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【文芸センス】芥川龍之介『トロッコ』④共感を生む文章

 前回、『トロッコ』の中から、臨場感あふれる文章を紹介しました。今回は共感を呼ぶ文章を取り上げます。

 共感は心に訴えかけるものです。作品の中で、主人公である良平の心理がありありと伝わる箇所が多くあり、その度に、読者の心は良平の心と一体化していきます。そしていつの間にか、読者の心は物語の世界に引き込まれているのです。

芥川龍之介『トロッコ』

④共感を生む文章

青空文庫 芥川龍之介『トロッコ』


恐怖の共感

「この野郎! 誰にことわってトロにさわった?」
 其処には古い印袢天しるしばんてんに、季節外れの麦藁帽むぎわらぼうをかぶった、背の高い土工が佇んでいる。――そう云う姿が目にはいった時、良平は年下の二人と一しょに、もう五六間逃げ出していた。

【1】

 これは作品の序盤で、良平が土工に叱られる場面です。いきなり発せられる土工の怒声に、ドキッとした読者も多いことでしょう。それはまさに良平の心理と同一であり、読者と良平の心が一致した瞬間です。このシーンは話の本筋と関係ありませんが、実は、良平と読者の心を近づけるという、重要な役割を担っています。

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