青山泰の裁判リポート 第1回 リベンジポルノをめぐり、元カレを刺殺。19歳女性の遅すぎる懺悔

東京地裁810号法廷。傍聴席には若い女性の姿が目立った。
女性弁護士がゆっくりと優しい口調で、被告の山岸彩乃(仮名)に質問した。
――お母さんに言いたいことはありますか?
「人を殺した娘になってしまい、申し訳ありません」
静まり返った法廷に、証言席から涙声が響いた。

――亡くなった高井健太さんに対しては?
「絶対に許されないことをしてしまって……。もう会えないのか、と思って。でも会えない状況にしてしまったのは私なので……」

彩乃は黒のパンツスーツに白シャツ姿。小柄で丸顔、ショートボブの素朴な印象の女性。犯行当時19歳で、青森県の高校を卒業して10か月しかたっていなかった。

2022年1月9日、山岸彩乃は、ベッドで寝ていた元カレの高井健太さん(仮名・当時25歳)の腹部を、刃渡り15センチの包丁で一回突き刺した。健太さんは動脈損傷の出血性ショックで、約7時間後に死亡した。

彩乃は高校時代から健太さんと交際を始め、卒業後に上京。東京都江戸川区で同棲を始めた。週4回コールセンターで働き、家賃は4万円ずつ負担していた。3か月後にふたりは別れたが、健太さんから「別居しても、家賃は半額負担してほしい」と言われて、同居を続けた。

彩乃は留学を夢見て、高校時代からアルバイトをしていた。数か月後のセブ島への語学留学までの同居予定だったが、コロナ禍で学校が閉校して留学が延期に。健太さんの住むアパートには帰りづらく、夜遅くまで友人宅で過ごすことが多かった、という。

この事件はふたつの理由から注目された。ひとつは彩乃が犯行当時19歳だったこと。2022年4月に改正少年法が施行されて、18歳と19歳は「特定少年」と呼ばれ、1年以上の懲役刑に当たる事件の容疑者は、家庭裁判所から検察官に送致しなければならなくなった。今回の事件は重大事案であることを考慮して、東京地検は加害者の実名を公表した。

性的動画を消そうとしたが、「お前には
関係ない」とケータイを奪い返された。

もうひとつは、犯行動機にリベンジポルノの問題がかかわっていたから。
高校時代、彩乃は健太さんから性的動画撮影を求められて、最初は断ったが、「前の彼女はオーケーした」と言われて承諾。別れた後、何度も消去を頼んだが、拒否されていた。
延期になっていた留学が1か月後に迫り、それまでに動画を消去しなければ、と事件の前日、健太さんの携帯電話を奪ったが、「お前には関係ない」と怒鳴られて奪い返されたという。

彩乃は、健太さんから「動画をインスタのストーリーに上げるからな」と言われて、「頭が真っ白になった」と証言。「(犯行時は)一瞬のことで、何も考えられなかった。後で振り返ってみれば、動画を拡散されたくなかったんだろうな、と思う」
健太さんの発言などから、動画はすでに拡散されたと思っていた。「これ以上の拡散を防ぎたかった」と。

彩乃が性的動画を拡散されることを非常に嫌悪したのには、理由があった。中学3年のとき、妊娠中絶が同級生に発覚して噂になり、不登校に。病院で診察を受けたが、そのとき医師に責められた母が泣いたことから、「母親を悲しませたくない」と通院を中止。高校に進学してからは、通学できるようになったが、そのときの経験が大きなトラウマになっていた。

「動画の存在は誰にも言えなかった。妊娠した時のように知人から“もう知ってるよ“と言われたら……。そういう動画を撮らせるような女性だと思われたくなった」と。

彩乃と13回面談をして精神鑑定した医師は、「性的動画を第三者に見られたくないのは当然のこと。被害者に対する不信感、不快感、恐怖感、怒りなどが募り、衝動的に犯行を行った」と証言。「犯行時のことを尋ねると、核心部分については”わからないです””話したくないです”と何も答えない状態だった」と。面談中、過呼吸状態になって、会話が中断することもあったという。

被害者の母親は、「息子を返してください。
あなたにそれができますか」と…

健太さんの母親は、傍聴席から見えない衝立の後ろから証言した。最愛の息子を25歳で亡くした母親は、その悲痛な思いを訴えた。
「今も、息子の死を受け入れられません。息子が加害者を監禁していたという報道もあって、被害者なのにまるで加害者のような扱いで……。幽霊になっても息子に会いたい。
息子を返してください。それがあなたにできますか? 被告人を許すことができません。厳重に処罰してほしいです」

母親の深い悲しみと怒りが伝わってきた。衝立の奥から嗚咽(おえつ)の声が法廷に響き、涙をぬぐう裁判員の姿も。下を向いたまま聞いていた彩乃は、まったく動かない。犯行の1週間前に帰省した時、被害者の母親から「息子をよろしくね」と声をかけられたばかりだった。

彩乃の弁護士は、犯行は「拡散された」「殺される」という妄想、混乱状態での突発的な行動で、心神耗弱状態での犯行。善悪を判断する能力が著しく劣り、コントロールすることが難しかった、と減刑を主張した。

裁判長から「最後に何か言いたいことはありますか?」と問われた彩乃は「とうてい許してもらえるとは思っていません。本当に申し訳ありませんでした」と。

この裁判は裁判員裁判で行われた。3人の裁判官と8人の裁判員が下した判決は、懲役9年(検察官の求刑は懲役13年)。

裁判長は、「貴重な命を奪ったことは取り返しのつかない重罪。ただ加害者は当時19歳と若く、動画の削除に応じないなど被害者の不誠実な対応もあった。混乱状態のなか、衝動的な犯行で、計画性や明確な殺意はなかった」

「性的動画を撮影することと、
拡散することは、まったく意味が違う」

法廷での彩乃は、休憩をはさんで50分にもおよぶ質問に、自分の言葉で証言して、聡明な印象を受けた。鑑定した精神科医は「社会常識も、コミュニケーション能力もある」と証言した。
一方、被害者の健太さんは明るい性格で、勤務していた会社での評判も良い青年だった。

彩乃は動画がすでに拡散されていると思い込んでいたが、実際は拡散されていなかった。被害者側の弁護人は「性的動画を撮影することと、それをSNSなどにアップすることは、まったく意味が違う。審議では区別されていない。そこを理解して判断してほしい。性的動画を拡散することはリベンジポルノ法で罰せられる行為。犯行を起こす前に警察や弁護士に相談することができたはず」と訴えた。

どうして事件が起こってしまったのか。なぜ防ぐことができなかったのだろうか。惨劇が起こる前に、何度か引き返すチャンスがあったはずなのに……。
別れた時に別居していれば、コロナ禍がなく予定通り留学していたら、健太さんが動画を消去していたら、彩乃が動画が拡散されていないことを知っていれば……。

「(犯行前に)家族や友人に相談すればよかった」と彩乃は話した。
「許されないことだと思いますが……いつかお墓にお参りできれば、と。永遠に謝りたいと思っています」とも。

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