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ヤギさん郵便No.84「カラブランカの香り」


ゆりこちゃんはピアノを習っていて、ピアノ教室主催の発表会に出ていた。
友達に誘われて発表会に行ったことがある。

市民会館のステージで髪を綺麗にくくってドレスを着てピアノ演奏をする。
演奏が終わると、客席からステージに駆け寄ったお客さんから花束を受け取って拍手をもらって退場する。
この一連の流れが一年間練習をしたご褒美である。

小学生の私には、花束をもらうその姿がとても素敵に見えた。
いつか一度でいいから、私も花束をもらってみたいと思った。
両手いっぱいで抱えるくらいの花束をもらう姿を想像するだけで、心が温かくなった。


誕生日にプレゼント何か欲しいものある。と聞かれて「花束」と答えたことがある。
花は枯れてしまうから、他で何か残るもので欲しいものあると聞き返された。
私は花以外でそのとき思いつく物を答えた。

贈る側の気持ちもわからないでもなかった。プレゼントするなら形として残るものがいいという気持ちもわからないでもない。だから特に気にすることもなかった。


仕事をするようになって何度目かの誕生日を迎えた。

平日だったのでいつものように終業時間まで仕事をして、いつものように駐車場まで歩いていった。
そこには、いつもと違って当時付き合っていた男性が立っていた。
私に気がつくと自分の車から花束を出して私に渡してくれた。
両手で抱えないと持てないくらい大きな大きな花束だった。


カサブランカの百合の花の香りは、その時の駐車場の砂利の感触や、花屋で花を買うのがめちゃくちゃ恥ずかしかったと言った男性の顔や声のトーン、花束のフィルムのカシャカシャした感触を思い出させてくれる。
そしてその瞬間、私の心は温かい気持ちになる。


花は枯れたけど、ずっと残るものがある。
ずっと消えないものもある。








数年後、私はその男性と結婚した。

結婚して数年後、箱いっぱいのたくさん花でその男性を天国へと送り出した。

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