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「あんたらは雪の心配なくていい」福島の母も宮城の義母も (加藤万結子)
人間が普通に生活するために、伴なってくる苦労や心配は、環境によって異なる。日本の中では食糧が得られない地域こそないだろうが、台風やら地震やら水害やら水不足やら雪やらは、地域によって深刻な場合がある。この歌の主体は夫婦で、雪の心配のない地方に居を構えているのだ。しかし、その二人の出身は、雪の心配のある福島と宮城であることがわかる。逃げたわけではあるまいが、過酷なふるさとに親を置いたまま、都会で暮らす
もっとみる駅前のイオン・西友はしごする父の愛とか売つてないかと (秋月祐一)
第二歌集「この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく」からの一首である。この歌集名自体が短歌になっているので話が複雑になるかもしれないが、この作者の作品は、“必ず誰かがいる”ところが特徴になっていると私は思う。主体以外の生き物が登場して主体との関係性を見せてくれる仕立てなのだが、そこには常にリアリティが感じられるから、この主体は作者なのだなと安心する。短詩の数々の中でも主体が作者で
もっとみる罰として夢に来なさいあなたしか飲まない冷やしたまんまのビール (ハリお)
ひどい男にはいつだって罰が必要である。しかし、たいていの罰は与えてもこちらにいいことがあるわけではない。その点、この「夢に来なさい」という罰はスペシャルな名案である。主体はビールを飲まないのに、いつ立ち寄ってくれるかわからない「あなた」のために冷蔵庫に常備している。私自身はビール好きではあるが、カレのためだけに用意しているあれこれがあったから、この健気な気持ちは痛いほどよくわかる。完全に疎遠になっ
もっとみる銀の硬貨でむらさきの水購えり生殖ののちは逃げるのだろう(野口あや子)
客観的な女性性あふれる歌集『眠れる海』の中でも、きわめてセクシーでいて悲しみのたゆたう一連『水の耳穴』からの一首である。身体感覚・皮膚感覚の表出を得意とする作者であるが、この歌は敢えてそれを封印して醒めた目線を作っているようで、たいへん目を引いた。シーンとしては、シティホテルの一室で行為をおこなう前(後とも解釈できる)に自動販売機コーナーでドリンクを買いながら、終わったらすぐに帰る男のことを思って
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