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マタギの里とは言え、クマ肉は貴重。秋田県阿仁のソウルフードとは? 

山で働き、暮らす人々が実際に遭遇した不可思議な体験を、取材・記録した累計30万部突破のベストセラー「山怪」シリーズ。今年の初めには、シリーズ4作目となる『山怪 朱 山人が語る不思議な話』が刊行されました。noteで始まる本連載は、著者の田中康弘さんが、山怪収集のために全国の山人の元に赴き、取材するなかで出会った人や食などのもう一つの物語です。

【連載第1回】 秋田県阿仁地区の「〇マ鍋」

 秋田県の北部、今は北秋田市となっている旧阿仁町は、マタギ発祥の地として知られている。四半世紀前には五千人を超える人口があったが、現在では三千人程度の典型的な過疎化高齢化地域だ。
 旧阿仁町には三つのマタギ集落があり、それぞれに不思議な話がある。
 阿仁で最も奥まった場所に位置する打当集落は〝奥阿仁〟と呼ぶにふさわしい所だ。温泉施設や熊牧場などの観光施設が出来る以前は、訪れる人もあまりいなかった静かな里である。  

『山怪 山人が語る不思議な話』 
阿仁マタギの山「狐火があふれる地」より

 どーも、去年孫が生まれて、名実共に爺となった山怪ハンター田中です。
 何回続くかは分かりませんが、ここでは山怪収集の旅の途中で出会った人々や食べ物に関するお話を中心にしていきたいと思います。
 どーぞ宜しく!

 山怪収集の旅、その始まりは秋田県の阿仁町(現北秋田市阿仁地区)でした。もう30年以上も前のことです。取材で阿仁マタギと知り合い、山々を駆け巡る大冒険(私にとっては)の数々を経験して来たのです。その折々にふと聞いた山での不思議な話が山怪収集の端緒となったんですねえ。いやあ、本当に面白い旅でしたよ。ウサギやクマを追い、山菜や茸を探す。そして食す。当然宴会。当然二日酔い。当然極度の二日酔い。この繰り返しでした。あの頃、私は若かった。そして、今は爺です。はい。

マタギ発祥の地 根子集落の春
豪雪地帯の新緑は命が爆発する空間

 今日は阿仁のポピュラーな鍋料理をご紹介しましょう。その名を「ナンコ鍋」と言います。阿仁地区では普通に食される料理で、道の駅や地区のお店でも一年中売っているんですよ。
 えっ! “クマ鍋だろう”って?
 マタギが捕るのはクマだからそれが食材だって理由ですな。

 それが違うとですよ。いくらマタギの里とは言え、そんな頻繁には捕れんのです、クマは。実は阿仁でも貴重な食材ですクマ肉は。ですから阿仁在住の人でも、身内にマタギが居なければ滅多に口には出来なかったわけです。
「近所でクマが捕れるとね、砂糖を小皿に一杯持って行ったの。それと交換でクマ肉を少し分けて貰ったのよ」
 懐かしそうに高齢のご婦人が話してくれたことがあります。珍しくはなかったけれども、当たり前に食べていたということではなかったのでしょう。 

 ああ、そうでした。ナンコ鍋ですね。これ実はウマ肉なんです。馬の煮込み料理が阿仁地区の郷土料理の一つで誰もが食べる、まあ今でいうところのソウルフードとでも言えますかねえ、知らんけど……。
 私も至る所で食べましたよ、ナンコ鍋。マタギの家で、お店で、そして一番思い出深いのは山の中ですなあ。山の師匠とも言える根子マタギの佐藤弘二さんが作ってくれました。時期は5月半ば過ぎで、沢筋には残雪がまだたっぷりと残っています。

 鍋の材料は勿論ウマ肉、そして自分たちで集めた山菜を入れるんです。秋田三大山菜(と勝手に呼んでいる)のホンナ、シドケ、アイコ等と一緒に、沢水で煮込むウマ肉のウマいこと。味付けはごく普通の和風ですがこれもウマ肉と合うんですよ、ウマいこと。
 煮物料理ですから山菜以外にも根菜類やこんにゃくとも相性が良い。お肉屋さんで売っている総菜のナンコ鍋は安価で食べ応えがありますから、持ち帰って魔改造すると楽しいですよ〜。勿論馬肉をお土産で持ち帰っても良いでしょう。

馬肉を炒める
そして炒める→マタギ流野外自在鉤
山菜アイコ(和名ミヤマイラクサ)
ウド

 阿仁周辺のスーパーの肉売り場を覗くと、あらららら。馬肉が何種類も並んでいるではありませんか。これは全国的にも珍しいんです。皆さんがご存知の馬肉食が盛んな地といえば? そうです、先ず思い当たるのが熊本県でしょう。道端にも馬肉専門の小さな屋台の様なお店がありますからねえ。博多でも居酒屋ではかなり食べられますが、そのほとんどは刺身、つまり馬刺しですわ。
 熊本でも博多でも赤身、霜降り、そして真っ白なコウネという部分が馬刺しで提供されていますがどれもウマい!! 他には山梨県や長野県、それから会津地方でも馬肉は食されますが、やはり刺身が中心なんです。それと比較すると阿仁のスーパーに並んでいるのはどれも煮物用、刺身もあることはあるんですが僅かです。圧倒的にマタギ達は煮込んだ馬肉を食べて来たんですよ。

 これについては、
「阿仁には鉱山があったべしゃ。塵肺には馬肉が効くってよく食べたんだぁ」
 昔の鉱山ではマスクも無しで重労働、塵肺になって一人前と言う劣悪な労働環境だったようです。職業病とも言える塵肺に効果があると言われて、鉱山労働者は藁にもすがる思いで食べたのでしょう。また、打ち身にも生の馬肉をシップ替わり張ってたと聞きましたよ。本当に効果があったのかは今となっては確かめようがありません。日本各地には多くの鉱山があったのですがこの“馬肉信仰”が他所ではどうだったんでしょうか?
 馬肉はナンコ鍋以外にも美味しい料理があるんです。

 じゃ〜ん!馬肉ラーメン!!
 ラーメンですよ、国民食ですよ。これに甘く煮込んだ馬肉が乗っかる。合わない訳がありませんなあ、これも実にウマい。旅行者の人は馬肉ラーメンに???では無いでしょうか。恐らく店主が変わった人で馬肉を入れたに違いないと思うでしょうねえ。阿仁鉱山の歴史が実は関係しているなんて誰も判りませんよ。大体、阿仁鉱山を殆どの人が知らない訳ですから、まあ仕方がないことです。

馬肉ラーメン

 如何でしたか、第1回「山怪を求めて日本各地を周っていたら色々食べて色々な人達に会いました」(覚えられない……)。基本的に山怪取材の場所は観光地ではないのであまり知られていない所ばかり。でもねえ、そこが面白いんですよ、本当に。日本は隅々まで面白い!

 では次回も宜しく!

著者プロフィール
田中康弘(たなか・やすひろ)
1959年、長崎県佐世保市生まれ。礼文島から西表島までの日本全国を放浪取材するフリーランスカメラマン。農林水産業の現 場、特にマタギ等の狩猟に関する取材多数。著作に、『山怪』 『山怪 弍』 『山怪 参』『山怪 朱』 『完本 マタギ 矛盾なき労働と食文化』 『鍛冶屋 炎の仕事』 (山と溪谷社)、『女猟師 わたしが猟師になったワケ』 『日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』 『猟師食堂』(枻出版)、『猟師が教えるシカ・イノシシ利用大全』(農山漁村文化協会)、『ニッポンの肉食 マタギから食肉処理施設まで』(筑摩書房)などがある。

田中康弘さんの最新作『日本人は、どんな肉を喰ってきたのか?』! 5月17日発売!

沖縄県・西表島のカマイから本州のクマ、シカ、イノシシ、ノウサギ、ハクビシン、カモ、ヤマドリ、北海道・礼文島のトドまで各地の狩猟の現場を長年記録してきた‟田中康弘渾身の日本のジビエ紀行”完全版!!

判型:文庫判(148mm×105mm)
ページ数:384ページ(カラー16ページ)
定価:1155円(本体1050円+税10%)

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