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【文芸センス】芥川龍之介『トロッコ』③臨場感を生む文章

 前回、小説とは「臨場感や共感を与えることで、読者を物語の世界にいると錯覚させる文章」であると説明しました。

 しかし、同じ内容の出来事を扱っていても、書く人によってその出来映えは異なります。より強い臨場感や共感を生み出すために、作家は明に暗に、さまざまな工夫や仕掛けを施しています。

 この記事では、『トロッコ』の文章の中から、臨場感あふれる名文を集めて紹介します。臨場感とは、読者の体に訴えかけるものです。文章を通じて、自分の体にどのような感覚が巻き起こったかを、敏感に察知しながら読んでみてください。

芥川龍之介『トロッコ』

③臨場感を生む文章

青空文庫 芥川龍之介『トロッコ』


トロッコの重さ

三人の子供は恐る恐る、一番はしにあるトロッコを押した。トロッコは三人の力がそろうと、突然ごろりと車輪をまわした。良平はこの音にひやりとした。

【1】

 この文章から、トロッコが子供にとって、たいへん重いものであることが分かります。この「重さ」が、実はとても重要です。後の場面でトロッコが坂道を下りますが、その時、トロッコの重さが速度を生み出す要因となるからです。後々スピード感や迫力を出すために、まるで、下ごしらえのように、ここでトロッコの重さが描かれているのです。

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