【文芸センス】太宰治『走れメロス』①あらすじと表現
今回から数回にわたり、太宰治の代表作『走れメロス』を取りあげます。
有名な作品で、内容も分かりやすく感動的な物語ですが、この小説が持つテーマは深く、たんなる綺麗事や美談ではない、文学としての魅力があります。そのテーマを数回に分けて追究していきます。
今回の記事では、特徴的な表現を取りあげながら、作品のあらすじを追いかけます。ぜひ内容を思い出しながらお読みください。
太宰治『走れメロス』
①あらすじと表現
三人の登場人物
あまりにも有名な『走れメロス』の書き出しです。とうぜん読者はメロスが誰なのか知りません。それにもかかわらず、いきなりメロスの怒る姿を描くという大胆な一文です。しかし、その唐突さはメロスの直情的な性格とリンクし、読者はその身でメロスという男の熱気を感じることとなります。
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これは、この物語のもう一人の中心人物である、暴君ディオニスの容貌を示した場面です。端的に具体的な特徴を描いています。後の記事で詳しく述べますが、ディオニスはたんなる悪人ではなく、意志崇高であるがゆえに人を信じられなくなった人物です。そんなディオニスの精神の衰弱ぶりが表れています。
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メロスのディオニスにたいする非難の言葉は、なんの疑問も差し挟む余地のない正論です。しかし、この正論を貫くことがいかに大変であるか、メロスは後に自身の体で知ることとなります。
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メロスと親友セリヌンティウスが、言葉なくとも分かりあう場面です。説明は最小限にとどめ、短い文章の連続で描いています。端的ですが、とても力強く、ふたりの言葉を越えた絆が伝わってきます。最後の星空の描写も素晴らしく、曇りなき友情の美しさを感じます。
疾走と絶望
メロスは妹の結婚式をすましたあと、再び町に向けて旅立ちます。信実の証明に向かうわけですが、またそれは、死に向かう出発でもあります。
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メロスの行く手に、氾濫した川が立ち塞がります。読者に「とても渡れない」と思わせるシーンです。「豪雨」「氾濫」「濁流滔々」「猛勢一挙」「激流」「木葉微塵」と、迫力ある漢字が立て続けに文章に溢れ返り、川の水が紙面を越えて押し寄せてくるような迫力があります。
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濁流や山賊など、数々の障害を乗り越えたメロスですが、ついに力尽きて地に伏せってしまいます。「騙すつもりはなかった」ということを、実に美しい言葉で表していますが、やや言い訳がましく、釈明的ではあります。
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メロスに再び力を与えたのは、岩の裂目から流れる清流でした。それは決して神秘の水などではないのでしょうが、「何か小さく囁きながら」という比喩に、メロスの心に訴えかける大きな力があったことが示されています。
また、太宰が意識したかどうかは分かりませんが、「潺々」「そっと~すました」「掬って」など、心なしかサ行の言葉が多いように思います。清流のすがすがしさが文章全体から溢れています。
勇者メロス
刻限がさし迫り、メロスは黒い風となって力の限り走ります。まるで漫画のような描写が続きますが、そのスピード感は迫力満点。なにもかも蹴散らして進む姿には、爽快感があります。
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遂にメロスは刑場に到着します。太陽の沈む瞬間、その光の描写が美しく、クライマックスにふさわしい、劇的な場面を演出しています。
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ふたりが自らの不信を告白し、殴りあう場面です。感動的であり、もはや説明はいりませんが、太宰は二人それぞれ、殴る力の迫力を描きわけています。セリヌンティウスについては音を、メロスについては腕の唸りをポイントに描いています。
おわりに
小学校の教科書にも載るような有名な作品で、内容も分かりやすいですが、文章の質はさすがに高く、どの場面においても、工夫と独創にみちた表現が作品に活力を与えています。
次回以降は、作品の内容や文学性にかんする話をしていきます。どうぞ、よろしくお願いします。
おしらせ
言葉の持つ力を掘り起こし、文章表現に活かす『霊石典』を編集しています。言葉について深く学びたい方は、ぜひ、あわせてお読みください。
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