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読書録:時間と自由

アンリ・ベルクソン『時間と自由』(岩波文庫)風呂とトイレは何者にも邪魔されぬ空間であり、読書に向いている。そこで、僕も本を持ち込んで読んでいるが、しかし、世間広しといえども、風呂で学術書、トイレで哲学書を読んでいるのは僕だけではないかと思う。
本書はアンリ・ベルクソンの学位請求論文(博士論文)を書籍化したものである。巻末の訳者あとがきによれば、原題は「意識に直接与えられたものについての試論」で、「時間と自由」は英訳時に付けられたタイトルである。本書の内容紹介では本書を「時間論」としているが、主たる内容は自由と意識の分析で、時間を直接論じているふうには取れなかった。そのため、「時間と自由」という現在のタイトルには齟齬がある気がする。
本書はまず心理的諸状態を取り上げる。そのため、第一章は生理学、あるいは心理学の本を読んでいるようである。第二章は意識の諸状態について取り上げるが、ここは数学的である。第三章で意識と自由が論じられ、俄然哲学らしくなるが、個人的には全体を通して心理学的なイメージが強かった。意識というのは人間の本質に関わるので哲学のテーマの一つであるが、一方で心理学の研究テーマでもある。心理学でも臨床心理学以外の分野、例えばユングや河合隼雄の研究を読んでいると哲学的に感じることがあり、心理学と哲学は意外と近しい関係にあるのかもしれない(図書の日本十進分類法で哲学、宗教、心理学が一括りにされているのもわかる)。哲学といえば、文化人類学の構造主義人類学(レヴィ・ストロースや山口昌男の研究など)も哲学的だ。
訳者あとがきによれば、ベルクソンは数学に造詣が深く、批判的な立場から心理学に関心を持っていたようだ。そう考えると、本書はベルクソンが(当時の)現行の心理学を批判するために書いた著作とも言えるのではないか。であれば、哲学書としては極めて心理学的な内容であることにも納得がいく。ただ、本書がベルクソンの入門書に適しているかどうかはわからない。ベルクソンを知るためには他の著作(例えば『笑い』など)から入るほうが適切かもしれない。


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