級は設けない代わりに、「艦長付き対ケガレ戦闘オブザーバー」という役職を与えられることになった。これで、艦全体の指揮権からは独立して自由に活動することが可能になる。あらゆる行動の報告は艦長のみに行うこととなり、必要があれば艦長が指揮権を発動して部下を動かせる。

 ギレットが次々と行う提案に、エナはノリノリで次々と承諾の意思を伝えていく。聞こえは良いが、二人はギレットにがっちりと首根っこを抑えられたということには気付いていないようだった。いつの間にか、リフトの移動も止まっているようで、ギレットがこの時ばかりと様々な要求を繰り出すために、意図的に止めたに違いなかったが、ギレットの自尊心をくすぐる絶妙な言い回しに、エナはそれにすら気付いていないようだった。

 崑太はあえて知らないフリを決め込み、ギレットの策に乗ることにした。

 どう考えても、ギレットにある程度のイニシアチブを握らせている、と思わせた方が得策なのは間違いない。なにしろ、少なくても半径数光年以内には、ギレットより立場が上の人間はいないのだ。

 「あら、リフトが止まっていたようね。」

 大まかな取り決めは済んだ、ということなのか、ギレットはさりげなく、もしくは白々しく、そう言った。言いながら、チラッと崑太に視線を送るあたり、やはり油断がならない相手だ。

 リフトを降りると、そこはハンガーの中二階のようになっており、視界はかなり開けているが、それでも奥の方はかすんで見えるほどに広大だった。すぐ下に整然と並んでいるのは亀の甲羅をSFチックにしたような形で、未来的な戦車にも見えた。違うのはキャタピラがないことと、上部に戦車のような砲塔はなく、代わりに左右の側面に車体の2倍はありそうな砲身が二本付いている。目の前に並んでいる車体は白でカラーリングされていたが、奥の方には黒やくすんだオレンジでカラーリングされたものも見え、部隊ごとに色分けしているのかも知れなかった。整備員のように見える多数の人影に混ざり、バインダーを片手に何かを指図している制服を着た人間と、ヘルメットを片手に談笑するパイロットのような人影もちらほらと見える。

 「ここは空間戦車と呼んでる、我々の主力兵器のハンガーなの。荒っぽい人が多いから気を付けてね。さ、こっちよ。」

 ハンガーはどうやら何層かの構造に分かれているようだった。ギレットは先頭に立って進むと、小ぶりなリフトに乗り込み、コンソールをタップする。

 ほんの数秒でリフトが停止し、扉が開くと、目の前には頑丈そうな金属製のシャッターと、その前に立つ歩哨の姿が見える。歩哨はギレットに気付くと気を付けの姿勢で挙手の敬礼を送る。ギレットは歩きながら答礼し、シャッターの前で立ち止まった。シューッとエアバルブが開いた時の音とともに、シャッターが左右に開くと、中は左右に伸びる通路になっており、一部がガラス張りの壁の向こうに、研究者のステレオタイプのような人間が5、6人と、驚くほど背の高い、薄緑色の人物がいた。そこはコンソールと各種の装置が多く置かれた研究所のようで、中の人物が一つのモニターを前にして、様々な議論をしているように見えた。そして、その部屋の向こう側の壁も、通路と同じく一部がガラス張りになっていて、その中に真珠のような光沢を放つ、コンテナのような物体が見えた。コンテナは時折白色が強くなったり、薄い金色になったりと、色調が変わっている。

 エナが、ガラスに張り付くようにして歓声を上げた。

 「ケイ!」

 薄々気付いてはいたが、やはりあれがK―DXということになる。ここから見える限りでは、兵器のような感じには見えず、コンテナをいくつか組み合わせただけの建物のようだ。先ほど見た戦車に比べると、とてもこれが究極の兵器とは思えない。

 まだガラスに張り付いているエナを促し、ギレットが先に進む。10mほど先に見えるドアに向かっているようだった。ドアをくぐると、そこは小さな部屋になっており、奥の机では制服を着た女性が、こちらを向いて何かの入力作業をしている。ギレットは立ち上がろうとするその女性を、左手を上げて制し、右側にあるエアロックへと進み、扉を抑えて二人に入るよう手振りで示した。

 「この向こうはクリーンルームになっているから、ここでエアシャワーを浴びてもらうわね。強い風が出るけど、我慢して。」

 ギレットが言い終わるか終わらないうちに、轟音とともに全方向から強い風が3人を包み込んだ。数秒で風が弱まると、床を縁どるように青色のライトが灯り、向こう側のドアが開く。その先が、先ほど通路から見えた研究所のような部屋だった。

 3人の入室に気付いた、一番年長に見えた男性がこちらに向かって声を掛けてくる。

 「艦長!すみません、何からご報告したら良いものか、検討しているうちに・・・。」

 どうやらこの男性は、報告の来ないことに苛立った艦長が様子を見に来たとでも思ったらしい。ギレットはここでも左手を上げて男性を黙らせる。

 「こちらの二人が、一緒に保護したこの機械の搭乗者です。もしかしたらこのお二人が皆さんの悩みを解決してくれるかも知れませんよ?それで、今は何を?」

 「今も何も、すべてが未知です!つまり、何もわかりません。この独特の光沢を放つ装甲の素材すら、ケイ素と鉄とキトサンの成分が含まれている、ということがわかっただけで、残りの80%以上が未知の物質なんです!」

 明らかに興奮した口調で男性がまくしたてる。

 「放射線や有害物質は検出されていないのね?」

 「ああ、そのことならまったく問題ありません。・・・つまり、我々の知る限り、という意味ですが・・・これだけわからないことが多いと、何とも・・・。」

 二人のやり取りを聞いていたエナは、とうとう我慢ができなくなったらしく、会話に割って入る。

 「何も問題ないわ。おかしなことがあるようなら、ケイが自分で教えてくれるから。ねぇ、それより向こうに行ってあげていい?あの子、怖がっているみたい。」

 「怖がっている?」

 「そう。私やコンタもだけど、ケイもこの世界にはまだ慣れてないの。何もかもが初めてのところに、一人で閉じ込められて、あれやこれや調べられたら誰だって怖いでしょ?」

 ギレットはこの表現を、エナの機械に対する強い思い入れが言わせている言葉だと認識したらしい。崑太にしてもそうだったが、この認識が誤りであったことは後に判明する。それよりも、エナが初めて自分を「コンタ」と呼んだことの方が気になった。

 「ええ、じゃあ、行ってあげて。私はもう少しここで話をするわ。モンス少佐?お願いできる?」

 「わかりました艦長。さあ、こちらへ。」

 モンス少佐と呼ばれた長身の人物が二人を案内してエアロックの方へ戻りながら話し掛けてくる。

 「紹介が遅れました。私はヒュノトー星から科学士官として乗艦している、モンスと言う者です。ヒカリの方々と実際にお話できるとは、大変光栄に思います。」

 初めての宇宙人を目の前にしても大して驚かないのは、記憶の交換のおかげなのだろうか、と考えながら、崑太が後に続く。

 「僕は崑太と言います。この子はエナ。こちらこそ、お会いできて光栄です。」

 こういう言葉がすらすら出てくることも、ギレットとのやり取りの最中に考えたことも、今までの崑太からは想像できないほどに冷静で、論理的な思考だ。そもそもこれだけ異常な事態に遭遇しているのに、恐怖や不安というものをほとんど感じない。エナの言うところの「メートルの記憶」がそうさせているのか、それとも崑太自身が別の自分になってしまったのか、いずれにしても、昨日までの自分とは根本的に何かが違っているようだ。

 エアロックを抜け、制服姿の女性の前を通り、逆のドアを開けると、右手に今通ってきたのより大きく、厳重なエアロックを通り、ケイが置かれている部屋に出る。

 目の前に見えるのは、左右にコンテナを少しの隙間を空けて二段重ね、中央部の細くて縦に長いコンテナで繋いだようにも見える物体だった。よく見ると、左右のコンテナは下段の方が上の物より二回りほど大きく、上段のコンテナの上部は少し丸みを帯びている。

 中央で左右を繋いでいるコンテナはさらに複雑な形をしており、左右のコンテナよりもだいぶ奥の方で左右を連結していて、下部には隙間があった。

 エナが小走りでコンテナを回り込むようにしているところを見ると、どうやらこちらは後方となるらしい。モンス少佐は立ち止まって感慨深げに物体を見上げていたが、崑太はエナを追って前方に回り込んだ。

 前方から見る印象は、後ろからのそれとはだいぶ違いがあった。左右のコンテナはより小型になり、形は前方がロケットの先端のような丸みを帯びていた。こちらは中央部のコンテナに左右に一つずつ取り付けられているようだ。中央部のコンテナは新幹線の先頭車を上下逆さにして取り付けたと思わせる外観で、後ろからでは気が付かなかったが、前方に向かって下がるような、若干の傾斜が付けられている。つまりケイは、大きさや形の違う7つのパーツで構成されているということだった。パッと見た感じ、戦車のような砲塔も、戦闘機のようなミサイルもついてはいない。それに、噴射口や窓、兵器に付き物のそれっぽいギミック的な物も、何一つ見当たらない。質感は金属のようでもあり、樹脂のようでもあるが、どの面を見ても滑らかで、継ぎ目や隙間のような物も見つけられなかった。

 戦闘兵器にはもちろん見えないし、どこからどのようにして乗り込むのかも、皆目見当がつかない。

 エナが両手を上に伸ばし、中央部の先端に触れると、表面に光の筋が縦横無尽に走り、後方からは重い金属が高速で回転しているような低い唸りが聞こえてきた。

 「よしよし、もう大丈夫。怖くないからね。」

 エナが語り掛けると、今度は先端部の表面に集中して光の筋が走り、形を変えながら明滅を繰り返す。まるで何かを答えているようにも見える。

 「崑太も触ってみて?」

 そう促され、崑太も先端部に手を触れさせる。途端に手を中心に光の筋が現れ、同じように明滅を繰り返した。その明滅の度に、崑太の脳に言葉が浮かぶ。音として聞こえているのではなく、音のイメージとして言葉が伝わってきているようだった。最初は「た」とか「あ」というような一文字ずつのイメージだったが、それは徐々に繋がり、「キタヨ」や「イッショ」と言うような単語になった。崑太は魅入られたように光の筋を見つめていたが、視線を感じてエナを見ると、エナが満面の笑顔で崑太を見つめている。

 「どう?何か感じた?」

 「驚いた。短い言葉だけど、ちゃんと理解できる。」

 「と、いうことは、やっぱり間違ってない。」

 「間違ってないって?」

 「メートルではないけど、少なくてもコンタがヒカリに選ばれてここに来たってこと。」

 「じゃあ、僕はメートルって人の代わりに選ばれたってこと?」

 「それは・・・わからない。・・・けど、ケイと話せるってことは、メートルと無関係ではないはず。話せるのはメートルと私だけなの。」

 「それはどうして?」

 「ケイはメートルと私で作ったの。意思を疎通させたくて、メートルは自分と私の意識の欠片をケイに与えた。だから、話せるのはメートルと私だけ。他の人にはただの機械。」

 エナの話が本当ならば、やはり自分はメートルと言うことになる。記憶の交換も、実はうまくいっていて、一部の記憶だけが欠落しているか、思い出すのに時間がかかるということなのか知れない。

 その時、ケイが警告を発してきた。「キタ」「テキ」「チカク」という単語が繰り返される。

 

 艦橋では、タウラが悲鳴に近い警告を発していた。

 「異相反応探知!コース、マークともに000、距離直近!接触!接触!接触!」

 「いかん!操舵、面舵一杯!シールド最大!」

 コーツが命令を発し終わる前に、アキツシマが激しい衝撃に揺さぶられる。シールドは間に合わず、アキツシマの左前方が異相反応に触れてしまい、激しく損傷する。途端に各種のアラートが前方のモニターを覆い尽くし、艦のあらゆるところから悲鳴と衝突音があがった。艦橋も例外ではなく、立っている者はもちろん、座席に座っていたものも投げ出され、血を流している者もいた。

 衝撃はさらにアキツシマを襲い、今度は右の中央構造物が損傷を受けたが、揺れは最初の衝撃よりも小さかった。緊急時の慣性ダンパーが作動したことがモニターに表示される。

 「状況知らせ!」

 コーツが立ち上がり、艦長席に座ると、制服のベルトについたハーネスが自動で座席と体を固定する。右手でコンソールをタップし、画面に表れている損害状況を重要度が高い物からにソートし、一時的な状況の確認に入る。この画面に表示されるのは艦搭載のダメージコントロールシステムが検知したものだけであるにも関わらず、その項目は20を優に超えていた。一番損害が大きいのは艦の左舷前方に位置する発艦デッキと、それに付随する出撃待機用のハンガーで、現在は回収時に待機となっていたアックス隊の空間戦車12台が配備されていた。だが、位相空間に触れた衝撃でハンガーの大部分が崩れ、発艦デッキを使用不能にしている。現場要員からの報告はまだ上がってきていないが、死傷者は相当な数に上るに違いない。また、フェイザーターレットの22%とシールド発生装置のモジュールの一部が失われたことで、艦の左舷前方は攻撃の死角となり、防御の綻びとなってしまった。損傷は左前方のフレームにまで及び、付随して発生した亀裂や歪みが艦全体のコントロールに影響を及ぼしていると診断された。各所で火災やエネルギーの漏出が発生しており、被害のますますの拡大が懸念される。

二回目の衝撃で起こった右舷の中央構造物の損傷は軽微なものだったが、長距離通信用のアンテナが破壊され、修復が完了するまで、アキツシマの交信範囲は通常の半分以下に落ちている。軽微ではあるが重大な損傷となった。

「副長!ケガレが出現します!左舷後方に3体!」

再びタウラが悲痛な叫びを上げる。コーツはポインターを操作して左舷後方の光学センサーからの情報をモニターに映す。艦との対比から、1体が30mほどの大きさと見積もると、各部に次々に指示を飛ばして対策を講じた。

「操舵!マーク030、コース045!速力最大!ケガレを前に回り込ませるな!」

「操舵、アイ!」

「火器管制!ケガレ3体を随意に攻撃!正確に狙うな!弾幕を張って牽制するんだ!」

「火器管制、アイ!」

「攻撃隊!即応できる部隊はあるか?」

「・・・・・。」

「攻撃隊!マーカス!」

「・・・・・。」

攻撃隊長のマーカス少佐からの返答はなかった。

「クソっ!」

 コーツが毒づいた時、映像通信が入る。

 「あー、こちらセイバー隊リーダーのショウ大尉です。割り込んですいません。私とビー少尉の機は着艦デッキで整備待ちでしたので、着艦デッキを開けてさえもらえれば出られます。」

 セイバー隊は先ほどまでケーデックス回収のための任務についていたが、最後まで哨戒していたため、まだ格納のための整備を終えておらず、着艦デッキで機上待機していたのだった。

 「2機だけか?ケガレは3体いるんだぞ?」

 ショウ大尉のどちらかと言えばのんびりとした話し方に苛立ちを覚えたコーツは、鋭い口調で応答した。

 「正確には3機ありますが、バリス兵曹はルーキーでして・・・。今回の場合は我々だけの方が戦力は上がりますよ。」

 ショウ大尉の提案には一理あった。数では劣ることになるが、バリス兵曹を気に掛けながらの戦闘は数の差以上に戦闘に悪影響を及ぼす可能性があった。コーツはそれでも一瞬ためらったが、ショウ大尉の提案を受け入れることにした。とにかく、今は体制を立て直す時間が欲しかった。

 「よし、大尉に任せる。倒す必要はない、とにかく一秒でも多く時間を稼いでくれ。頼んだぞ!」

 「アイアイ、サー!」

 そう言い残して、画面は消えた。

 

 「よぉし、聞いてたな?ビグ、バリス?」

 ショウが通信を部隊内に切り替え、相変わらずのんびりした口調で呼び掛ける。

「OK、ボス。私たちのターンだね」

 ビグもまた、戦闘前の気負いは全く感じられない。

 「じ、自分も出ます!て、敵は3体ですよ?」

 「いいぞ、バリス!それでこそセイバーの一員だ。だけどな、今回は留守番だ。その代わり俺のコクピットカメラを映してやるから、しっかり見て勉強するんだ。お前の初陣にはもっと激しいのを用意してやるからな!」

 「良かったじゃない!ボスのコクピットカメラ見られることなんて、なかなかないよ!録画しておいて、あとで私にも頂戴!」

 「・・・わかりました。でも、次は譲りませんからね。ボス。ビグ。気を付けて!」

 バリスが素直に引き下がってくれたことは二人とも助かった思いだったが、そんな雰囲気は微塵も感じさせず、セイバーワンとセイバーツーは着艦デッキ上で見事なユニゾンスピンターンを決め、敵の待つ宇宙へと飛び出していった。

 ケガレ3体は、小さい羽の生えた太ったサソリのような外観をしており、羽を小刻みに震わせながらアキツシマへ向かってきていた。大きな顎の根元の緑色に光る6つの目のような部位が、激しく明度を変えている。

 アキツシマからもセイザーやスピードキャノンが発射されていたが、出撃に合わせて誘導兵器へと武装が切り替えられた。

 「ビグ、距離を保っていこう。あのおっかない顎で噛まれないようにな。」

 「了解、ボス」

 言うなり、ビグのセイバーツーからセイザーがマシンガンモードで放たれる。空間戦車の主武装である、左右側面に装備されたセイザーキャノンは、小威力のセイザーを連射で撃つマシンガンモード、高威力のセイザーで狙い撃ちするスナイプモードのほか、マシンガンモードよりもさらに威力の低いセイザーを広範囲に発射するショットガンモードが選択できる。

 「おいおい、先取りかよ」

 ショウは苦笑を浮かべ、セイザーツーの攻撃で怯んだ先頭のケガレに、スナイプモードでセイザーを撃ち込むが、効果的なダメージは与えられていないようだった。空間戦車でケガレと戦う場合、基本の手順は今回のように2機で1体を相手にし、牽制と打撃に分かれて攻撃する、というものだが、ケガレの耐久力は相当のもので、特に今回のような大型に分類されるケガレを戦闘不能にするには、スナイプモードでも20発は食らわせる必要があった。もっとも、ケガレにも「急所」はあり、大抵は背中の中央部より頭部に近い位置に、ちょうど髪の毛のつむじのようになっている箇所があり、その部位を撃ち抜くことができれば、ショットガンモードでも一撃でケガレを戦闘不能に追い込める。

 ショウがスナイプモードで6発目を命中させたが、ケガレは怯みながらもアキツシマへの突撃をやめようとはせず、大顎をガチガチ鳴らしながらこちらを威嚇している。どうやらこのケガレは大顎と巨大な鎌のような前足で攻撃をするタイプらしく、いわゆる「飛び道具」は持ち合わせてないらしい。この戦闘で唯一、こちらに有利な材料だった。

 ショウが9発目のセイザーをヒットさせたとき、後方から追いついてきた二体のケガレが左右に分かれ、先頭のケガレを追い越してアキツシマに迫ろうと試みる。向かって右のケガレはアキツシマからの攻撃で、だいぶ弱ってきているようにも見えた。

 「行かせるか!」

 ビグが機体を右に振り、右側のケガレに連射を浴びせる。その時、左のケガレが急に方向を変え、ビグの機体を後ろから鎌で薙ぎ払った。ビグのセイバーツーは激しく回転し、制御を失って後方に大きく吹き飛ばされた。

 「ビグ!」

 ショウは視界の端に攻撃を加えたケガレがセイバーツーを追っていくのを捉えていたが、今は1機で2体を相手にしなければならず、機体を左右に振りながら攻撃を繰り返していた。せめて右側のケガレを倒すことができれば、まだ手の打ちようはあると判断したショウは、近距離で使用すればこちらも巻き込まれる危険を承知で、右のケガレに光量子芯魚雷を発射した。魚雷は右のケガレに命中し、一瞬、激しい光を放って爆発したが、その影からボロボロになりながらもまだ動きを止めないケガレが現れる。

 「くそ、直撃だったのに!」

 その間に距離を詰めてきた先頭のケガレが放った大顎の一撃を、間一髪のところで躱したショウは、全速で後退しながら連射を放つが、今では2体がセイバーワンを狙って来ており、攻撃を躱すのが精いっぱいのところだった。どうやらアキツシマは戦域を離脱しつつあり、攻撃の目標が変わったらしい。ビグのセイバーツーを探す暇もないまま、ショウは回避と後退を繰り返し、さすがに疲労を覚えた。

 「ここまでっ!ってことは!ないと!いいんだけど!なっ!」

 激しく操縦桿を操作しながら、今では至近距離から次々繰り出されるケガレの攻撃をかろうじて躱していたが、それも時間の問題のように思えてきた。連射を繰り返したセイザーキャノンの砲身が熱警告を発していたし、エネルギープールも枯渇状態に陥りつつある。連射によるエネルギーの消費にヒカリエンジンからの供給が追い付いていないのだ。この宙域には明るい恒星が少なく、ほぼ真っ暗闇なのも要因のひとつだ。人並外れた集中力と、卓越した操縦技術で今のところ直撃は避けられているが、これはショウだからこそできる芸当であり、標準的なパイロットであればとっくに撃墜されていてもおかしくはない。

 艦橋では、コーツがしきりに増援部隊の進発を促していたが、被害の復旧と負傷者の救護に人員が割かれ、思うように進まない。急ピッチで右舷側の発着艦デッキ両方に空間戦車を移動させてはいるが、そのために必要なスペースを空けるのに手間取っている状況では、増援が間に合うというのは絶望的にも思える。せめてアキツシマからの援護射撃ができればいいのだが、あまりに接近しすぎていて、逆に危険な状況へと追い詰めてしまう可能性が高いため、実行できずにいた。だが、二機のセイバー隊のおかげで、アキツシマ自体は被害の拡大を防ぐ時間が取れ、ケガレからも十分に距離を取ることができた。

 「何とか逃げ切ってくれ・・・。」

 コーツはショウのセイバーワンから送られてくるコクピットカメラからの映像と光学センサーで捉えているセイバーツーの映像を交互に見つめながら、小声でそう祈るより方法がなかった。

 崑太とエナのいる観察室付きのハンガーは後部区画にあったため、衝突自体の衝撃は軽い揺れ程度で済んでいたが、ケイの反応が一層激しくなり、「ケガレ」という思念が繰り返して送られてくるのみになった。

 「コンタ!ケイに乗り込んで!艦が危ない!」

 エナが大声で警告すると、ケイの新幹線を逆さにしたようなモジュールの下部に、縦に並んだ座席が降ろされた。エナは何も言わずに一段高くなった後席に乗り込むと、早く座るように崑太を急かす。崑太はガラスの向こうに見えるギレットを振り返るが、こちらに背を向け、しきりに何かを話しているように見える。今の衝撃について何かの確認を行っているのかも知れないと考えた崑太は、注意をエナとケイに戻し、小走りで前席に滑り込んだ。と、同時に、音もなく座席が上に移動し、上からコクピットが降りてくるような錯覚を覚える。そこは間違いなく、最初に目が覚めた場所だった。わずかな衝撃とカチッという音がすると、左右のコンソールが張り出して来て、操縦桿が適正な位置に停止した。さらに、前方のコンソールがその合わせ目を覆うように後方にせり出してくる。コンソールはそれ自体が淡い緑色の光を放っており、コクピット全体が柔らかい緑色の光で包まれる。後席から、エナが何かのスイッチを入れる音が小気味よいリズムで聞こえてくると、崑太の側のコンソールも計器に数字が表示され、モニターにハンガーの風景が映し出された。画面は崑太の前後左右のほか、天井や足元にも映し出され、コンソールによっていくらかの死角はあるものの、首や目を動かせば、ほぼ肉眼で景色を見ているのと変わらない視野を確保できている。その光景に崑太が息を飲んでいると、エナが声を掛けてきた。

 「コンタ!行くよ?」

 まるでどこかに買い物にでも行くかのような気軽さだったが、一体どこへ行くというのか。

 「行くって、どこへ?」

 「どこって、ケガレを倒しに行くに決まってるでしょ!」

 「行くったって、この部屋から出られないじゃないか!それに、僕は操縦の仕方も何も知らないんだぞ?」

 「大丈夫!私とケイがフォローするから!とにかく、行くよ!」

 「待って、待って!艦長に報告!」

 エナが心底イラついたように「あーっ、もう!」と小声で呟くのが聞こえたが、何の動きもないところを見ると焦りながらも了承したようだった。聞こえているのかどうか、半信半疑だったが、まだガラスの向こうで話をしているギレットを向いて声を出す

 「艦長!すぐ近くにケガレがいて、味方と交戦中です!エナがケガレを倒しに行くと言ってますが!」

 ギレットが何かに弾かれたように振り返り、ハンガーの中を見渡して二人を探しているような素振りをする。

「あー、すいません、もうケイに乗り込んでます!」

 そう言われても、ギレットはどこに向かって話せばいいのかわからない様子だったが、気を取り直すと正面を向いて話し始めた。

 「わかった。二人に任せる。もし傍受できるなら艦橋の通信をモニターするといい。こちらも手一杯で・・・。とにかく、気を付けて!」

 エナが素早く行動し、艦内のあらゆる音声や映像が次々に画面に現れ、全体を埋め尽くす勢いだった。その中にギレットが艦橋に向けてケイを発艦デッキに移すよう指示するものもあったが、発艦と着艦、どちらのデッキもすぐに使用できない旨の返答があった。

 「崑太君、どうやらすぐに発艦はさせられないようだ。少し時間を・・・。」

 そこまでギレットが言った時、エナが割り込んでくる。

 「大丈夫!ここから直接出る!」

 おそらく、ギレットも同じことを言い掛けたのだろうと崑太は思ったが、その言葉が口から出る前に、目の前が白く発光したかと思うと、次の瞬間には崑太の眼前に宇宙空間が広がっていた。前方には、コントロールを失って回転しながら移動する空間戦車と、それを追っているように見える倍以上の大きさがあるケガレが見えた。

 「コンタ!まずはあのケガレから倒すよ!いい?」

 崑太の返事を待たず、エナが続ける。

 「機動はこっちでやるから大丈夫、コンタは右のスティックを使って菱形のマーカーをケガレに合わせて!菱形が丸に変わったら人差し指のトリガーを引く!いいわね?できる限りケガレを正面前方に持ってくるようにするけど、回避機動に移ったら簡単にはいかないから、最初の一撃で決めるようにがんばって!」

 早口で捲くし立てるエナの説明に、全身を耳にして聞き入る。聞いただけだと簡単に聞こえるが、思うようにコトが運ぶとも思えない。だが、今はやるしかない。覚悟を決めて崑太が右側のスティックを握ると、画面にオレンジの菱形が表示される。それを確認したエナが、機動を開始させた。ケガレはぐんぐん大きくなるが、加速しているような感じはまったく感じられなかった。スティックを調整し、菱形をケガレに合わせると、形が丸を重ねたような形になり、表示が青色に変わった。

 「今よ!」

 エナが言うのと、崑太がトリガーを引くのと、ほぼ同時だった。即座に崑太の座席の下あたりから赤色の光弾が高速で打ち出されると、光弾はまっすぐケガレに向かい、脇腹の辺りに命中した。ケガレが一瞬膨らむと、瞬時に内側から破裂したように飛び散った。

 「お見事!次、二体!」

 ケイが急速に方向を変えると、かなり遠くの方に青色の光線を発射しながら後退する空間戦車が見えた。そのすぐ近くに、二体のケガレが迫り、様々な方向から鎌のような腕や大きなクワガタの顎で攻撃を繰り返している。いずれも間一髪で躱しているようだが戦況はかなり苦しそうだった。

 崑太は再度スティックを動かして、マーカーをケガレに合わせようとするが、攻撃による動きが激しいため、先ほどのようにうまくはいかなかった。その間にもケガレの姿は急速に大きくなっており、こちらがケガレにかなりの速度で近付いていることがわかる。

 ようやくマーカーを合わせた崑太が、間、髪を入れずトリガーを引くと、同じような赤い光弾がケガレを捉え、先ほどと同じく内破を引き起こさせた。ケイは速度を緩めずに残ったケガレを通り越すと、大きな弧を描き、今度は反対方向からケガレに迫る形となった。最後に残ったケガレは、紫色と黄色の煙のような物をたなびかせており、よく見るといたるところが傷ついているようで、前の二体と比べると少し動きも鈍いようだった。

 崑太は落ち着いてマーカーを合わせ、最後の一体を仕留める。

 終わってみれば、最近のゲームよりも余程簡単だったが、緊張とアドレナリンの影響か、全身に大量の汗をかいていた。

 ふーっと大きな息を吐き、全身を脱力させる。

 「お疲れ様。最初にしては上出来じゃない!」

 エナが嬉しそうな声を出す。

 「エナとケイの手柄だよ。僕はほとんど何もしてない。」

 「そんなことないと思うけど・・・。とりあえず、報告を入れて。私はこの子を最初の戦車の救出に向かわせるから。」

 そういうとエナは機体を旋回させ、セイバーツーへと向かう。そういえば、先ほどは戦闘のゴタゴタで見過ごしてしまっていたが、機体が激しく回転していて、危険な状態のように見えた。だが、セイバーツーは空間の一点で静止していた。よく見ると、黄色いネットのようなフィールドが機体を包んでいる。

 「アキツシマ、こちらコンタとエナですが、聞こえますか!」

 「聞こえているわ。こちらでも状況は確認できた。今、反転してそちらに向かってる・・・。それにしても・・・」

 ギレットが応答してきたが、途中で言葉を切った。

 「・・・声を無くすほど驚いているわ。圧倒的ね。」

 「僕も驚いてます。どう考えても出来過ぎだと思いますよ。」

 「詳しくは、戻ってからね。セイバーツーはお願いね。こちらはセイバーワンの方向に向かうから。」

 「了解しました。」

 通信が終わると、エナがまるでロープのような光線を伸ばし、セイバーツーのネットに付けた。それが終わると、ケイがそろそろと動き出し、ネットごとセイバーツーをけん引するようにしてアキツシマの方へと機体を向ける。


着艦デッキは、まるで祭りのような騒ぎになっていた。ショウがバリスに送ったコクピットカメラからの映像は、バリスによって艦全体に送信されており、それは繰り返し見返され、セイバー隊隊長の奇跡のような戦闘と苦境、ケガレの呆れるほどの頑丈さ、さらにそれを一撃で粉砕したオーロラのように輝く美しい機体の登場が賞賛と敬意を持って熱く語られ、手の空いている者全員が着艦デッキに集まって、英雄の姿を一目見たいと考えているようだった。

はじめにショウが着艦デッキにタッチダウンを決めると、クリーニングスペースの出口には歓声を上げる大勢の乗員が集まり、セイバーワンがチェックスペースへと現れるのを待ち望んでいた。

それからまもなく、セイバーツーとケイがタッチダウンを決める。セイバーツーのビグはケガレの攻撃で気を失っていたようだったが、今では意識を取り戻し、フラつきながらもなんとか着艦し、その後からすぐ、ケイがゆっくりと姿を現す。並んでみるとケイはセイバーツーの倍近い大きさだということがわかる。集まった野次馬たちの注意がケイに集まり、あれこれと推測を語り合う乗員たちのざわめきは一層大きくなった。

3機はほぼ同時にチェックスペースへと現れ、詰めかける歓声に驚いたショウとビグはハッチで苦笑を浮かべる。すぐにタラップが作動するが、二人とも極度の疲労で体が思うように動かないようだった。ハッチ近辺に集まった乗員がそれに気付き、機体から離れようとする二人に手を貸す。

崑太とエナもケイから降りてくるが、こちらでは皆が遠巻きに見守るばかりで、どう扱ったらいいのか対応に困っているようだった。崑太とエナにしてもそれは同じで、ケイの前に回って来たものの、多数の乗員が取り囲むようにして無言で見つめられるだけで、詮索するような視線に戸惑いを隠せなかった。

その人垣をかき分けて、ショウが二人の前に現れると、おぼつかない足取りで近付いてくる。

「君たちが助けてくれたのか・・・。心から礼を言うよ。俺はショウ・ブリッツ大尉。セイバー隊のリーダーをしている。ビグの・・・部下のことも・・・ありがとう。」

崑太は、そう言いながら差し出された右手を握り返し、自己紹介を返す。

「僕は法理崑太と言います。こちらはエナ。お二人を助けられたのは、ほとんどこのエナのおかげです。」

緊張して崑太の後ろに隠れるようにして立っていたエナを振り返りながら崑太がそう告げると、ショウはエナにも握手を求めながら礼を告げた。

「エナ、ありがとう。君のおかげで助かった。」

おずおずとエナがその手を握ると、集まった観衆がたまりかねたように歓声を上げ、両手を突き上げたり、小躍りしながら同僚とハイタッチする様子が見えた。その向こうではタラップに座り込みながら医療部員のチェックを受けているビグが、こちらを指さしてから拳を突き上げるようにして挨拶しているのが見える。

崑太とエナはショウに肩を抱かれるようにしながら観衆の間を進み、途中で熱烈な歓迎を受けながらパイロットの待機所へと向かう。そこにはギレットとジェナが来ており、三人を笑顔で出迎えた。ショウが驚いて声を上げる。

 「艦長!お出迎えとは嬉しいですね!」

 ショウの気安げな声を笑顔で黙殺したギレットは、それぞれの顔を見ながら礼を述べた。

「みんな、よく持ちこたえてくれた。おかげで艦を失わずにすんだよ。ありがとう。」

先ほどとは打って変わった、『ギレット大佐』としての話し方になっているようだ。この時代になっても、女性上司は威厳を保つために相当の苦労をしているようだ。

「いや、驚きました。さすがはヒカリの最終兵器です。魚雷の効かないあのサイズのケガレを一撃ですからね!こんな辺境宙域まで探しにきた甲斐がありましたね。」

「それだよ。私も正直驚いた・・・。だが、もっと不思議なのは、あの時なんでケガレが現れたことを知っていたんだ?」

ギレットとショウは、まだ先ほどの戦闘の結果が信じられない様子だった。ギレットはさらに、異相空間との衝突で混乱していたあの状況で、ギレットが知るより先にケガレが現れたことを崑太とエナが知っていたことに興味があるようだった。

ギレットは崑太からの返答を期待するように見つめてきたが、答えを持たない崑太は視線をエナに移して助けを求める。それに気付いたエナが話を引き取り、話し始める。

「ケイはケガレに特化した兵器として作られてるの。倒すのはもちろん、見つけ出すのも得意よ。」

「それは、『見えていないケガレ』についてもそうなのか?」

「ええ。異相空間で偽装してても、ケイなら見つけ出せる。ただ、それはケイがものすごく消耗するから、滅多にはしないけど。」

エナの回答に、ギレットが考え込むような仕草を見せて黙り込む。

「・・・どうやら我々は、一度しっかりと話し合わないといけないらしいな。」

そういうと、ギレットは3人にまずはしっかりと休養を取るように告げ、ジェナを残してその場を後にした。ジェナはショウに医療部員のチェックを受けたら休息を取るように告げ、その場を去らせると、崑太とエナに向かって厳しい表情を向ける。

「さて、パス泥棒のお二人さんも、まずは休んでもらいたいんだけど、その前に何か私に言っておくことはなぁい?」

両手を腰に当て、小首を傾げながらひきつった笑顔を向けるが、その目は決して笑っていない。

「ごめんなさい。パスを無断で借りてしまったことは謝ります。」

崑太は素直に謝ると、きちんと頭を下げた。頭の上から、ジェナの愚痴が聞こえる。

「はーっ!ほんと、私、副長にめちゃめちゃに怒られたんだからね!艦長が止めに入ってくれなかったら、どうなってたことか!私、こう見えても少佐で、それなりに部下も多いのよ?その部下の前で大恥かいたわよ!もう二度と、あんなことしないでよね!」

それだけ言うと、まだ頭を下げたままの崑太の肩をポンと叩く。

「はい!おしまい。頭を上げて。ほんと言うと、もう怒ってないんだけど、艦長からも一度しっかり注意しておくように言われたから。」

崑太は頭を上げ、ニヤニヤしているエナの頭を掴むと、無理矢理に頭を下げさせる。

「エナもしっかり謝って。僕達、迷惑掛けたんだからね!」

「あー!もう、ほんと、いいわよ!」

慌てたようにジェナが二人を起こすと、二人の肩を掴んで真顔で告げた。

「それから、ほんとにありがとう!二人はアキツシマを守ってくれた。この艦にはね、乗員の家族もたくさん乗ってるの。軍人とは違う、一般の人たちが。その中には私の家族もいた。そういう人たちも、二人が守ってくれたのよ。」

ジェナは少し涙ぐんでいるようだった。他人からこれほど真情のこもった感謝を受けたことのない崑太は、照れくさくもあり、その肩に重い責任を背負わされたような感じがした。その時、崑太の腹が子犬の甘え声のような音をあげた。そういえば、ひどく腹がすいていた。

実際のところ、アキツシマの医務室で目が覚めてから、まだ8時間ほどしか経っていなかったのだが、その間に起きた種々の出来事があまりに濃密過ぎて、崑太は何日も経過しているかのような錯覚を覚えた。パイロットの待機所ではジェナとエナに大笑いされたが、崑太が元の世界で眠りに着いてからの時間を計算すると、朝食を抜いて昼食の時間を超えたくらいの時間が経過していたのだから、育ち盛りとしては腹がすくのも当然だろう。

ジェナは最初、艦内の食堂の一つに二人を案内しようとしていたようだったが、途中で思い直したらしく、せっかくだからアキツシマで一番おいしいお店に行こうと提案してきた。それは、先ほど話した一般人用の居住区にあるらしく、3人はリフトを乗り継ぎ、ネオムサシシティへと向かったのである。最後に乗ったリフトは周囲がガラス張りになっており、巨大なチューブで下へと降りていくと、途端に視界が開け、上から街を見下ろす形となった。ネオムサシシティは巨大な円形をしており、今降りているセントラルリフトから同心円状に区画が広がっている。街は半径が2.5kmほどもあるらしく、ところどころに同じようなチューブが地面から伸びて空となっている天井と繋がっているのが見えた。地面から空までの高さは最も高いところで500mほどあり、現在は7000人ほどの住民が生活の場としているという。驚いたことに、東の方向には海のようなものまであり、大小さまざまな船や、養殖用と思われる囲いなどが見えた。また、砂浜では多くの人が海水浴を楽しんでおり、ここが現に宇宙を航行している宇宙船の中だということが信じられないような光景が広がいた。

チューブを降りると、そこは大きな駅のような建物で、飲食店や小売店が所狭しと立ち並んでいた。ジェナは建物を出て、トラムと呼ばれる路面電車に二人を乗せる。道路には似たような路面電車のほかに、バスや小型の車、トラックまでが走っており、ところどころに植え込みや公園なども見える。街の環境に比べると人の数はまばらで、この街にはまだまだ人が住めそうだった。

数分後にトラムから降りた3人は、歩道を少し歩き、「長城亭」という中華料理店の前で立ち止まった。中からは香ばしい油の香りが漂っている。

「ここが、アキツシマで唯一、本物の中華料理が食べられるお店よ!」

ジェナは大袈裟に店の看板を指さすと、のれんをくぐって店の中へと入っていく。表側から見た感じは崑太のよく知る町中華のような雰囲気だった。

客数もまばらでで、店員らしき人物も見当たらなかったが、ジェナは空いているテーブルにつくと、メニュー代わりのタブレットを二人に渡した。

「なんでも好きな物を注文してね。」

崑太は豊富なメニューの中からホイコーロー定食をチョイスする。こんなところで大好物に巡り合えるとは、思ってもみなかった。エナは定番のメニューには興味をそそられなかったようで、デザートから杏仁豆腐を選ぶ。そもそも、あまり食欲がないという。

運ばれてきた料理はかなり本格的で、元の世界で食べた味とまったく遜色がない。それどころか、むしろここの料理の方が美味いかも知れなかった。エナは杏仁豆腐がかなり気に入ったようで、すでに3回のおかわりをしていたし、崑太はワンタンメンを追加した。

食事の間の会話も弾み、主に艦内生活についての話となったが、話題が先ほどの戦闘に移ると、崑太は気持ちが沈むのを感じた。

異相空間との接触で、左舷前方ブロックで勤務していた22名が犠牲となり、50名以上が重症から軽症までの、様々なケガをしたらしい。

「アキツシマも探査艦とは言え、戦闘艦には間違いないからね。乗艦している以上、死のリスクは避けられない。悲しいことだけど、乗り越えるしかないのよ。」

ジェナはさらに『どっちにしたっていつかは死ぬのがキマリだからね』と悲しそうな笑顔で付け加えた。

若干の沈黙の後、ジェナは気を取り直して今後の二人の予定について大まかな流れを話してくれた。現在は17時を回っていたが、よほどの非常時でない限り戦闘に参加した者には6時間の休息時間が義務として課せられているらしい。崑太とエナは翌朝9時からのオリエンテーリングまで、ゲストルームで休息を取ることになっているという。

その後、恐らくはアキツシマの今後の動きを決めるための士官会議に参加してもらうことになるだろう、とのことだった。アキツシマ自体は現在航行を停止しており、左舷前方ブロックの応急修理(完全な修理はドックに戻らない限り無理なほどの損傷らしい)と長距離通信アンテナの復旧を急ピッチで進めているらしい。

機構軍本部はおろか、付近の機構側の艦船とも連絡が取れないという状況は、アキツシマ始まって以来の危機だと、ジェナは付け加えた。修理を請け負っている部署以外にも手の空いている者はネオムサシティの一般人まで借り出して作業に当たっているのがその証拠だという。空間戦車部隊も付近の哨戒にあたり、偵察用のドローンも可能な限りを発進させて不測の事態に備えており、艦橋は大忙しなはずだと言う。

食事を終え、夕方の空に移行しつつあるネオムサシシティの空を、セントラルチューブのリフトで昇りながら、崑太は手伝いを申し出たが、ジェナはそれを拒否し、休めと言われたなら休むこともまた重要な任務だ、と崑太を諭した。それに、「必要となったら何十時間もこき使われる」のだから覚悟しておいて、と付け加え、崑太はそんなことにならないことを祈りながら、夕暮れの色に変わっていく空を眺めていた。

今度も自室まで送ってくれたジェナは、『休む前にこれだけは』とゲストルームのロビーに置かれていた大きなトランクを開き、二人分の戦闘装備一式を取り出して二人に装着の練習をさせた。特に、フレームスーツのコントロールユニットにもなっている通信装置付きのアームバンドは常に付けておくように念押しをされた。先ほどは混乱のどさくさで艦内一般用の作業着で宇宙空間に出た上に戦闘まで行ったのは、重大な安全規則違反となり、機構軍に所属している者がそれを行うと、軍籍をはく奪され、二度と戻ることはできないのだという。その他の装備はフレームスーツに装着するようなもので、ボディーアーマーや移動用の推進装置ユニットが付いたオーバーブーツ、戦闘用ヘルメットにサバイバルキットの入ったポーチ、そして大小2種の銃。今が戦争中で、ここが戦闘艦の中だと言うことを、嫌でも思い出させる装備だった。

「まあ、実際のところ二人は臨検や上陸はしないだろうから、ここまではいらないとも思うんだけどね。一応、規則だから。同じトランクをあなた方の機体にも積みたいんだけど、スペースがあるかしら?」

ジェナが一通り装着を終わった二人の様子に満足したように見比べながら、聞いてくる。

「私の席の後ろはちょっとした休憩スペースになってるから、そこに置くわ。」

「OK。じゃあ、同じ物をハンガーに運んでおくから、忘れずに積んでね。それと、また探しに行かれると困るから先に言っておくけど、ケイ・・・でいいのよね?は後部中央ブロックの1番格納庫に駐機してあるからね。ここからは一番近いし、他の機体がそこに駐機することはないから、安心して、いつでも行っていいわ。」

そう言いながら、ジェナは自分のパスが所定の位置にあることを確認していた。それから通信の方法と艦内を移動する時のナビゲーションや案内、異星語の通訳機能などを備えたタブレットを渡すと、ジェナは二人の居室をあとにする。

研究員や整備員から二人に聞いて欲しいという依頼の連絡が山ほど入っているようだったが、重要な物がないことを確認すると、『後回しで大丈夫だから、まずはゆっくり休んで』と二人に告げて通路を戻っていった。

室内の時計は18時を少し回ったところだった。普段なら、家に着いて、リビングでテレビを付けながら夕食までの小腹を満たすため、スナック菓子などをほおばっている時間帯だったが、ここまでの怒涛の展開と満腹感に、崑太は激しい眠気を覚えた。そのまま大きなソファに倒れ込むと、崑太は半ば意識を失うようにして深い眠りへと落ちて行った。 

    

4 宇宙歴189・10・16、宇宙、アキツシマ艦内

 崑太は目を覚ますと、そこがやはり自室の天井ではないことがわかり、がっかりした。心のどこかで、もう一度寝て目覚めたら元の世界に戻ってた、なんてことがあるかも知れない、と漠然と期待していた部分があったのだが、その期待は無残に砕け散ってしまった。

 ソファで寝てしまったためか、背中が張っている。痛みがあるということは、夢でもない、ということだ。

 背中を伸ばそうと寝返りをうつと、顔のすぐ前にエナの寝顔があり、鼻と鼻が軽く当たってしまう。驚いた崑太は飛び退けた拍子にソファから落ち、腰をテーブルにしたたかに打ち付けてしまい、悲鳴を上げた。

 「なによー、うるさいー」

 その音に、エナが眠い目を擦りながら半身を起こす。

 「な、なにって!なんで一緒に寝てるんだよっ!」

 崑太の激しい動揺をよそに、エナはあくびをしながら大きく伸びをする。

 「ベッドで寝ればいいじゃないか!」

 崑太の抗議などどこ吹く風で、エナが頭を掻く。

 「うるさいなー、どこで寝たっていいじゃない。」

 「そういう問題じゃないだろ!男女が一緒に寝るって・・・よ、よくないよ!」

 「えー?極めて自然なことだと思うけど?」

 「そ、それは!仲のいい男女のことだろっ!」

 「私たち、仲、良くない?」

 「い、いや、だからさ、仲は悪くはないけど・・・こ、こういうのは・・・恋人とか夫婦とか、そういう仲がいい、って意味だよ!」

 「じゃあ恋人でも夫婦でもなったらいいじゃない。」

 「は、はぁ?僕達知り合ってまだ一日も経ってないんだよ?」

 「時間の問題だったら、私たち何千年も一緒だったんだけど。」

 「それはメートルのことだろ!」

 「思い出さないだけで、コンタはメートルなんだよ?ケイも認めてるじゃない。」

 「・・・。」

 どうも分が悪い。このまま会話を続けていても、この話題ではエナに勝てる気がしない。かといって、毎日こんなことをしていたら、いつか間違いが起こるに違いない。黙り込んだ崑太を見て、エナは崑太が納得したものと思ったらしく、立ち上がってどこかへ行こうとする。それを見て、崑太は慌ててエナから視線を外す。毛布から見えている上半身はシャツを着ていたので油断したが、下ははズボンを履いておらず、下着姿だった。

 「ズ、ズボンはどうしたんだよ!」

 「あんなゴワゴワしたの履いて、眠れるわけないでしょ!」

 エナは逆切れ気味にベッドに向かうと、また倒れ込んで眠りに落ちたようだった。

 朝からどっと疲れた気分だ。だが、ほんとに何とかしないと、このまま流されていたら絶対に苺花に合わせる顔がなくなる。それは、裸を見たからでもキスをしたからでもなく、この自由奔放で恥じらいを知らない会ったばかりの女の子のことを、好意的な目で見始めている自分に気が付いたからだった。

 崑太はもはや眠気もなくなってしまった。時計を見ると、まだ5時を回ったばかりで、この後の予定まではまだだいぶある。最後に時計を見たのが18時くらいだったので、睡眠時間としては多過ぎるくらい、ぐっすりと眠り込んでしまったらしい。

 「(何時ころから一緒に寝てたんだろう?)」

 油断をすると、すぐに考えがそっちの方に向いてしまう。崑太はできるだけ考えないようにするために、シャワーを浴びてから預かったタブレットでいろいろと調べ物をすることにした。

 熱いシャワーを頭から浴びると、さっぱりした衣服に着替える。ロビーから左のドアを開けたところにあるシャワールームは清潔で快適だった。広い洗面所には大きめのクローゼットが据え付けてあり、下着やタオルなどが山のように置かれていた。

 リビングに戻ると、エナが同じ姿勢で眠っているのを確認し、タブレットを開く。

 様々な情報の中から艦内情報を選び、思いつくままに閲覧をしていく。

 まず、自分たちがいるこの部屋は艦内でも一番上等な部屋だということがわかった。家具に隠されているようだが、大型のモニターやバーカウンターなどもあるらしい。食事もフードプランターと言う機械で2万を超えるメニューから、いつでも好きな物が食べられるようになっているらしい。何に使うのか不思議に思っていた冷蔵ケースみたいなものがその装置だ。崑太は早速コーヒーを入力してみると、冷蔵ケースの中で様々な色の光線が入り乱れ、まるで3Ⅾプリンターで物を作った時のようにソーサーとコーヒーの入ったカップが現れる。出来上がるとケースがひとりでに開き、中から淹れたてのコーヒーの香ばしい香りが立ち、辺りを満たした。

 「すご!」

 コーヒーを取り出し、今度はパンケーキを入力してみるが、同じような光景が繰り返され、ものの5秒ほどで皿に乗った3枚のパンケーキが現れる。どちらも元の世界で食べていたものと寸分違わない。

 さらにタブレットを見ていくと、服は洗濯せず、その代わりにその都度分解して再生する、ということを繰り返すらしい。その過程で汚れや皮脂は除去され、新品が現れる。

 世の中から、「洗濯」という家事はなくなったようだ。

 崑太はそれから、アキツシマ内部のマップを見てみる。全長は14km、もっとも幅のあるところで8.5kmあり、高さは4kmだというから、富士山よりも高いと言うことになる。これだけ巨大な艦をつなぐリフト網は上下方向に動くだけではなく、ブロックごとに存在するリフトスペース内を自由に動き回っているらしい。リフト網だけを抜き出して見ると、まるで人間の血管のように艦内全域に張り巡らされているのがわかる。

 大きく分けると12のブロックで構成されていて、そのブロックごとが分離して活動することも可能だというから驚きだ。しかも、これだけ巨大な艦がたった1500人程度で運用されている点も驚きを隠せない。もっとも、この人数の少なさが今回の修復を長引かせている原因にもなっているのだろう、と崑太は思った。破損したという長距離用アンテナは、それだけで基部からの長さが500mに近い。いかに作業用の重機があろうとも、人出がなくては作業が思うように捗らないだろう。元の世界でなら数年がかりの一大プロジェクトだ。ネオムサシシティの一般住民が作業に参加しなければならないのもうなずける。

 まだまだ調べたいことがあったのだが、左手のアームバンドが着信を告げたため、崑太はタブレットを置いて応答した。着信はジェナからだった。

 「休んでいるところをごめんなさい。実は緊急に士官会議が招集されたの。艦長があなたたち二人の意見が聞きたいそうだから、出席をして欲しいの。」

 「わかりました。僕は起きてたんですが、エナがまだ寝てるんです。何時から、どこに行けば?」

 「できる限り早く。実は、もうあなたたちの部屋の前に迎えに来てる」

 「うわ、わかりました。どうぞ入って来て下さい。できれば、その・・・エナを起こして欲しいです。」

 「OK。」

 通信が切れるか切れないかのうちに、ジェナがロビーに入って来たのが気配でわかった。崑太は立ち上がって出迎えると、エナが寝ているベッドを指さした。

 ジェナは不思議そうな顔をしながらも、エナを起こしにベッドルームへと入っていく。崑太は邪魔にならないよう、ロビーで待つことにした。

 数分後、ジェナに伴われてエナも姿を現した。思ったよりも目覚めは良かったらしく、エナはスッキリとした顔だ。

 「急でごめんなさいね。詳しいことは向こうに着いてから。軽食も準備してあるから、お腹が空いてたら遠慮なく食べて。」

 いつになく速足で歩くジェナに、二人とも追い付くのが大変で、リフトに乗った時にはホッとした気分になって、二人で顔を見合わせた。どうやら、なかなかの緊急事態だと言うのが、ジェナの緊張感に満ちた表情からも伝わってくる。

 ミーティングルームに着くと、ギレットとコーツのほか、見慣れない人物達が席を占めている。

 「お連れしました。」

 ジェナがそう告げると、ギレットがうなずき、二人に空いている席に座るように促した。ジェナがその隣に座ると、ギレットが口を開く。

 「朝早くからすまない。二人の意見が聞きたくて急遽参加してもらうことに決めた。その前に、この機会に皆に紹介したい。今回の当艦の任務であった、ヒカリの託宣により共にケガレと戦ってくれることになった、ヒカリの使者、法理崑太君とエナさんだ。すでに知っていると思うが、昨日の戦闘ではヒカリの兵器を駆ってケガレ3体を一瞬で片付け、当艦とセイバー隊の2名を救ってくれた。あらためて、お礼を言いたい。」

 ギレットがそこで言葉を切ると、集まった全員が手を叩き、口々に賛辞を述べる。

 「二人は機構軍に所属するわけではなく、私のオブザーバーとして私だけに報告義務を負ってもらった。対ケガレ戦闘においては、彼らの意見は私の意見として皆に聞いてもらいたい。副長、相談なしにここまで二人と決めてしまったんだが、問題はないか?」

 ギレットが隣に座るコーツに尋ねると、コーツは静かにうなずき、「問題ありません」と告げて一同を見回した。

 「よし。では、こちらの自己紹介と移ろう。私と副長、それに補給部のジェナ少佐はすでに彼らと面識があるから省略させてもらう。各自、手短にな。」

 ギレットに促されると、ギレットの右隣に座った人物から、自己紹介が始まった。

 「私はマーカス・ゴルディ。階級は中佐で、艦載機の統括指揮官となります。」

 マーカスは頭にケガを負っているようだった。長身で痩せた30代と思われる男性だった。

 「私はケンジロウ・ウエシマ。機関部長で階級は中佐。法理君とは同邦のようだね。よろしく頼むよ。」

 顔の半分を白い髭で覆われた小太りの男性が言った。

 その後も保安部長、航宙情報部長、施設整備部長などがそれぞれ短い挨拶を終えて、自己紹介が一段落すると、ギレットが口火を切り、会議が始まった。

 「では、会議を始める。まずは艦の現状を共有したいと思う。リン少佐。」

 立ち上がったのは、施設整備部長と名乗った、アジア系の女性だった。切れ長の、少し吊り上がった目をしており、体は鶴のように細い。そのままモニターに向かうと、自分のタブレット画面を大型モニターに映し出す。

 「報告致します。昨日の異相空間との接触により、左舷前方ブロックの40%が失われました。こちらは大部分が発艦デッキと格納庫となっておりましたが、現状ではどちらの用途としても使用不可能です。被害はフレームにまで及んでおり、修理には専用ドックが必要となりますので、現時点では修理不可能、と判断し、使用できる空間戦車や資材を中央と右舷の格納庫に分散させ、応急措置として亀裂を埋める作業を進めています。進捗は80%を超えており、7時間後には完了します。付随する損害については保安部長から報告をしていただきます。」

 リン少佐は全体に軽く会釈をして席に戻りつつ、保安部長のマシアス中佐に目礼を送ると、マシアス中佐が変わって立ち上がり、モニター前に歩いていく。ラテンアメリカ系のマシアス中佐は大柄な女性で、かなりの筋肉質なのが服の上からでもわかる。大股に歩くと、ブーツについている金具がカチャカチャと音を立てた。

 「保安部からは三点。まず、左舷前方ブロックの被害によって艦本体の火力が18%落ちています。また空間戦車合計12機が使用不能、9機が修理中となり、43%の戦力ダウンです。そして、一番懸念されている長距離用アンテナですが、目下他部署や都市住民の協力も得ながら修復を進めてはいますが、復旧までには最低72時間、実際は100時間程度の時間が必要となる予定です。」

 聞く限り、あまりいい報告のようには聞こえないが、マシアス中佐の堂々と悪びれない態度で聞かされると、大したことのないようにも思える。ギレットとは違うタイプの迫力がある。マシアス中佐は来た時と同じように大股で席に戻ると、椅子を回転させ、ギレットの方向に正対するように座り、長い脚を組んだ。

 「・・・状況は厳しいな。マーカス中佐、哨戒はどのようになっている?」

 「はつ。現在は攻撃隊の再編を行い、4機編成を1小隊として7個小隊を2時間交代で運用しております。常時2個小隊が艦直近の哨戒にあたり、周辺宙域には探査用のドローンを計28機飛ばして警戒に当たっている状況です。6時間後にはもう4機、整備が終わる予定ですので、それ以降は8個小隊で直近哨戒に当たります。」

 ギレットの質問に、マーカスがよどみなく答える。

 その後も被害状況の共有は進み、全員の報告が終わったが、やはり状況は芳しくないらしく、部屋には時間が経つにつれて重い空気が充満していった。

 「まとめると、ドックに入るまでは完全復旧には至らず、任務遂行に必要な状態まで艦を持っていくには最低でも4日かかる、ということだな・・・。そうすると、これから話すことは我々にとっては試練となる、ということか。ヒダカ中佐、頼む。」

 ここからが会議の本題になるらしい。それまで一言も口を開いていなかった小柄でゴーグルのようなメガネを掛けた男性が速足でモニター前に立つと、一枚の画像がモニターに表示された。

 モニターには見慣れた惑星の一つである、木星が中央に映っている。 

「こちらは今朝早く、探査用ドローンの1機が捉えた画像になります。最大望遠の画像なのですが、木星の中心よりやや右の部分をご覧ください。」

 画像が拡大されていくと、ヒダカ中佐がポインターで場所を指示する。確かに、その場所に木星よりはかなり小さい、黒っぽい点が見えてくる。さらに拡大が進むと、画像は荒くなっていくが、それが点ではなく、形を成していくが、何かは判別がつかない。

 「画像を処理して、解像度を上げたものがこちらです。」

 おおっ、と小さなどよめきが起きる。そこに映し出されていたのは、大きな半球型の物体と、その周囲に群がるような黒い点だった。

 「この半球状の物体はケガレの母船のようなものだと考えております。木星との対比で計算しますと、直径がおよそ80km、周囲の黒い点は、ケガレの集団と思われ、数は数千から数万と見ています。」

 「これは、どうやって発見したんだ?」

 マシアスが腰を浮かせるようにして画面を食い入るように見ながら質問した。

 「タウラ少尉の手柄と言えるでしょう。ドローンの1機がほんのわずかな異相反応を検知したんです。距離も離れていて、大きさも時間もごく小さなもので、艦のシステムは誤差として処理していましたが、タウラ少尉はそういったものも全て自分の目で確認していたようです。その中の一つが、これでした。」

 ギレットが引き継いで話を進める。

 「問題は、これが地球から見て木星の裏側、センサーの陰になっている、ということだ。機構本部でも、探知していない可能性が高い。警報を発するにも、我々にはその手段がない。」

 「付近に機構側の艦はいないんですか?」

 マーカスがギレットに質問する。テーブルに置いた右手は、固く握られているようだった。

 「こちらから探知できる範囲に艦はいない。私の知る限り、現在は地球をはじめ他の惑星でも母星の防衛に資産のほとんどを割いているはずだ。我々のように辺境宙域の警戒に当たっている艦もそれなりにはいると思うが、太陽系内の宙域はちょうど『穴』になってしまっている。機構もまさか目と鼻の先に脅威が迫っているとは考えていない、と私は思う。」

 「では・・・どうすれば・・・。」

 「そこだ。この情報を得てから、私と副長で対応可能なオプションを検討してみたが、有力な手段は思いつかなかった。そこで、皆に情報を共有しながらヒカリの使者の意見を聞いてみたいと思ったのだ。ヒカリの兵器の実力を知るにもいい機会だしな。崑太君、どうかな?」

 崑太は突然の指名に面食らった。そんなことを言われても、自分もケイの実力などわからない。隣のエナに助けを求めると、エナが渋々という感じで口を開いた。

 「ナオは、まず何がしたいの?」

 全員の視線がエナに集中する。艦長をファーストネームでしかも呼び捨てで呼んだのだから、驚いて当然だったが、エナもギレットもそれには気付かない素振りで話を続ける。この一言で、艦内の勢力図に新たな一石が投じられた。事態は、ギレットの思惑通りに進みそうだった。

 「そうね・・・まずは、情報が欲しい。この物体がなんなのか、なんで木星の陰に集まってるのか、戦力はどの程度なのか・・・とかね。」

 「それなら、偵察してくる?パッと言って、パッと帰ってくる。」

 「そんなことができるの?」

 「ケイは次元航行ができるから、大丈夫。」

 ヒダカ中佐が割り込んでくる。

 「ちょっと待った!次元航行って、ワープみたいなもの?」

 「あなた方のワープとはちょっと違う。時空間を歪めて移動するんじゃなくて、次元の隙間を通って目的地に行くってこと。」

 「そ、それっていきなり?なんの準備もなく?」

 「もちろん。複雑な計算も時空間を歪めるようなエネルギーも必要ない。あなた方が歩いたり走ったりできるのと一緒。」

 ギレットは二人のやり取りを聞きながら、何かを検討しているようだった。それ以外の人間は、コーツでさえも驚きの表情を浮かべている。

 「それだと、戦闘になってしまうかも知れないわね。それは望ましくない。いくらケイでも、数万のケガレを援護なしに相手にするのは難しいでしょ?例えばだけど、ケイでドローンを運んで、ある程度離れた場所からドローンで偵察できないかしら?」

 「まあ・・・そうね。今のままだと難しい。ドローンを運ぶのは可能だけど、データの読み取りはどうするの?つまり、何の情報を集めたらいいのか、ってこと。」

 「そうね・・・ケイにドローンのオペレーティングシステムを覚えさせるのは可能かしら?」

 「うーん・・・できないことはないけど、できればやりたくないな。ケイが混乱しちゃうかも知れない。」

 「なら、ドローンのオペレーターを乗せることはできる?」

 「それは大丈夫。座席の後ろに休憩に使うスペースがあるから。」

 「じゃあ、それでどうかしら?」

 崑太も含めて、部屋の全員がギレットとエナを交互に見る首振り人形になったようで、二人の会話の、あまりの展開の速さについていけていないようだった。そのため、ギレットの問い掛けが部屋にいる全員に向けられていることに気付くのが遅れた。

 「オペレーターには誰を?」

 それでもさすがにいち早く状況に気付いたコーツが、同じように部屋全体に視線を走らせる。

 「タウラ少尉はどうだろう?彼女はどうやらここ最近の一連の出来事に責任を感じているようだ。もちろん、誰もそんなことは思っていないが、張り詰め方が心配なんだよ。この任務が挽回のチャンスだと捉えてくれるといいんだが・・・。それに、センサー技術で彼女に対応できないことは、まず、ない。オペレーターに一人だけを選べと言われたら、彼女が最適任だと思うんだがな?」

 口を開いたのはマーカスだった。どうやら、ケガの原因になった衝突事故を始め、ケガレの発見が遅れたことに責任を感じているらしく、非番の時間帯にわざわざ見舞いに来てくれたのだと言う。普段からセンサー担当と艦載機の哨戒任務などで密接な連絡体制を確立しているから、という理由だけではなさそうだといい、その落ち込み方と任務に対する覚悟が危なっかしく感じたらしい。

 「ええ、彼女なら適任だと思います。センサーの読み取り能力も、この通り優秀ですから、普通なら見落とすようなことも彼女なら見落とさないでしょう。一発勝負になりそうな場面ならなおのこと、私も直属の上司として彼女を推薦したいと思います。」

 ヒダカ中佐がギレットに向き直って、そう告げる。

 「よし、では二人でタウラ少尉に話をしてみてくれ。だが、決して無理強いはしないように。危険な任務には違いない。彼女の職務上の義務感に付け込むようなことは避けたい。」

 「わかりました。もし彼女がNOと言うようなら、私が喜んで行かせていただきます。ヒカリの使者の方との任務なら、命懸けでも構いません。」

 ヒダカ中佐の発言を軽い会釈で受けたギレットは、続いてリン少佐に向けて言った。

 「ドローンをケイに搭載するにはどれくらい必要だ?あー、それとこの機会だから決めてしまうが、ヒカリの兵器のコールサインは『ケイ』にしよう。皆に伝達してくれ。」

 リン少佐はタブレットを開いて何事かを確認している様子だったが、やがて顔を上げて自分の考えを述べた。

 「ドローンの準備はすぐにでもできますが、ケイのハードポイントやウェポンベイの形状が不明ですので、まずはそちらを確認してから正確な数字をお知らせします。もうひとつ、ケイの大きさから考えればドローンは複数機搭載することが可能かと思いますので、偵察で使用する以外のドローンを待機監視につかせてはいかがでしょう?うまくいけば、発見されるか燃料が尽きるまで継続して情報が得られるかも知れません。」

「確かに、失敗しても失う物も少ないし、試してみる価値はある。エナちゃん、どう?」

 「いいと思うわ。最初にケガレから見えないギリギリに飛んで、それから今度はギリギリまで近付いて、帰ってくればいいのよね?」

 「そう言われると恐ろしく簡単に聞こえてしまうが・・・。」

 ギレットが苦笑を浮かべる。

 「実際、そんなに難しくないと思うわ。ケイ自体の感知機能もあるから、短いジャンプを繰り返してそれなりの情報は持って帰れるはずよ。」

 「その、ジャンプというのは、制限はないのかね?つまり、回数や時間、という意味だが・・・」

 機関部長のウエシマが尋ねる。ウエシマだけはタブレットではなく、昔ながらの筆記具でメモを取っていた。

 「制限があるとすれば、一緒に行くことになる誰かの脳が混乱してしまうかも知れないってことね。次元の隙間を通るって言うのは、一瞬だけど別な次元を通ることになるからいろんな概念がごちゃ混ぜになる可能性があるの。試したことはないけど、せいぜい5回くらいが限界かも。」

 「ちょっと待て。その現象は継続的なものなのか?」

 コーツが厳しい表情でエナを見る。エナは首を振りながら答えた。

 「その心配はないと思う。一種の乗り物酔いみたいなものだから、ここまで戻ってくればいずれは落ち着くはずよ。ただ、さっきも言ったけど試したことがないから、確実なことは言えない。まあ、コンタも同じ経験をしていてこれだけ元気だし・・・。」

 「リスクは避けられない、ってことだな。その辺りもタウラ少尉に伝えてくれ。」

 マーカスとヒダカがうなずいて顔を見合わせる。

 会議はその後も続いた。様々な提案が出され、検討され、内容がどんどん洗練されていく。いつの間にか、ギレットはほとんど発言することがなくなり、他の士官たちが議論するのに静かに耳を傾けているようだ。

 2時間ほどの会議で、今回のケイによる強行偵察は「KN作戦」と命名され、機構の正式な作戦として航海日誌にも記録された。機構とヒカリが共同で行う最初の作戦となったわけだ。その間、何度か人の出入りがあり、タウラ少尉が作戦参加を決めたこと、ドローンは計4機が搭載され、偵察用に1機、監視用に2機、1機は予備と決められ、ジャンプの回数は4回までと設定された。作戦開始は艦内標準時間で明朝6時、つまり準備のための時間は22時間ほど、ということだ。

 最終的なサマリーがコーツから伝達され、他士官の質問や提案がないことを確認すると、ギレットは会議の参加者をねぎらい、閉会を宣言した。

 大変だったのはそれからで、崑太とエナは各部の士官から質問攻めにあうハメになった。結局1時間ほど捕まっているのに、質問が終わる気配がなく、エナは半分キレ気味になりつつある頃、ギレットから二人に艦長執務室に来るように、と言う通信が入った。

 さすがに艦長からの呼び出しを遅らせてまで質問はできなかったと思われる各士官がしぶしぶながら引き上げ、二人はようやく解放された。

艦橋の入口近くにいた通信科員に案内され、艦長執務室に入ると、紅茶と香ばしく甘い香りが鼻孔をくすぐる。ギレットは席から立ち上がると、二人を応接セットに促し、自分もくつろいだ様子でソファに腰かけた。

 「そろそろ限界だろうと思ってね。情報収集に貪欲な部下達から、艦長権限で二人を解放してあげたのよ。」

 ギレットは微笑みながらそう言うと、自らティーポットを上げ、それぞれのカップに紅茶を注いだ。

 「この紅茶もスコーンもね、合成じゃなくてネオムサシシティで栽培された原料で作られているのよ。食べてみて。」

 勧められるままにカップを手に取り、一口啜ってみると、確かに美味い。午後の紅茶以外の紅茶を飲むことなどほとんどない崑太でも、わかるほどのおいしさだ。スコーンもまだ温かく、小麦の香りがしっかりと残った、しっとりした仕上がりだ。レモンピールを刻んだものが混ぜられており、その酸味と甘味、食感のアクセントがまた一段とおいしさを際立てる。会議中の軽食には在りつけず、結局起きてから何も食べていなかったエナは、夢中になってスコーンをほおばっている。

 「おいしい?」

 その様子を眺めながら、ギレットは満足そうに言った。

 「おいしいです!スコーンって初めて食べましたけど、こんなにおいしかったんですね。」

「そこまで?なら、がんばって焼いた甲斐があったわね。」

 「これ、艦長が作ったんですか⁉」

 「そんなに驚く?こう見えても料理は得意な方なのよ?」

 意外だった。崑太の知る限り、こういう普段が完璧なタイプの女性は家事が、とりわけ料理が苦手と言うのが定番だと思い込んでいた。あらためてスコーンを見ると、形も揃っており、焼き加減もちょうど良い。確かに、付け焼刃でこうはいかないだろう。

 「そんなに見なくても、毒なんかはいってないわよ?」

 ギレットは心底おかしそうに声を出して笑った。崑太はこれにも驚いた。こうしていると、まるで友人の母、というよりは姉にもてなされているような雰囲気だ。そういえば、ギレットの年齢はいくつくらいなのだろう?艦長としてのギレットを見ていると30代半ばから後半、という印象を受けるが、今目の前にいるギレットを見ていると、20代半ばのようにも感じられる。さすがに直接年齢を聞くわけにはいかないが、いずれ誰かにきいてみようと、崑太は思った。

 「ほんとにおいしい!これ、スコーンって言うの?」

 二つ目を食べ終えたエナが、三個目のスコーンに手を伸ばしながら言った。

 「そんなに気に入った?じゃあまた今度焼いてあげるわ。」

 「うん、とっても!」

 この部屋の状況を、他の乗員が見たらどのように思うのだろうか。すぐ隣の艦橋に漂う緊張感とは比べ物にならない家庭的な雰囲気に、きっと驚くに違いない。少なくても戦時中の軍艦で見られる光景ではないだろう。とは言え、誰にだってこういう時間は必要なはずだ。それはもちろん、艦長にとっても。

 3人はしばらく歓談し、ヒカリの使者としてのエナと崑太(この場合はメートルのことだが)の今までの話や、ヒカリという存在について、エナが知る限りのことを披露した。ヒカリが高次元の高位の生命体であり、この宇宙だけでなく、他の宇宙についてもその秩序を維持し、統治するのがその使命であるということ。ヒカリが崇拝する、さらに高位の「全知全能」という存在があること、エナとメートルは、ヒカリの使者として3次元世界での様々な事象に対し、あらゆる介入を時代や場所を超えて行ってきたことが明らかになった。

 また、ケガレについては、ヒカリ同じような高位の存在でありながら、ヒカリとは対極の位置関係にある存在が侵略兵器として生み出した生命体であり、その目的はこの宇宙を始めとする、あらゆる世界の消滅だということだった。エナはそれを「虚無」と呼び、すべての物を無に帰して、新たな世界を創造する、というのがその理念らしい。

 驚いたのはケガレも「全知全能」を崇拝しており、その存在がヒカリとケガレにこの世界での覇権を競わせ、いずれか勝った側の世界観でこの世界を統治させたいらしい、と言うのだ。

 まるっきり、壮大なシミュレーションゲームのようだった。「全知全能」はプレイヤーであり、ヒカリとケガレを操作して、どのような世界を作っていくのかを模索しているということだ。ヒカリとケガレは、さらにそれぞれの手駒を使ってプレイヤーに自分の世界観をアピールする。その、ヒカリの手駒のひとつが、エナであり、崑太であり、機構で、ケガレの手駒があの様々な兵器生命体なのだ。もしかしたら、昨日の3体のケガレにも、自分たちと同じように名前があり、家族や友人があったのかも知れない。

 当然、全知全能に善悪の感覚はないのだろう。人間が2次元世界のゲームでやりたい放題の行動をするのと同じだ。たとえ主人公が苦しむ展開だとしても、そこに善悪の感情などは湧かないだろう。どうせ、現実ではないし、やり直しはいくらでもできるのだ。

 「・・・つまり、我々は、いわば神々の政治闘争の手駒として戦いを続けている、というわけね・・・。」

 ギレットがため息とともにそう言った。エナの話を聞いていて、崑太と同じような考えに至ったに違いない。

 だが、現実としてギレットは部下を亡くし、これからも多くの命がこの宇宙に散っていくに違いない。もしかしたら、自分も含めて。そう思うと、やりきれなかった。

 「私はなんだか、ヒカリという存在を嫌いになってしまいそう。まさかそんな事実があったなんてね・・・。まあ、戦争なんて、全部そんなもんよね。お互いが正しいと思って殺し合いをするんだから。しかも、同じ種族同士でね・・・。ヒカリは、そんな私たちの歴史を、どういう風に見ていたのかしら?」

 「それは私にもわからない。ヒカリがどんなことを考えているかなんて、想像したこともなかった。それと、私もメートルも、この世界でははるかに過去の、人間同士の戦争にも何度も参加したことがあるの。今と同じように・・・。」

 「そうなの?それも、辛いわね。」

 「ナオ、あまり深く考えすぎないで。私たちは私たちの役割を果たすだけ。迷いは弱さに繋がって、弱い魂は転生を許可されない。」

 「フフフ・・・ほんとに滑稽な存在よね、私たち。でも、エナの言う通りね。考えても仕方のないことなら、やめにするわ。とりあえず、目の前の脅威を一つひとつ排除していくしか仕方がないみたいだし・・・。」

 「そういうこと。それと、ナオだから話したけど、この事実を受け入れられない人も出てくるはずだから、他の人には言わない方がいいわ。いつもなら、私も絶対に話したりしないんだけど、崑太と記憶の交換をしたせいかしら、なんだか人に話したい気分になっちゃって。」

 「話してくれて、ありがとう。」

 ギレットはエナが踏み込んだ話をしてくれたのが嬉しいようだった。崑太もそれは同じ思いで、自分にメートルとしての記憶がない以上、エナが話してくれることが全てなのだ。エナも笑顔でうなずき、艦長執務室でのひと時は終わりを告げた。

 「崑太君、エナちゃん・・・タウラ少尉をお願いね。気を付けて。絶対に帰ってくるのよ。」

 ギレットに見送られ、艦橋を通って自室へと戻る。さすがにリフトの乗り方にも慣れて来ていて、スムーズに戻ることができたが、途中ですれ違う乗員が、そのたびに立ち止まり、直立不動の敬礼を送ってくるのがこそばゆい思いだった。

 自室に戻ってから、崑太はエナにケイについての講義をしてもらうことにした。基本的な操縦方法や性能についてなど、自分でも覚えておく必要があると考えたからだ。エナはもちろん大歓迎で、早速ギレットに伺いを立て、人の出入りしないハンガーの一つを借りることができた。

 ケイの操縦の基本は「意思の伝達」にあった。もちろん、操縦桿やペダル類で操縦することも可能なのだそうだが、こちらの意思を、シートを通してケイに伝達できるようになっており、動きたい方向をケイに伝えることができれば、ケイは自分の体と同じように動いてくれるらしい。

 「要は、慣れね。」

 エナはいとも簡単そうにそう言うが、始めてみるとこれがなかなかに難しい。常に意識して考えていないと、途端にケイの挙動に乱れが生じる。かなりの集中力を必要とし、操縦と攻撃を同時に行うのはほとんど無理だった。たった10分ほどの操縦で、もはやヘトヘトになってしまった崑太は、ハンガーに戻ってくると、ショウ大尉に助言を求めてみようと思い立った。基本的に空間戦車も挙動は同じはずで、イメージが掴めればそれだけでも役立ちそうに思えた。

 セイバー隊の使用しているハンガーに赴くと、二人は熱烈な歓迎を受けた。特にエナの人気はアイドル並みで、噂を聞きつけた他部隊の隊員までが訪れ、写真を撮ったり贈り物をしたりしようとする男性隊員の囲みができたほどだ。騒ぎが一段落してショウ大尉がどこにいるかを尋ねると、今は非番で自室にいるとのことだったので、二人は教えてもらったショウ大尉の居室に向かう。

 出迎えたショウ大尉は非番中にふさわしいラフな服装で、乱雑な部屋に置かれた巨大なモニターで車のレースゲームをしているところだった。壁に様々な車の写真が飾られており、いくつかの写真にはショウ大尉が明るい笑顔で一緒に写っていた。

 崑太は、操縦方法についてのレクチャーを受けようとして、ふと気が付いた。ゲームのコントローラーを操縦に使えたら、もっと上手く操縦できるかも知れない。

 崑太はショウ大尉を前に、話はそっちのけでエナにその案を話すと、どうやら実現可能なようだ。ショウ大尉は話の筋が見えずに困惑の表情を浮かべていたが、なにやらいいアイデアが生まれた様子の二人を見ると悪い気はしないようだった。

 「なんだかわからんが、とにかく打開策が出てきたようなら、良かったよ。」

 「ええ、おかげさまで。ところで、このゲームのコントローラーって、どこで手に入りますか?」

 「ああ、ネオムサシシティで手に入るけど、これ、持ってっていいぞ?予備もあるから。まずは、試してみたらいいんじゃないか?」

 「助かります!じゃあ、一旦お借りして試してみます。」

 早速ケイに戻り、エナがセッティングを開始する。コントローラーの無線信号をケイにわかるように教え込む。30分ほどで、すべてのボタンが割り振られ、ケイに覚えさせることができた。

 「じゃあ、実際に試してみましょ。」 

 エナは半信半疑のようだったが、この案は大いに図に当たり、崑太はケイの各種機動を自在に行えるようになった。コントローラーは基本的に崑太が使っていた物と同じだ。ショウ大尉の話によると、現在のコントローラーは手袋のようになっていて、専用のバイザーで見ると出てくるボタンやスティックを空間で操作したり、バイザーに映し出されるコマンドを視線で操作したりするようになっているらしかったが、逆に昔のモニターに映し出すタイプのゲームが「今、熱い」のだそうで、いわばレトロゲームのブームが来ているのだそうだ。確かに、崑太も昭和から平成初期のゲームで遊ぶこともあり、中には現代のゲームよりも単純明快で面白い、と思うゲームが少なからずあった。いつの時代でも、こういう「リバイバルブ―ム」と言うのは起きるものらしい。それが今回は崑太にとっては幸いした、ということだ。

 「すごいじゃない!攻撃にも手が回りそう?」

 エナが後席で手を叩いて喜んでいる。

 「試してみる方法あるかな?」

 「じゃあ、モニター上に仮想敵を表示するから、攻撃してみて。」

 すると、画面の中央にアウトラインだけのケガレが現れ、画面を右に左に移動し始めた。崑太は左のスティックでケイの方向を修正しながら、右のスティックで照準を動かし、見事に一撃で撃破することができた。

 「わお!」

 エナが感嘆の声を上げると、今度は二体のケガレが同時に現れる。今度も崑太はスティックとボタンの操作で、二体とも撃破する。続けて、難易度をどんどん上げながらシミュレーションを続けたが、攻撃を回避しながらの射撃や短いジャンプを繰り返しての広範囲での攻撃まで、見事に成功させた。

 「すごい、すごい!コンタ天才じゃん!」

 「いや、こんなにうまくいくとは思ってもみなかった。自分が一番驚いてるよ。」

 二人は結果に大いに満足し、アキツシマに帰還した。

 ハンガーでは、ショウ大尉とビグ少尉が出迎え、ケイが行った、何もない宇宙空間を凄まじい勢いで飛び回り、短いジャンプを駆使した機動に感動したようだった。

 「すごいな、ケイは!あんな機動ができるなんてな!これが1個中隊もあったらケガレなんか怖くもなくなるぜ!」

 ショウ大尉は興奮した様子で、崑太の肩を掴んで引き寄せた。

 「コントローラーのおかげですよ。自分でも驚いてます。」

 崑太もまんざらではない。二人はビグから渡されたパウチ入りのドリンクで喉を潤す。

 そのまま四人で機動や戦闘についての話をしていると、整備員が数名近付いてきた。

 「あの、お話し中すみません。ケイの整備や補給について、お二人と打ち合わせをするように言われているのですが・・・。」

 「基本的に、ケイは整備も補給もいらないわ。自己修復できるから。」

 「そうなんですか⁉」

 驚いた様子の整備員たちは、しげしげとケイを見つめる。

 「リン少佐には私からも話しておくわ。ドローン搭載の時にはお願いすることになると思うから、その時はよろしくね。」

 エナが整備員たちに告げると、整備員はホッとしたように引き下がっていった。

 「エナ、ドローン関連の打ち合わせもあるし、一旦部屋に戻って休もうよ。結構汗もかいたし。」

 崑太はショウとビグに挨拶をし、自室へと戻る。

 時計を見ると、午後1時を回っていた。3時間ほどケイで飛び回っていた計算になる。午後4時に予定されている、施設整備部と航宙情報部の打ち合わせまで、シャワーや食事が終わったら、少し横になりたいと思った。とにかく初めてのことが多すぎて、頭の整理が追い付いていない感じだ。

 「さすがに疲れたでしょ?」

 そんな崑太の様子を敏感に察知したエナが、待ってましたとばかりにまとわりついてくる。普通なら振り払うところだが、今はそんな元気もない。

 「エナは疲れないの?今日は朝から慣れない会議とか、ケイの操縦訓練とか、さすがにちょっと疲れた感じだけど。」

 「私は平気。コンタは少し休んだ方がいいね。大人しくしておいてあげるから、ちょっと横になったらいいじゃない。」

 「ほんとに?じゃあ、そうさせてもらおうかな。次の打ち合わせ予定が4時だから、3時まで横になるよ。それから身支度して、ハンガーに向かおう。」

 「うん。それで、一つ提案があるんだけど、コンタが眠るまで、そばにいてもいい?」

 「それってどういう意味?」 

 「嫌がるようなことはしないから、騙されたと思って言われた通りにして?」

 そう言うと、エナはソファに腰掛け、崑太に隣に座るように促した。崑太は怪しみながらも隣に座ると、エナが手を伸ばし、崑太の首筋をマッサージしてくる。一瞬、くすぐったいような気がして首をすくめるが、エナのひんやりした細い指が首のコリにあてがわれると、驚くほどに気持ちがいい。

 「どう?気持ちいいでしょ?」

 「びっくりするくらい、気持ちがいい。どこかで勉強したの?」

 「そんなのしたことないけど。ね、そのまま横になって。」

 エナの手に導かれるまま、崑太は自然と横になる。抗しがたい心地よさが、すでに眠気を呼び起こし、静かに瞼が閉じられた。完全に横になると、頭の位置にはエナの太ももがあり、その柔らかさと温かさが、崑太を芯からリラックスさせる。エナに膝枕をさせているという事実に対する罪の意識を感じる暇もなく、崑太は眠りの縁から急激に落ちていく感覚を覚えた。ふと気が付くと、エナが初めて聞いたようで、聞き慣れたようでもあるハミングを口ずさむ。「どこかで聞いたことがあっただろうか?」その自問自答が終わる前に、崑太は安らいだ眠りにつき、規則正しい寝息をたて始める。その横顔を見おろすエナの表情は、まるで本物の女神のような慈愛に満ちていた。

  

5 宇宙歴189・10・16 15時30分、アキツシマ艦内

 崑太はパチリと目を開いた。目の前に広がる90度傾いた室内の風景と、頭の下でかすかに感じる律動が心地よい。まだ頭の芯にジーンと痺れるような感じがあるが、かつてないほどに自然に目が覚め、眠る前の記憶が蘇ってくる。

 「(そうだ、エナの膝枕で・・・)」

 だが、不思議とそれがごく当たり前のことのように感じられ、もう少しこの柔らかな感触を楽しみたい衝動に駆られる。崑太は体の向きを変え、エナの膝枕の上で仰向けになった。その動きで、閉じられていたエナの紫色の瞳がゆっくりと開き、二人の視線が交錯する。二人はそのまま、瞳の奥のお互いの感情を探るように見つめ合う。しかし、そこには何も見出せず、ただ確実な安心感だけが漂っていた。沈黙を破ったのは、崑太の方だった。

 「おはよう。重くなかった?」

 「全然。もっとゆっくりできたら良かったんだけど、起きる時間だね。」

 エナは崑太の額にかかる髪の毛を優しくかき上げるようにしながら微笑んでいる。

 「なんだか不思議な気分だよ。ものすごく安心で、懐かしい感じがする。」

 「それなら、良かった。少しは疲れも取れた?」

 そう言われて初めて、自分の中で気力や体力が満ち満ちているのを自覚する。今ならなんでもできそうだ。と、同時に、ひどく腹が空いていることに気が付いた。

 「うん、なんかすごく元気になった。ハンガー行く前に何か食べよう。お腹が空いたよ。」

 自分の中の何かが変わった気がした。少し前までなら、エナの膝枕で眠った、ということだけで動揺していたし、罪悪感からくる拒否反応が行動や言動に現れていたのに、今は自分でも怖いくらいに落ち着いている。なんの根拠もないのに湧き上がってくる自信がそうさせているのだろうか。

 「そうそう、これ、食べたい物が出てくる機械なんだ。会議の前に使ってみたけど、なかなかイケるよ。」

 立ち上がって後ろから着いてくるエナに話し掛けながら、崑太は機械を操作する。すぐに湯気を上げるチーズバーガーとフライドポテトが二人分現れた。二つの皿を並べてテーブルに置くと、二人は並んでソファに座り、出来たてのチーズバーガーにかぶりつく。

 そんな崑太の様子を横目で見ながら、エナも崑太の変容ぶりに驚きを隠せないようで、口数が少ない。なんだか急に大人びた様子の崑太を不思議な生き物でも見るようにして見ていた。

 「エナの分も勝手に出しちゃったけど、おいしい?」

 急に話し掛けられて、ドキっとしたのはエナの方だった。なぜだか知らないが顔が熱くなるのを感じて、動揺は激しくなった。

 「え、ああ、とってもおいしい!特にこの黄色いのが。」

 「黄色いの?チーズのこと?この、間に挟まってる?」

 「そうそう、それ。チーズって白い固まりのことかと思ってたけど、これもチーズなんだね!」

 「うん、チーズにもいろいろ種類があるんだよ。気に入ったなら良かった。」

 「今回の食事は全部おいしくて良かった!いつだったか、毎回紫色のねばねばしたものしか食べられる物がなかった時があったじゃない?正直、あれからこの「食事の習慣」っていうのが怖くなってたんだよね!」

 「ああ、確かにあれはひどかった!大きいミミズみたいな生き物から取るってやつだよね⁉⁉⁉」

 崑太は口に運ぼうとしていたポテトを落としてしまった。

 たった今、自分の口からでた言葉は、確かに自分の記憶の中から出たものだが、崑太の記憶であるはずがなかった。

 「もしかして・・・記憶、戻った?」

 エナが探るように崑太に聞いてきたが、あの時の食事の光景以外は思い出せなかった。その時のことは、エナとの会話の内容や、周囲が寒くて揮発油の匂いが充満していたことまで思い出せるのに。

 「・・・いや、他のことは思い出せないみたい・・・だけど、あの時エナが『くそまずい!』って言って吐き出したのは覚えてる・・・。どういうことなんだろう?」

 そう言うと、エナは残念そうな顔つきになったが、一部分でも「メートル」の時の記憶が蘇ったことには嬉しさを隠せないようだ。

 「も、もしかしたら、印象深い出来事と、同じような経験をすると断片的にでも思い出せるんじゃない?それか、時間が経てばもっと思い出すのかも!」

 「そうかも知れないね。うん、あの時のことは確かに覚えてる。二人とも寒くて、毛皮みたいなの着てたよね?」

 「そうそう!うん、確かにそうだった!」

 「これからもっと思い出せるかな?」

 「たぶん、そうだと思うよ!」

 「そうだといいね。これから本格的にケガレと戦うことになったら、こんなに心強いことはないよ。」

 「うん!でも、無理はしないでね。」 

 「そうするよ。多少時間は掛かるかも知れないけ・・・」

 言い終わらないうちに、エナが抱き着いてくる。その柔らかさも重みも、懐かしく感じる。今度も崑太はエナを受け止めると、自分からエナを抱きしめた。そうすることが自然だと、頭よりも体が理解しているようだった。崑太の腕の力が加わると、エナもますます強い力で崑太の体を抱きしめる。エナが泣いているようなのが、感覚として伝わってきた。それが悲しみの涙ではなく、心から安心した時の涙だということも。

 「もう少し、苦労を掛けるかも知れないけど、よろしく頼むよ。」

 エナの髪の毛の香りを嗅ぎながら、崑太が囁く。エナが無言のままで何度も首を縦に動かすのが肩越しに伝わってきた。

 「よーし、やるぞーーー!」

 エナが唐突に崑太から離れ、ファイティングポーズを取る。

 と、二人のリストバンドが、リン少佐からの呼び出しを告げた。そろそろ時間だった。二人は無言でうなずき合うと、小走りでハンガーに向かった。

 ハンガーに着くと、すでにリン少佐とタウラ少尉のほか、整備部と情報部の作業要員がケイを見上げながら感嘆の声を上げているようだった。

 「すみません、お待たせしました!」

 崑太の声に、全員が振り向き、二人を出迎える。

 「気にしなくていいよ。それより、これはすごい機体だね。パーツの継ぎ目が見当たらないなんて、どれだけすごい科学力なのか想像もつかないって話してたところなんだ。」

 リン少佐は興奮しているように話を続けた。

 「・・・それに、この全体のデザイン!これが兵器だなんて信じられないような美しさだよ!チャンスがあったら徹底的に調べたいけど、そうもいかないんだろうね。」

 心から残念そうにケイに視線を走らせる。すでにギレットからケイに関しての調査はすべて取りやめにするように通達が出ていた。最初にケイを調べていた科学者たちからはかなり強硬な抗議が寄せられたらしいが、すでに戦力として計算に入っているという実務的な理由を盾に、ギレットが黙らせたらしい。それにどのみち、この世界の権威と呼ばれる人間が束になって調べても、ケイのことは何一つ分からないはずだ。

 「ところで、ハードポイントどころかカーゴベイらしい部分も見つけられないでいたんだけど、シーカー・・・探索用ドローンはどうやって運ぶつもり?」

 話題の中心はその部分だったらしい。ケイは機械的な部分が一切表面になく、またそこに繋がるような隙間や切れ目なども見当たらない。そもそも、外からではどこから人が乗り込むのかすら、分からないのだ。

 「ドローンって言うのは、あれ?」

 エナがそばに置かれていたラックに積まれた、大きな花瓶のように見える機器を指さして聞いた。リン少佐がそうだ、とうなずくと、エナは近くに運ぶように告げ、3人の整備員がラックを押して運んでくる。

 「その大きさならケイに持って運んでもらうから大丈夫。こっちに運んできて。」

 エナが先頭に立ち、ケイの側面後部へと向かう。

 「ケイ、これ、持ってくれる?」

 エナがそういうと、側面の壁がまるで液体のように横に薄く広がり、小さな翼のような突起ができる。さらにその突起から、まるで蜂蜜が垂れるように2本の棒が現れる。

 「それをここで支えててくれる?」

 言われるまま、2名の整備員がドローンを横に寝せて棒の下に持ち上げると、その棒は生き物の触手のようにドローンに巻き付き、翼のような突起まで持ち上げてから固定された。まさしく、ケイがドローンを「持った」ように見える。驚く一同をしり目に、エナが次々と指示を出すと、左右の後部側面にすべてのドローンを「持たせる」ことができた。

 「あの・・・シーカーの操作はどのように?」

 最初のごく簡単な自己紹介から口を閉ざしていたタウラ少尉が口を開く。

 タウラ少尉は褐色の肌と、深い緑色の瞳を持った女性で、金色の髪の毛は櫛目も鮮やかに整えられており、几帳面さが垣間見えた。ドローンを運ぶ手段は確保されたが、実際の操作をどのように行えば良いのか、運用担当としては当然、気になるところだろう。

 「ケイがドローンの仕組みを調べて、適切な操作盤をあなたの乗ることになるスペースに作っているから、もう少し待ってね。」

 エナからそう言われても、釈然としていないのは全員の表情から読みとれる。

 「・・・つまり、ケイは自分で学んで、それに応じて自分の形態を変えられる能力をもっているということですか?」

 「難しく言うと、そういうことになるかな。そういう点では、ケイは機械と言うより生き物に近いかも。心配しなくても満足してもらえると思うけど、出発前にはきちんと確認してもらうから、安心して。」

 エナにしては丁寧な説明だったとは思うが、それでもタウラ少尉は半信半疑のようだった。何か言おうと、タウラ少尉が口を開きかけた時、ケイがコクピットを降ろして中が見えるようにしてくれた。まるでこちらの意図を見抜いているようだった。

 昨日には前後2席だったコクピットは、今ではさらに後ろに、ちょうどエナと背中合わせになるように新たな座席が作られている。よく見ると、崑太の座る前席もいくらか変更されていて、元々簡素だったコンソールはさらに簡素化され、左右から伸びていた操縦桿が消え、その代わりに中央に台座のようなものができていた。恐らくここにゲーム用のコントローラーを接続するように、ということなのだろう。

 「できたみたいだから、乗って確認してみる?」

 コクピットが現れたことで、その場の全員が色めき立ち、映像を記録したり、手を触れてみたり、何かを話し合う人間もいた。リン少佐ですら、こちらのことはそっちのけでコクピットを隅々まで眺めている。

 それぞれが座席に着くと、コクピットが格納され、全体がほんのりと明るくなる。

 崑太のシートはコンソールが小さくなった分、さらに視野が広がり、前方向の死角はほとんどなくなったと言ってよかった。

 「すごい!こんなに充実したコンソール、初めて見ました!」

 後ろの座席から、タウラ少尉の興奮した声が聞こえてくる。

 「その様子だと大丈夫そうね。今座ってるシートはケイと繋がってるから、要望があったら頭でイメージするだけでいろいろ変えられるはずよ。それと、ケイがドローンの通信距離を伸ばした方が良くないか、って。」

 「そ、そんなことまでできるんですか?」

 「ええ。今のままだと残してくるドローンからの情報が取れないみたい。」

 「はい、そちらのデータは長距離アンテナの修理が終わったら一気に抜くつもりでいたんですけど・・・。その前に見つかったら、確かにデータは取れませんからね。見つからなければ儲けもの、って思ったみたいなんですけど、リアルタイムで情報が取れるならそれに越したことはないです!」

 「じゃあ、このままケイに任せていい?」

 「ぜひ!お願いします!」

 「わかったわ。コンタの方は、どう?」

 「すごくいいよ。なんか、座り心地まで良くなった気がするし、とにかく視界が広いのに感激してる。空中に浮かんでるみたいだよ。」

「それなら、良かった。」

 3人はそれから、実際に現場へ向かった時の動きをシミュレートしてみた。ケイが会議で映された木製の画像を元に、適切なコース案をいくつか提示してきたので、それを参考にしながら、さらにタウラ少尉や情報センターのヒダカ中佐の意見を反映して、作戦を煮詰めていく。最終的には予備の作戦計画まで含んだ計画案を策定し、シミュレートに参加していた全員が「これで大丈夫」というところまで漕ぎつけた。気が付けば、時計の針はまもなく夜9時を指そうとしている。途中一度の休憩は挟んだものの、ほぼぶっ続けで作業に没頭していたことになる。

 「なんとか形になりましたね。私にとっては初めてのことばかりでしたけど、皆さんのおかげでここまでたどり着けました!」

 額にうっすら汗を浮かべたタウラ少尉が、ペコっと頭を下げる。

 「それにしても、この子はすごいですね!普段使っているアキツシマのシステムもかなり優秀なはずなんですが、ケイと比べてみると歴然とした差が感じられました!さすがはヒカリの機体です!」

 惚れ惚れとした目でケイを見上げると、そっと外装に触れる。崑太も初めて(正確には2回目だが)ケイに乗った時はそのように感じた。タウラと違って比較対象はなかったが、いきなりの戦闘で完璧とも言える戦果を挙げられたのは崑太の手柄ではない、ということははっきりとわかった。

 「オペレーターが優秀なのよ」

 エナが勝ち誇ったような顔でタウラを見上げる。長身のタウラと並ぶと、大人と子供のようだ。身長差が20cmはあるに違いない。

 「ええ、もちろんです。エナさんの助けがなければ、何も進まなかったでしょう。」

 「わかればいいのよ。それで、どうする?いったん休憩して、また続ける?」

 「いえ、もうできることは全てできたと思います。明日の作戦開始まではしっかりと休息を取るべきかと思います。」

 「それがいいね。作戦開始は明日の6時でしたよね?」

 「はい。でも、5時30分までには装備を整えてメインブリーフィングルームに集合ですから、遅れないようにしてください。」

 「明日は大丈夫よね、コンタ?」

 「うん、さすがに今日みたいなことはしませんから。」

 「はい。では、また明日。今日はありがとうございました!」

 タウラ少尉は再度頭を下げると、二人から離れていく。

 「じゃあ、僕達も部屋に戻ろうか?」

 「そうね。ちょっとお腹もすいたし。」

 二人も自室に向けて歩き出す。やがてハンガーの明かりが落とされ、それぞれが作戦開始までの時間を思い思いに過ごすこととなる。

 

6 宇宙歴189・10・17 5時20分、アキツシマ艦内MBR

 「おはようございます。お二人の席はこちらです、どうぞ。」

 案内されるままに座席に向かうと、こちらに気が付いたタウラ少尉が小さく手を振ってきた。こちらも手を振り返し、せわしなく動き回る乗員の間を縫って席に着く。座席はギレットの目の前だったが、距離が離れていたので、お互いに笑顔で目礼する程度のあいさつで済ませた。

 「すごい人の数ね。いつもこんな感じなのかしら?」

 エナが小声で耳打ちをしてくる。

 「映画なんかだと、総攻撃とかの前にはこんな感じになるけど・・・偵察任務でこれはちょっと大げさかも・・・。」

 崑太も小声で答える。

 やがて準備を終えた乗員たちが少しずつ部屋を出て、三方を囲むように配置されたガラス張りの通路へと列をなす。部屋の明かりが落とされ、壇上中央のスポットライトだけとなった。いつの間にかエナの隣にタウラ少尉が座り、3人の後ろには十数名の乗員が席についていた。ヒダカ中佐は右袖に留まり、なにやらタブレットに目を落としているように見え、左袖のギレットは相変わらず悠然と座ったままだった。

 「これよりKN作戦の要旨説明を始めます。その前に、艦長より訓示を頂きます。」

 暗闇にヒダカ中佐の声が響く。どうやら司会役のようだ。ギレットが静かに席を立ち、登壇する。

 「諸君、我々は今、大きな岐路に立たされている。すでに承知の通り、艦は傷つき、機構本部との連絡もままならない。機動部隊をはじめとして、多くの損害を出している。さらにここに来て、木星付近でケガレの大規模な戦闘準備行動と思われる動きを察知した。これに対しての我が機構軍の動きは現状では確認できず、またこちらから警報を発することも不可能だ。そこで我々は、本作戦をもってケガレの意図を確認し、対処することとなった。この作戦は、機構軍とヒカリの使者が共同で行う、初の作戦任務となる。本来であれば機構本部の正式な認可の上で行いたいところではあるが、先の現状と事態の緊急性を鑑み、私一人の責任をもって本作戦を遂行することとなった。すでに諸君には、持ち得るすべてを投げ打って艦の原状回復と付随する難問に当たってもらっているところではあるが、これより本作戦終了まで、なお一層の奮闘を期待したい。本作戦の中枢はヒカリの使者と、同じくもたらされたヒカリの兵器に掛かっている。彼らはこれから完全に孤軍となり、ケガレの集団へと向かう。対して、我々にできることはほとんどないが、それぞれがそれぞれの持ち場で十分に力を発揮し、もたらされた情報から次なる作戦行動へと即応できる体制を整えることはできる。今はただ、ここにいる3名の勇気ある行動が、無事に成功することを祈りつつ、その一点に全力を注ごうではないか。今こそ心を一つにし、共に立ち向かおう!」

 一瞬の沈黙ののち、歓声が大きな波のように押し寄せてきた。ギレットはそれに答えるでもなく、来た時と同様に静かに席に戻る。

 その後、ヒダカ中佐が作戦の要旨と、各部署各員への任務分担の確認がされた。映画などでは、ここで時計を合わせるシーンがよく見られるが、この時代ではもはやそれはなく、代わりに作戦時間が刻まれる大きな時計が作戦ボードに示される。現在の作戦ボードにはKN作戦以外の作戦は表示されておらず、時計は作戦開始まで12分が残されていることを示しており、秒表示が刻々と減り、カウントダウンは進んでいった。

 ヒダカ中佐がブリーフィングの終了を宣言すると、崑太ら3名以外は退出し、ハンガーへと続く通路の両側へ整列する。恐らく3名はあの通路を、激励されながら進むのだろう。

 いつの間にか先ほどのバイザーの情報部員が脇で屈んでおり、整列が終わるタイミングを計っているようだった。30秒ほどでゴーサインが出され、3人は崑太を先頭に通路へと進む。両脇に並んだ全員が拍手をし、「頼むぞ」や「がんばれ」と言ったような言葉を口々にしていた。その中を進むのは、悪い気はしない。

 ハンガーへ降りるリフトの前には右にギレット、左にヒダカ中佐がおり、それぞれが挙手の敬礼で3人を迎える。3人はそのままリフトに乗り込むと、タウラ少尉に倣って扉が閉まるまで同じように挙手の敬礼で答礼した。閉まり際、ギレットの口元が微かに動くのが見えた。その動きは「頼んだわよ」と言ったように見えた。

 3人はケイに乗り込むと、それぞれが担当の準備を終える。

 「コンタ、タウラ、準備はいい?」

 エナが声を掛けると、それぞれ準備が整ったことを伝える。最終的な準備完了の表示が崑太のモニターに表示されると、崑太は艦載機管制を呼び出す。

 「ファイターコントロール、こちらケイ。出撃準備完了。指示を願います。」

 「了解、ケイ。作戦開始まで20秒、そちらのタイミングで出撃を許可します。お気を付けて!」

 「了解、コントロール。5秒前からカウントダウン、ハンガーから直接ジャンプします。通信終了。」

 ケイの独特なエンジン音が高まり、それに合わせて出力も上がる。機体表面が白い光に包まれていき青や赤のシグナルが縦横に走る。

 「OK、ケイ!スタンダップ・トゥ・スタート!」

 エナが叫ぶと、ケイはハンガーから消え、宇宙の彼方へと飛び出していった。

 一瞬の空白が終わると、目の前には広大な星空に浮かぶ見慣れた縞模様の惑星が見える。もっとも、大きさはまだソフトボールくらいだ。タウラが数値を読み上げる。

 「一度目のジャンプ完了、ターゲットまで20万キロ地点。」

 「OK、1機目のドローンを設置。タウラ、動作確認お願いね。」

 「了解、ドローンワン、予定地点に設置完了。正常に作動中。モニターに出してみるわね。」

 崑太のモニターにも、新たな「ウィンドウ」が現れ、中心に木星を捉えている画像が現れる。画像はどんどん拡大していき、画面いっぱいに木星が広がってもなお、拡大は続き、とうとう目標のケガレの母船らしき半球状の物体を捉えるが、拡大はまだ続いていた。

 「あれは・・・母船、という感じじゃなさそうですね・・・半球状というよりは、リング状の何かのようですが・・・。」

 そう話しながら、タウラはコンソールの操作を続けると、通常の光学から赤外線や紫外線、異相反応を色調別に表す画像などに切り替わる。

 「これは推測になりますが、あれは何かのゲートかも知れません。外側はリング状の物質ですが、その中の黒い部分はかなり密度の濃い異相反応が出ています。もしかしたら、我々はケガレの発現場所を見つけたのかも知れません。」

 「いずれにしても、次のジャンプでもう少し近付いたらはっきりするんじゃない?

コンタ、次のジャンプはケガレに察知されるかも知れないから、機動と迎撃の準備をしておいて。タウラも、ゆっくり観察できるのはここまでだと思うから、今やれることがあるならやっておいてね。」

 「了解」

 崑太は短く返事をすると、コントローラ―を握り直した。ケイが改装したコクピットにはコントローラーを操作に最適な位置で浮かせておくことのできる台のようなものができている。

 同じようにタウラもこの場に残されるシーカー、ドローンワンに指示を送り、目標をトレースし、画像モードを切り替えながら自動的にデータをバースト発信するように設定した。ケイの改造のおかげで、送信距離や速度、データの圧縮量などが改善されており、タウラの計算では日に24回の送信を続けても、30日~35日は持つはずだった。

 「エナちゃん、こちらの準備は完了。ドローンツーもいつでも設置できるわ。」

 「OK、じゃあ、最終確認ね。2回目のジャンプは目標から6000km離れた位置に出て、ドローンツーを設置、ケガレに見つからなければそのまま観察と情報取得、見つかったら十分に引き付けてから3回目のジャンプで目標の直近に移動、動き回りながらできるだけ情報を集めて、4回目のジャンプでアキツシマに戻る。いずれも戦闘はできる限り避けて、必要以上にケガレを刺激しないこと。いいわね?」

 エナの問い掛けにそれぞれが承諾の旨を告げる。

 「よっし!じゃあ、行ってみますか!ケイ、エンゲージ!」

 直ちに2回目のジャンプが行われると、崑太はケイが木星方向に引っ張られていることに気付く。木星の重力圏内なので当然のことなのだが、想像していた以上に強い力だった。それでも崑太はケイの姿勢を安定させ、目標が正面に来るように位置を調整する。すでにタウラはドローンツーを設置しており、こちらも重力補正をやり直しているようだった。

 ここまで来ると、半球状の物体の周辺に、多数のケガレがうようよしているのがはっきりと見えた。さらに驚いたのは、半球状の物体そのものにも、びっしりと隙間なくケガレが取り付いていた。さながら蜂の巣のようだ。

 「うっわ、これはちょっとグロいわね。」

 タウラがその様子を見て、顔を顰める。どうやら半球状の物体はケガレの手によって建設されている途中のようだった。完成後の形がどうなるのかは不明だが、ケガレの動きを見ている限り、おそらくいびつなリング状の物体を作っているようだ。

 「タウラ、これ以上は拡大しない方がいいわよ。あいつら、仲間を材料にしてコレを作ってる・・・。」

 そう言われて、崑太は思わず見てしまった。見るなと言われたら、見てしまうのが人情というものだろう。それはタウラも同じのようだった。

 凄まじい光景だった。大型のケガレが小型のケガレを食い、大きな口で何度かかみ砕いた後、それを吐き出すと、両手が左官の使うコテのようになったケガレがそれを使い、リングに塗り付けていく。それが延々と繰り返されているのだ。少し離れたところに、さらに大型のケガレが何体かいて、そのケガレが次々と小型のケガレを生み出しているらしい。

 「うぅ・・・見なければ良かった・・・。」

 弱々しいタウラの声が聞こえてくる。

 「もう、だから見るなって言ったのに!」

 ケガレの集団はその作業に夢中になっているようで、こちらに気付く気配はなかった。というよりは、個々のケガレがお互いに何も考えずに動いているようだった。タウラはこの機を逃さず、ドローンツーにも最初と同じような指示を与えたが、こちらは木星の重力に逆らうだけで相当のエネルギーを使ってしまうため、恐らく10日も持たないでその役目を終えてしまうだろう。

 「エナちゃん、ここでできることは終わり。いよいよ最終段階よ。」

 「わかったわ。コンタはどう?」

 「こっちもいつでもOK。」

 「よーし、じゃあ、3回目!」

 ケイはリング状の物体の真正面に出現した。ここまで近付くと、半球状の物体がはっきりとわかる。タウラの推測通り、母船ではなく、何か門のような構造物だということがわかる。半円状の外枠の中は、まるで真っ黒の水面のようで、時折外から内に赤黒いネバネバしたさざ波のような光が走っている。ここまで近付いても、ケガレはこちらに一切関心がないようで、ただ黙々と作業を続けていた。

 「こっちにはまったく関心がないみたいね。それなら、思う存分やらせてもらいましょうよ。」

 「それなら、ドローンスリーをここに、予備のフォーは、あのリングの頂上付近に設置しましょう。崑太君、ケイを移動させてもらえる?」

 「了解です、タウラさん。」

 崑太はゆっくりと上昇し、リングの頂上を目指す。近付くにつれ、リングの大きさがあらためてよくわかる。外縁部分は全体に比べて薄く感じるが、それでも数kmはありそうだ。あれが全部小型のケガレの末路かと思うと、あらためてゾッとする。ここまで作るのに、どれくらいのケガレが材料として使われたのだろうか。

 もう少しでリングの頂上というところで、コクピットに警報が鳴り響く。

 「コンタ!回避して!」

 きわどいところだった。リングの裏側から長い触手のようなものが伸びてきて、危うくケイはその触手に絡めとられるところを、すれすれで左上に躱すことができた。咄嗟にタウラがドローンフォーを投下すると、続けて二本目の触手が伸びてきて、ドローンフォーは粉々に破壊される。

 「くっそ!リングそのものが大型のケガレだったみたいね!」

 エナが毒づいてモニターを見つめる。今やリングのあちこちから触手が伸び始め、そのうちのいくつかがこちらに紫色の光弾を発射してきた。さすがにリングを作っていた他のケガレたちもその動きを止め、こちらに向かってくる。

 「離脱するわよ!ジャンプに備えて!」

 崑太は迫りくる光弾を避けるのに手いっぱいで返事ができなかったが、ケイはいつもの光に包まれると、次の瞬間にはアキツシマ近くの宙域に戻って来ていた。

 「はー、結構きわどかったんじゃない?」

 エナが大きな息を吐きながらシートに倒れるように寄りかかる。

 「驚きましたね!まさかあそこまで大きなケガレがいるとは・・・。」

 タウラも衝撃を受けているようだった。

 「こちらアキツシマ、ケイ、そちらをセンサーで捉えた。予定の地点よりだいぶ遠いようだが、異常発生か?」

 聞き慣れない男性の声だ。恐らく通信担当の乗員だろう。

 「こちらケイ、異常なし。繰り返す、異常なし。これより通常航行で帰投する。着艦準備が整い次第、連絡をください。」

 崑太はできるだけ平静を装って答えたが、自分でも声が震えているのがわかった。

 「ケイ、コーツだ。何があった?」

 今度は聞き慣れた副長の声だった。いつも通り、冷静で威厳のある、重々しい口ぶりだった。

 「副長、エナです。最後のジャンプが高速機動中の緊急ジャンプになってしまったので、安全のために距離を取りました。いきなり艦橋に出ちゃったら大変でしょ?」

 エナの声も、コーツに負けず劣らず、落ち着いたものだ。

 「・・・詳しくは帰ってから聞く。中央の着艦デッキに入ってくれ。今ガイドビームを出す。」

 エナの冗談に、コーツは少し気分を害したようだった。確かに冗談にしても度が過ぎている感もある。すぐにアキツシマの中央後部から、二本の破線が伸びる。ガイドビームの間を通れば、所定の位置に着艦ができる。

 崑太はケイをガイドビームの後端に付け、トラクタービームがこちらを捉えるのを待った。この辺りのシミュレーションも済ませておいたおかげで、崑太は発艦も着艦も通常通りの行い方を心得ていた。トラクタービームがこちらの機体を捉えれば、あとはただ座っているだけで着艦デッキに降ろされる。

 「タウラさん、最後にとんでもないことになりましたけど、役に立つ情報、集められましたか?」

 「私の知る限り、ケガレ相手の情報収集任務では最高の結果じゃないかしら?もしかしたら勲章ものかも。」

 「そこまでですか?」

 「あそこまでの強行偵察っていうだけでもすごいのに、見たこともないようなケガレとか、ケガレがケガレを使って構造体を「建設」するとか、新種と未知の行動まで捉えたのよ?まあ二人には大したことではないのかも知れないけど、機構軍としたらここ数十年でも一番の情報だと思うわ!」

 「じゃあ、報告が楽しみですね!」

 浮かれ気味の崑太とタウラをよそに、エナは深刻そうな表情を浮かべていた。この発見が、アキツシマをさらに追い込むことになるかも知れない、とエナは思った。

 着艦デッキからクリーニングデッキを抜けてハンガーに入っていくと、前回よりもさらに盛大な出迎えを受けた。ケガレの大群に単機で強行偵察を仕掛け、無事に戻ってきた、という事実が、皆の興奮を搔き立てたのだろう。それはとりもなおさず、この長期に渡る戦争への、明るい展望として全員の目に映ったに違いない。

 3人がケイから降りると、その興奮は最高潮に達したようで、デブリーフィングに向かうために、保安部員のエスコートが必要となるほどだった。

 3人は手を振り、ハイタッチし、手渡される多くの贈り物を両手に抱えるはめになった。まるでスターになったような気分だったが、今のアキツシマを取り巻く現状から考えれば、3人の行為はまさに英雄的行為であり、事実上のスターと言えなくもない。

 ようやくリフトに乗り込み、ミーティングルームに向かう。通常のデブリーフィングとは異なるが、内容が内容だけに、どこまで情報を開示するかは艦長の判断を仰ぐべきだろう。そうなると、あれだけの人間が集まった、比較的オープンなブリーフィングルームで行うのは無理がある。

 3人をエスコートしている保安部員は職務に徹しており、リフト内でも口を開かず、まっすぐに前を見ていた。その沈黙が、むしろ3人にはありがたかった。

 ミーティングルームに入ると、艦長以下士官全員が起立し、拍手で3人を迎え入れてくれたが、3人とも居心地が悪そうに立ち尽くすのが精一杯のところだった。

 案内に立ったジェナに導かれ、艦長らの座る席と対面の形で席に着く。これではますます居心地が悪い。

 「3人とも、疲れているところを悪いが、そのままこちらに来てもらったわけは説明しなくても理解してくれていることと思う。私以下、幹部士官全員が集まっている場ではあるが、楽にしてくれて構わない。実際に目にしたこと、感じたことを有体に教えて欲しい。飲み物と食べ物も用意してあるから、口にしながら進めてくれ。」

 ギレットがそう言うと、飲み物と食べ物入ったワゴンが3人の前に現れた。とは言え、やはり食べたり飲んだりするような雰囲気ではない。全員が固唾を飲んで3人の報告を待っていた。口を開いたのはタウラ少尉だった。手にしたタブレットを操作し、中央の大きなモニターに映像を出しながら、時系列に報告を進めていく。最初の二台のドローンの設置については軽く流す程度だったが、木星直近に設置したドローンの場面から、報告の内容は詳細になった。

 「・・・次に、ドローンスリーの設置です。ここでも当初はケガレがこちらに関心を向けることはなく、それぞれが目の前の作業に没頭しているようでした。最初に気付いたのが我々の知識にはないケガレがいることです。わかりやすいように、それぞれに名称を付けました。まず、捕食されて構造物の材料になる小型のケガレですが、これをイングと名付けます。このイングを捕食して吐き出す大型のケガレはバイターと名付けました。さらに、吐き出されたイングで構造物を組み立てるビルダー、そしてイングを生み出す、フィルド。ここには今までに見たことのある攻撃型、防御型のケガレがいませんでした。」

 タウラは映像を止め、クローズアップをしながら説明を続ける。

「ここから構造体にさらに近付いて確認したところ、これは何かの転送装置ではないかという懸念が生まれました。外縁のリング状の中に広がるのは、開いたままの異相空間であると推測されます。もしこの外縁部がリング状になるのが完成形だとすると、このリングは現在50%乃至60%の完成度、ということになります。この数値が100%になるのにどの程度の時間が必要なのか、今回集めたデータから計算すると、約50時間程度、つまり2日と少し、という結果が出ています。そして、これからが興味深いのですが、この外縁のリングの頂上部に近付いた時、初めてケガレの動きがありました。まず、外縁部のリングから触手が伸び、こちらを攻撃してきました。最終的には3本の大きな触手と8本の小さな触手が確認できましたが、これらが新しい別のケガレであるのか、もしくはイングが再構成された姿なのかは謎のままです。また、この触手がこちらを攻撃すると同時に、作業中の全てのケガレがこちらに敵対行動を取りました。これが何を意味するのか、まだまだ情報を集める必要があります。私からは以上となります。」 

 長い説明を淀みなく済ませたタウラ少尉が着席したが、誰も声を出すものがいない。得られた多くの情報は、さらに多くの謎を生み、参加者全員を困惑させている。

 「あの構造物・・・いわば超大型のケガレ、ということになると思うが、あれが転送装置だとすると、いよいよ本格的な太陽系への大規模侵攻が開始される可能性がある、ということか?」

 コーツが重い口を開き、タウラ少尉を見る。

 「現時点で推測される可能性の一つであることは間違いありませんが・・・断定はできかねます・・・。」

 「その可能性も考慮して対策を練る必要があると思います。いずれにしても、残してきたドローンの情報待ち、ということになるでしょう。」

 歯切れの悪いタウラ少尉に、ヒダカ中佐が助け舟を出す。

 「それ以外の可能性は?例えば、あれが超大型の新兵器であるとか?」

 そう言ったのはマシアス中佐だ。

 「その可能性は非常に高いと思う。木星の近く、というのが気になる。木星を燃料や動力源とした兵器だとすれば、これは大きな脅威だ。」

 マーカス中佐がマシアス中佐の意見を補足する。この新しい意見に、さらなる長い沈黙が舞い降りる。室内に重苦しい空気が漂う。

 「私の意見を言ってもいい?」

 そう言ったのは、なんとエナだった。

 「もちろん。何か知っていることがあれば、なんでも教えて欲しい。」

 コーツが期待の目でエナを見る。

 「私が思うに、タウラ少尉の見込んだ通り、あれは転送装置だと思う。違うのは、あれは出口じゃなくて、入り口、ってこと・・・。タウラ少尉、映像を巻き戻して、リングの頂上に向かっているところを・・・そうそう、そこからスタートして・・・止めて!」

 映像は、ケイが頂上に向かって上昇するため、向きを上方に修正したところだった。

 「いい?この、紫色の渦を見てて・・・ほら。外縁から内側に、中心に向かってる。つまり、異相空間の流れが、内側に向かってるっていうこと。これは、ケイが使うジャンプと似たような働きをするはずよ。ケイの場合も属性は違うけど同じような異相空間を使ってジャンプするの。だとすると、異相空間のこの流れは入り方向、つまり、入り口ってことだと思う。」

 「これが入口だとすると、奴らはどこに向かうつもりなんだ?」

 「それはわからない。でも、今までもケガレは何もないところから現れるわけでしょ?

考えられるとすれば、ケガレの別宇宙にこういうたくさんのゲートがあると考えるのが自然じゃない?」

 エナはここで言葉を切り、皆の反応を待つが、期待していたような反応は得られないようで、引き続き話し始めた。

 「こういう異相空間を使った移動は2種類あって、空間を移動するか、時間を移動するか、なの。両方同時に、というのは無理なわけ。ケガレが別宇宙から現れてるとすれば、それは空間だけの移動、時間軸に影響はない。だから、現在にケガレを送り込むだけなら新しいポータルは不要なはずなのに、あいつらはこの宇宙に新しいポータルを作ってる。」

 「・・・つまり、ケガレはこの宇宙の異なる時間軸に移動する計画を立てている?」

 「そういうこと。」

 今度こそ期待通りの反応が得られ、エナは満足そうにうなずいた。

 「ケガレは自分たちの住処から直接この世界の未来、あるいは過去に行くことはできないから、わざわざこの世界にポータルを作ろうとしてるんじゃない?そして、みんなが自由に時間旅行できるとして、相手を倒そうとしていたら、どうする?」

 「・・・過去に遡って、敵の芽を摘む・・・。」

 「エクセレントよ、タウラ。私もその可能性が高いと思う。」

 「・・・ですが・・・今までの話は、あくまで推測の話ですよね?」

 ヒダカ中佐が異を唱える。

 「だが・・・考えられる最悪のシナリオに近い・・・。確定的な情報がない現在、その最悪のシナリオに対する対策を講じる必要がある。」

 ギレットがそう発言すると、マシウスやマーカスがうなずいた。

 「仮に、仮にですよ?ケガレが過去に戻るとして、我々は行先を特定する手段もなく、もちろん行くこともできない。行けるとしても、今度はケガレの軍団との戦闘です。これはどう考えても、我々にできることは何もない。」

 ギレットの発現を懐疑的な表情で聞いていたヒダカが、お手上げだと言わんばかりに両手を広げる。

 「長距離通信アンテナの復旧作業はどうなってる?」

 ギレットはヒダカの意見は無視して、マシアスを振り返った。

 「はい、基部の修理はほとんど終わっています。ですがアンテナ本体の組み立てに手間取っています。完全な復旧までは80時間、というところでしょう。これ以上は人を増やしても作業機が足りませんので、どうにもなりません。」

 「向こうの方が先に完成してしまうわけだな。よしんば機構本部への連絡が間に合ったとしても、対応が間に合うわけはない・・・か。」

 ミーティングルームに、またも沈黙の時が流れた。誰もが俯き、考えに耽っている。

 「・・・あの・・・、いいですか?」

 崑太は小さく右手を挙げ、発言の機会を求めた。

 「あ、ああ、もちろんだ。気付いたことがあったらなんでも発言してくれ。」

 コーツがホッとした表情で答える。

 「はい・・・実現可能かはわからないんですけど、ケガレの構造物が完成してケガレがその中に消えた瞬間を狙って、僕達も同じように構造物に侵入したら、同じところに出ませんか?」

 誰もが顔を見合わせる中で、エナが答えた。

 「その可能性は高いと思うわ。おそらくあの構造物はそう何度も使える感じはしないし、行き場所を選べるような性能はないでしょうね。」

 「だったら、少なくても行先と、そこに行く方法はクリアできそうですよね。あとは、向こうに行ってからのケガレとの戦闘ですけど・・・。」

 そこまで言った時、ヒダカが口を挟んでくる。

 「まさか、我々だけで戦おうとしてるわけじゃないだろうね?」

 「僕は、そのまさかのつもりで話してました。このままにしておいたら、もう何日かでケガレが過去に戻って地球の生命を根絶やしにするかも知れない。そもそも地球ができる前の太陽系に戻って太陽に細工したりすることだってできるかも知れない。そうなった場合、今ここにいる僕たちはどうなるんですか?父や母、祖父や祖母、それよりもっと前の先祖が誕生しなかったとしたら?」

 「・・・いくらでも未来が書き換えられる可能性がある、ということか・・・。」

 「そうです。ケガレが過去の時間軸に影響を与えた瞬間、僕達は消えてしまうかも知れない。あるいは、僕達には何も影響がなくて、違う時間軸の世界がそこから誕生するのかも知れない。それは誰にもわかりません。」

 「うむ、未だにその結論は出ていない。が、どちらの可能性も考えられる。」

 コーツが重々しく口を開く。

 「どうせ消えちゃうのかも知れないなら、ただ消えるより、消えない可能性に賭けてみるのもいいかな、と思っただけです。エナ、どう思う?」

 「私はコンタに従うわ。あなたが戦うと言うなら、たとえケイと私だけでも一緒に戦う。まあ、死んだら死んだで、そんなに悪い死に方ではないんじゃない?どうせいつかみんな死ぬしね。」

 エナが一瞬の迷いもなく即答してくれたことが、崑太は嬉しかった。

 「アッハハハハ!いいね、そういうの!私は大好きだよ!私も混ぜて欲しいね!この世界の代表として、恥ずかしくないように散ってやるさ!」

 マシウスが立ち上がって拳を振り上げる。

 「あ、あの!マシウス中佐!勘違いしないでください!僕は何としても生き残って、元の世界に戻りたいんです。そのために、可能性は低くても生き残れそうな方を選んだだけで、決して華々しく散る、っていうようなつもりで言ったんじゃないんです!」

 「なるほど。確かに、そうだね。私の悪いクセだ!じゃあ、暴れ回って生き残ろうじゃないか!」

 マシウスがほんとにわかってくれたのかどうかは別として、この時代にもこういう直情的な性格の人がいる、というのは興味深い。真一郎と気が合うだろうな、と崑太は苦笑した。

 「それなら、今のうちに全力で叩いてしまう、ってのはどうだ?それでも可能性は五分五分・・・いや、もう少し分が悪いかも知れないが、今は攻撃タイプのケガレはいないんだろ?可能性がより上がるんじゃないか?」

 こう提案したのはマーカスだった。崑太もそれを考えないでもなかったが、それでは解決できない問題が残る。

 「それも考えました。確かに、今攻撃したら、完全に破壊はできなくても時間を稼ぐことはできるかも知れません。でも、それだとケガレの狙いが分からないままなんです。今回はたまたま発見できましたが、次は見つけられないかも知れない。そしていつか、こちらに気付かれることのないまま、ケガレは目的を達成するでしょう。それと、もう一つ。ケガレの大群が現れるとすれば、それはケガレの本拠地に近いところからでしょう。その大群が間違いなく現れそうなのがこの木星付近の構造物です。そして、現れた直後なら、ケイのセンサーで『どこから来るのか』がわかります。そうしたら、今度は逆にこちらから攻めることができる。」

 最後の、『ケガレの本拠地に攻め込む』という考えが、ミーティングルームにどよめきを起こした。確かに、ケガレがどこから現れるのか、突き止められたことはない。現在でもその努力は続けられているが、初期の大規模な侵攻時代以降、ケガレが大群で現れた、という事実はなく、また『ハグレ』のように統制の取れていないケガレも存在するため、現在ではケガレの本拠地を突き止めることはほぼ不可能だとされており、研究者の中にはそもそもケガレの本拠地などは存在しない、と唱える者もいた。

 だがもし、それが存在し、こちらから攻撃を仕掛けることができれば、この長きに渡る戦争に終止符を打てる可能性があった。

 「むぅ・・・確かに、それは命を懸けるに値する・・・。もちろん、推測の域は出ないにしても。」

 マーカスの崑太を見る目が、少し変わったようだった。

 マシウスも長広舌の崑太を惚れ惚れと見つめ、時折深くうなずきながらそれを聞いていた。

 「だが・・・向こうからはどうやって戻って来る気かね?我々に時間を超えて旅をする能力はないぞ?向こうで未来に影響を及ぼさないように、隠れて暮らすか?まあ、それもいいがな。」

 今までは黙って事の成り行きを見守っていた、機関部長のウエシマが初めて口を開いた。崑太も、問題はそこだと考えていた。崑太の案は片道切符で、こちらに戻って来ることまでは考えられていない。

 「それは、ケイがなんとかできるかも知れない。最悪、時間は掛かるけど人間だけならケイで何往復もすれば済む話だし。」

 「ケイは時間移動もできるのか⁉」

 「移動自体は可能よ。ただし、そのためには『ケイがその時間に存在した』って言う時間の座標みたいなものが必要なの。だから、存在したことのない時間には移動できない。行った先からこっちに戻って来るのは、問題ない。」

 「それは・・・すごいな・・・。」

 ウエシマが自慢の髭を撫でつけながら絶句する。

 「・・・まとめると、我々に取れる行動は、まず設置したドローンで情報を収集しながらアンテナを修理し、機構本部に警報を送る、ということと、現時点の戦力でケガレの構造物を叩き潰す、ということ。そして最後に、ケガレにやりたいようにやらせておいて、最後の最後に追い掛けて、行った先でケガレと戦闘・・・本拠地を突き止めてこちらから潰しに行く、この三つの方法、ということだな?」

 ギレットが立ち上がり、前に進みながら全員に確認を取るが、誰も口を開かずに肯定の意思を示した。

 「いずれにしても、強行偵察の情報以上のことは推測に過ぎず、どの方法を取ろうが、成功の可能性は多く見積もっても数%、というところだろう・・・ここも、他に意見はあるか?」

 再びの沈黙。ギレットは5秒ほど室内を見回すが、誰も口を開かないのを見ると、一人うなずいて話を続けた。

 「よし。では、私の意見を述べる。ここまで諸君の話を聞き、偵察情報やこれまでの経緯、艦の現状などを鑑みても、三番目の方法、つまりはこのまま観察を続け、ケガレの後を追ってあの醜い構造物を潜り、その先でケガレを全滅させた上で、突き止めた敵の本拠地を叩く、という、狂気のような案に魅力を感じる。もしかしたら私自身が狂気に囚われているのではないか、と自問自答を繰り返してみたが、成功の可能性がコンマ以下だとしても、このまま手をこまねいて消えるのを待つのはとても愚かなことだと思うのだ。だが、この任務はどう控えめに言っても自殺するのと変わりがない任務だとも言える。我々軍属は別にしても、ネオムサシシティの住民を引き連れて狂気に飛び込むわけにはいかない。そこでだ、さらに戦力を削ることになるが、アキツシマを分離して攻撃部隊とネオムサシシティの守備部隊に分ける。攻撃部隊は敵の動きがあり次第、木星に向かう。守備部隊はネオムサシシティを守りつつ、アンテナの修理が終わり次第、機構本部に状況を報告し、救助を待つ。そして・・・攻撃部隊の方は、全員を志願制とする。」

 空気が張り詰めている。ギレットの提案はアキツシマの指揮官として取り得る、最善の方法のようにも思えたし、頭のおかしい人間の考えた最悪の方法にも思える。

 「まず、今ここにいる士官たちから志願を募りたい。はじめに言っておくが、階級とか役職とか、そんなことは一切考慮に入れるな。とことん利己的に、自分が後悔しない方を選ぶんだ。それに、今の考えが最終的な回答でなくていい。最後の最後に考えを翻しても構わない。わかったな?」

 もう一度、ギレットが一同を見回していく。

 「それと、コーツ副長には守備隊の指揮を任せたい。だから、副長がどのような考えでも、ここに残って指揮を執ってもらう。これは命令として、今ここで言明しておく。」

 コーツは一瞬立ち上がって異を唱えようとしたが、ギレットの迫力に気圧されたかのように椅子に座り込み、小さくだがはっきりと、了解の意思を示した。

 「では、私からだ。私はもちろん、攻撃隊の方に加わるつもりだ。元々が戦闘艦乗りだからな。艦での戦闘経験が一番豊富なのも私だから、当然のことだ。」

 次に口を開いたのはマシウスだった。

 「私ももちろん、攻撃隊だ。」

 その後、佐官ではマーカス、ウエシマ、ジェナが攻撃隊に加わる意思を示し、リンとヒダカは守備隊に残ることになった。この場にいた唯一の尉官であるタウラは、攻撃隊への参加を希望していた。

 「もちろん、僕とエナも攻撃隊に加わります。」

 最後に、崑太が力強く宣言する。エナも強くうなずいて、同意を示した。

 「私はこれからネオムサシシティの代表団とこの件について話をしてくる。それから艦内全域に通達をすることにしよう・・・。そうだな、15時に。各部長はそれまでに、それぞれの任務にどれだけのアセットが必要か、まとめてくれ。詳細なものでなくていい。」

 ギレットが一同を見回しながらそう告げて、デブリーフィングと士官会議を合わせたような会議が散会となった。だが、ネオムサシシティへ赴くことになったギレットとジェナを除くと、誰一人そこから動こうとせず、コーツを中心にした新たな議論の輪ができる。これはもちろん、今後についての、各部のすり合わせのための話し合いだった。

 崑太とエナは、たまに意見を求められることもあったが、基本的にはその輪には加わらなかったので、合間を見ては部屋の隅に用意されていたサンドイッチや菓子類をほおばりながら、話し合いの行く末を見守って時間を過ごした。

 話し合いが熱を帯びてきたその時、コーツの持っていたデバイスが甲高い音を発した。内容を見たコーツは、話し合いの輪を外れ、崑太とエナの方に近付いてくる。他の士官はコーツを無言で見守っていた。

 「ハシミが何か託宣を受け取ったようだ。様子を見て来てもらえないか?」

 崑太とエナは了承し、示されたハシミの居室へ向かってみることにした。

 ハシミの居室はミーティングルームと同じ階層にあり、歩いて向かっても数分の距離で、いわゆる艦の中枢部に位置していた。機構におけるヒミコという役職の重要さをうかがい知ることのできる配置と言える。居室も独特で、それは部屋というより何かの舞台のようにも見え、広さもかなりのものだった。その舞台の中央に、二人の巫女のような衣装の女性に支えられ、ハシミがうずくまって荒い息を吐いているのが見える。二人は小走りにハシミに近寄り、声を掛けた。

 「大丈夫ですか?医務室に連れて行った方がいいんじゃ・・・?」

 崑太が声を掛けると、ハシミが汗だらけの青い顔を上げる。

 「おお!これは、お見苦しいところを・・・。」

 ハシミは何かを話そうとするが、激しく咳き込んでしまい、言葉にならない。すると、エナがハシミの額に手を当て、語り掛ける。

 「構わぬ。大きく息をするのだ・・・。」

 すると、ハシミの咳は徐々に収まり、大きい呼吸を試みるたびに荒い呼吸も収まっていった。

 「・・・少しは落ち着いたか?託宣があったと聞いたが・・・?」

 「は、はい!先ほど、朝の務めを果たしておりましたところ、突然に・・・。」

 「それは、どのような?」

 「申し上げます!」

 そう言うと、ハシミはゆっくりと立ち上がり、支えていた巫女二人から離れ、自分の足で体を支えると、そのまま腰を直角に曲げ、語り始めた。

 「・・・時の彼方の諍い・・・赴くも闇は深く・・・光の子らを照らす灯・・・欠けたるつはものをたうびける・・・三つの兵杖をもって、闇を祓え・・・三つの情けをもって、闇を討て・・・戦立、勝り様なり・・・」

 言い終えるとハシミは顔を上げ、今にも泣きそうな顔でエナを見つめる。エナは静かにうなずくと、二人の巫女にハシミを休ませるように伝え、その場を離れた。

 「今のは、どういう意味?エナにはわかったの?」

 通路をミーティングルームに戻りながら、崑太はエナに尋ねてみた。

 「うーん・・・正直、わかんないけど、どうやら私たちの考えは間違ってないけど、行ってみたらヤバいことになる・・・みたいな?」

 「あー、その辺まではなんとなく僕にもわかったけどさ。その先だよ。っていうか、その程度の解釈でずいぶんと偉そうにしたもんだよね?」

 「まあ、ほら、ハシミはあの通りだから、ああいう態度の方が逆にいいのよ。」

 「あの額に手を当てたのも、もしかしてハッタリ?」

 「半分ハッタリだけど、半分はそうとも言えない。ほら、背中さすられたりすると楽になるような気がするでしょ?あれって、無駄じゃないのよ?気を落ち着かせるのにきちんと効果があるんだから。」

 「まあ、確かに、そう思えないこともないけどね。」

 「つまりは、そういうこと。ハシミみたいな子には特に効果が高いと思ったの。」

 「うわー、エナ、すごいね。」

 「何が?」

 「そういうこと、自然にできちゃうんだからさ。」

 「そうかな?普通だと思うけど。」

 「なんでだかはわからないけどさ、エナって誰でも自然に受け入れて、誰にでも自然に受け入れられる感じがする。出会って何日かしか経たないのに、ずっと前から知り合いだったような気がするんだよね。」

 「まあ、コンタが思い出さないだけで、私たちは前から知り合いだし、他の人もたぶんいつかどこかで会ってるとは思うから、間違ってはいないかな。」

 「それってどういうこと?」

 「私はヒカリの一族で、人の魂の守護者でもあるのよ。時々人の世に出て進むべき方向を教えたり、導いたり・・・」

 「それって、つまりは神様ってこと?」

 「神様って言うのは、あくまで人の考え出した概念の存在でしょ?まあ扱われ方は近いかも知れないけど、神様ではない。それに、コンタだって言い換えれば戦の神だよ?」

 「は、はぁ?」

 「簡単に言っちゃうと、人がヒカリって呼んでる存在は、この世の全てを司ってる会社で、私もコンタもその従業員なわけ。私は人の魂をより高みに引き上げるっていう業務をしていて、コンタは他の会社、つまりはケガレとか、悪魔、とか、人を滅ぼそうとしたり、堕落させようとしたり、時には向こう側に付いてしまった人まで含めて、とにかくヒカリっていう会社に敵対するような行動を取るすべての存在に対処する業務についてるの。」

 「う、うん・・・。」

 「で、私たちは普段コンビで動いていて、主に地球を担当していた。それこそ、地球に生命が誕生してから、ずっとね。その中で、あなたも私も神として信仰の対象にされたことが、何度もあるわ。つまり、そういう意味で、あなたも神様よ。」

 「な、なんか・・・話が壮大過ぎて全然着いていけないけど・・・。」

 「それは、コンタが今は完全に人間の一人になってるからよ。まあ、それは私も同じようなものだけど、コンタの方が重症よね。いろんなところに力・・・っていうか、魂を分け過ぎたのね。自分のことを思い出せないくらいに・・・。」

 そこまで話をした時、二人はミーティングルームに戻ってきた。

 コーツに内容を報告している途中で、エナが思い出したように付け加えた。

 「そっか!副長、さっきの託宣だけど、ヒカリから増援があるって意味かも知れない。」

 「それは・・・ありがたい話だが・・・いつ?どこで?」

 「それはわからない。また託宣があるのかも。」

 「またか!なんでいつも、こう・・・もったいぶるんだ?君たちに直接伝えればいいじゃないか!ヒミコではなく!」

 「私に文句を言われても仕方ないわよ。人にはそれぞれヒカリから与えられる役目があるの。ヒミコにはヒミコの役目、私には私の役目。」

 「・・・なんとも、ややこしいもんだな・・・。」

 「・・・まあ、それはわかる気がする。私もこれで苦労してるのよ?」

 コーツが目を丸くして驚く。士官一同はそのコーツの様子を見て驚いているようだった。普段のコーツがするような表情ではないのだろう、ということは想像がついた。

 「いずれにしても、戦力の計算には入れられませんね?」

 半ば笑いを堪えながら、マーカスが言った。

 「うむ、アテにはできないだろうな・・・。少なくても現時点では・・・。」

 どうやら、攻撃隊と守備隊の戦力の分配で頭を痛めているようだった。もちろん、ケガレの戦力が未知数のままなのだから、本来は決められるような状況ですらないのだ。

 双方に納得のいく答えが出ないまま、時間だけが経過していく。

 「これ以上は議論を続けても答えは出そうにありませんよ?どうです、一旦各部署に持ち帰って、それぞれで議論を重ねてもらって、また集まる、というのは?」

 そう提案したのはヒダカだった。皆がうなずいて賛意を示している。

 「・・・そうだな。そうしよう。」

 コーツも同意し、ギレットの館内放送が終わり、志願の数を調査してから、翌朝また集まることとなった。崑太とエナは、一旦休息を取った後でそれまでに集まったドローンからの情報を確認したのち、具体的な戦術についてマーカス、マシアスと意見交換をすることになった。

    

7 宇宙歴189・10・18 9時、アキツシマ艦内 艦長執務室

 艦長執務室には前日の会議と同じ面々が集まっていた。

 昨日、艦長の全艦通達により、アキツシマ艦内には大きな衝撃が走ったようだったが、今朝の艦内は早くも落ち着きを取り戻し、それぞれが、それぞれに覚悟を決め、目の前の問題に取り組んでいるようだった。

 ネオムサシシティの代表団との協議もなんとか合意に漕ぎつけ、すでに切り離し作業に向けての準備が進められていた。守備隊にはネオムサシシティのある後部中央ブロックの中層及び下層が充てられた。ここには空間戦車11機、大型輸送機3機が収まった中央格納庫やメインの研究室、産業部があり、救助を待つまでの間、ネオムサシシティの住民が困るようなことにはならないはずだった。

 それ以外のブロック全てが攻撃隊となり、こちらには空間戦車が30機、中型輸送機、高速連絡機などが合わせて48機搭載される。また、大破した左舷前方ブロックは大型の爆弾へとその姿を変え、アキツシマ本体がポータルに侵入後に起爆し、ポータル自体にダメージを与え、後続を断つ作戦に使われる予定となっている。

 木星付近のポータルは「ポイントアルファ」という符号が与えられ、残置してきたドローンからの情報は更新を続けていた。最新の状況では、ポータルの完成度は約70%と見積もられた。だが、送り込まれるケガレの部隊が現れる兆候は認められなかった。どれほどの数のケガレが現れるのか、それはいつなのか、作戦の要諦となるべき事実が何も確認されないまま、作戦の準備は着々と進んで行く。

 守備隊の方もそれは同様で、最大の懸念は攻撃隊が進発した後の防衛体制となる。空間戦車が11機と言うのは決して十分な戦力とは言えない。さらに、艦自体の攻撃力も大幅に縮減されてしまうことになるため、万が一、ケガレの襲撃などがあった場合、頼りの綱は攻撃力よりも防御力となる。幸い、守備隊に残すブロックにはメインのシールド発生装置が二機残ることになるため、コーツはさらに予備のシールド発生装置やブースターを各所に再配置し、外形の変わった、いわば「アキツシマB」に最適なシールドを張るための準備を始めていた。また、前回の異相空間の直近発生事案を踏まえ、常時戦闘用のメインシールドを張っておくことにしている。これにより、アキツシマBには航行用の防護フィールドと戦闘用のメインシールドが常に二重に張られていることになる。そのために必要な膨大なエネルギーはヒカリエンジンのエネルギープールで賄われることになる。武器の使用を制限すれば、計算上は90日間その体制を維持できることになる。これだけの期間があれば、例えアキツシマAが戻れないような状況に陥ったとしても、機構本部からの救助は間に合うはずだった。

 「しかし、こうも攻撃隊に志願する人数が多いとは思わなかったな・・・。」

 ギレットは各部署から上げられた攻撃隊志願者のリストを見ながらため息を吐いたが、その表情はうっすらと笑みが浮かんでいる。

 「ええ、まさか守備隊に残るように説得することの方が多くなるとは、私も考えていませんでした。」

 コーツも苦笑いしながら相槌を打つ。

 全艦放送の後で行われた志願者の申し込みは実に全体の90%に及び、艦内のほとんどの人間が攻撃隊に加わることを望んだのだ。ギレットやコーツが見込んでいたのとは全く逆の展開になってしまい、志願者の中から選抜して攻撃隊に参加する人間を決めることになったのだが、守備隊に残るよう説得する作業が困難を極め、マシアスなどは志願者にくじを引かせて選抜作業の代わりにしていた。マシアス曰く、『最終的に生き残れるのは運の強い者だから』ということだが、果たして本心からそう思っているのかどうかは定かではない。

 いずれにしても、現時点では攻撃隊には300名の人員が確保されている。この人数では、いざ本格的な戦闘が始まれば、全員が不眠不休で戦わざるを得ないが、任務の性質上これ以上の人の配置はギレットの望むところではなかった。

 「戦術面では具体策は上がったのか?」

 ギレットが話題を変え、マーカスに話を振った。

 「はい、何点か。まず、彼我の戦力差が大きいものになるだろうと想定しております。なので、殲滅を目指すのではなく、まずは向こうの戦力を削ぐための作戦を検討しております。これは、トラクタービームをネット状に形成して、いわば大型の網でケガレの身動きを封じてしまう、というものです。これは、先の戦闘でセイバーツーを保護するためにケイが実行した戦術にヒントを得ました。すでにトラクタービームの改変は完了しています。ただし、ネット形状維持のために、ある程度こちらで制御する必要があります。つまり、連続での使用はできません。また、ケガレの統制を乱すために、電磁石をばら撒くミサイルを製作しています。こちらの効果は未知数ですが、ケガレの相互伝達に必要な器官が、磁力で狂わされる可能性があります。また、アンカーミサイルの重力制御効果をさらに上げられないか検討中です。こちらは間に合うか、微妙なところですが・・・。」

 「この短い時間に、よくこれだけの準備をしたものだな・・・。まあ効果の程は現場で試してみるしかないが・・・。引き続き、頼む。」

 マーカスがうなずくと、待っていたようにリンが口を開く。

 「武装についての報告をさせていただきます。現在、攻撃隊に加わる空間戦車以外の艦載機にも、戦闘時の統合情報にリンクできるようなアップデートを実行中です。これにより、空間戦車と共同で作戦を実施する際には各種情報を共有できることになり、艦橋での一元管理も可能となります。さらに、非武装の機体については自爆兵器として活用できるように、無人化改装しています。コントロールはアキツシマから行います。非武装の機体はどれも足が速くて小回りが利くので、ある程度の戦果が得られると思います。また、現存する誘導兵器はすべて攻撃隊の方に移転し、守備隊の分は産業部のラインをフル稼働で生産したもので対応し、余剰分は時間の許す限り攻撃隊に回します。また、攻撃隊の使用するブロックへセイザーバンクを新たに新設しており、すべてが完成すればセイザーの使用限界が現在の250%になります。そして、今お話ししたすべてが、あと24時間で完了致します。」

 「ありがとう、リン少佐。機関部の方からは、何かあるかな?ウエシマ中佐?」

 「はい、特にこれといってご報告することはありません。エンジンはどれも正常に稼働中です。総点検を実施しましたが、ボルト一本、ナット一個に至るまで、異常なし、です。」

 あらゆる動力装置のエキスパートであり、機関部一筋で30年以上の経歴を持つウエシマの一言は、全員を安心させたようだった。緻密で慎重な仕事ぶりは、以前から高く評価されており、何度も表彰を受けている。さらに、理論家でもあり、ヒカリエンジンを始めとし、多くの機関に関する論文を世に送り出し、その方面でも第一人者として認められている人物でもあった。

 「よろしい。では、各部署、これまでのところ順調ということだな。」

 ギレットが一同を見回す。全員が自信に満ちた表情でギレットを見返した。

 「現時点で、異変があり次第、4時間で攻撃隊を進発させることが可能です。もう少し時間を頂ければ、30分以内に進発できる準備を整えられます。」

 最後に、コーツが力強く断言し、この日の会議は終了となった。

 一部始終を見守った崑太とエナは、アキツシマを指揮する幹部士官たちの仕事ぶりに、感動した、と言っていい。ここまで統率が取れ、士気も高い人間たちとなら、不可能なことなどないように思えた。

 二人はこのあと、崑太の習熟訓練も兼ねて周辺宙域の哨戒に出ることになっていた。これには、現地でともに戦うことになる空間戦車のパイロットや整備に携わるクルーと顔見知りになり、いざという時に確固たる協力体制を築くという意味もあった。そのため、他のパイロットと同じようなスケジュールで哨戒に当たることになり、その合間に交流を深めることに努めている。

 特にエナの人気は絶大で、もはやアイドルのような扱いを受けていた。エナの写真はパイロットの間でお守りとして使われており、大判に引き延ばした写真を部隊旗の隣に飾る部隊もあるほどだった。

 また、エナが何気なく口ずさんだ鼻歌に、疲労を軽減するような効果がある、というウワサが広まり、エナは行く先々で望まれるままにその歌声を披露したりもしていた。

 本日最後の哨戒任務が終了し、自室に戻った崑太とエナは、それぞれにシャワーで汗と疲れを流し、遅めの夕食を摂っていた。時計は10時を回っている。今日の夕食は崑太がチョイスしたピザとパスタだった。

 「それにしても、ハンガーでのエナの人気はすごいね。あれだけいろんなところで声を掛けられて、疲れたりしないの?一緒にいる僕でも軽く疲れるけど。」

 「まあ、これでも神様だったこともあるからね。この程度はなんでもないわ。それに、私はもてはやされたらそれだけ力を発揮できるの。神様だし。」

 「そういうもんなの?」

 「それはそうよ。世の中にはいろんな神様がいるけど、どの神様も人間に崇拝されたくてあの手この手で自分を信じるように一生懸命じゃない。まあ、大体はその信者である人間がしていることだけどね。」

 「あー、確かに。そういうの聞いたことある。」

 「でしょ?神様の力の源って、結局は人間の信仰心なのよ。人間も同じ。多くの人から支持されれば、それだけ大きな力を手に入れられる。単純なことよ。」

 「なるほど・・・。」

 「でも、私にとってもっとも重要なのは、コンタからのチヤホヤなんだからね。もっとチヤして、ホヤしてよね!」

 パスタを口いっぱいにほおばりながら、エナがフォークを振り回す。

 「ま、まあ・・・がんばるよ・・・。」

 エナは不満そうに崑太を見たが、何かを口にすることはなかった。と言うより、咀嚼のために発言できなかった、と言う方が正しかったのかも知れない。

 「そうそう、今日の会議で武器の話になってたよね?ケイの武器って、あの赤い光弾の他はないの?」

 崑太の質問に、エナはパスタを噛む速度を上げ、急いで飲み込むと話をし始める。

 「やっぱり、今までわからなかったのね?なんとなくそんな気はしてたけど、あんまり気にしてないみたいだったから、思い出したのかと思ってた。」

 「残念ながら、思い出してないみたい。」

 「あきれた!よくそれで『僕達も哨戒任務に出ようよ』なんて言えたものね!ケガレが現れたらどうするつもりだったの⁉」

 「そういえば、考えたことなかったな・・・。何とかなると思ってた。」

 「コンタって、余裕あるんだかないんだか、わかんないよね・・・。どういう頭の構造してるのかしら?」

 「余裕なんて、あるわけないだろ!いきなりこんなとこで戦うハメになってさ!」

 「そうそう!それ!よくそう言うけど、言うほど追い込まれてる感じがしないのよね。私なんかより、よっぽどすごいと思うわ。」

 エナが食器を置いて、まじまじと崑太を見る。まるで初めて見る生き物を相手にしているような顔つきだった。

 「そんなことないと思うけどな・・・。とりあえず、武器のこと教えてよ。」

 「・・・はあ、まあ、いいわ。じゃあまず、この前使った赤い光弾ね。あれはラプター粒子砲って言って・・・詳しい説明は省くけど、ヒカリの兵器の主兵装ね。威力は見た通り、対象物にぶつかると外圧と内圧が入れ替わって、まるで内側から破裂したように見える。敵の固さをまるっきり無効化できるから、ケガレには超有効ね。それから、対多数用兵器としてラプタトリックって言う兵器がある。これは、私が扱う誘導兵器で、敵の真ん中まで飛ばして、あらゆる方向からラプター砲を撃ち込むの。最後にインフィニティキャノン。これは威力があり過ぎてオススメできない。まさしく最終兵器。以上。」

 「す、すごいね・・・。名前からして・・・。」

 「言っておくけど、私が考えた名前じゃないからね!それから、全ての武器に使用限界があるから気を付けて。ラプター砲は連続発射で600発くらい。再充填は可能だけど、少し時間が必要になる。ラプタトリックはそれ自体がミサイルみたいな使い方もできるけど、ケイにはコンテナに12基積まれてる。ラプター砲を発射したら、一度ケイに戻して再充填が必要。まあ、こっちは私が管理するからコンタは気にしなくていい。インフィニティキャノンは一度使ったらおしまい。二度目はない。OK?」

 「うん、まあ、話はわかった。」

 「・・・ほんとにわかった?」

 「え?ああ、なんとなく。」

 「・・・。」

 エナは無言でしばらく崑太を見つめていたが、ひとつ大きなため息をつくと、食事を再開する。気まずい沈黙の時間が流れる。

 「・・・なんか、気に障った?」

 崑太がエナの顔を覗き込むように話し掛けると、エナは振り向いて喚きだした。

 「別に!ただ、前にもこんなことがあったなーって!もちろんコンタじゃなくてメートルの話だけど、あの時もこんな感じで戦闘に突入して、いきなりインフィニティキャノンぶっぱなし!敵は全滅したけど味方も全滅よ!あの時私がどんだけ大目玉食らったかわかる?もちろんわからないよね!まあ、仕方ないけど、なーんか思い出したらイライラしてきたわけ!まさかとは思うけど、全部思い出しててわざとやってる、ってわけじゃないよね?」

 「そ、そんなわけないだろ・・・さすがに僕でもいきなり最終兵器は使わないよ。」

 「そこじゃなくてっ!コンタがなんと言おうと、間違いなくあなたはメートルよ。それは間違いない。そのすっとぼけた感じとか、普段は頼りなーい感じで、いざと言う時にとんでもなく大胆なことしたりとか、そういうのが完っ全にメートルと一緒!」

 「そ、そうなんだ?」

 「そうよ、そう!超そうよっ!」

 そう言うとエナはやおら立ち上がり、「もう寝るっ」と捨て台詞を残してベッドルームへと入っていった。崑太は何が何だかわからないまま、どうしていいかもわからず、とりあえず熱いシャワーでも浴びようと、食器を片付け始めた。

  

8 「ヒカリの庭園」

 真一郎は、大きなテントのような建物の中で目が覚めた。外の明るさが、薄い布から漏れ出ており、室内は柔らかい光に包まれている。その布は風に吹かれて音を立てながら揺れていた。

 「あ、目が覚めた!」

 覚醒の余韻に浸りながらも、聞き慣れた声のした方向に顔を向けると、そこには裕奈と苺花、それに見知らぬ長身長髪の男性が立っていた。3人とも、ゆったりとしたカラフルな色彩の服を身にまとっていて、その服は生地自体が淡い光を放っているようにも見える。

 「あ、あれ・・・裕奈ちゃん・・・えーと・・・俺・・・。」

 自分の置かれている状況が理解できず、真一郎は混乱した頭を整理しようとするが、意識を集中させることが難しく感じた。頭の中に靄がかかっている感じがしている。

 「すまない。君の許可を得ずにこちらに運んでしまった。少し頭がクラクラするかも知れないが、すぐに収まる。横になったままで話を聞いて欲しい。」

 長身の男性が話し出すと、その声が崑太の声に似ている感じがして、真一郎はもう一度その顔をよく見てみた。長髪で年齢は上に見えるが、顔形は崑太に似ている。崑太が大人になったら、こんな顔になるのかも知れない。

 「私はメートルと言う、君たちの世界とは違う世界の住人だ。言うなれば、君たちの世界で言うところの神に似た存在として、宇宙の秩序を守り、君たち人類を始めとしたこの宇宙に存在する生命体の守護者であり、監督者でもある存在だ。・・・実は、今から200年後の未来のこの宇宙で、別宇宙からの攻撃を受け、それに対処するために君の友人、法理崑太の力を借りている。すでに気付いたかも知れないが、彼は私で、私は彼なのだ。本来なら、私も彼と一緒に未来の宇宙へ赴くはずだったのだが、なぜか二人の意識が分離してしまい、法理崑太だけが未来の世界に送り込まれてしまった。今から彼は君たちの世界を巻き込んだ大きな戦いに向かおうとしているのだが、敵の勢力は強大で我々の戦力は乏しい。そこで、君たちの力を借りたいと思ったのだ。どうか我々と一緒にこの世界を救って欲しい。力を貸してくれるだろうか?」

 メートルと名乗った男性は、そこまでを一気に話した。混乱した真一郎の頭には、到底理解不能な、いや、例えマトモだったとしても、理解できそうにない話だった。

 「ちょっと、待て。難しい話はわかんねぇけど、結局、崑太を連れ去ったのはお前ってことか?」

 真一郎はそういうと立ち上がり、メートルに掴みかかろうとしたが、その前にふらついて倒れそうになったところを、裕奈と苺花に支えられ、かろうじて踏み止まった。

 「ちょっと、森川君!落ち着いて。」

 裕奈が諭すが、真一郎の感情の昂ぶりは抑えられない。

 「この状況が落ち着いてられるかよ!大体、ここはどこだよ!崑太だけじゃなくて裕奈ちゃんや苺花ちゃんまで巻き込みやがって!何が神様だ!」

 「違うの、森川君!裕奈と森川君を呼んでもらったのは私なの!ごめんなさい!」

 「苺花!もういいって。ほら、真一郎もきちんと落ち着いて話を聞いて!」

 「うるさい、放せ!とにかくこいつを一発・・・」

 そういって真一郎が二人を振り払おうとした時、裕奈がいきなり真一郎の顔を掴んで振り向かせると、その口に自分の唇を重ねた。

 「う、むっ!?」

 苺花が両手で自分の口を押え、驚きの表情で二人を見つめると、見る間にその顔が紅潮する。真一郎も当初は驚いた表情をしていたが、唇同士が重なっている時間が経てば経つほど、その表情は落ち着き、やがて静かに目を閉じた。

 「どうやら記憶の交換がうまく行ったようだな。」

 その二人を見守っていたメートルが苺花に呟く。苺花は小さくうなずいたものの、二人の熱いキスシーンを間近に見て、動揺が隠せない様子だった。

 ようやく、という感じで裕奈が真一郎から離れる。

 「あ、あれ?もう終わり?」

 真一郎がいつもの調子で軽口を叩くと、裕奈はその頬に思い切りビンタを浴びせた。

 今度はメートルが驚いた表情を見せたが、苺花はいつもの二人に戻ったことを喜んでいるようだった。

 「っざっけんな!男のクセにうろたえやがって!とにかく、私のファーストキスだかんな!無駄にしたらマジで許さない!」

 裕奈が優雅とも思える動きでフォロースルーから戻り、真一郎は赤く腫れた頬を押さえながらもまんざらでもなさそうに微笑んでいた。

 「・・・と、いろいろあったが・・・状況は理解してもらえたと思っていいか?」

 メートルが真一郎に尋ねる。

 「ああ、ばっちり伝わった。で、俺たちはどうすればいいんだ?」

 「うむ、こちらに来てくれ。」

 メートルに導かれるまま、テントのような建物から外に出ると、そこには見たことのない風景が広がっていた。空はまるで昼と夜とが半々になったようで、青空と夜空が共存していた。建物は丘のようなところに建っており、そこから石畳の小道が丘の下へと続いている。小道の両側は草原のようだったが、そこに生えている草は緑ではなく、水色や紫に色を変える見たこともない種類のものが風に揺られている。小道は目の前に見える湖のようなところまで続いており、その湖の水面に、大きな人型のロボットと、SF映画に出てきそうな乗り物が浮かんでいた。

 「あそこに見える二つの機械は我々が敵と戦うために準備した兵器だ。君たちにはあれに乗り込んでもらい、崑太とともに戦ってもらいたい。」

 「す、すげー。超かっこいい!けど、操縦とか、どうすんだよ。俺、バイクくらいしか運転したことないぜ?」

 「心配しなくてもいい。君が乗り込むことになる人型の兵器は君の動きを正確に、そして瞬時にトレースすることができる。君は操縦室でいつものように暴れ回るだけで十分だ。とは言え、ある程度の慣れは必要になるが。いずれにしてもここは時の流れから隔絶されている。操縦を覚える時間は無限にあると言っていい。」

 「そ、そうか・・・。すげー・・・。」

 「私たちはどうするんですか?」

 苺花がメートルに尋ねる。

 「苺花は私とともにR―DX・・・レイデックスと言うが・・・あの飛行機械に乗り込んでもらう。裕奈は真一郎と一緒にNS―R・・・ネイエスールと言う。人型の兵器だ。」

 「真一郎と一緒に暴れろって言うの?」

 「いや、そうではない。君の仕事は『ネイ』の頭脳になることだ。つまり、真一郎がどこでどのように暴れたらより効果的か考え、そこまでネイを移動させたり、装備されている兵器を使用したりするのが仕事だ。」

 「なるほど・・・まさに、適材適所、ね。」

 メートルは、ワイワイと話しながら小道を歩く3人の姿を惚れ惚れと眺めた。いつもながら、人間の適応能力の高さには驚かされる。新しいことが始まると、不安や恐怖よりも好奇心が勝る生き物は、メートルの知る広い世界でも稀有な存在だ。思いもよらないところで戦争に巻き込まれ、命懸けの戦いをしようとしているのに、それよりも新たに広がった世界と友人を助ける、という行為を前に、恐怖よりも高揚感を感じているようだ。このメンバーでなら、必ずケガレを殲滅することができるという気にさせられる。

 エナはこちらと同じようにうまくいっているだろうか?おそらくメートルがいないことに戸惑いを感じているに違いない。それでもエナのことだから、周囲を惹きつけてうまくやるだろうとは思うが、二人が分かれて行動をするという経験がないだけに、不安は尽きなかった。

 一行がR―DXとNS―Rの前に着くと、メートルは3人を一列に並ばせて右手を振る。

3人の服装が、一瞬にしてフレームスーツに酷似したものへと変わる。

 3人はそれを見て、またはしゃぎだす。メートルはこの辺りで一本釘を刺すことにした。

 「いいか、先ほども言ったが、これから乗り込むのは兵器だ。兵器と言うからには、戦闘に赴くことになる。しかも、相手の数はこちらに増して多く、厳しい戦いになるだろう。つまりは、命懸けになる、ということだ。くれぐれも真剣に、訓練に取り組んでもらいたい。機体に乗り込んだら気持ちを切り替えてくれ。そうしないと崑太を救うどころか、その前にこちらが全滅、ということになりかねん。わかったか?」

 3人の表情が引き締まり、それぞれが強くうなずいてメートルを見つめる。

 その真剣な眼差しを一心に受け、メートルは心の中でこう思った。

 滑り出しとしては、悪くない。


9 宇宙歴189・10・19 21時、アキツシマ艦内

 現場に残置されたドローンから送られてきた最新の情報を見て、ヒダカとタウラは表情をこわばらせた。ポータルの前面に、1時間前にはなかったケガレの集団が現れている。その集団は今までも何度か目撃例のある大型のもので、他のケガレを輸送する母艦のような働きをすることが確認されている。その姿から機構内で「タートル」と名付けられている通り、甲羅から首だけを出した亀のような形をしている。そのタートルが3機、確認されたのだ。その周囲には中型や小型の昆虫型のケガレも写っている。タートルの推定の大きさは直径が10~20kmと言われており、800~1200体のケガレを搭載していると見込まれた。

 「むぅ・・・思った以上の大部隊になりそうだな・・・。」

 ヒダカが画像を見て嘆息すると、タウラも相槌を打つ。

 「はい・・・。これほどの大部隊は侵攻初期以来のことだと思います。奴らの狙いがなんであれ、本気のようですね・・・。」

 「うむ、まずは艦長に報告を入れよう。」

 ギレットは、艦橋の艦長席でヒダカからの連絡を受け取ると、誰にも聞こえないような小声で呟いた。

 「・・・いよいよ、だな・・・。」

 長距離アンテナの修理完了まで、あと少しというところだった。既に9割方の修理は完了しており、接続とノイズキャンセラーの調整を残すのみとなっていたのだが、どうやら間に合わなかったようだ。やはり、アキツシマ独力で対応するしかなさそうだ。

 「通信!全艦通達だ。」

 ギレットの一声に、艦橋に緊張が走った。通信担当は全艦放送の予告音を鳴らし、ギレットの通信装置に接続を切り替え、視線とうなずきで準備ができたことをギレットに伝える。

 「こちら艦長のギレットだ。アキツシマ全乗組員に通達する。先ごろから観測を続けていたポイントアルファに大規模な敵部隊の集結が確認された。現時点よりKNⅡ作戦の発動を宣言する。攻撃隊配属の各部各員、所定の行動に移れ。アキツシマ艦内にいる一般人は速やかにネオムサシシティに帰還し、行政の指示する方法に従うこと。守備隊配属の人員はアキツシマBのブロックに移動し、コーツ副長の指揮下に入れ。22時にアキツシマを分離する。以上だ。」

 艦橋でも、人の移動が開始される。ギレットの元には、コーツが挨拶に現れた。

 「艦長、いよいよですな・・・。良い狩りを。」

 「副長、しばし、留守を頼む。」

 「・・・はい。しかし、私はそれ以上のことは引き受けませんからな?必ず、戻ってきて下さい!」

 「肝に銘じておくよ。」

 二人はしばらく無言で見つめ合っていたが、やがてコーツがクルリと踵を返し、艦橋を後にする。そっけないとも思える会話だったが、二人の間にそれ以上の会話は必要がないようだった。

 情報部の執務室では、ヒダカがタウラと固い握手を交わしていた。

 「攻撃部隊では君が情報部のトップだ・・・。くれぐれも、気を付けるんだぞ?」

 「はい。できる限りの情報をこちらに送りますので、役に立ててください。」

 「いや、報告は君自らが行うんだ。わかっているな?必ず、帰ってこい。」

 「わかりました!きっと中佐の気に入る情報を集めてきます!」

 二人はそう言うと、執務室を出て、それぞれの方向に通路を進みだす。ヒダカはアキツシマBの研究室へ、タウラは、艦橋へ。

 ハンガーでは、空間戦車のパイロット達が気勢を上げていた。

 攻撃隊には各部隊の精鋭が集められたと言っていい。セイバー隊からは、ショウとビグはもちろん、合わせて24名が選抜されていた。バリスは守備隊への配属となっていた。

 「ひ、ひどいですよ、また置き去りですか・・・。」

 バリスは守備隊への配属が決まってからも、攻撃隊への転属をしきりに主張していたが、ついにその願いが叶えられることはなく、この時を迎えた。今にも泣き出しそうな表情でショウに不満をぶつけ、ショウを困らせていた。

 「それについては十分に話し合っただろ?お前はむしろセイバー隊の代表として守備隊へ配置されたんだ。しっかりと役目を果たせ。」

 「でも、僕は攻撃隊に配属を希望していました!そちらで役目を果たしたいんです!」

 なおも食い下がるバリスに手を焼いているショウを見て、ビグが助け舟を出す。

 「ねえ、バリス?あなた、ここに来る前は輸送機乗りだったんでしょ?しかも、大型の。」

 「・・・はい・・・そうですけど・・・。」

 「守備隊には空間戦車は11機しかない。中型のケガレが5~6体も襲撃してきたら、まともに戦闘なんてできないわ。その時、大型輸送機でネオムサシシティの人たちを避難させる必要が出てくる。そうなったら、あなたの技術と経験が必ず必要になるわ。残念ながら隊長も私も、大型機の経験はないからその役は十分に果たせない。」

 「・・・まあ、それは・・・。」

 「そうでしょ?いい?これは、あなたがルーキーだからとか、戦闘経験がないから、とかの問題じゃない。あなたは守備隊が必要とするスキルを持ってて、隊長や私は持ってない。守備隊にいてもらうなら、どっちがより適切?」

 「・・・僕です・・・。」

 「でしょ?だから、しっかりと役目を果たしなさい。私たちもそうする。」

 「はい、わかりました・・・。」

 「よし!ま、戻ってきたらまたシゴいてやるから、いい子で待ってなさい。」

 そう言うとビグがバリスの背中を思い切り叩く。バリスはよろめきながら、守備隊の集まる中央ハンガーへと向かっていく。

 「いいですか!絶対ですよ?必ず戻って来て、シゴいて下さいね!でないと輸送機でケガレに突っ込みますからね!」

 歩きながら捨て台詞を吐くバリスに、ビグは笑顔で手を振り、最後に自分の胸の位置にあるセイバー隊の徽章を拳で二度叩く。バリスも同じように自分の徽章を叩きながら、通路を右に曲がって姿を消した。

 「ありゃ、完全に駄々っ子だな!助かったよ。」

 ショウがやれやれと言ったように首を振る。

 「まあ、私はあの子と似たような駄々っ子を知ってるからね。もっともそいつは勝手にAT(エア・タンク=空間戦車)を盗み出して戦闘に参加したらしいけど。」

 「おいおい、そんな昔のこと・・・。」

 「そうさ、それぞれに、昔があって、未来がある。バリスはいい腕をしてる。将来はどこかの船で攻撃隊を指揮するようになると、私は思うね。」

 「そうかもな。そしあいつの傍らには、口うるさい副官がいつでもまとわりついてるんだろうな。」

ビグはショウの尻の辺りを思い切り蹴り上げ、二人は大声で笑い合った。

 崑太とエナは、ギレットの放送を自室で聞いた。この後の動きは、すでに打ち合わせが終わっている。二人は右舷ブロックのハンガーに駐機してあるケイに乗り込んで待機することになっていた。急いでフレームスーツに着替え、ハンガーへと向かう。

 「いよいよ始まるわね。心の準備はできてる?」

 通路を速足で歩きながら、エナが聞いてきた。

 「うん、どっちにしても僕が帰るためには乗り越えなくちゃならないことだからね。そういう意味では、とっくに準備はできてたのかも知れない。」

 「そっか。そうだよね。」

 その後の二人は、口を開くこともなく歩き続け、ハンガーのケイに乗り込むと出撃の準備を整える。それらの準備が一通り終わった時、艦内にはアキツシマの分離シークエンス開始まで10分となったことを告げる放送が流れた。

 だが、ハンガー内はもちろん、艦内全域でもはや慌ただしい動きはない。攻撃隊、守備隊共にすでに体制が整えられ、それぞれの担当任務が開始されている。

 やがて大きな警報音とともに、艦内のあちこちにシャッターが下ろされた。分離の際の不具合で気密漏れがあった場合でも、被害を最小限に食い止めるための防護策ということだった。警報音が鳴りやむと、今度はわずかな振動が感じられ、分離シークエンスが実行中であることのアナウンスと掲示が現れる。およそ2分ほどその状態が続いた後、分離シークエンスが正常に完了したことがアナウンスされ、シャッターが開き始める。

 「思ったより簡単に分離できるんだね。こんなに大きい船なのに。」

 「十分な準備があればこそ、だと思うわよ。緊急ならこんなにスムーズにはいかないでしょ。」

 崑太はアキツシマの外周を検査しているシャトルからの映像をモニターで見ていた。

 分離した守備隊のいるアキツシマBの方は、立方体が3つ少しずつずれて重なったような外見をしていた。アキツシマBの方でも艦載機を飛ばし、外周の異常をチェックしているようだったが、ここから見る限り異常はないようだった。

 その時、艦橋から各所に連絡が入り、分離のための防護体制を通常体制に移行する旨が告げられ、同時に士官は艦長執務室に集まるようにとのことだった。

 「最終のブリーフィングってところかな?」

 「そんなとこでしょ。でも、また集まるってことはそこまで緊迫した状態ではないみたいね。」

 通路をリフトに向かっていると、後ろから声を掛けられた。 

 「よぉ、お二人さん。」

 振り向くと、ショウとビグがこちらに向かって歩いてくるところだった。

 「ショウ大尉、ビギー少尉、ブリーフィングですか?」

 「そんなところだ。それから、今は『ショウ少佐』と『ビギー大尉』だからな?」

 「え・・・失礼しました!昇格したの、知らなくて!」

 崑太は階級を間違えたことに恥ずかしさを覚え、慌てて謝罪すると、ショウが笑い出す。

 「崑太君、謝ることないよ。いわば、『作戦期間中の臨時昇格』ってやつでね。ま、便宜上のことだけで、正式な発令じゃないんだから。この人なりにリラックスさせようとしただけだと思うから、気を悪くしないでね。それから、私のことはビグって呼んで。みんなそうしてるからさ。」

 そこで崑太はショウにからかわれたことに気付いた。

 「いやぁ、悪い悪い。緊張してるのはそっちじゃなくてこっちのようだな。とりあえず、攻撃隊の指揮官を任せられたから、階級が同列じゃやりにくかろうってことで一時的に少佐待遇になったってわけさ。で、ビグが副官。」

 「そうだったんですか。すみません、何にも知らなくて。」

 「まあそう固くなるなよ。お互いため口で行こうぜ?」

 「バカ言ってんじゃないよ!アンタの方がもっと敬意を払いな!」

 気安げに応対するショウをビグがたしなめる。

 「いや、確かにショウ少佐の言う通りですよ。これからのことを考えたら、余計な気遣いなんか無用ですよね。じゃあ、僕達のことはコンタとエナって呼んで下さい。ヒカリの使者なんて言っても戦闘経験はお二人に遠く及ばないですからね。」

 「お?話がわかるじゃない!じゃあ俺のこともショウで頼むぜ。よろしくな、相棒。」

 「よろしく。ショウ。」

 崑太とショウが握手を交わし、ビグはやれやれと言ったように首を横に振っている。

 「男どもはこう言ってるけど、私たちはどうする?」

 「私も特に異存はなし。ま、仲良くやりましょうよ。」

 ビグとエナも微笑みを交わし、分かり合えたようだった。四人はリフトに乗り込むと現状を確認するための話を始める。

 「で、実際どうなんだ?敵はどれくらいいるんだって?」

 「いや・・・僕達も知らないんだ。たぶんこれからの会議で共有されるんだと思うけど。」

 「そうなの?二人なら何か知ってるかもと思ったんだけど?」

 「ケガレが何体いたって同じことよ。問題は、行先と目的の方。そっちはどうなの?あなたたちの部下は?」

 「ああ、それなら心配ないはずだ。各部隊の選りすぐりで編成されてる。新しい武装も効き目がありそうだしな。まあ、恥ずかしいことにはならないと思ってるが・・・。」

 「問題は、一般機の方だね。一応武装は取り付けたみたいだけど、そもそも攻撃目的には作られていないからね。どうしたって限界性能は空間戦車に劣る。」

 「そこだな。ほんとの意味で自殺任務になりかねん。俺もできるだけのことはするが・・・上の方にはコンタから進言した方が無難かも知れんな。」

 「わかりました。タイミングを見て話してみますね。」

 「ああ、頼む。」

 まもなくリフトが到着し、4人は艦長執務室へと入っていく。またもや到着が最後になってしまったようだ。

 「よし、これで全員揃ったな。タウラ、始めてくれ。」

 ギレットが告げると、部屋の明かりが落とされ、中央のモニターに映像が映し出される。

 「はい。今映っているのが最新の映像です。これを見ると、ポータルは完成間近のようです。おそらく、あと2~3時間で稼働を始めると見込まれます。現在はポータル前にタートルが3体、それ以外のケガレが数十体、警戒に当たっているようです。そして、このタートル3体の後ろに、新たな異相反応が検知されています。大きさから見て、同程度の規模のケガレの集団が、まもなくここに現れると考えています。既にここにいる3体のタートルがどの位置から来たかは検出済みで、次に現れる集団の位置と合致すれば、そこがケガレの本拠地付近だと考えて差し支えないかと。」

 簡潔かつ明瞭な映像の説明がタウラから行われると、ギレットが語を継いだ。

 「今のところ、これ以外の異相反応は検出されていない。おそらく次の発現が、この一連の動きにおいての最終的な規模となるに違いない。が、例えば同じ数のタートルが現れたとするとタートル6体とそれ以外のケガレが4800~6000体、という規模になる。これは最初にケガレがこの宇宙に現れた時に匹敵する大部隊だ。その目的がなんであれ、ケガレにしても相当な覚悟でこの作戦に臨んでいると見ていいだろう。対してこちらの戦力はその100分の1以下だ。ケイがいて、なおかつ完全な奇襲攻撃となるにしても我が方は圧倒的に不利な戦いとなる。そこでだ。私はもう一度諸君に問いたい。ここで引き返したい者はいるか、もう一度全員に確認を取って欲しい。30分の猶予を与える。引き返したい者がいたら、30分後に最後のシャトルがアキツシマBにその者達を送り、アキツシマAは木星方向に向け進発する。そこからは後戻りはできない。敵の動きがどうあろうと、最大で3時間後、つまりはあと3回の情報を持って、アキツシマAはポイントアルファにワープし、戦闘機動を展開する。」

 ギレットはここまでを一気に話すと、若干の間をおいて続けた。

 「ここにいる者の中で、攻撃隊への志願を辞退する者がいたら、ここには戻って来なくていい。部下の中に攻撃隊に残るという者がもしもいたら、その中から適任と思う者を選任してここに来るように伝えてくれ。では、一旦解散し、30分後に再集合だ。」

 口を開く者は誰もいなかった。全員が厳しい顔付きで席を立ち、艦長執務室を後にする。残ったのはギレットと崑太とエナだけとなった。全員が部屋から出ると、ギレットは大きく嘆息し、倒れ込むようにして席に座った。

 「さて、どうなることかしらね?」

 ギレットはひきつったような笑みを浮かべて二人に尋ねる。

 「ずいぶんと優しいのね。誰も戻って来なかったらどうするつもり?」

 辛辣とも思える口調で、エナがギレットに答える。

 「ふふ・・・どうしようかしらね?仕方ないからアキツシマで自爆攻撃でもするしかないわね。」

 「まあ、そうなったらそうなった時ね。ナオだけなら、何とか救ってみせるわ。」

 「優しいのは、エナちゃんの方じゃない?いざとなったら私のことはどうでもいいから、二人は必ず生き延びるのよ?あなたたちなら、何とかできるでしょ?」

 「二人とも、優し過ぎるよ。大丈夫、そんなことにはならない。二人とも、僕が守ります!」

 崑太がたまらず口を挟む。

 「あら、ずいぶんとカッコつけるじゃない?どうやって守ってくれるの?」

 それを聞いたエナが、バカにしたような笑顔を向ける。

 「・・・まあ、それは・・・これから考えるよ!」

 「だろうと思った。ナオ、期待はしないでおいた方がいいわよ?」

 二人のやり取りを見ていたギレットは思わず吹き出してしまう。

 「ほんとに・・・あなたたちは・・・でも、ありがとう崑太君。エナちゃんはああ言ってるけど、私は期待してるわ。エナちゃんも、ありがとう。一緒に戦ってくれる、それだけでもどれだけ心強いかわからない。」

 「ふぅ・・・ま、あんまり一人で背負いこまないでね。全力で戦ってみて、無理そうなら迷わず逃げ出しましょう。生きてれば、なんとかなるわ。」

 「それも、そうね・・・そうよね?生きていれば・・・。よし、元気出てきた。紅茶でも入れようか?今日はスコーンはないけど、30分ただ待ってるのもなんだしね。」

 そういうとギレットは立ち上がり、サイドボードからカップを取り出した。

 崑太は、またエナの不思議な能力について考えていた。やはり、エナには何かの力があるに違いない。どんなに追い込まれた状況でも、人に希望と元気を与え、笑顔を取り戻させる力が。エナに尋ねたところで、どうせ茶化されるだけだろうが、やはりエナが神だったことがある、というのは事実なのだろう。

 3人は紅茶のふくよかな香りと味を楽しみ、たわいのない話で時間を潰した。

 そして、30分後・・・。艦長執務室には、30分前と変わらない面々が顔を揃えていた。結果的に、考えを翻した人間は一人もいなかった、とマーカスが報告する。

 報告を聞いたギレットは苦笑を浮かべながら、半ば呆れたように言った。

 「・・・なんと言うか・・・まあ、私を含めて、揃いも揃って生き急いでいるということか。それならそれでいい。全力で、敵を殲滅しよう!諸君の命、しばらく預からせてもらう!」

 ギレットの宣言に、全員が気勢を上げる。とても士官の集まりとは思えない光景ではあったが、皆が戦闘前の高揚感に包まれている感じだった。それは、崑太やエナにしても、同じことだった。

 「それでは、これからの作戦概要をあらためて確認したい。マシアス、頼む。」

 ギレットから指名を受けたマシアスは立ち上がると、ジェナからモニター操作用のスイッチを受け取り、正面に立った。すでに戦闘装備に身を包んでおり、これが同じフレームスーツとは思えないくらい、アタッチメントが装着されていた。

 「では、要旨の説明に入ります。我々は現在、ワープに備えアキツシマBから安全距離を空けるために移動を開始しています。そして、これより3回の情報更新のいずれかのタイミングでポイントアルファへとワープ移動しますが、その前には全艦戦闘態勢に移行予定です。ワープ測距は2台のドローンとケイのナビシステムと連携しており、誤差はコンマ以下、これまでのどのワープよりも安全で確実なものとなる予定です。ここからは現場での即時の判断が必要となりますが、もっとも望ましいのはケガレとの交戦がなく、ポータルに敵と時間を空けずに突入することです。その場合でも、左舷前方ブロックの切り離しと姿勢制御、時限装置の設定などに数分の時間が必要となるでしょう。また、強行偵察の際に確認された、ポータル自体の防衛行動はほぼ確実にあると考えています。そこで、左舷前方ブロックを切り離すと同時に、無人機に改装した高速連絡機を数機飛ばし、ポータルの防衛装備の攻撃に当たらせます。敵がこの陽動に気を取られている間に、本艦が全速でポータルに突入、左舷前方ブロックの爆破までは3分の猶予を持たせています。ここまではよろしいですか?」

 マシアスはスイッチを両手で弄ぶようにしながら、室内を見回す。誰も口を開かないのを確認すると、話を再開した。

 「言うまでもないことですが、ワープ前からシールドは最大まで上げておきます。場合によっては本艦からも攻撃を加える可能性もありますので、ワープ後すぐに全開のエネルギーが必要になるかも知れませんが、この部分についてはウエシマ機関部長の腕の見せ所となります。」

 マシアスがウエシマに視線を移すと、ウエシマが心強く請け負った。

 「任せておいてくれ。ワープ後すぐの全力攻撃でも、3分は戦えるだけのエネルギーは確保してある。これはリン少佐のおかげだな。合わせて、万が一ワープ障害でヒカリエンジンが停止したような場合でもセイザーエネルギーを使って再起動できるようにバイパスを作っておいた。3分以内にエンジン全開まで持っていって見せる。ただし、そうなると再ワープまでは最低でも2時間かかるから、向こうについてからすぐにどこかに逃げ出す、というような操艦はできないということを了解しておいてくれ。」

 ウエシマが任せておけ、と言ったのなら、それは確実に実行される、ということだ。ウエシマは現実主義者としても有名である。そこに一切の虚飾や憶測はない。まさに、『男子の一言、金鉄の如し』を地で行くような人物であった。

 全員が深くうなずき、アキツシマのエネルギー供給面での不安は取り払われたと考えているようだった。マシアスが引き続き要旨説明を続ける。

 「さて・・・ここから先は、正直なところ全くの未知の状態での対応が必要となります。なので、あくまで今までの常識が通用すると仮定しての話になりますが、まずはタートルに向けてアキツシマからキャスティングネットを発射します。これは前回話題に上ったトラクタービームを改修した装備になります。網を引き絞るまでは次回攻撃ができないという問題はありますが、うまくいけば確実にタートル1体分のケガレを無力化できるでしょう。同時に、ケイと空間戦車6機に護衛させたシャトルを全機発進させ、こちらもキャスティングネットでの攻撃を行います。その後は、総力戦、ということになるでしょう。残りの空間戦車を上げ、本艦の護衛用に残りの艦載機も周辺宙域に展開させます。こちらは艦から一定の距離を保ち、本艦を狙ってくる敵に戦力を集中させます。ただし、艦の正面は射線を塞ぐ可能性があるため、配置しません。そちらの防御は我々が展開して当たることにしています。ここまでとなりますが、修正案や質問はありますか?」

 再びマシアスが室内を見回すが、口を開く者はいなかった。

 ここに来る前の懸念も解消されたと言っていい。この作戦を提案したマーカスやマシアスも、ショウやビグと同じ懸念を持っていた、ということだろう。崑太はショウに視線を送ると、ショウも崑太を見返してウィンクを返してきた。

 「ありがとう、マシアス。と、いうわけだ。正直、不確定要素が多すぎて作戦と呼べるような代物ではないのだが、これが現状、ということだ。最後に了解しておいて欲しいのだが、私は皆を死地に送り込むことになるだろうが、死ねとは言わない。いざとなったら全力で逃げ出すつもりでいる。艦を離れる艦載機の人間に特に言いたいのだが、こちらの指示がなくても、窮地に陥ったなら即刻逃げ出せ。艦に戻れるなら戻れ。不可能だと思ったら全力で戦闘宙域から離脱するんだ。その後のことは後のことだ。とにかく、常に生き延びられる方の選択肢を選べ。これは全員、肝に銘じておいて欲しい。」

 全員が無言で了承の意思を示す。ギレットは一人ひとりと念を押すように視線を絡め、全て終わると愁眉を開いた。

 「それでは、恒例の儀式を始めよう。機関部長、頼む。」

 ギレットがそう宣言すると、ウエシマが立ち上がり、持参していた大きな袋から酒瓶を取り出した。ジェナがキャビネットから小さなグラスを出し、全員に回す。ウエシマはそれぞれのグラスに酒を満たしていく。

 「これは、まさにとっておき。私の故郷、播磨の地酒で『龍力』という古酒ですわ。今の我々に必要な龍の如き力を与えてくれるような、良い名じゃないですか。」

 注いで回りながら、ウエシマが酒の由来を話している。すぐに芳醇な香りが室内を満たし始め、マーカスなどはその馥郁たる香りを心から楽しんでいるようだった。

 崑太とエナのグラスも同じように満たされた。ウエシマは何も言わずとも二人のグラスにはほんの味見程度の分量しか注がなかった。これで未成年だからなどと遠慮をしたら、それは野暮の骨頂というものだろう。だが、エナは明らかに不満そうで、グラスを満たすようにウエシマに伝える。ウエシマは困ったように崑太を見つめてきたが、崑太が苦笑してうなずくのを見ると、エナのグラスになみなみと酒を注いだ。

 「酔っ払い運転は困るぞ?」

 にこやかにウエシマがエナに告げると、エナはふんと鼻を鳴らし、

 「この程度で酔わないわよ。大丈夫!」

 とまるで舌なめずりをするようにグラスを眺めた。全員のグラスが満たされ、ウエシマが席に戻りグラスを手に取ると、全員がグラスを手に立ち上がる。するとウエシマが、朗々たる声で高らかに宣言した。

 「天よ、地よ、全ての世界で戦に倒れた戦士たちの英霊よ、とくと見よ。我らが赴くは己が正義を貫くための戦の地なり。願わくば我らに加護を与えたまえ。もし剣折れ矢玉尽き、志半ばに戦場に倒れるとも、我が心に一片の曇りなく、天上天下に恥じることこれなく、甘んじてすべてを受け入れんとす。願わくばその魂に一片の安らぎを。乾杯!」

 一同が乾杯を唱和し、グラスを干すと、音も高らかにテーブルにグラスを置く。そしてそのまま、自分たちの持ち場へと散って行った。

 崑太とエナも同じようにグラスを干して、ハンガーへと向かう。帰りもショウやビグと一緒になったが、口を開く者は誰もおらず、皆一様に引き締まった表情のままリフトを降りた。

 「じゃ、お互い力を尽くそうぜ。」

 それぞれの乗機へと向かう時、ショウが崑太と握りこぶしを突き合わせる。4人が同じように拳を突き合わせ、乗機へ乗り込んだ。ここからしばらくは待機の時間ということになる。

 「ようやく、って感じね。」

 「そうだね。」

 それだけの会話が終わると、コクピット内には沈黙が広がった。会話はなかったが、お互いがお互いを深く信頼しているのが感じられる。言葉には出さなくても、間違いなく通じるものがそこにあった。

 艦橋にはギレットとタウラ、ジェナがいる。

 艦載機管制にはマーカス、火器管制室にマシアス、機関部にウエシマがいる。

 そして、その他の、名も知らぬ多くの乗員たちが。

 これからの戦いで、何人が戦場に倒れることになるのだろう。

 戦いの時は、目前に迫っていた。

 同じ頃、艦橋ではドローンからの次の情報を受け取っていた。タウラとジェナがそれを確認すると、艦長席のギレットに向けて報告する。

 「艦長、続報来ました!異相反応場所に大型のケガレ1体!母艦タイプの未知の個体です!ものすごく大きい!発現元も確認取れました!前回同様の座標!本拠地と見て間違いないかと。ポータルにも動きあり、すでにタートルが1機ポータルに突入したようです!」

 ギレットの命令は、間、髪を入れなかった。

 「全艦全部署!ワープに備えろ!シールド最大、攻撃部署は火器に火を入れろ!操艦、目標座標に向けワープ航行を開始する。ワープ領域の展開急げ!」

 矢継ぎ早に出された命令が次々と実行される。機関部のワープコアからはアキツシマの前方に向けワープ領域を生成するために放たれたワープ光が青く光る光線として可視化され、注がれた水が広がるように何もない宇宙空間にワープ領域を展開している。その広さが十分なものになれば、アキツシマはその領域に侵入し、ワープが開始される。遠目から見れば、まるで前方の水面に艦体が沈んでいくかのように見えるはずだ。

 「ワープ領域展開中、ワープ航法まで10秒、カウントダウン開始」

 操艦担当から艦内全域にアナウンスが流され、カウントダウンは進んで行く。アキツシマはそのたびにワープ領域へと進んで行き、カウントが0になるとワープが開始された。艦橋から見える宇宙空間は一瞬、青白い光の分厚いカーテンをくぐるように進み、次の瞬間には間近に迫る巨大な木星が眼前に現れた。タウラはすぐにセンサーを調整し、ポータルへと向ける。ポータル自体が巨大なはずなのに、さらに巨大な木星の前ではただの黒い点のように見える。ズームが進むと、ちょうど最後に現れた超巨大ケガレがポータルに侵入しているところで、後ろの半分ほどがまだ見えていたが、まもなく全体がポータルの中に消えた。その間にもアキツシマはぐんぐんポータルに迫る。ポータルの周囲にはフィルドとバイターと名付けられたケガレが漂っていたが、どれも力尽きて放棄された死体のようで、動きはまったくない。

 「いいぞ!出迎えはほぼなしだ!左舷前方、切り離し、どうなってる?」

 ギレットがそう言った時、僅かな衝撃があり、左舷前方部分が切り離され、自律飛行でポータルへと向かうが、その速度はアキツシマ本体よりも低速で、すぐに本体が追い越した。モニターに3.00.00と言う表示が現れるが、まだスタートはしていない。間をおかず、5機の高速連絡機が右舷前方から飛び出し、これは高速でポータルの上部を目指して進んで行った。マーカスのいる艦載機管制で、5人のオペレーターが操縦している陽動用の無人機だった。無人機が迫るとポータル上部に動きがあり、あの触手が伸びて来て無人機への攻撃を開始するのが見えた。無人機はその触手と小さな触手から放たれる光線を避けながら飛び、こちらもセイザーでの攻撃が開始される。もっともこの攻撃はポータルにダメージを与えないよう、威力を最低にまで落としてある。当たったところで雨粒が当たるようなものだろう。無人機は魚を誘う疑似餌のように巧みに動き回り、触手の注意を完全に引いたようだった。

 「よし!最大戦速!一気に突っ込め!」

 アキツシマの速度がさらに上がり、ポータルは間近に迫っていた。ここでモニターの数字がカウントダウンを開始した。その間に、無人機の一機が光線に落とされてしまったが、アキツシマは変わらずポータルへと突き進み、ついに境界となる黒い水面のようなポータルに侵入を果たす。瞬間、艦体に大きな衝撃が走った。まるで大きな地震に揺さぶられるような衝撃に、艦内の至るところで叫びや悲鳴があがる。艦橋から見るポータルの内部は、どす黒い雲の中にいるようで、時折紫色の稲光のような光がその雲の中を照らしているようだった。目を凝らすと、前方に小さく最後に侵入したケガレの後部が見えた。揺れはなおも続き、異常を示すアラートが鳴り響き、照明やモニターが明滅を繰り返すが、完全に消えることはなかった。とは言え、この状況ではフレームスーツを着ていてさえ、人間が身動きを取ることは不可能であり、様々な方向から次々を押し寄せる荷重に耐えることしかできない。やがて、前方に小さく青い点が見え、それがぐんぐん大きくなってくる。ギレットは歯を食いしばりながら、あれが出口であることを強く願った。このままでは艦がバラバラになってしまう。

 次の瞬間、ドーンと言う、落雷のような音が艦橋中に響き渡ると同時に揺れが収まり、アキツシマは青い空間に投げ出される。途端に下方向に強い力が働き、アキツシマは自由落下のような状態に陥った。艦橋にいる全員が宙に投げ出されるような感覚を感じたが、ハーネスで座席に固定されているため、実際に体が浮くことはなかった。すぐに慣性ダンパーが作用し、徐々に自由落下が止まると、体を動かす余裕ができた。

 「じ、状況確認、急げ!」

 ギレットが帽子をかぶり直し、手元のモニターで被害状況を確認する。異常を示すほぼ真っ赤だった画面が、次々に正常の緑に変わり、表示が消えていく。

 「艦長!ケガレの集団は左舷下方!どんどん下に進んでいます!」

 タウラが報告を終えるやいなや、ジェナが割って入る。

 「現在位置、地球!地球です!東経131度、北緯39度・・・日本上空です!高度25,000!」

 「くそ、やはりか!操艦、ケガレを追え!」

 ギレットが叫ぶように命令を下した時、今度はマーカスからの通信が入る。

 「艦長!艦載機管制です!少し前の衝撃でハンガーに大きい被害が出ました!艦載機はほぼ発進不能、発進不能です!」

 ギレットは手元のモニターを切り替え、ハンガーが一望できる映像を呼び出す。ハンガーの惨状はひどいものだった。機体を固定していたワイヤーが切れた数機が、周囲を巻き込んで跳ね回ったようだった。さらにハンガーの出口が機体で塞がれている。これでは無事な機体があっても、発艦デッキに移動させることができない。そこでハッと気付いたギレットは、発艦デッキにモニターを切り替えた。こちらはまだ空間戦車2機と3機の中型機が無事な姿で映された。当然のように、ケイも無傷のようだった。

 「こ、これだけ・・・か・・・だが!」

 ギレットは小声で呟くと、ズームして空間戦車の識別を確かめる。機体番号はATS001と002、つまり、ショウとビグの機体だ。

 「発艦デッキ!状況知らせ!」

 「こちら発艦デッキ、ショウです!こちらはカタパルトに固定されていたおかげで無事です!もっともひどい揺れだったんで、機体自体に損害がないとは言い切れません!」

 「すぐに戦闘になる!ハンガーは全滅に近い!点検を急げ!」

 「了解!」

 モニターでは、すぐにデッキ作業員が現れ、機体の確認を始めていた。ショウとビグも機体を降り、目視点検をしているようだ。モニターをハンガーに切り替えると、こちらはウインチで発艦デッキ前の機体を動かす作業をしている様子が見える。先頭にいるのはマーカスだ。自らリフト車を操作して機体を持ち上げようとしているようだ。

 「マシアス!そちらはどうか?」

 「こちらは大丈夫!軽症者が何人か、と言ったところです!」

 「何人でもいい、ハンガーに人員を出せるか?」

 「了解!体のデカいのを回します!そうですね、20名でどうです?」

 「すまん、助かる!」

 「ノープロ!」

 ここでギレットは間を置き、頭の中で作戦を練り直した。ただでさえ少ない戦力が、さらに少なくなってしまった。引き返す気なら、今しかない。

 「ジェナ、機構本部は呼び出せるか?」 

 「ネガティブ!どの周波数、どの通信方法でも応答なしです・・・ちょっと待って下さい・・・。」

 そう言うとジェナは耳に意識を集中させている様子を見せた。

 「か、艦長!どうやら我々は西暦2024年の地球にいるようです!これを聞いて下さい!」

 そう言うとジェナは今、自分が聞いている音声をスピーカーで流した。

 「・・・はい!ということで、ただ今の曲は『新しい学校のリーダース』の新曲でした!

この曲は昨年2023年のドラマの主題歌にも使われました、『スキライ』の後の展開を歌詞にした、ということで、発売開始週のオリコンランキングは・・・」

 甲高い男性の声が、場違いなテンションで環境に流れる。

 「これはライブのラジオ放送です。検索の結果、2024年6月27日の12時38分、それが現在時刻と判明、他周波数での放送でも同様の結果が得られました!」

 「・・・つまり、我々は本当に時間を遡った、ということか・・・。」

 「はい。間違いありません。これでケガレの意図がはっきりしました。ファーストコンタクト前の地球を攻撃して未来を摘み取るつもりです!」

 「・・・なんとしても、攻撃を食い止めねばならんな・・・。」

 ギレットは小声で呟くと、きつく歯を食いしばった。

  

10 宇宙歴189・10・19 22時頃、アキツシマB艦内

 コーツはアキツシマAがワープ領域に『沈んで』いく様子を、固唾を飲んで見守っていた。いよいよ事態は大きく動き出す。この先に待ち受ける困難を考えると、気が遠くなるような心地がする。予定では、ポイントアルファ到着時にKN作戦で残置したドローンのセッティングを変え、リアルタイムでこちらに情報を送る手はずになっていた。まもなくアキツシマAが現れれば、ドローンが隠密で情報を収集する意味もなくなる。その映像は、30秒ほどして送られてきた。タウラがうまくやったらしい。コーツを始め、ヒダカやリンも食い入るようにモニターを凝視するが、戦闘の兆候はなく、動いているケガレも見当たらないようだった。すでにアキツシマAは左舷前方の切り離しを終え、ポータルに向けて最終加速に差し掛かっているようだ。そのポータルの上部で起こっている小さな閃光は、無人機による陽動のものと思われた。

 「・・・ここまでは順調のようですね・・・。ケガレの大部隊はすでにポータルで移動した後のようです。」

 そのヒダカの発言を受け取って、コーツが重い口を開く。

 「それが吉と出るか、凶と出るか・・・これでポータルの向こうの世界で、全軍を相手にしなければならなくなった、ということでもあるからな。」

 「・・・。」

 ヒダカは一瞬でもホッとした自分を恥じた。アキツシマAにとって、ホッとする状況などどこにも存在しないのだ。

 その瞬間、モニターがホワイトアウトした。大型の時限爆弾と化した左舷前方ブロックが爆破されたのだ。映像がノイズを交えながら徐々に回復していき、木星を捉えていた。そこに先ほどまでのポータルはなく、その残骸と思われる欠片がちらほらと映っている程度だった。アキツシマの一部が、その役目を果たしたのだ。

 だが、それは同時に、アキツシマAとの繋がりが消えた、という意味でもあった。

  

11 西暦2024・6・27、12時39分、アキツシマ艦内

 「ジェナ!この時代に一般向けに使われている周波数、すべてに警告を!火器!全艦アルマゲドンモードだ!1体でも多くケガレを叩き落せ!」

 艦内全域にアルマゲドンモードを告げる警報が鳴り響く。全ての火器は艦長の指示を待たずに発砲することができることになった。小口径のセイザーは艦のシステムに接続され、自動で自由射撃を開始し、重火器類はマシアスの裁量に委ねられた。

 「艦長!ケガレが攻撃を始めました!地表に被害が出ています!」

 タウラが悲痛な叫び声を上げる。ギレットは座席のアームレストに拳を叩きつけた。

 「くそっ!一手遅れた!操艦!全速で落ちろ!ケガレと地表の間に割り込め!」

 「コピー!」

 操艦担当が操舵を全力で前に倒すと、アキツシマは角度を下に変え、垂直姿勢で地表へと『落ちて』いくが、艦内は重力制御が完全に機能し、先ほどのような混乱は起きなかった。急速に高度が落ちていく中、ついに雲の下にケガレの集団を捉える。

 「マシアス!一発勝負だ!一番デカいのを捉えろ!」

 「Vale!」

 艦橋のモニターは大気との摩擦で高熱が発生していることを示しており、シールドが赤熱して赤く発光しているのが確認できた。その向こうには巨大なケガレとそれを取り巻くケガレの集団、さらに奥で地表から上がる炎と煙が見える。ギレットとマシアスが今やろうとしているのは、すれ違いざまにキャスティングネットを展開し、超巨大ケガレを無力化することだった。時間にして0.1秒あるかないかの大勝負だ。控えめに言っても、成功には奇跡が必要だった。艦橋に沈黙の時間が流れる。ほんの数秒が恐ろしく長く感じられた。アキツシマはどんどん高度を下げ、同時にケガレがその大きさを増していく。長さだけでもアキツシマの3~4倍はありそうだった。高度約8000mでアキツシマと巨大ケガレがまさに並ぼうとした時、マシアスの発射したキャスティングネットの一端がケガレを捉えることに成功した。瞬時に網が広がり、巨大ケガレを包み込む。が、その喜びに浸る時間もなく、アキツシマは巨大ケガレを追い越し、なおも地表に向け高速で落ち続けていた。相対速度は最大で音速の6倍を示していたが、高度7000mで操舵を水平に戻したアキツシマは、急激に減速しながらケガレの集団の真ん中を通過し、シールドで何体ものケガレを破壊しながらなおも落下し続ける。アルマゲドンモードの小口径セイザーが自動で目標を捉え、それぞれに射撃を開始した。マシアスとその部下達もスピードキャノンや光量子芯魚雷を次々と発射し、それぞれのケガレを破壊し、ダメージを負わせていた。高度1500mで一番地表近くにいたタートルを追い越し、アキツシマはとうとうケガレの集団の大部分と地表の間に割り込むことに成功する。アキツシマの下では小型のケガレが地表に攻撃を加え続けていたが、タートルの主砲による大規模な攻撃はアキツシマのシールドで食い止める可能性ができた。

 「ケイ!下のケガレの対処を頼めるか?」

 ギレットがためらいがちに言った。危険を伴う単独発艦となる。センサーが捉えているケガレの数は80を超え、なおも増え続けていた。

 「わかりました!」

 崑太が答えるや否や、ケイは発艦デッキから直接ジャンプして混乱した地表へと向かう。すぐに2体並んで道路に攻撃を加えようとしていたケガレ2体が破裂した。

 「ショウ!状況はどうだ?」

 ギレットが発艦デッキのショウを呼び出した。モニター上では空間戦車の周囲からは人の姿は消えており、大半の人間が中型輸送機の側面に集中して作業をしている様子だ。

 「はい、自分とビグは出られます!一度再起動を掛けたのであと30秒下さい!中型機は1機が左舷ブロックから発熱を感知して調査中、残り2機の点検はまだです!」

 「わかった!ケイが単機で出撃した!可及的速やかに援護に回れ。上空からの攻撃はアキツシマができる限り食い止める!」

 「了解です!発艦ゲート、開きます!」

 モニターでショウが左腕をグルグルと回しているのが見える。デッキ作業員に退避するように身振りで示しているのだろう。ギレットはモニターを切り替え、上空の状況を確認すると、最優先で巨大ケガレを排除することにした。

 「マシアス!デカいのを始末しよう。アンカーミサイルをあるだけ撃ち込め。大気圏の外で始末するんだ。」

 「了解!」

 アンカーミサイルはその名の通り、船の錨の意味を指す。対象物に命中するとその物体に強制的に重力制御を掛け、押しつぶしたり、逆に引きはがしたりすることが可能だ。この場合はネットに包まれたケガレが地表に落ちる危険を避けるため、目標を大気圏の外まで『浮かばせる』ために使用する。地球から十分に引き離したら、そこで起爆する。足りなければ、光量子芯魚雷を撃ち込む。アキツシマには32発のアンカーミサイルが搭載されていたが、ギレットはここで全弾打ち尽くしてでも、あの巨大ケガレを地表から引き離したかった。それで足りなければアキツシマで押し上げるだけだ。とにかくあれが地表に落下したら、少なくても本州は消えてなくなってしまう。

 すぐに1セット8発のアンカーミサイルが撃ち出される。全長170mに及ぶミサイルが重力下で発射されたのはこれが初めてかも知れない。しかも、8発同時にだ。8発のうち1発が上昇中にケガレに破壊されてしまったが、残りの7発は巨大ケガレに命中する。すぐに重力制御が開始されるが、やはりあの大きさのケガレを動かすにはさらに多くのミサイルを撃ち込んで効果範囲を拡大させる必要があるようだった。続けて2セット目が打ち上げられ、これは全弾が命中した。3セット目は3発が破壊されてしまう。タートルから次々と吐き出される小型のケガレが、その膨大な数を活かし防衛網を築き上げつつある。巨大ケガレが僅かずつ、地表から離れていく動きをセンサーが感知したが、その動きは恐ろしく遅い。次が最後のセットだ。なんとか4発は命中させたいところだが、小型ケガレが空を黒く染めるかのようにその数を増していき、群れで飛ぶムクドリさながらの密度で、2重3重の防衛網を構築している。あれを突破するのはほぼ不可能だ。

 「maldita sea suestampa!」

 火器管制のマシアスが毒づいているのが聞こえてくる。マシアスは興奮すると母国語であるスペイン語を話すクセがあった

 「あの小型ケガレの群れに射線を集中しろ!アンカーミサイルの軌道を開けるんだ!」

 このままもたもたしていれば、アンカーミサイルによる重力制御の効果時間が切れて、元も子もなくなる。そうしたら本当にアキツシマで押し出すしかなくなるが、それではこちらも無事には済まないことになってしまう。マシアスの指示で攻撃が開始されるが、一時的に空白ができても、次の瞬間にはその空白が埋まってしまう。一段目でその状況であり、二段目三段目の網にはその一瞬の空白すら作ることができない。

 「ダメです!効果ありません!」

 「くそ!あと一押しなんだが・・・」

この状況は艦橋でも確認ができた。最後の1セットが撃ち出せない。せめて空間戦車が丸々残っていれば状況を打破できる可能性もあったが、ハンガーの必死の復旧作業にも関わらず、状況はほとんど好転していない様子だ。

 たった今ショウとビグが発進していったが、こちらは下方の対応で手いっぱいになるだろう。地上の被害の範囲も刻々と広がってきており、アキツシマの下方にはまだ100を超えるケガレが地表攻撃を加えていることがセンサーで確認されている。それでもケイ単独で既に30体以上のケガレを倒してはいたが、広範囲に広がった戦闘空域を3機でカバーするのは無理があり過ぎた。

 さらに、上空で待機していた2体のタートルが地表近くに降りてきながら、小型のケガレを次々に吐き出している様子がモニターに映し出される。その大半が、まっすぐアキツシマに向かってきている。防御から攻勢に転じるつもりのようだ。

 「・・・万事、休す・・・か・・・。」

 ギレットの口元から血が流れ出た。唇を強く噛みすぎて皮膚を突き破ってしまったようだった。

 その時だった。小型ケガレを吐き出し続けていた一方のタートルが、突然大爆発を起こして爆散する。その炎は伸びていた小型ケガレの列を次々に紅蓮の炎で飲み込み、燃えカスとなった小型ケガレの成れの果てが、アキツシマのシールドに当たっては跳ね返り、地表へと落ちて行った。数舜後、同じようにもう一方のタートルも爆散するが、こちらは小型ケガレの列に引火することはなかった。

 「艦長!ヒカリの援軍を名乗る通信が入りました!」

 ジェナがギレットを振り返る。

 「繋げ!直接話す!」

 ジェナは即座に通信を繋ぐ。

 「こちらアキツシマ艦長、ギレットだ!頼みがある!小型ケガレの群れを何とかしてくれ!巨大ケガレを大気圏外に押し出したいんだ!」

 「了解した」

 返答は即座に返ってきた。落ち着いた男性の声だった。が、ギレットはどこかで聞いたことがあるように思い、一瞬だけ記憶を探ったが、誰の声だったかは思い出せない。

 艦橋のモニターに新しいウインドゥが表示され、それぞれケイと同型に見える飛行物体と背中に羽を持った人型の機体が映し出される。それぞれが高速度で小型ケガレの群れに左右から接近し、燃える火の玉のような光弾を発射するのが見えた。それらはケガレの群れにぶつかると爆発し、先ほどのケガレの列と同じように燃え広がり、アキツシマにケガレの死体の雨を降らせた。引き続き発射された火の玉が、二段目三段目の群れを炎の固まりへと変える。

 「・・・これでどうだ?」

 先ほどの声が、驚くほどの冷静さで通信をしてきた。

 「十分だ!礼を言う!マシアス、今だ!」

 「Vale,vamos!」

 瞬時に最後のセット8発が撃ちあげられた。ミサイルはグングンと上昇し、巨大ケガレに次々と撃ち込まれ、重力制御を開始する。巨大ケガレの動きがゆっくりとだが確実に加速を始め、その速度はどんどんと上がっていく。

 火器管制で上がった歓声が、艦橋に溢れかえる。だが、戦闘はまだ終わりではない。まだ無傷のタートルが5体、小型のケガレに至っては数千単位で残っているはずだった。

 一瞬ホッとしたような笑みを浮かべたギレットは、すぐに表情を引き締めると、新たな指示を出し始めた。

 「まだだ!火器管制、アキツシマに迫るケガレの群れに対応しろ!操艦、艦首をケガレの群れに向けて射角が最大に取れるようにするんだ!それからタウラ!巨大ケガレをモニターし続けて動きがあったら知らせろ!諸君!もうひと踏ん張りだぞ!」

 その頃、崑太はケイのコクピットで怒りに震えていた。街の上空を飛び回るうちに、ここが自分のいた世界だと強く認識した。ここは、みんなで何度も遊びに来ていた、最寄り駅から電車で20分ほどの、近所で一番栄えた街だった。今、その見慣れた街並みがケガレの攻撃で大きな被害を受けている。街中に、血を流しながら彷徨い歩く人、歩道で折り重なるように倒れて動かない親子、燃え盛る車から誰かを助け出そうと必死の人々などが目に入る。この中に、苺花や真一郎、その他にも自分の知っている人たちが含まれているかも知れないと考えると、ケガレに対する怒りと同時に、自分の不甲斐なさに腹が立った。

 「コンタ!落ち着いて!無駄撃ちが多い!」

 エナの呼び掛けが遠くに聞こえていたが、崑太は目の前を逃げ惑う小型ケガレに対して立て続けにラプター砲を発射することに夢中で気が付かない。撃ち出されたラプター砲は狙いを外し、むなしく宙に消えていく。

 そしてついに、トリガーを何度引いても、ラプター砲が発射されなくなった。ハッとしてモニターに目を転じると、エネルギー量を示す表示が0になり、赤く点滅していた。

 「バカバカ!撃ち尽くしてどうすんのよ!」

 エナの悪態が聞こえると同時に、ケイに衝撃が走った。攻撃が止んだことに気付いたケガレが、反撃してきたのだ。汚れたオイルのような色をした飛翔体が、なおもケイに迫る。かろうじて回避に成功するが、その飛翔体は地上にぶつかり、新たな爆発を引き起こした。

 「コンタ!後ろからも来てる!上昇して!ここにいたら回避する余地がなくなる!」

 「わかった!」

 崑太は左のスティックを思い切り下に下げると、R1ボタンを押して加速を掛けた。ケイは瞬時に上昇すると、追い掛けていたはずのケガレが反転し、危うく衝突するところだった。後ろからは3機のケガレが追い掛けてきており、さらに高空から20体近くのケガレがあらゆる方向からこちらに急接近してくるのが見えた。

 「こんにゃろ!」

 エナがラプタトリックを展開し、追い掛けてくるケガレに攻撃を加える。1体のケガレが被弾し、急速に高度を落としたが、残りの2体は攻撃を躱し、飛翔体を発射しながらこちらに追いすがってきた。崑太は一番敵の影が薄い上空に進路を変えたが、敵もすぐに軌道を変え、こちらの進路を塞ぐように展開してくる。

 「再充填はまだ⁉」

 「これだけ激しく動いてたらすぐには無理よ!とにかく逃げ続けて!残りのラプタトリックでなんとか応戦する!」

 崑太はモニターに目を走らせる。使用可能なラプタトリックはあと3機。どれだけの時間が稼げるだろうか。

 上空から迫るケガレが、一斉に飛翔体を撃ち出してくる。崑太は懸命に回避機動を取るが、あまりの弾幕に回避の余地がなくなってきて、ついに被弾してしまった。ケイが大きく弾かれたように右に飛んだ。

 「くそ!やられた!」

 崑太は必死にケイを立て直そうとするが、そこに2発目、3発目が命中し、ケイは錐揉み状態に陥ってしまう。

 目の前のケガレを撃ち落としたビグが、ケイの被弾に気が付いた。ショウとビグは背中を合わせるようにしてほとんど空中で静止し、お互いの死角をカバーしつつ、さながら浮き砲台のように回転をしながら目の前に見えるケガレを次々と撃破していった。絶対的な数的不利の状況で、ビグは20体まで撃破をカウントしていたが、それ以上は覚えていない。とにかく今までで最大の戦績であることは確かだ。ショウも同様だろう。

 「ショウ!コンタがやられた!集団に囲まれてる!」

 「見えた!陣形を解くぞ!助けに行く!」

 二人は息の合ったコンビネーションでそれぞれの機体をケイに向けると、最大速力でケイの救出へと向かう。

 「ビグ!右を頼む!俺は左だ!」

 「ヤー!ボス!」

 二機はケイを挟んで右と左に展開し、それぞれセイザーを連射する。ケイを追うことに集中していたケガレが、まるで自分から射線に飛び込んでくるように次々と撃ち落とされていく。

 ケイのコクピットでは、崑太が意識を失っていた。度重なる被弾でケイの重力制御が一時的に機能を停止し、崑太の体に体重の10倍近くのGが掛かったのだ。エナも危うく意識を失いそうになったが、かろうじて踏み止まり、懸命にケイのコントロールを取り戻そうと格闘していた。どうやら左の重力コンバータが正常に機能していない。一度シャットダウンを掛け、再起動を試みると、完全ではないが錐揉み状態は脱することができた。そこから各部のバランスを取り直し、完全にコントロールを取り戻したが、ケイが自己修復を終えるまでは全開行動は取れない。

 エナは戦闘空域からできるだけ距離を取りながら、座席の前に足を伸ばし、崑太の座るシートのヘッドレストを蹴飛ばして意識を取り戻させようとする。

 「こら!コンタ!起きろ!」

 座る位置を前にずらし、懸命に足を伸ばして蹴り続けると、崑太の意識を取り戻すことに成功する。

 「あ・・・あれ・・・?」

 「良かった!コンタ!操縦代わって!」

 「あ、ああ!」

 崑太は頭を何度か振り、意識をハッキリさせるとコントローラーを握り直し、ケイを戦闘空域に向ける。ショウとビグがケガレ8体と激しいドッグファイトを繰り広げているのが見えた。

 「残りのラプタトリックを使う!」

 エナがそういうと、すぐにポン、と言う音が3度響き、ケイを追い越してペットボトルのような形のラプタトリックが飛んでいくのが見えた。

 「ショウ!ビグ!右に捻り込んで!」

 エナが叫ぶと、ショウとビグの空間戦車がほぼ同時に右下方に移動を開始する。それを追った8体のケガレが固まりになったところを、空間戦車とすれ違って飛来したラプタトリックがラプター砲を発射し、8体のケガレをことごとく撃ち落とした。

 「ヒュウ!助かったぜ!エナ!」

 ショウが荒い呼吸を隠そうともせずに感謝を伝えてくる。

 「こちらこそ!ありがとう!ここはこれで片付いたけど、上がヤバい!」

 ケイと2機の空間戦車が隊列を組み、アキツシマの状況を確認する。アキツシマが無数のケガレに包囲され、激しく攻撃されていた。シールドはまだ機能しているようだが、このままではいずれ時間の問題だろう。アキツシマも激しく応射し、次々とケガレを撃ち落としているようだったが、いかんせん数の差があり過ぎた。

 「くそ・・・3機でどうにかなる数じゃないね・・・。」

 ビグが悲観的なつぶやきを口にする。

 「こりゃあいよいよ、年貢の納め時かな。俺はあと50発分のセイザーを残すだけだ。」

 「同じく。私もそれくらい。ケイは?」

 「残弾0よ。もう何も残ってない・・・。」

 エナが呟くように話すと、沈黙が広がる。

 「よう、お困りのようだな!」

 その時、突然通信に割り込んできた、懐かしい声に、崑太はすぐに反応した。

 「し、真一郎か!どうして!」

 「詳しい話は後だ!お前のずっと上空でようやくデカいのを始末したところだ。アキツシマの方は任せろ。今そっちに補給が向かってるから、そこにいろ!」

 「補給?何を言って・・・。」

 そこまで口にした時、目の前にケイと同型の飛行物体がジャンプしてくる。よく見ると、若干形が違い、色もケイより青みがかかって見えた。

 「待たせたな。」

 その声に、今度はエナが反応する。

 「メートル!メートルなの⁉」

 「エナ、よく頑張ったな。補給と同時に乗り換えも行うぞ。そっちの空間戦車もだ。」

 「何がなんだかわからないが・・・援軍か?」

 ショウが機体を近付けてくる。

 「そんなところだ。こちらのエネルギーをそちらに分ける。全てのパワーが上がるから気を付けろ。行くぞ。」

 そう言うと、青みがかった機体が光り出し、そこから伸びてきた光線がショウとビグの機体に吸い込まれるように消えていく。その光線はケイにも伸びて来て、コクピットが明るい光に包まれ、崑太は反射的に目を閉じた。数舜後、崑太がゆっくり目を開くと、モニターに表示されていた全てのアラートが消え、ラプター砲のエネルギーもフル充填を示していた。

 「す、すごい・・・一瞬で・・・」

 崑太は驚いてモニターをあらためて見回していると、後席から声を掛けられた。

 「崑太君・・・」

 崑太は慌てて振り向くと、ヘッドレストの向こうの一段高い後席に、苺花の姿を認めて驚いた。

 「い、苺花ちゃん⁉な、なんで?」

 「えへへ。助けに来たよ。」

 苺花が驚いた様子でないことを見ると、崑太よりも状況を理解しているらしい。先ほどの真一郎の声と言い、崑太はまだ驚きを隠せないでいる。だが、苺花の笑顔を見て、心から安心した。苺花は笑顔だったが、その瞳は涙に濡れているように見える。

 「いろいろ話したいこともあるけど、今は目の前のことに集中しよう。森川君がまだ戦ってる。」

 「そ、そうだけど・・・。」

 「操縦のことなら大丈夫だよ。ちゃんと訓練してるから。それに・・・。」

 言い掛けて、苺花は目を瞑って集中を研ぎ澄ませるような仕草を見せる。数舜ののち、ケイのコクピットに異変が起こった。モニターが消え、代わりに天上の位置から半球型のヘルメットのような装置が降りてくる。崑太の座る席にも同じ物が降りて来て崑太の頭を覆った。さらにシートのひじ掛けが変化し、肘から下を覆う大きめの手袋のようなギミックで覆われる。床からも同様のギミックが現れ、膝から下を同じように包み込んだ。耳元で接続音のような音が聞こえると、やがて透明のバイザーに色が付き、目の前が暗闇に覆われ、次の瞬間には外の風景が明瞭にバイザーに映し出される。頭の角度を変えると、視界方向も同様に切り替わり、肉眼で外の景色を見ているのと遜色がない。

 「こ、これ!うわ・・・すごい!」

 腕や足のギミックから、力強い律動が感じられた。ケイのパワーをダイレクトに感じる。

 「これがこの子の本来の力。さあ、森川君を応援に行こう!」

 崑太が上空に目を向ける。真一郎の駆る人型の機体が、一部シールドの破れた穴から内側に入り込んだケガレを引き剝がし、蹴りを入れているのが見えた。だがその隙に乗じて後方から近付いた別のケガレが飛翔物を発射する。瞬間的に、崑太が『危ない!』と考えた時、ケイは瞬時にその場所にジャンプし、飛翔体ごとケガレをラプター砲で撃ち落とした。アキツシマのシールドは集中攻撃を受け、右舷前方から中央艦橋に向けてシールドの裂け目ができているようだった。右舷ハンガーと艦橋付近に、複数のケガレが取り付いてアキツシマ本体にダメージを与えている。

 「サンキュ!崑太!」

 真一郎が、というか、真一郎の駆る人型の機体がケイに向き直ってうなずいたように見えた。崑太は自分の内側から自信が湧き上がるのを感じた。もはやケイは自分の体も同然にコントロールができる。まるで自分が無敵の存在になったような高揚感が崑太を包み込んだ。

 「真一郎!右舷側のケガレを頼む!僕は艦橋に取り付いてるケガレを何とかする!」

 「任せろ!」

 崑太はケイを駆り、アキツシマの艦橋方向に向かうと、艦橋ギリギリにラプター砲を撃ち込み、ケガレを引き剥がした。一瞬宙に浮いたケガレに苺花がラプタトリックで止めを刺していく。右舷前方では、ハンガーに開けられた穴からケガレが内部に入り込もうとしているのを、マーカスと応援に駆け付けていたマシアスの部下が中心となり、攻撃を加えているが、歩兵用の武器ではケガレの動きを止めるのが精一杯のようだった。これ以上に大型の火器を使用すれば、こちらも危なくなる。

 右舷前方に降り立った真一郎の駆るネイエスールは、取り付いているケガレをまるでサッカーボールでも蹴るように次々と蹴り上げ、破壊していきながら、艦体に空いた穴に体を半分ねじ込んでいたケガレを後ろから両手でつかみ上げて引き抜き、高々と空中に投げ上げる。そこに裕奈が左肩に装備された射出口からラプターを発射してケガレを破裂させた。穴の向こう側で、持っていた武器を振り上げながら歓声を上げている人の群れに、真一郎はサムズアップで答えると、飛び上がって上空で戦っている3機の味方の援護に向かった。

 エナは、レイの後部座席から足元に見えるメートルの姿に、感極まっていた。今のところ理由は不明だが、何かの不都合で崑太とメートルが分離してしまっただけで、メートルはロストしていなかった。ひそかに感じていた不安は、完全に払拭された。

 「私がいなくても、うまくやれたようだな。」

 振り向きもせず、既にレイの操縦を始めたメートルがエナに声を掛けてくる。メートルの小憎たらしい表情が、見えなくても容易に想像できるような言い方だった。

 「当たり前でしょ!まあ、それなりに大変ではあったけど。それに、コンタも優秀だった。腹が立つけど、確かにメートルの魂は受け継いでるみたいよ。」

 「ははっ!それは良かった!私も向こうに呼び戻されたときは何がどうなってるのかわからなかったが・・・今考えると彼ら4人・・・もしかすると6人を、迎えるための布石だったのかもな。」

 「どういうこと?」

 「エナが育てた崑太と、私が育てた真一郎、苺花、裕奈。それに、今我々とともに戦っている、あの二人だよ。」

 「ショウとビグのこと?」

 「そういう名なのか?いずれにしろこの6人は『センス』の持ち主だぞ。一緒にいて気付かなかったか?」

 「・・・崑太はもしかしたらそうなのかも、と思ったことはあったけど・・・。だとしたら・・・。」

 「エナの考えている通りだろう。全てはあの方々の思惑通りというわけだろうな。毎度のことながら、我々には何も明かされないというのが癪だが・・・。」

 センスと言うのは、魂を形成している物質の中でもかなり特殊な物質であり、魂の構成の中にセンスがあるかないかで、その魂がたどり着けるステージの上限が決められてしまうというものだ。『魂の格』を現す物質と言ってもいい。センスがなければケイを始めとしたヒカリの兵器を『操縦』することはできても『使役』することはできない。肉体が滅びても転生を約束された魂でもあり、無限の可能性を秘めている。メートルの言う、『あの方々』はメートルやエナよりもさらに高位の存在で、言ってみれば神の中の神、ということになるだろうが、どのステージにおいても、下位の存在が高位の意を正確に汲むことは困難であるということである。

 「・・・まったくね・・・。」

 エナは呆れたように嘆息しながらも、目の前に迫ったケガレの集団にラプタトリックを飛ばした。前部座席にメートルが座ったことで、操縦や射撃管制のサポートから解放されたエナは、軽々と8体のラプタトリックを操り、凄まじい勢いでケガレを撃ち落としていく。軽やかにハミングを口ずさみながら、両手を指揮者のように動かしている。その手が縦横に動くたびにケガレが撃ち落とされていた。メートルはその攻撃を妨げないような機動を行い、こちらはラプターで余りのケガレを次々と撃ち抜いていた。

 

 「くそ!くそ!なんだ、このパワー!すげぇな!」

 ショウがケガレを次々に撃ち落としていきながら、興奮した声を上げる。先ほどの補給を受けた空間戦車は反応速度も武器の威力も格段に上がっており、連射モードのセイザーでも、当たれば一撃でケガレを撃破できるようになっていた。

 並んで攻撃しているビグは、ショットガンモードでケガレの固まりにどんどんセイザーを撃ち込んでいる。そのたびにケガレが花火のように飛び散っていった。

 「まったくだよ!一体何をされたんだか!でもさ、何とかイケそうな気がしてこない?」

 ビグも興奮しているようだった。

 「同感だな。負ける気がせん!このまま行くぞ!」

 「いいね!望むところだよ!」

 二機の空間戦車はなおも射撃を繰り返し、ケガレの群れは楔が撃ち込まれたように二機を中心に前後左右に逃げ惑っていた。


 艦橋のギレットも旗色が変わってきたことを感じていた。上空に二機のヒカリの増援が現れてから、流れはこちらに変わってきていた。既にタートルはこの二機に全て撃破され、細かい雨のようにシールドに弾かれて地上に落下している。今は帰る場所を失った小型のケガレの群れが、アキツシマに無秩序な攻撃を繰り返しているのみだった。まだ秩序だった攻撃を繰り出して来ている集団には、恐らくマキシが紛れ込んでいる。先ほどその集団に右舷前方のシールドを破られ、一時は艦体に直接ケガレが取り付く事態に陥ったが、ケイと増援に現れた人型の機体がすかさず排除してくれた。

 「ウエシマ!シールドの復旧急げ!マシアス、動きのいい集団にいるマキシを狙うんだ。」

 ギレットは枯れ気味の声を振り絞り、次々と命令を繰り出す。その表情からは先ほどまでの悲壮感が消え、うっすら笑みまで浮かべているように見えた。

 

  マシアスの攻撃が功を奏し、秩序だった動きを示すケガレの集団はなくなった。途中から、ケイと同型の青い機体がこちらの意図に気付いたかのように、マキシを狙って攻撃をし始めたのが大きい。誰かは知らないが、マシアスが見ている限りかなり腕が立つように見えた。センサーが捉えているケガレの数も、三桁まで減っている。数えてはいなかったが、マシアスだけでも300以上のケガレを倒したはずだ。とは言え、援軍が現れてからのケイと二機の空間戦車の働きは、ものすごい。射撃の合間に目にするだけでも、その殲滅力はアキツシマからの攻撃をはるかに上回る戦果を挙げているはずだ。マシアスはその様子を惚れ惚れと眺めながらも、どこかでメラメラと闘志が燃え上がるのを感じていた。「(あいつらばかりに頼るわけにも、いかないじゃないか!)」

 ふとコンソールに目を落とすと、キャスティングネットが再使用できることに気が付いた。巨大ケガレを包んでいたキャスティングネットは、もはや制御しなくてもその形を維持できる状態まで形成を完了させたのだ。マシアスが即座にギレットに提案する。

 「艦長!キャスティングネットが再使用可能です!艦首をケガレの集団の濃い方向に向けて下さい!」

 報告を受けたギレットが直ちに命令を発する。

 「操艦!艦首をコース225、マーク48に向けろ!ショウ、ビグ、ケイ!今から示す空域にケガレの群れを追い込んでくれ!一気に絡めとる!」

 そういうとギレットは戦術リンクに大きな球形を描き出し、データを送信する。メインモニターにもその空域がオレンジの球形で示された。各機がそれぞれに軌道を変え、牧羊犬が羊の群れを囲いに追い込むような動きを見せた。アキツシマの艦首がその方向に向けられ、ケガレの大きな群れを正面に捉えた瞬間、艦首から黄色の光弾が発射される。光弾は群れの手前でパッと弾けると、投網のように広がってケガレの群れの大部分を絡めとった。すかさずタウラがセンサーを調整し、網に捉えたケガレをカウントしていく。

 結果は889、捉えきれなかったケガレの数は45。

 「よし!残り僅かだ!攻撃全部署!最後まで気を緩めるな!」

 ギレットの命令は、まるで勝利を確信したライオンの唸り声のようだった。

 

 ケガレの群れは、もはや完全に統制を失い、右往左往するばかりだった。キャスティングネットに絡めとられたケガレ同士が共食いさながらの同士討ちを始めたり、そこから逃れようとネットに触れ、ダメージを負っているケガレもいる。完全に動きを止め、ネットの中をふわふわと漂うのみのケガレも見えた。

 からくもネットに捉えられなかったケガレも同様だったが、困るのは地上方向に向かうケガレがいたことだ。崑太と真一郎はそのケガレを追い、再び地上付近での戦闘を余儀なくされた。

 「真一郎!1体そっちに向かってる!」

 「ああ、見えた!対処する!」

 崑太が追い掛けていた2体のうち、分かれた1体が真一郎に向かってきた。裕奈がすかさずラプター砲を発射するが、恐慌を来たしているケガレは予測不能な動きを見せ、照準で捉えきれない。

 「なんなのアイツ!ビルにぶつかりながら飛んでる!」

 裕奈は毒づくと、ネイエスールを射撃位置へ移動させるが、それを察知したケガレは立ち並ぶビルに次々と衝突しながら狂ったように逃走を始めた。飛び散ったビルの壁やガラスの破片が路上へと降り注ぐが、普段なら人の行き交う歩道に人の影はない。みな建物に避難しているようだ。

 「なんとかしないと!」

 裕奈が喚き、追撃を開始する。ケガレはフラフラしながらも速度は落とさなかった。やがてビルの谷間を抜け出すと、ケガレが急上昇したところで崑太が追っていたケガレと激しく衝突した。真一郎が追ってきたケガレは、弾かれて路面に叩きつけられたが、崑太が追ってきたケガレは軌道を変え、高速で回転しながら正面の建物へと向かっていく。真一郎はケガレが吹き飛ばされた建物の屋上に人影を認めると、ネイエスールで思い切り地面を蹴った。ネイエスールが空中に飛び上がり、ケガレに追い付くと、左手で薙ぎ払ってケガレの進行方向を上空にずらす。追ってきた崑太が止めを刺し、ケガレは爆散したが、今度は勢いの余ったネイエスールが建物に突っ込む形となってしまう。

 「やばい、やばい!」

 真一郎は思い切り両手と両足を突っ張り、同時に裕奈は慣性制御を最大反転し、ギリギリのところでネイエスールを停止させることに成功した。真一郎が顔を上げると、目の前にお互いを庇うように抱き合いながら座り込んでいる男女と、もろに目が合った。

 気まずい静寂を破ったのは、真一郎だった。

 「河北さん!高橋さん!」

 その二人は、真一郎が暴れ回った時期に頻繁に「世話になった」ことのある、少年課の刑事だった。ネイエスールに名前を呼ばれた二人は、一瞬きょとんとして顔を見合わせていたが、やがて女性刑事の方がおずおずと口を開く。

 「い、今の声・・・ま、まさか・・・森川か・・・?・・・高橋?」

 「・・・そ、そういえば、そんな気も・・・。」

 高橋と呼ばれた男性刑事は、不審そうに立ち上がると、ネイエスールの巨大な顔を覗き込んだ。

 上空では、メートルとエナ、ショウとビグが掃討作戦を完了していた。アキツシマからの攻撃は鳴りを潜め、3機の機動を妨げないようにしているようだった。

 最後の1体を、驚くべき冷静さでビグが仕留めると、通信は歓声で沸き返った。

 「諸君!よく耐え抜いた!これで大方は片付いた。最後の仕上げと行こう!」

 ギレットが優先通信で宣言する。

 「ショウ、ビグ、それからヒカリよりの援軍各位、アキツシマに帰還してくれ。乗員は被害と現状報告を!操艦、ネットを大気圏外まで運ぶぞ。上昇率30%で様子を見ながら上げろ!」

 アキツシマがゆっくりと上昇を始める。ショウとビグ、それにメートルとエナが着艦デッキに向かって動き始めた。

 「ケイとあのロボットの現在位置は?」 

 ギレットがタウラに確認する。まだ2機ともモニターに映らない。

 「2機とも地上です。大きい被害のあった街区から少し離れた同じ場所にいるようです。」

 「・・・そうか・・・ここは崑太君のいた地球・・・か。」

 タウラからの報告に、ギレットは誰にも聞こえないような小声で呟いた。もしかしたら、これが崑太との別れになるかも知れないということだった。

 ネイエスールからは真一郎と裕奈が、ケイからは崑太と苺花が、屋上に降り立ち、河北や高橋と顔を合わせていた。ネイエスールが突っ込みそうになった建物は、警察署だったのだ。両機とも自律モードで位置を保っているが、ネイエスールの足元では、驚いた人々が下から見上げて大騒ぎをしている。あまり長居はできそうにない。

 「き、君たち、無事だった・・・あ、いや・・・無事と言っていいのか??」

 二人は、4人の失踪事件の捜査に当たっていた。事件と言っても、警察では「思春期にありがちな家出」として4人の失踪を扱っている。4人のうちの一人が問題児として名を馳せた森川だったこともあるが、鑑識や付近の聞き込み結果からも事件性は浮かび上がってこなかったからだ。

 高橋が慌てふためく中、河北は冷静に4人を見つめていた。4人が4人とも見慣れないウェットスーツのような物を着ていた。

 「君が、法理崑太君だね?」

 河北が落ち着きを取り戻した『捜査官モード』で崑太に尋ねる。

 「はい、法理崑太です。お騒がせして・・・。」

 崑太がすべてを言い終わらないうちに、真一郎が割って入る。

 「お騒がせなんてもんじゃないだろ!って言っても、どこからどう説明したらいいもんか、まったくわからん!」

 「聞きたいことが山ほどあるが・・・そういう場合でもなさそうだな・・・?」

 河北は注意深く4人と、それぞれが乗っていた機械を見回す。話をどうまとめたらいいものか、困っているようだった。その様子を見た裕奈が語を継いだ。

 「今は説明するには時間も場所もふさわしくないと思います。詳しい話をしたところで、お二人にはにわかには理解できないでしょう・・・多分、この惨状を見ても・・・。なので、スマホで4人の動画を撮って、家族にだけ見せて下さい。やることを全部終えたら、私たちは帰って来て、必ず説明します。」

 裕奈の提案に、河北は深くうなずいた。

 「君の言う通りだ、と私も思う。今は君たちの失踪とこの説明のつかない事態は全く関係がない、という理解にしておく。・・・とにかく、何がどうなってるのかわからないが、気を付けてな。必ず帰ってくるんだぞ?」

 「はい!わかりました!」

 それから4人は高橋の撮影で河北と一緒に家族に充てた短い動画を撮影した。河北が責任を持ってそれぞれの家族にだけ見せると請け負ってくれた。それが終わった頃、屋上の出入り口でエンジンカッターの音とともに、火花がちらほら見えてきた。どうやら下の誰かが気付いたらしかった。

 「そろそろ時間切れのようですね。僕たちはこれで引き揚げます。すみませんが、いろいろよろしくお願いします。」

 崑太は二人に頭を下げると、他の3人もそれぞれに挨拶を交わし、機体に乗り込んで上昇を開始したアキツシマへと向かった。裕奈は特に慎重にネイエスールを移動させ、集まってきた野次馬に万一のことがないように気を付けているようだった。

 2機を見送った二人が、信じられない思いで空を見上げる。

 「さて・・・どう報告したもんかな・・・。」

 河北が俯き加減で思案していると、出入り口の扉が大きな金属音を立てて倒された。

12 西暦2024・6・27、13時30分、アキツシマ艦長執務室

 地球での大規模な戦闘を終えたアキツシマは、仕上げとして巨大ケガレとケガレの群れが包まれた、二つのキャスティングネットを爆破処理した後の余韻に浸っていた。ケガレとの長い戦いが始まって以降、初めての偉業を成し遂げたと言っていい。ヒカリの使者とともにではあるが、単艦で大規模なケガレの軍団を殲滅したのだ。こちらもそれなりに被害は出ていたが、戦果に比べれば、それは驚くほど軽微なものだった。

 ギレットは艦長執務室に士官とヒカリの使者を集め、その労をねぎらったものの、次にどうするべきか、という新たな難題が一同を現実に引き戻していた。ケガレの本拠地を思われる地点を割り出したまではいいが、それは今から200年後の話であり、アキツシマに時間を飛び越える能力はない。よしんば行けたとしても、補給も修理もままならないままの、今の戦力ではまともに戦うことも難しいだろう。とは言え、時間が経てば状況は変わってしまう。千載一遇の好機を捉えながら、為す術がない、という、実にもどかしい事態に陥っていた。

 「残念だが、我々の出番はここまで、ということだな。後はコーツがうまくやってくれることを願うとしよう・・・。」

 どこかで諦めきれない思いを抱きながらも、直面している現実を受け入れるしか方がない。喫緊の課題は無事に元の世界に帰ることだが、それもすぐには叶わない望みであるということは、全員が気付いていた。そのうち、誰からともなく戦闘の回想が始まり、それぞれが周囲を称え、部下を称え、自分を称えて気分を変えようとしているようだった。そうした時間を、30分ほど過ごした頃、にこやかに話に相槌を打っていたメートルが、思い出したように話を始めた。

 「・・・ところで、そろそろ次の行動に移らなくていいのか?」

 一同がやれやれ、と言ったようにメートルを見た。誰もが同じ思いでメートルを見ていたと思うが、遠慮からなのか、誰も口を開かず、お互いに顔を見合わせている。そのうち、代表してマシアスが言葉を発した。

 「話を聞いてなかったのかい?私たちにできることはもうないんだよ。だからこうやって気分を変えながら時間を過ごしてるんじゃないか。」

 不思議そうな顔をしたのはメートルだった。

 「できることがない、とは?君たちは本拠地を突き止めたのだろう?なぜ攻め込まない?あれだけの数のケガレを倒したんだ、せめて本拠地の戦力を探るくらいはしてもいいと思うが?」

 「いやいや、それができたら苦労はしないよ!私だってそうしたいさ!でも、どうやって?時間も場所も、手が出ないほど遠いんだよ!」

 マシアスは、自分たちがまるで無能扱いされているような気がしたのだろう、言葉が少し強くなってしまう。メートルは困ったような視線をエナに向けた。どうも話がうまく伝わらないようだ。エナはバツが悪そうな顔をして、前に出てきた。

 「あー、えーと、そのことなら、解決できるかも知れない・・・。」

 「解決できる、というのは、どの部分だ?」

 マーカスが怪しむようにエナを見る。エナはチラッとメートルを盗み見た。その仕草で、メートルは何かに気が付いたようだった。

 「・・・うーん・・・全部?」

 エナは小首を傾げて悪戯っぽく微笑んだ。マーカスにはこういう仕草が効くとでも思ったのだろうか。固まったところを見ると、マーカスには効果的だったようだったが、ギレットには通用しない。

 「エナ。頼むから、知ってることを話してくれ。」

 頼む、という表現を使ってはいるが、それは命令に等しい口調だった。

 「メートルと私がいれば、時間も空間も関係ない。この艦ごと、どこにでもすぐに移動できる。それと、修理と補給は私たちの世界でやればいい。」

 エナは焦っているのか、早口になっていた。どうもメートルが一緒だと、エナの調子が微妙に狂うようだ。

 「随分と簡単に言ってくれるが・・・。」

 ギレットがやれやれ、と言ったように首を振って俯く。

 「すまない、君たちは知っているものと思って話をしていた。つまりは、その気ならすぐに準備を整えてケガレの本拠地に攻撃を仕掛けることも可能、ということだ。」

 「それは魅力的な提案だが・・・本当に可能なのか?」

 「もちろんだ。これからすぐに私たちの世界に行って、この船を改修しよう。その間、君たちはゆっくりと寛いでいてもらって構わない。先ほどエナも言ったが、私たちがいれば時間も空間も関係ない。私たちの世界で何年過ごそうとも、だ。」

 「ふぅ・・・まったく、あなた方と一緒にいると驚かされることばかりだ・・・。さて、諸君、私たちはどうすべきだ?」

 ギレットがメートルから向き直り、一同を見回す。

 「改修、と聞こえたが・・・今と何が変わるんだ?」

 マーカスの問いに、メートルが答える。

 「そうだな・・・かなりのことができるが、今後のことも考えると今の性能を3倍程度に引き上げるのが妥当な線だろう。ケイやレイのような武装を持たせることも可能だが、そうなると常に『センス』の持ち主が必要になる。もっとも、ここでは珍しくない存在だが・・・」

 「その、『センス』と言うのは?」

 これはウエシマだった。彼らしい、簡潔な質問だった。

 「端的に言ってしまえば特殊な能力だ。肉体ではなく、魂の。基本的にはヒカリという存在に魂のステージを上げることのできる可能性のある、まあ君たち風に言えば『神の候補者』とでも表現すればわかりやすいか?」

 「むぅ・・・魂の・・・。」

 「そうだ。君たちの世界では姿形のない、概念の存在だろうがな。ちなみに言っておくが、私たちとともに戦った二人はセンスを持っている。まだ未熟ではあるが、な。」

 「ショウとビグか!」

 一同の視線が二人に向けられた。二人は今まで、まるで自分たちには関係のない出来事のように、だらしがないと思えるほどの姿勢で座っていたが、急に向けられた視線に、手にした飲み物をテーブルに置き、居住まいを正した。

 「そうだ。彼らの魂はセンスを持っている。故に、先ほどの戦闘では機体の性能をはるかに上回った戦果を挙げた。それはもちろん、機体の性能自体が上がったから、というだけのことではない。」

 「・・・言われてみれば、最前線で戦ったのは、常にこの二人、だったな。」

 マシアスが納得した、と言うような顔つきで呟く。

 「その辺りはまた後ほど話すとして・・・まずは大まかな動きを決めようじゃないか。意見のある者は?」

 ギレットが一同を見回す。真っ先に口を開いたのはウエシマだった。

 「すまんが、すぐには意見を決められん。私は決まった方に無条件で従う。」

 「私はこの好機を見逃すべきではないと思う。だから、改修を受けて敵の本拠地に攻め込むという選択肢を選びたい。」

 マーカスの意見に、マシアスも大きくうなずく。

 「私もだ。それに、元の世界に戻るとして、我々と機構軍だけでこの先戦えるのか?ケイや、この方々はいずれそれぞれの世界に帰るのだろう?」

 意見のようでもあり、質問のようでもあった。この質問には、エナが答える。

 「少なくても私とメートルはあなたたちと共に行くわ。でも、コンタやその仲間たちが一緒とは限らない。彼らの世界はここだし、そもそもコンタはメートルの代わりにこの戦いに巻き込まれただけ。メートルがここにいる以上、コンタたちが一緒に戦う理由はなくなった。実際、ここから先の戦いに彼らを望むのは・・・酷よ。」

 崑太は最初から、自分の世界に戻ることだけを考えて戦っていた。レイのコクピットに残った苺花の残留思念を感じ取ったエナは、崑太と苺花がお互いをどれだけ必要としているのかが、よくわかった。もしかしたら、苺花もエナの離れたコクピットで、何かを感じ取ったかも知れない。それを思うと、エナの心がチクリと痛んだ。

 「エナの言う通りだな。戦力としては大きな損失だが、彼らはここまで十分に戦ってくれた。思えばこの世界に来ることになったキッカケも、崑太君の意見からだった。」

 ギレットが自分を納得させるかのような口調で静かに話したその時、崑太達4人が小走りに入室してきた。

 「すみません!遅くなりました!」

 おそらく盛大に出迎えられるだろうと話をしてきていたのだが、室内の反応は驚くほどに薄かった。崑太は拍子抜けするとともに、メートルを除く全員が悲しそうな顔をしているのに気が付いた。エナまでも、真剣な表情でこちらを見つめているだけだ。

 「あ・・・あれ・・・?何かありました?」

 崑太は真一郎や苺花と顔を見合わせながら、自分が気付いていないだけで、また何かやらかしてしまったのかという不安にかられる。

 「いや、そうではないんだ・・・。」

 ギレットが代表してこれまでの話し合いの経緯を崑太達に話す。それに対する崑太の反応は簡潔を極めていた。

 「いえ、僕達も戦わせて下さい!先ほどの戦闘で、もう未来の・・・皆さんだけの問題ではなくなったんです!時代の当事者として、当然僕達もできることをやります!」

 室内がまた沈黙に包まれた。だが、今度の沈黙は驚きとともに、皆に感動をもたらした。エナを始めとした全員が、崑太を見誤っていたことになる。崑太は崑太で、この戦いで大きく成長していた。

 「艦長!決まりでしょう!アイツらをぶっ潰しに行きましょう!二度と我々の世界に手出しできないように!もちろん、過去にも未来にも。」

 マシアスが我が意を得たりとばかりにギレットに進言する。ギレットは大きくうなずいて賛意を示し、全員の顔を見回すと、決然と宣言した。

 「ならば行こう!これを最後の戦いとしよう!」

 歓声の渦が、室内を埋め尽くした。今度こそ、全員が4人を迎え入れ、4人は自己紹介もそこそこにもみくちゃにされたが、悪い気はしなかった。


13 西暦2024・6・27、16時、被害地域

 自衛隊を始め、警察、消防、マスコミなどがそれぞれの職務を果たしていた。テレビでは各局が『宇宙人襲来!』とテロップを表示し、全ての番組内容を変更してこのニュースを報じている。被害地域は街の中心部から北西方向に広がっており、範囲は半径30kmに及んでいるということだが、被害が集中しているのはそのうちの5km圏内で、その範囲内では、まだ煙を上げ続けている建物も見かけられた。現在判明している分だけで死者は7名程度、負傷者は60名程だというから、真昼の繁華街で起こった事件としては人的被害は驚くほど小さい、と言っていい。これは、攻撃が始まるとすぐに放送された避難指示が、詳細で適切だったからだ、という意見が多かった。テレビやラジオばかりでなく、個人のスマホに見たことのないマップが示され、避難場所に誘導された、という人間も出てきていた。また、混乱のさなかで最初に攻撃してきた勢力に対抗する勢力が現れ、それは白の戦闘機のようなものだった、という人間もいれば、巨大な人型のロボットだった、という者もいたが、いずれも撮影したはずの映像はノイズがひどく、証言を裏付けるような映像や画像は出てきていない。また、大きな昆虫のような機械が降ってきた、という話も様々な場所で聞かれたが、不思議なことにそれらはすぐに煙のように消えてしまい、後には何も残されていない、というのだ。

 気が付いてみれば、目撃証言以外の物的証拠は皆無であり、『宇宙人襲来!』という派手なテロップは鳴りを潜め、代わりに『謎の爆撃』や『大規模爆発⁉』のようなテロップが主流となりつつあった。

 河北は病院でその放送を見ながら、その後始末の見事さに感銘を受けていた。すでに訳知り顔のコメンテーターが、突然の爆発によって集団催眠のような状態に陥ったことが一連の目撃情報の真相だ、などと話している。スマホのニュースサイトのコメント欄も同じような有様で、敵性国の攻撃を政府が誤魔化すために宇宙人攻撃をでっち上げた、とか、秘密の兵器工場の爆発事故だ、などと言う、根も葉もない話が飛び出している。

 「(都市伝説、というのはこうやってできていくのか・・・)」

 と、思わずククッと笑ってしまい、いらない注目を引いてしまった。河北が顔を伏せ、その場を後にしようとした時、処置室から傷ついた腕を吊った状態の高橋が現れた。屋上で転んだ拍子に手首を痛めたのだった。

 「どうだ?具合は?」

 「折れてました。手の付き方が悪かったみたいで・・・。」

 「まあ、仕方ない。書類仕事は変わってやる。」
 そう言うと河北は高橋を置いて、速足で歩きだす。

 「ちょ、ちょっと待って下さいよ!河北さん!」

 名前を呼ばれた河北がクルリと振り返る。

 「ところで、課長から病院が済んだら上がっていいと許可をもらっているんだが・・・」

 「は、はぁ?」

 「こんな状況でなんだが、どこかに食事にでも行かないか?・・・まぁ、無理にとは言わんが・・・。」

 高橋はきょとんとしてしまった。コンビを組んで1年近く経つが、河北から食事の誘いを受けたことなど一度もない。それどころか、こちらが誘ってもなんだかんだと理由を付けては断られるのが常だった。どう答えたものかと高橋が思案していると、河北はキレ気味になってまた歩き出す。

 「なら、いいっ!勝手に帰れ!」

 「いや、行きます!行きますってば!連れてって下さいよぉ!」

 必死に追い縋ろうとする高橋を見て、すれ違った二人の看護師が、たまらず噴き出した。

  

14 「ヒカリの庭園」 2

 ここに来てから、どれくらいの時間が経ったのだろう。何週間も過ごしたようでもあるし、せいぜい15、6時間、という気もする。少なくても、この昼と夜が混在した異質な世界の風景には慣れてきている。

 「まさに、トワイライトゾーンだな。」

 ここに着いて、アキツシマを降りたショウが発した一言目が印象に残っている。ショウは、ここに着くとすぐにビグとともにメートルに師事し、センスに磨きを掛けるための『修行』を開始していて、ここにはほとんど姿を見せていない。アキツシマの改修には、ウエシマとマシアスが立ち合い、『青いマネキン人形』と形容された作業機械の監督に当たっていた。と、言っても、全自動で作動し、意思疎通のできない相手なので、実際にはただ見ているだけ、と言う方が適切な表現だろう。

 マシアスとタウラはこの世界自体に興味津々だ。空気や水、植物や昆虫、小動物(そのように見えるだけで実際は異なる組成の存在だが)など、ありとあらゆるものを観察し、サンプリングしてはデータを集めている。タウラが夢中になるのはわかるが、マシアスのはしゃぎっぷりには驚かされた。武辺一辺倒だとばかり思い込んでいたが、ここのメルヘンな世界観がぴったり趣味に合ってしまったらしく、まるっきり夢見る少女のような振舞いを見せている。

 崑太とその仲間たちは、実にのびのびとしているようだ。時折思い出したようにケイで飛び回り、戦闘訓練をしている場面も何度か見ていたが、それ以外は思い切り青春を謳歌している。意外だったのは、エナが崑太や苺花といつも一緒にいることだった。メートルがショウとビグに掛かり切りのような状態なので、エナが一人でいる時間が増えるのかと思いきや、微妙なライバル関係にあると思われた苺花とエナが、二人同時に崑太にまとわりついているのをよく見かける。どんな船を扱うよりも舵取りが難しい局面だったはずだが、崑太も終始リラックスした様子でいるところを見ると、3人の間で何かがあったのだろう。その光景を、一番快く思っているのが真一郎だ。いつも裕奈と二人、できる限り周囲から距離を置き、二人の時間を持とうとしているのが傍から見ていてもよくわかる。

 「と、言う訳で、私はすっかり除け者なんだ。だからというわけではないが、この機会に皆といろいろなことを話したいと思ってな。アキツシマほどの所帯になると、一度も口を利いたことのないクルーも少なくない。よくないことだとは思うが、こういう時間でもないことには・・・。」

 ギレットは言い訳がましく話しながら、乗員たちの作っている様々なグループに混じり、雑談などをして過ごしている。ここでは眠くもならず、腹も空かない。作業のないものは話したりカードゲームをするくらいしかできることがないのだ。だが、『ギレット大佐』ではない状態でクルーと懇談するというのは、思いのほか有益だった。今後は、乗艦中でもなんとか時間を見つけて交流を持とう、とギレットは考えていた。

 ギレットはその流れで、湖にある砂浜でビーチバレーに興じていたところだった。そこにショウとビグを伴ったメートルが現れる。3人に気が付いたギレットは、手を止めてそちらに向かった。

 「一通りできることは終わった。あとは、これからの二人次第、だ。」

 メートルが後ろの二人を振り返り、僅かに微笑んだ。ショウもビグも、これといって変わった様子は見えなかったが、いつにも増して自信に満ち溢れているようではある。

 「それは、良かった。では、そろそろ・・・。」

 「うむ、あなたの船の改修も済んでいる。いい頃合いだろうと思ってな。」

 「いろいろ、手間を掛けましたね。」

 「なに、造作もないことだ。」

 ギレットが声を掛けると、砂浜にいた乗員も集まって来る。それから全員でアキツシマへと向かうと、既に残りの人員が整列して待っていた。その後に見えるアキツシマは、左舷前方ブロックが元に戻ったことを除いて外見的に違いを感じるところはない。

 「取り決め通り、アキツシマ自体は各部の性能を強化するに留めてある。艦載機についても同様だが、ショウとビグの乗機については全くの別物になったと理解してもらいたい。」

 「感謝します・・・。諸君、皆それぞれ十分に英気を養ったことと思う。ここからは仕事の時間だ!やり掛けた仕事を終わらせて、家に帰ろう!」

 拍手と歓声が沸き起こり、士気は十分のようだった。

 艦橋に戻ったギレットは、それぞれの部署が適正に機能していることを確認してアキツシマを発進させる。アキツシマはグングン上昇し、やがて空高く舞い上がると、ふっ、とその姿を消した。

 

15 宇宙歴189・10・19 どこかの宇宙、ケガレ本拠地付近

不思議なことに、宇宙の光景は宇宙が変わってもそれほど変わることはなかった。周囲のほとんどが暗闇に包まれ、明るく輝く星は遠く、その数はまばらだった。タウラがセンサーを確認し、この宇宙の星々の配置が、現在判明している我々の宇宙のどこにも見当たらないものだ、という事実が、ここがどこか別の宇宙であることを現実的に示しているだけだ。正面のモニターに、濃い紫と赤みがかった黒色で構成されている惑星が見える。周囲には、まるで太陽のフレアのような紫色の炎が取り巻いているのが見える。割り出した有り得ない数値の座標の辻褄がようやく合い、その惑星こそがケガレの本拠地であることを告げていた。

 「・・・見るからに、ケガレの本拠地にふさわしい星だな。・・・いや、星ですらないのか?」

 ギレットが手元のモニターに表示されている数値と、構成している物質の割合を見ながら怪訝な表情を浮かべる。大きさは、わずか6000km程度、月の倍ほどの大きさしかない。鉄やニッケル、ケイ素、アンモニアなどの判明した物質は全体の3割程度で、他は『UNKNOWN』となっている。センサーは、その南極付近に、集中したケガレの反応を検知していた。ヒカリの庭園での改修により追加された、新たなセンサー項目だ。

 この様子は、艦内の各部署や出撃体制を整えている艦載機のモニターにも表示される。アキツシマはケガレの本拠地から20,000kmの距離を取って停止した。

 「諸君、こちら艦長だ。これより、ケガレの本拠地の攻撃に移る。すでに伝達したとおり、一撃で勝負を決めるつもりだ。攻撃はケイ、レイ、ネイエスール、ショウとビグの空間戦車改の5機で構成された特別攻撃隊が行う。それ以外の者は待機し、万が一、一撃で勝負が決しない場合に備えよ!・・・特別攻撃隊、発艦を許可する!」

 ギレットの命令が下されると、5機が次々と発艦していく。

 「各機、ケイを中心に十字編隊を組め。真一郎は上、ショウとビグが左右、私が下に着く。距離5,000で各機の距離をそれぞれ1,000に開く。距離3,000でケイがインフィニティキャノンを発射。いいな?」

 「了解です!」

 崑太をはじめ、全員が返事をすると、それぞれがスルスルと指定された配置に着く。

 「距離、5,000!」

 苺花がカウントを始める。同時に各機がそれぞれの方向に開いた。

 「距離4,000!インフィニティキャノン、充填完了、砲身展張、ライフリング作動開始!各機、対閃光・対衝撃防御!」

 苺花が続けた。ケイのコクピットの左右ブロックが開き、二本の砲身が伸びた。先端にスタビライザーが展張し、低い唸りと共に砲身内部のライフリングが回転を始める。崑太のバイザーに、照準が現れ、崑太はその照準を星の中央部に合わせた。

 「距離、2,000!インフィニティキャノン、オールグリーン!トリガーを渡します!偏差調整は私が!」

 インフィニティキャノンは、二門の砲身から僅かの差で別々のエネルギーを発射し、照準地点で対消滅を起こすことで莫大なエネルギーを生み出す、という攻撃兵器だ。対象との距離で、その発射間隔は微妙に異なってくる。

 「距離、1,100!発射、今!」

 「いけぇーーー!」

 相対距離が1,000ちょうどで、ケイの二本の砲身から赤と青の光線がそれぞれ発射される。1.5秒ほどで発射が終わると、二本の光線は真っ直ぐ星の中央を目指して飛翔した。やがて、星の中心部の真っ黒な雲に、波紋が広がるかのように穴が空き、くすんだ茶色の地表が姿を現す。同時に、周辺宙域の闇を晴らすかのようなまばゆい閃光が広がり、その光の波が落ち着いた時、ケガレの本拠となっていた星は宇宙からその姿を消していた。驚くほどにあっけない終幕に、現実か夢かの判断がつきかねた。

 「・・・お、終わった・・・のか?」

 ショウが口を開く。まだ半信半疑なのがその口調からも容易に読み取れた。

 「終わったわね。星の反応もケガレの反応も消えたでしょ?」

 エナは落ち着き払っているようだった。インフィニティキャノンの威力を知っているだけに、この結果も想像に難くなかったのだろう。アキツシマのジェナからも、確認の通信が入っていた。

 「え?・・・ほんとに終わり?・・・なんもしてないぜ、俺。」

 「バカなこと言わないで。元々こういう作戦でしょ!」

 真一郎は不満を隠そうともしなかったが、即座に裕奈にたしなめられ、押し黙る。

 「・・・終わった・・・終わったんだね!」

 「うん・・・。終わった。これで、元の世界に帰れるね?」

 崑太はこみ上げる涙を堪え切れなかった。極度の緊張から解放された安堵感なのか、元の世界に帰れる、という安心感なのか、それとも他の涙なのかはわからなかったが、とにかく、次から次へと涙が溢れ出た。

 「では、まずはアキツシマに戻るとしよう。」

メートルが全員にそう告げ、5機が揃ってアキツシマへと向かう。

 アキツシマの艦橋で、ハンガーで、火器管制室や機関室でも、喜びの波が広がっていた。これで、ケガレとの長きに渡る戦いは終わりを告げたのだ。笑う者、泣き出す者、抱き合う者、喜び方は人それぞれだったが、解放感と高揚感が艦全体を包み込んでいるようだ。

 「諸君!センサーからケガレの反応が消失した!我々は勝利したのだ!私から、全員に感謝とお祝いを捧げたい!皆、ありがとう!そして、おめでとう!」

 最後の方は、さすがのギレットも声が詰まってしまう。艦橋には場違いとも思える歓声が上がったが、それを咎めることもせず、瞳を潤ませてその光景を見守っていた。

 歓声を縫って、ジェナが特別攻撃隊が着艦デッキに戻ったことを告げる。ギレットはもう一度マイクのスイッチを入れた。

 「特別攻撃隊が戻った!手空きの者はハンガーへ迎え!英雄たちにふさわしい出迎えを!」

 「艦長も、ハンガーへどうぞ。ここはお任せください。ジェナとタウラも連れて行って構いませんよ?」

 副長席にいたマーカスが、気を利かせてくれた。ジェナとタウラも期待の眼差しでこちらを見ている。その他の乗員も、笑顔でうなずいていた。中には、リフトを指差す者までいる。

 「マーカス・・・では、少しの間、艦橋を頼む。」

 ギレットはマーカスと固い握手を交わすと、マーカスが力強くうなずき返した。ジェナとタウラに目配せをし、3人は意気揚々とリフトへ向かった。

 クリーニングデッキから5機がハンガーに姿を現すと、大勢の乗組員が拳を天に突き上げて喜びに沸いていた。それぞれが乗機から降りると、その喜びの渦はなお一層大きくなる。大勢の中に、ギレットやタウラ、ジェナの姿が見えた。驚いたことに、ギレットまでが拳を突き上げ、大声を出していた。端の方ではマシアスと上陸班のメンバーが、怪しげなダンスをしているのが見える。

 崑太は、苺花と並び、左右を見回した。右にメートル、エナが、左に真一郎、裕奈、ショウとビグもいる。崑太は最後に、隣で観衆に小さく手を振っている苺花を見つめた。あの頃と変わらない笑顔の苺花を見ると、まだ泣きそうな気持ちになる。崑太の視線に気付いた苺花は、崑太に向き直ると、その胸に飛び込み、崑太の唇に自分の唇を重ねた。

 歓声はより一層大きくなり、もはやハンガーが揺れ出すような勢いだった。少し離れた位置では、真一郎と裕奈が手をつないでこちらをにこやかに見守っている。その奥では、ショウがビグの肩に腕を回し、ビグは頭をショウの胸に凭れ掛けさせているのが見えた。様々なことが起こったが、こんな幕引きなら、悪くはない。全然、悪くない。

 「(だけど・・・いや・・・いいか、どうでも。)」

 割れんばかりの歓声と、時を止めるのに十分な苺花との口づけの感覚の中で、崑太はひとつの疑問にぶつかったが、すぐに考えるのをやめた。それを口にしてしまったら、今のこの幸せが逃げて行ってしまうような気がしたからだ。それに、今はわからなくとも、いずれわかる時が来るような気もする。

エナと苺花の口づけの感触は、まるで同じだった。その時に感じた味や髪の毛の匂いも。


16 エピローグ 2024・6・30 日本のどこか

 崑太たち4人は、河北、高橋とともに、河北の実家のある田舎の農村にいた。アキツシマが再び一つになるのを見届け、ネオムサシシティで開かれた大祝勝会にも参加した。アキツシマは一度、地球に帰還することになったらしい。エナやメートルは残りのケガレを倒すため、しばらくアキツシマと共に行動する、ということだった。4人が元の時間軸へ帰る日には、主だった乗員全員が見送りに来てくれた。こちらの世界に戻るとすぐに、真一郎が通り掛かりの老婆から携帯を借りて河北に連絡を取り、今後どうすればいいかを相談して、現在に至る。テレビは連日あの日の襲撃の続報を伝えており、高校生4人が失踪していることはそのどさくさで大きく取り上げられることはなかったが、それでも報道を見ている人間が気付いて通報しないとも限らない。河北の方はある程度の準備をしていたようで、連絡があるとすぐに行動に移り、実家の牧場に4人を匿った。

 あの日の映像を見たそれぞれの家族は、河北からの指示をしっかりと守り、誰にもことの真相を話したりはしていなかった。その家族たちも、河北から連絡を受けるとすぐにこちらへ向かうと言ってよこしている。夜には、全員がそれぞれの家族と顔を合わせることができるはずだ。

 「何から何まで、すみませんでした。」

 真一郎が珍しく神妙な面持ちで二人に頭を下げる。

 「いや、こんなことは何でもないが・・・。」

 『また同じようなことが起こるのか?』という言葉は口にしなかった。

 「いえ、もう何もありません。・・・今のところは・・・。」

 崑太の発言に、二人が怪訝な表情を浮かべる。

 「でも、もし、また何かあるようなら、今度は必ず先に二人に相談します!」

 裕奈がすかさずフォローを入れる。苺花も笑顔でうなずきながら、裕奈を支援する。

 「・・・頼むぞ?・・・まあ、相談を受けたところで我々にできることなど何もないとは思うが・・・。」

 河北が『捜査官モード』で4人の顔を見渡す。

 「親御さんたちが着いたら、ことの顛末を一緒に聞くことにしよう。それまでは、ゆっくりと寛いでくれ。ちなみに、風呂は温泉だぞ?冷蔵庫の物も、自由に食べてくれて構わないからな。」

 「わー、ありがとうございます!そういえば、何日もお風呂に入ってない気がするけど、気のせいかな?」

 「うーん、確かに、時間的なことだけ考えたら何日も入ってないことになるのかも。」

 「俺はとりあえず、畳に大の字になりてぇ!」

 それぞれが、楽しそうに話しているのを見て、崑太は今度こそ、強く実感した。

 「僕は、帰って来たんだ・・・。」

  空を見上げると、あの日と何一つ変わらない、爽やかな初夏の陽射しが、4人に降り注いでいた。

「ボクメガ ~僕と女神の宇宙戦争~」                                      了

 

#創作大賞2024
#ミステリー小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?