『冬の終わりと春の訪れ』#1

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『夏休み明けのある日。私は、ある一つの出逢いを経験する。その出逢いは私にとって後にかけがえのないものとなるのだが、それを当時の自分が知る術を持っているはずもなく。その人の第一印象は、なんだかすごく行動力のある変な人、だった。』

     *    *    *

 ――その作品は、僕にとって衝撃という一言で片づけるには勿体ない程の出来栄えだった。

 とある高校の、西校舎1階の片隅。ひっそりとしたその教室は、普段どこのクラスも割り当てられていない空き教室である。
 放課後になった今、その部屋には3人の生徒が談笑をしていた。手には部誌と思われる水色の冊子を持っていて、それを見ながら会話している。女子生徒が2人と、男子生徒が1人。全員知らない人物だ。

「あの、ここって文芸部の部室で合ってますか?」

 入口から1番近くにいた女子生徒に声をかけると、「そうですよー」という返事があった。目当ての場所に来ることができたことに安堵しつつ、再度口を開く。

「蜜柑、ってペンネームでやってる人って、誰ですか?」

 そう聞くと、3人は顔を見合わせる。そして少しの間があってから、やはり1番手前にいるショートヘアの小柄な女子生徒が返事をした。

「誰がどのペンネームなのかっていうのは、部内でしか共有していないんです。なので申し訳ないんですが、お伝えできないですね」
「そうなんですか……」

 そんなルールがあったとは知らず、少々残念な気持ちに包まれる。他にその場にいたもう1人の女子生徒も「ごめんねー」と声をかけてきた。仕方ない、とは思いつつも多少テンションは下がってしまっていた。

 高校に入学して初めての夏休み明け1日目。初めて自分の高校の部誌を手に取った。
 小説は元々好きだったが、学生が書いたものということが前提だったので少々なめてかかっていた。春の時点で部誌を手に取ることがなかったのはそれが原因でもある。
 しかし、それは僕が愚かだった。
 その部誌の中の一つの作品に、僕は惹かれた。どうしようもなく、その作者である蜜柑さんの大ファンになってしまった。
 自分じゃ思いもよらないようなアイディア性、綿密に練られた伏線、その回収方法、そして全てをドラマチックに表現する圧倒的文章力。
 学生でここまで書けてしまうのか、と、一目その人がどんな人なのか見てみたくなった。そしてあわよくば話がしてみたいと思った。その人が普段世界をどう切り取って見ているのかを、知りたくなった。

 ……しかし、それは叶わないらしい。どうしたもんかな、と考えていると、黙っていたもう1人の男子生徒がこちらに近づいてきた。

「どうしても知りたいんなら、入部する?」

 にっこり、笑って言われた言葉に一瞬自分の動きが止まる。

「先輩、それ急すぎませんか」
「良くない? 別に。夏からの入部だってありだよ」

 奥からショートヘアの子がちらりと僕を心配そうに見てから言う。目の前の先輩らしいその人は、再度僕ににこりと笑いかけた。

「別に、絶対小説が書けなきゃいけないわけじゃないよ。製本作業手伝ったり、感想会に出て自分なりの考えを発表してくれるだけでも有難い。活動は部誌発行前の2週間は忙しいけど、それ以外は基本自由参加。兼部も歓迎するよ。どう?」

 その説明内容に、頭に考えを巡らせる。自分で小説を書いた経験は一切ない。しかし、その先輩の言う通りだとするならば全然ありなのではないか。
 蜜柑さんと知り合って、話したりする機会も得られることだろう。

「じゃあ、入部します」
「え⁉」
「決断はや、」

 僕の返答に、部屋の奥の方で女子生徒2人が驚いているのが見えた。先輩らしい男の人はケラケラと笑って楽しそうにしている。

「じゃあ決まりね。俺は副部長の速水透(ハヤミトオル)。あっちにいるのが部長の古川未来(フルカワミライ)と――」

 先輩の声に合わせて、部屋の奥に目を見やる。未来さんというのは、「ごめんねー」という言葉を後から付け足してきていた女子生徒だった。
 そして。

「――君が探していた蜜柑さん。それがあの子、遠山美佳(トオヤマミカ)ちゃんだよ」

 1番最初に会話をした、ショートヘアの女の子。
 僕が会いたい、話してみたいと思っていた人物との対面は、自分が思っていたよりも大分早くに実現していたのだった。


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