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[建築プレゼン 3] 文字の声色を聞き分ける

山です。

卒制シーズンもひと段落しそうですね。今は就活に向けてポートフォリオに精を出している人も多いのではないでしょうか。
今回は前回の「読みやすさ」とは違った角度から、プレゼンやポートフォリオでの書体の選び方について考えてみたいと思います。

まずはみなさん、印象に残っている声ってありますか。
発言した内容ではなく「声」そのものです。

小さいけどなんだか惹きつけられる声、しっとりとした落ち着きのある声。同じことを言っても笑える声とそうでない声。
また、アニメなんかで声優の迫真の演技がその場面の印象を増幅する、なんてことも思い当たる人は多いのではないでしょうか。
明るい/暗い、高い/低いというわかりやすい違いにとどまらず、声に多くの情報がのっていることは直感で理解できることだと思います。

文字も同じです。

書体にたくさんの種類があるのはそれぞれが異なった声を持っているからです。そしてそれは多様な文字情報それぞれに適した声を求めた結果でもあります。そうでなければきっと世の中のあらゆる文書は「MS明朝」とかで統一されているはずですから。

自分の伝えたい内容をどのように語らせるか。どんな声で聞いてほしいか。ひと昔前と比べても、その選択の幅は格段に広がっています。
文字を聞き分けて、理想の声を探してみましょう。


1 スタイルの違いを聞き分ける

いま、あなたはコンペに出品するためにプレゼンボードを作っているとします。もしくは過去の設計課題か、実際に進行中のプロジェクトを想像してみてください。
そこで提案の説明をするとき解説の文章が必要になりました。
あなたの提案の書き出しとして合いそうなのは下のどの書体でしょうか?

上の3つはどれを選んでもソツなく仕事をこなしてくれそうな、安定した印象を受けます。強いて言えば3番目の丸ゴシックは文章の印象が柔らかくなるので、難しい内容を噛み砕く手助けをしてくれるかもしれません。

ちなみに僕は、学生時代はプレゼンがどこか幼稚に見えてしまうんじゃないかという理由で丸ゴシックを使えませんでしたが、ここで挙げている「秀英丸ゴシック」で印象が大きく変わりました。この書体、仮名の形がとても上品で、柔らかいけどどこか知性を感じさせる雰囲気があります。丸ゴ恐怖症の方はぜひ秀英丸ゴでのリハビリをオススメします。

さて、下の2つですが、かなりクセのある「声」を感じるのではないでしょうか?
「きざはし」は仮名のうねりの大きさ、漢字の横画の微妙な右上がりなど、オールドスタイルの特徴を残し、男性的でちょっと語気が強い印象。
「武蔵野」は文字自体にテクスチャがあるように、声にも質感がありますね。また、この5種の例の中ではいちばんゆっくりと読ませてくれる書体かな、とも思います。(この辺は個々人で印象が異なるかもしれませんが。)
こういった特徴のある書体は当然、提案内容も選びます。ポカポカした幼稚園のプレゼンに「武蔵野」は渋い気がするし、クレバーなオフィスビルの提案に「きざはし」はちょっと熱っぽい気がします。

もちろん、それぞれの書体に否はありません。むしろバチッとハマる組み合わせであれば提案の内容の補強となり、無難な書体でまとめるよりも強い印象を与えるはずです。
大切なのはインパクトと違和感を混同せず、使いどころを冷静に見極めることです。


2 同じスタイルを聞き分ける

前項ではスタイルの異なる書体を比べてみました。ただ、明朝かゴシックか、など、自分の提案に合った書体のスタイルを見つけるのはそこまで難しいことではないかと思います。

次はもう少し声の解像度を上げてみましょう。

これらはすべて「明朝体」に属する書体ですが、並べるとはっきりと違いがあることがわかります。それぞれどんな印象を受けるでしょうか。

「秀英明朝」や「本明朝」は文字自身の主張が抑えられていることで、あらゆる文章に対応できる安定感が魅力です。文意の邪魔をすることがないため、実際に文芸や批評誌など多くの場面で目にするユーティリティ・プレイヤーです。
「小塚明朝」は仮名が大きく線の質も硬めですね。恣意性のないデータ類を淡々と読み上げる内容に向いているかもしれません。報道番組のような声、というと誤解があるかもしれませんが、設計者である小塚昌彦氏の毎日新聞の書体をつくっていた経験が小塚明朝にも現れているように思います。
「杉明朝」は小塚明朝と同様に硬質な印象ですが、よりシャープな字形です。特に漢字の起筆の鋭さなどは細いけれど力強く響くのではないでしょうか。
ここ最近使われていることが多いなと感じるのが「筑紫明朝」系の書体です。他の4つに比べると漢字も仮名もちょっと色気と湿度を感じます。特に「筑紫オールド明朝」などは線の抑揚が大きく、仮名の形に独特のクセがあるので、あっさり通り過ぎてほしくない場面で立ち止まらせるフックの役割を担ってくれるかもしれません。

ここで挙げているのはほんの一例で、差がわかりやすいものにとどめています。実際はさらに微差で分類可能で、一口に明朝体と言ってもそれぞれに効果的な場面が違います。まずはなんでも試してみると、意外な書体の一面に出会えるかもしれません。


3 声色を変えてくれる仮名

日本語の特徴として大きいのはひとつの文章に「漢字・ひらがな・カタカナ」が入り混じることです。(とりあえず欧文は保留します。)
これによって日本語は複雑化していますが、同時にそれらの組み合わせによる豊かな声色を獲得しました。

これらはすべて、漢字が「秀英明朝」で仮名書体だけを変えたものです。
前後の仮名が違うだけで、その後に続く言葉が変わってくる気がしないでしょうか。

書体製作者も漢字まで含めてすべての文字をつくるのは大仕事ですが、仮名のみだったら個人レベルでもつくっている方が多いです。(それでもひとつの書体にかける時間と熱量には頭が上がりませんが。)
その結果、日本語には多くの仮名書体が生まれました。過去の文字の復刻からそれらの現代的なアレンジまで。ネット上で頒布されているフリーフォントも含めると、組み合わせは無数にあると言えます。

書体を選ぶ選択肢のひとつとして、仮名書体のみ変えるというのは大いにありえます。普段本を読んでいてこの雰囲気いいな、というものがあったら、まずはそれと似た仮名を探してみるのも近道かもしれません。


4 声に合わせた文体を考える

最後に、これは使う側の問題になるのですが、どんなによい「声」を選んだとしてもその舞台を正しく用意できなければいけません。オペラ歌手がニュースを読み上げるような状況は、よほど狙ってやる以外ではやはりおかしいと思うのです。

クールな提案には大人びた書体で、文体もそれに見合うものを用意すれば、受け手も「ああ、これはこう見ればいいんだな」という方向に導かれ、素直に内容に入っていけます。
あるいは、選んだ書体に文体が引っ張られることもあってよいと思います。しっとりとした情緒ある書体を選ぶことで、普段の自分からは出てこない艶っぽい文章が書けるようになるかもしれません。

提案内容 ↔ 書体 ↔ 文体

ポイントは内容と書体と文体が相互に連関するように考えることです。それぞれが有効に補完し合えば、このnoteの最初の記事で述べた「内容が正しく伝わること」にも、大きく寄与してくれるでしょう。

さて、ここまで「声」という見方で書体について考えてみましたが、結局はどれが正解という話ではありません。
この先も何度も書くかもしれませんが、僕は書体に良い/悪いはないと思っています。(悪いとしたらそれは使い方や使う場面を誤っている。)同様にこれを選べば絶対安心・安全というものもないのです。
ただ確実なのは、過去のいろいろな結果を参照し、地道な検討を重ねることでだんだんと自分の好みがはっきりとした輪郭をもつということです。


ああ、また別に「建築プレゼン」という話じゃなかったですね……。

僕自身は建築からデザインの方向に転身した後に書体の面白さや奥深さに興味を持ったため、「あの頃の自分これ読んでくれー」と思いながら書きました。即効性はないかもしれませんが、書体選びで迷ったときにふと思い出してもらえるだけで胸いっぱいです。

Twitterでも建築やデザイン、あと好きな本についてぽつぽつつぶやいているので覗いてみてください。ご意見、ご感想やご質問などコメント・DMでもらえるとうれしいです。

ありがとうございます。
山でした。

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