精神疾患を持つ患者さんに運動療法を処方したい理由

運動が身体に良いことは共通の認識だと思います。
では、運動がメンタルヘルスにも良いことはどうでしょうか?なんとなく知っているけれど具体的にどう影響があるかまで把握していない方が多いのではないでしょうか。こちらで、運動によるメンタルヘルスへの影響をざっとおさらいしていきましょう。

〜運動の抗うつ効果〜

運動の抗うつ効果は実はここ30年間盛んに研究されています。”physical activity”や”exercise”で論文サイトを検索すると大量に研究結果が上がってくるくらいです。その中での科学的なコンセンサスを紹介しましょう。
現在、科学研究で明らかになっているのは、運動は抑うつ状態を改善するだけでなく自尊心を高め、気分を良くし、不安も改善します。また、ストレスへの抵抗を高め、認知機能、睡眠の質を改善するとも言われています1)

ここでは2つ論文を紹介しておきます。以下で使用するPECOは、P:患者(patient)または参加者(participants)、E:介入(exposure)、C:比較対象(compared)、O:結果(outcome)を意味しています。

フィンランドで行われた横断研究2)で、運動の頻度とメンタルヘルスに相関があるかを調べた研究です。
P:25〜64歳の3403人のフィンランド人(女:1856人、男:1547人)
E:運動習慣や心身の健康状態のアンケートと、抑うつや不安、不信感・ストレス処理能力(SOC)などのスケールチェックの実施
C:週に2回未満の運動習慣の人
O:週に少なくとも2、3回の運動習慣がある人は有意に抑うつ・怒り・不信感・ストレスが少なかった。また、ストレス処理能力(SOC)や社会との繋がり感も高い傾向にあった

次に、オーストラリアからの若年者のうつ病患者を対象にしたクロスオーバー研究3)です。
P:68人(平均年齢は20.8歳)のうつ病の診断基準(DSMⅣ)を満たした患者
E:12週のモチベーション面談によるフォローと複数の運動プログラム(ランダムに割当)を交互に行う
C:介入前後
O:どちらも、介入後において抑うつ症状を有意に改善した。運動プログラムの後では有意にネガティブ思考が改善し、活動力が向上した。

この論文は実際に患者さんを対象とした論文で運動の抗うつ効果が観察されています。著者らは、運動療法は、心理療法と同様に悲観的な認知や心理面の改善を示し、心理療法とは異なった側面から効果を発揮すると結論づけています。つまり、心理療法と併用するとさらなる相乗効果が期待できそうですね。


家にこもって不安やうつに悩んでいる人はぜひ運動を取り入れてもらいたいと思います。最初から活発に運動する必要はありません。10分間の散歩など、出来ることから行動にうつすのが大事です。自尊心が低いとストレスに対する抵抗が弱く不安になりやすいですし、ストレスや不安は思考を妨げ判断力を鈍らせ、認知も歪めます。また不眠を招き、睡眠の質も下げます。運動をきっかけに負の連鎖を断ち切って欲しいと思います。

薬剤師としても、患者さんと関係性が築けたら積極的に運動を推奨したいですね。

〜運動療法の安全性と注意点〜

運動療法の安全性については米国スポーツ医学会(ACSM)4)が次のように提唱しています。

結論から言うと、ウォーキングや軽い有酸素運動の安全性はとても高いと言えます。しかし、以下のことは守ることを推奨します。

運動療法で一般的によくある副作用は、筋骨格系の損傷、稀なものには横紋筋融解症等があります。前者はBMIが高めの人は特に注意が必要です。後者は運動に慣れない人が暑い環境で激しい運動をすることで起こりやすくなると言われてます。骨格筋系の損傷に関しては、ウォーキングや軽い有酸素運動よりも、競技や激しいランニングなどで起こりやすいと言われています。運動に慣れてない方や激しめの運動をする方は、ウォーミングアップとクールダウンを行うこと、ストレッチを行うこと、徐々に運動量を増やすこと等で運動によって起こる怪我を予防できます。心血管系や呼吸器系の疾患を持つ人は、症状のサイン(脈がとぶや動悸、強い息苦しさ等)に注意して慎重にウォーキング等の軽めの運動を行うことをおすすめします(その際は必ず主治医に相談をして下さい)。

運動の強度は個人差がありますので心拍数を参考にすると良いです。適度な軽い有酸素運動は、220-年齢の6~7割程度の心拍数で行うことを目安にして下さい。

軽めの有酸素運動は、薬物療法と比べるとかなり安全であると私も強く思います。ACSMには記載はありませんでしたが、個人的にしっかり栄養をとることをおすすめします。運動をしていなくても大事なことですが、運動を始めるならば、1日3食(十分食事で補えないならプロテインやサプリメントを活用して)しっかりタンパクとビタミン、鉄はとりましょう。また、プロテインやサプリメントに頼りすぎず1日3食は必ず食べるようにしましょう。この辺の栄養療法は後日こちらでも書けたら良いなと思います。

また、身体に不調がある場合は、その根本的な原因の改善にも努めましょう。運動には体調を整える作用はありますが、ある問題によって不調が続くならば根本的なところを取り除かないといけません。ストレスに晒されている場合は、その原因を分析し自分で変えれるところは変えましょう。生活習慣も見直し、しっかり睡眠をとる等、規則正しい無理のない生活を送れるよう努めましょう。あとは、焦らずに時間が経つのを待ちましょう。回復には時間が必要です。

〜運動がもたらす影響の科学的なメカニズム〜

まず、私たちの脳はどのようにして機能しているのでしょうか。これははっきりしていないことが多いのですが、これまでにわかっていることを中心にお伝えまします。

脳の活動は、神経細胞の情報伝達を基礎に行われています。ヒトの神経細胞は1000億個程度あると言われていますが、これらの一部が活発に神経伝達物質(グルタミン酸やガンマアミノ酪酸; GABAやドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン等)を介して情報伝達を行っています。

脳細胞は老化やストレスによって萎縮していき、神経伝達が衰える一方で、運動や思考によって新生し神経伝達が活発になると言われています。

運動がここまで注目されているのは運動することで脳由来神経伝達物質(BDNF)が増えることが発見されたからです。BDNFは、文字通り神経の栄養素のような役割を担い、神経細胞のメンテナンスや神経の成長を促す作用があります。つまり、神経細胞が神経伝達を行いやすいように環境を整えていると考えてよいと思います。

BDNF以外にも、運動には神経伝達物質を増やす効果があります。セロトニンの分泌を促すことで気分が安定し、ノルアドレナリン・ドーパミンの分泌を促すことで、意欲や集中力の向上も期待できます。

持続的な運動はBDNFを増やしますが、短時間のちょっとした運動でも神経伝達物質は増えますので、走った後にスッキリする感覚はこの神経伝達物質による作用だと言えます。

運動することによって分泌されるセロトニンなどの神経伝達物質は、ストレスや不安の影響を修正し、思考が歪められるのを防ぎます。もちろんこれらによる修正以外にも、BDNFによって脳の神経細胞のメンテナンスが行われ、脳の活動の基盤を強化し、記憶力や集中力アップの手助けをします。運動後に脳を使うと学習効果も上がるのです。

思考することが意欲や学習を通して身体活動に影響を与えるように、身体活動自体もこれらの機序によって思考に影響する、つまり、相互に影響し合っているのです。

有酸素運動の普及に貢献した精神科医であるジョンJ. レイティの言葉5)を借りれば、わたしたちの行動や思考や感情はすべて、ニューロンどうしの繋がり方によって決まり、わたしたちの思考や行動や環境がニューロンの繋がり方にフィードバックし、それを変えていく、脳の配線は絶えずつなぎ直されている。つまり、運動することは脳のフィードバックにあたり、脳の配線をつなぎ直したり新しい配線を作りたければ運動は欠かせないと言えます。

〜具体的な運動量や頻度は?〜

ACSMによる提言4)では、30分を週5または、週に150分の適度な有酸素運動(苦しくない程度の強度)を推奨しています。以上は心血管系のリスクや死亡率の減少と関連しているという報告から参考にしています。運動に不慣れな方には推奨できませんが、上記の推奨は、20分の激しい運動を週3の頻度で行うことと同等であるとも記載されています。また、週に2〜3回の2~4セットの筋力トレーニング、ヨガなどのバランス運動も推奨しています。BDNFや神経伝達物質は、運動量に比例して増えますので、普段から運動習慣のある方は、20分に4回30~60秒程度強い強度で走るなどのインターバルを取り入れてみても良いでしょう。

運動習慣のない人はまずは、週に150分の軽い有酸素運動から始めてはどうでしょうか? その際は、複数のストレッチを2~4回10~30秒程度、繰り返し行うことを忘れずに。心拍数もチェックしましょう。

〜参考文献〜

1. Dr Kenneth R Fox. The influence of physical activity on mental well-being. Public Health Nutrition. 1999: 2(3a), 411–418.

2. Hassmen P, Koivula N, Uutela A. Physical exercise and psychological well-being: a population study in Finland. Preventive Medicine. 2000, Jan;30(1):17-25.

3. Nasstasia Y et al. Differential treatment effects of an integrated motivational interviewing and exercise intervention on depressive symptom profiles and associated factors: A randomised controlled cross-over trial among youth with major depression. J Affect Disord. 2019 Dec 1;259:413-423.

4. Garber CE et al ; ACSM. American College of Sports Medicine position stand. Quantity and quality of exercise for developing and maintaining cardiorespiratory, musculoskeletal, and neuromotor fitness in apparently healthy adults: guidance for prescribing exercise. Med Sci Sports Exerc. 2011 Jul;43(7):1334-59.

5. ジョンJ. レイティ, 他2名(2014). 「脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方」. 野中香方子(訳). NHK出版.


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