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ウクライナ国立フィルといっしょに「フロイデ!」

暮れも押し詰まる2023年12月27日。
ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団のコンサートに、行ってまいりました。 

スペシャルなプログラム。しかし……

実は、チケットの予約を済ませた後「ついに、この曲に対峙するときが来たのか……」と不安な気持ちになった私。

演奏曲目はこの2曲です。

1曲目「ドボルザーク 交響曲第9番 新世界より」(通称:新世界)
2曲目「ベートーヴェン 交響曲第9番 合唱付き」(通称:第九)

クラシック音楽ファンに「あなたの一番好きな交響曲は?」とアンケートを行えば、間違いなくトップ10入りの2曲。
2つの9番が同時に聴けるコンサートは、お寿司とステーキが同時に食べられる、スペシャル・ディナーのようなプログラムです。

ドボルザークが音楽院の院長として、アメリカ滞在中に作られた「新世界」。
アメリカの巨大さと活気に戸惑いつつ、故郷の音楽とよく似た黒人霊歌や、先住民の民謡に刺激を受けて作った作品。
「壮大でスピード感あふれる音楽」と「なつかしい音楽」が満載。初演から拍手喝采、今もみんなに愛される大人気曲です。

先住民の民話・民謡に影響を受けた2楽章のメロディーは、日本人には下校の音楽「家路」としておなじみ。
映画「ジョーズ」の音楽と勘違いしてしまう4楽章は、ダイナミック&エネルギッシュでインパクト大。中学生の頃、吹奏楽部だった私は、全身を揺らし、ノリノリで演奏した思い出の曲でもあります。

問題は「第九」です。
楽聖ベートーヴェンの最高傑作で、西洋音楽史上最も優れた作品と誉れ高い名曲。
日本では年末のコンサートの定番。
海外では、歴史的・世界的イベントに演奏される、特別な曲です。

しかし、「聴いたことはあるけれど、正直、よくわからん」のです。

まず、長い! 演奏時間は70分前後。分厚い本と長い曲は難解で退屈なもの。
そして、トイレが近いお年頃の私には、ムリムリの曲でもあります。

「この曲は『シラーの頌歌「歓喜によせる」による終末合唱を持つ』と記されている」という解説さえもわからんのです。
「頌歌? しょうかって読むの? ほめたたえる歌って意味だって?」
「終末合唱? 4楽章は合唱もある? この世の終わりの合唱と思ったよ」
解説の難しい言葉に、聴く以前に心が折れる私。

ですが、ウクライナのオーケストラが、わが街にやって来るのです。
戦時下のウクライナから、私たちに音楽を届けにやって来るのです。
トイレで、ムリムリと言っている場合ではないのです。

戦時下でのオーケストラ活動は

2022年2月24日以来、ロシアのウクライナへの軍事侵攻は続いています。
現在もウクライナの各地で戦闘が続けられ、大勢の市民が国外へ避難している中、国内に残る人々も少なくありません。

ウクライナ国立フィルハーモニー交響楽団は、2022年9月から国内でのコンサートを再開しました。
いつミサイルが飛んでくるかわかりません。
防空警報で演奏が中断することもあります。
しかし、人々は音楽を求めて劇場に足を運びます。

2022年12月の共同ニュースで、ウクライナ国立フィルのコンサートの様子が紹介されていました。
インフラ攻撃による停電で、照明も暖房もない中でのコンサートです。
コートを着たまま、暗闇の中に響く美しいメロディーに聴き入る人々。

「演奏を聴いていると、この大変な状況を少しでも忘れさせてくれる」

観客の言葉は、音楽の力を感じると同時に、日常を奪われた人々の悲しみと苦難が伝わってきます。

海外公演も再開しました。
ウクライナ国立フィルにとって、海外公演は重要な使命を担っています。
「音楽を通して、祖国の窮状と平和を訴える」という使命です。

「私たちは音楽家なので、メッセージは音楽で伝えたい」
指揮者ミコラ・ジャジューラさんの言葉です。

メッセージを受け取りたい! 
まずはベートヴェンと友達になろう! 伝記を読むことに。
ワンステージづつクリアしていこう! 楽章ごとに繰り返し聴きます。
トイレ問題は……夢中で聴いていれば忘れるはずです!

ベートーヴェンと「第九」

幼い頃から「モーツァルトの再来」と呼ばれた天才ベートーヴェン。
大学では哲学・文学・芸術を学び、政治や社会に関心を持つ、明るく社交的な若者でした。
平等と博愛の精神を掲げた、シラーの詩「歓喜によせて」に出会ったのもその頃です。

才能あふれ、理想と野心に燃える若者は、音楽の都ウィーンの人気音楽家に。しかし、20代後半から徐々に聴力が落ちていきます。
音楽家として致命的な難聴を知られまいと、人々を避けた結果、頑固で人間嫌いな性格になってしまい、孤独にも苛まれるように。

一時は自殺も考えましたが、「自分には、素晴らしい芸術を作る使命がある」と音楽と生きていく道を選びます。

その後、聴力が戻ることはありませんでした。
病気やストレスによる体調不良、経済的不安、親族との対立、失恋等、悩みや苦難は尽きることはありません。
唯一の「希望」、芸術を作る使命のため、傑作を作り続けます。

「第九」を作曲したのは、満身創痍の晩年53歳。
若い頃に感動したシラーの「歓喜によせて」を用い、最後の交響曲で人々に伝えたかったのは、「理想の世界」と「生きる歓び」。
争いや差別といった、人間の分断を生むものが無くなり、全ての人々が兄弟のように仲良く、幸福に生きる世界です。

自らのメッセージをより強く伝えるため、「人の声と言葉が必要」と、4楽章に、独唱・合唱を用いました。

第九はベートーヴェンのメッセージ・ソング

ドイツ語の歌を、和訳とにらめっこしながら、意味をたどります。
長い歌の中で、スーッと心に入って来たのが、この歌詞です。

あなたの不思議な力が再び結び合わせる、
時流が厳しく分け隔てていたものを。
すべての人が兄弟となる、
あなたの優しい翼が憩うところで。

「歓喜の歌(歓喜によせて)」より/日本語訳 平野 昭

人類はみんな兄弟なんだ 
想像してごらん
すべての人々が 世界を分かち合っていることを

ジョン・レノン「イマジン」より

ベートーヴェンもジョン・レノンも、同じことを言っています。
ムリムリと思っていた「第九」が、すべての人々に向けた、ベートーヴェンのメッセージソングに思えてきました。

そして、繰り返し聞くたびに「難解で退屈」な音楽が、
神秘的で(1楽章)、
踊りたくなって(2楽章)、
癒されて(3楽章)、
幸福な気持ち+歌いたくなる(4楽章)、
音楽に変化していきました。

メッセージ、何とか受け取れそうです!

青い空と黄色い小麦畑のような音楽

当日のコンサート会場は、いつもより活気があります。
「文化庁子ども文化芸術支援事業」で18歳以下のこどもたちを300名無料招待。「ウクライナを応援しよう!」と、クラシックを聴かない人も、大勢。期待に胸を膨らませ、開演を待ちます。

オーケストラ・メンバーが入場しました。
ウクライナは美人の宝庫。どの女性も美しくエレガント。
男性のみなさんも、とてもダンディ。

指揮者のミコラ・ジャジューラさんがタクトを振ります。
「新世界」が始まりました。

↓ 動画は、NHK交響楽団です。

ホール内にオーケストラの音が拡がります。
その音色は、明るく爽やか。大らかで、やさしく力強い。
ウクライナの国旗、広く青い空と広大な麦畑のようです。

オーケストラの奏でる音楽は、とても表情豊か。
新しい世界であるアメリカへの希望、豊かな自然とそこに生きる人々、そして愛する祖国の音楽や望郷の思い。
ドボルザークの思いと人柄が伝わってくる、壮大でやさしく楽しい「新世界」を聴かせてくれました。

20分の休憩。トイレをすませ、準備万端です。

「第九」で、すべての人は兄弟になりました

とうとう「第九」が始まりました。
生のオーケストラで聴く「第九」は、壮大な映画を見ているようです。

↓ 動画はシカゴ・シンフォニーです。

1楽章は「宇宙の始まりと天地創造の世界」。
神秘的かつ激しい音楽に圧倒されます。
2楽章は「神々と人類の混沌とした世界」。
狂喜乱舞のような激しいリズムに、思わず足でビートを刻みます。
3楽章は「安らかな自然の世界」。
居眠りも許されるほど心地良い、まさに天上の音楽。

いよいよ4楽章です。
大地を揺るがすようなファンファーレの後、これまでの3つの世界を否定する、禅問答のような音楽が続きます。

いよいよバリトン歌手が登場。
「我々が聴きたいのはこんな音ではない! 喜びに満ちた調べを!」
さすが、ウクライナ国立歌劇場を代表する歌手。ホール中の空気を震わす、迫力ある素晴らしい声に、圧倒されました。
次々と男声合唱、女声合唱が加わり、「フロイデ(歓びよ)!」と連呼。
聴いている私もアドレナリン全開に。合唱団と一緒に、心の中で「フロイデ(歓びよ)!」と何度も歌います。

ベートーヴェンの歓びの音楽で、オーケストラ・合唱団・観客、ホールにいる「すべての人は兄弟」になりました。

ホール中に、歓喜の合唱と音楽が響き渡ります。

「第九」が、終わりました。
歓びと感激の拍手は15分以上続いたでしょうか。
スタンディング・オベーションする人がたくさん。
わが街のホールでは、滅多にないことです。

拍手の中、バリトンとテノール歌手が、ウクライナの国旗を掲げます。
観客の1人が「ウクライナ、頑張れ!」と声をあげました。
その声で「すべての人は兄弟になる」世界から、現実に戻った私。

オーケストラの人々は、戦時下のウクライナからやって来たこと。
今聴いたオーケストラの音は、照明も暖房もないホールで、暗闇の中に響く音楽に聴き入る人々と、同じ音だということ。

感動と悲しみの混ざった複雑な気持ちになりました。

「演奏を聴いていると、この大変な状況を少しでも忘れさせてくれる」

暗闇のホールの観客の言葉が、今はより理解できます。
現実を忘れ、音楽だけに浸ることのできる素晴らしい演奏を、この耳で聴いたからです。

どんな場所、どんな時でも、人々に素晴らしい音楽を届けてくれる、ウクライナ国立フィルのメンバーに、心からの尊敬と感謝の拍手を送りました。

そして、次にウクライナ国立フィルが来日したときは、戦争終結の「歓びの歌」を聴けることを祈ります。

「第九」を繰り返し聴いたせいでしょうか。
「フロイデ(歓びよ)!」と口にするだけで、楽しい気分になるのです。
魔法の呪文か? やはり「第九」には不思議な力があるようです。

また、お会いしましょう。やんそんさんでした。

↓ ウクライナ国立フィル来日のニュースです。


↓ 「歓喜によせて」の歌詞です。

↓ ベートーヴェンと友だちになるために読んだ伝記です。


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