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【文芸センス】太宰治『走れメロス』①あらすじと表現

 今回から数回にわたり、太宰治の代表作『走れメロス』を取りあげます。

 有名な作品で、内容も分かりやすく感動的な物語ですが、この小説が持つテーマは深く、たんなる綺麗事や美談ではない、文学としての魅力があります。そのテーマを数回に分けて追究していきます。

 今回の記事では、特徴的な表現を取りあげながら、作品のあらすじを追いかけます。ぜひ内容を思い出しながらお読みください。

太宰治『走れメロス』

①あらすじと表現

青空文庫 太宰治『走れメロス』


三人の登場人物

 メロスは激怒した。

作品冒頭

 あまりにも有名な『走れメロス』の書き出しです。とうぜん読者はメロスが誰なのか知りません。それにもかかわらず、いきなりメロスの怒る姿を描くという大胆な一文です。しかし、その唐突さはメロスの直情的な性格とリンクし、読者はその身でメロスという男の熱気を感じることとなります。

その王の顔は蒼白そうはくで、眉間みけんしわは、刻み込まれたように深かった。

作品序盤

 これは、この物語のもう一人の中心人物である、暴君ディオニスの容貌を示した場面です。端的に具体的な特徴を描いています。後の記事で詳しく述べますが、ディオニスはたんなる悪人ではなく、意志崇高であるがゆえに人を信じられなくなった人物です。そんなディオニスの精神の衰弱ぶりが表れています。

「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。」こんどはメロスが嘲笑した。「罪の無い人を殺して、何が平和だ。」

作品序盤

 メロスのディオニスにたいする非難の言葉は、なんの疑問も差し挟む余地のない正論です。しかし、この正論を貫くことがいかに大変であるか、メロスは後に自身の体で知ることとなります。

メロスは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で首肯うなずき、メロスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。セリヌンティウスは、縄打たれた。メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。

作品序盤

 メロスと親友セリヌンティウスが、言葉なくとも分かりあう場面です。説明は最小限にとどめ、短い文章の連続で描いています。端的ですが、とても力強く、ふたりの言葉を越えた絆が伝わってきます。最後の星空の描写も素晴らしく、曇りなき友情の美しさを感じます。

疾走と絶望

メロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。

作品中盤

 メロスは妹の結婚式をすましたあと、再び町に向けて旅立ちます。信実の証明に向かうわけですが、またそれは、死に向かう出発でもあります。

見よ、前方の川を。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫はんらんし、濁流滔々とうとうと下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵こっぱみじん橋桁はしげたを跳ね飛ばしていた。

作品中盤

 メロスの行く手に、氾濫した川が立ち塞がります。読者に「とても渡れない」と思わせるシーンです。「豪雨」「氾濫はんらん」「濁流滔々とうとう」「猛勢一挙」「激流」「木葉微塵こっぱみじん」と、迫力ある漢字が立て続けに文章に溢れ返り、川の水が紙面を越えて押し寄せてくるような迫力があります。

ああ、できる事なら私の胸をち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。

作品中盤

 濁流や山賊など、数々の障害を乗り越えたメロスですが、ついに力尽きて地に伏せってしまいます。「騙すつもりはなかった」ということを、実に美しい言葉で表していますが、やや言い訳がましく、釈明的ではあります。

 ふと耳に、潺々せんせん、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々こんこんと、何か小さくささやきながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手ですくって、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。

作品終盤

 メロスに再び力を与えたのは、岩の裂目から流れる清流でした。それは決して神秘の水などではないのでしょうが、「何か小さくささやきながら」という比喩に、メロスの心に訴えかける大きな力があったことが示されています。
 また、太宰が意識したかどうかは分かりませんが、「潺々せんせん」「そっと~すました」「すくって」など、心なしかサ行の言葉が多いように思います。清流のすがすがしさが文章全体から溢れています。

勇者メロス

 路行く人を押しのけ、ねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬をとばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。

作品終盤

 刻限がさし迫り、メロスは黒い風となって力の限り走ります。まるで漫画のような描写が続きますが、そのスピード感は迫力満点。なにもかも蹴散らして進む姿には、爽快感があります。

陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。

作品終盤

 遂にメロスは刑場に到着します。太陽の沈む瞬間、その光の描写が美しく、クライマックスにふさわしい、劇的な場面を演出しています。

セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯うなずき、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑ほほえみ、

「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」

 メロスは腕にうなりをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。

作品終盤

 ふたりが自らの不信を告白し、殴りあう場面です。感動的であり、もはや説明はいりませんが、太宰は二人それぞれ、殴る力の迫力を描きわけています。セリヌンティウスについては音を、メロスについては腕の唸りをポイントに描いています。

おわりに

 小学校の教科書にも載るような有名な作品で、内容も分かりやすいですが、文章の質はさすがに高く、どの場面においても、工夫と独創にみちた表現が作品に活力を与えています。

 次回以降は、作品の内容や文学性にかんする話をしていきます。どうぞ、よろしくお願いします。

おしらせ

 言葉の持つ力を掘り起こし、文章表現に活かす『霊石典』を編集しています。言葉について深く学びたい方は、ぜひ、あわせてお読みください。

 この記事の他にも、過去にたくさんの文芸学習の記事を書いています。こちらからお読みください。


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