『冬の終わりと春の訪れ』#3

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「まず、私達が書いて印刷した原稿は片面1枚1ページです。これを製本するために印刷するときには、両面1枚4ページ分にしていきます」
「はい」
「原稿のページ番号を確認して、紙をこのようにセットします」

 印刷機に実際にセットしていく様子を観察する。テスト用紙として藁半紙が印刷された。

「4ページ1セットだから、4の倍数をイメージしてください。で、捲ったときにページが飛ばないようにしなきゃいけないから、片面は1,4ページ目、もう片面は2,3ページ目になるようにします」

 手際よくテスト用紙に印刷がされていく。出来上がったものは、片面にページ番号1と4がふられたものだった。

「先にこのページを実際の部数分印刷します。今回は文化祭のときに出すものということもあるので、いつもより多めの120部」

 本番用の真っ白な紙がセットされる。印刷機の設定を変更してスタートボタンを押すと、ザッザッザッと音を立ててすごいスピードで印刷が始まった。こんな量の印刷が進む様子を見るのは初めてで少し面白い。ミスしたときの罪悪感が半端なさそうだが。

「手際良いですね」
「まぁ、製本作業これで2回目になるので、」

 その言葉におや? と疑問に思う。2回目? なんか、少なくないか?

「文芸部には今年から入ったっていうことですか?」
「……そもそも私、1年ですけど」
「え!」

 衝撃の事実。あれ程の作品を書ける人が、僕と同じ1年生って。てっきり、2年か3年の先輩かと思っていた。

「……すごいですね」

 感動と共にポロっと零れた台詞に、蜜柑さんは少々顔を顰めた。今日この顔を見るのは何回目だろうか。多分、これは引かれている顔なような気がしている。
 しかし無理もないかもしれない、と改めて反省した。僕は蜜柑さんの学年といった、蜜柑さん自身の情報を知るよりも前に先走って、どんな考えを持つ人なのか、ということばかり先行して問い詰めてしまったのだ。それは引かれても仕方がない。

「そんなにすごくないですよ」

 ふいっと顔をそらして蜜柑さんが呟くように言う。さっきの僕の言葉に対する返答だろう。

「いや、僕にとってはすごいですよ。学年を知って更に、あのような作品を僕と同い年の子が書けるなんて驚きで尊敬しました」
「……ありがとうございます」

 素っ気ない返事。心配になって蜜柑さんの顔色を窺うと、耳が少し赤くなっていた。もしかして照れているのだろうか。
 さっきは引かれているように感じたが、それも照れ隠しなのだろうか、なんて考える。が、考えたところでわかるわけもなく。
 文章の中で見える蜜柑さんは言葉がストレートで胸を打たれることもあったが、現実の蜜柑さんは全く読めない。そのギャップがまた、僕の中での蜜柑さんに対する興味をかきたてられた。

 その後、印刷の工程を最終段階まで教えてもらった。自分でも印刷機の操作をして、印刷し終わった原稿を裁断機で切るところまで覚えた。
 操作が手際よく進んだのも、蜜柑さんの指導の賜物であろう。
 途中何回か先輩方が遮断された原稿を取りに来て、新しくページ番号の入った原稿を持ってきてくれた。作業中蜜柑さんは、あまり口をきかなかった。僕自身、あまり変に絡みに行き過ぎて引かれるのは嫌だったので今日は大人しくしていた。

「今日はこれくらいにして、片づけ始めよっか」

 1時間くらいたっただろうか、部長の言葉で片づけを始める。そして最後まで、蜜柑さんとの会話は必要最低限の事務的なものしかなかった。
 部室で原稿の整理をして、解散。その後僕は、蜜柑さんについて改めて考えた。
 どうしたら、自然に話せるようになるんだろうかとか。どうしたら、蜜柑さんという人物を知ることができるんだろうとか。どうしたら、仲良くなれるんだろうとか。
 今までこんなにも他人に興味が湧いたことはなかった。それもあって、どうやって話していけばよいのかわからない。
 また明日も部活あるし、その時にはなんて話しかけようか――そんなことを考えながら、僕の文芸部での活動1日目は幕を閉じた。


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