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クリエイターはいますぐクオリティの追求をやめたほうがいい

広告の値段はなにで決まるか?

多くのクリエイターは、ただ愚直に目の前の成果物のクオリティを高めることに腐心する。日々研鑽し、スキルを磨き、新しい知識を取り入れる。デザイナーであれば行間や字送りまで考え尽くし、ライターであれば言い回しひとつに類語辞典を睨めながら悩み、動画クリエイターならBGMとテロップを入れるタイミングの噛み合わせにまで心血を注ぐ。

ぼくはそうした同業者が好きだ。心から尊敬している。千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす。いまの時代、クリエイターだけが武士ですよね……。かれらの高邁な研鑽なくして、こんにちの広告業・デザイン技術の発展はなかった。

ただ、グラフィック、web、動画、コピー――あらゆるクリエイティブ、広告物に共通していえることだが、その価値を決めるのはクオリティではない。

反論はあろうが、もう少し読み進めていただきたい。


零細ベンチャーと大手企業では広告の価値がちがう

零細ベンチャーと大手企業では、当然ながら広告にかける費用がまったくちがってくる。芸能人をイメージキャラクターに起用し、何億円もの広告費を製品PRとブランディングに投資する大企業。チラシ印刷に業務用プリンタを使う中小企業。資金が違うんだから当たり前だろ、とお考えではないだろうか? じつのところ話はそこまで単純ではない。大手と中小ベンチャーでは、広告に見いだしている価値そのものがちがうのである。

例えばあなたがwebか動画のクリエイターだったとする。LPあるいはモーショングラフィックスの広告動画を受注した。大手企業は100万円出すという。零細ベンチャーは5万円でやってくれとねじ込んでくる。これは単に資金の多寡の問題ではない。仮に資金潤沢な零細ベンチャーや中小企業があったとしても、広告費に多額を投入するような愚行はしないだろう。

大手企業は社員志望の新卒学生やクライアント、リード(見込み客)を大量に抱えている。コーポレートサイトのSEOは高い基準で最適化されており、検索順位も高い。YouTubeチャンネル、SNSが人目に触れる機会も多いだろう。観てもらうためのプラットフォームがすでに確立されているから、webおよび動画マーケティングの重要性はおのずと高くなる。営業スタッフひとりが一日にテレアポできる件数はごく限られているが、webや動画については、観てもらえるプラットフォームさえ確立されていれば一日に千人だろうと一万人だろうとリーチできる。必然、才能あるクリエイターのニーズ、地位は相対的に高くなる。

一方、中小企業や零細ベンチャーのコーポレートサイトを観るユーザーは少ない。YouTubeチャンネルやSNSに至っては絶望的だ。どんなにクオリティが高い広告物であっても、観てもらうプラットフォームがないなら価値はゼロなのである。中小企業やベンチャーにとって、すぐれたクリエイティブはよくできた一枚の紙きれに過ぎない。潜在顧客も限定的かつ局所的であるため、webや動画を駆使したマスマーケティングを打っても空振りに終わる。非効率だとしても、飛び込み営業をするしかないのだ。

中小・零細はIT化が遅れているとか時代についていけていないという批判がよくあるが、それは現実に即していない。スケールメリットがあり従業員数が多い大企業はIT化するほど利益が上がるのに対し、中小零細はIT化しても期待するだけの費用対効果が望めないのである(人件費が安いのでIT化するより労働力を使い潰したほうが安く上がる側面もある)。よくも悪くも、IT化の度合いは企業規模によって最適化されている。


広告の価値=クオリティ×コンバージョン率

広告物の価値というものはクオリティではなく、如何に新規リードを増やし、コンバージョンに繋げられるかで決まる。何度もいうが、売上に貢献できないなら、完成度の高い成果物も一枚の紙きれでしかない。

すなわち、クオリティの高い仕事をしたところで、コンバージョンに繋げるプラットフォームを持たない中小・零細相手の仕事を受けていても、利益は生まれないのである。そればかりか、企業や商品の魅力のなさを棚に上げて、コンバージョンが上がらないのは広告のクオリティのせいだ、などとクレームまでつくだろう。


すべてのクリエイターは何処をめざすべきか

大企業になると、話がちがってくる。広告のプラットフォームが整備され、テレビや駅広告を選択肢とする予算もある。潜在的な顧客も多いため、リードやコンバージョンを取れるかどうかは、クリエイティブが生命線になるからだ。当然、企業規模が小さくなるに従いクリエイターの価値は低くなるし、大企業に行くほどクリエイターの価値は上がっていく。おなじクオリティの仕事をしているのにかかわらず、だ。

労働環境も大きくちがう。中小以下の制作会社や広告代理店では、終電・徹夜は当たり前というところも少なくない。「うちは不夜城」なんて自嘲するデザイン会社もあったし、専門業務型裁量労働制を盾に、残業代なんてビタ一文出さないと臆面なくのたまう会社もあった。

多くのクリエイターはその仕事が好きでやっていて、真面目で我慢強い気質である。また、デスクに向かう仕事がメインで職場が閉鎖的であるため、広い世界を知る機会に乏しい。ブラックな扱いが当たり前、安い給料でも好きな仕事でお金をもらえるだけありがたいと、劣悪な環境に甘んじがちになる。

だけど、そうじゃないんだよ、といいたい。大手や中堅以上のインハウスデザイナーなら9時/5時の定時帰りが基本だし、web担当手当や技術手当といった名目で、専門技能者が報われる環境が整っている企業も多い。あなたが報われないのは努力が足りないわけでも、才能がないからでもない。ただ環境が腐っているというだけだ。高邁でストイックな精神を持つクリエイターに「環境のせい」という言葉が刺さりにくいのは知っている。きっときみたちは、じぶんの努力が足りないだけ、才能が足りないからと、さらにじぶんを追い込んでしまうだろう。だけどあえていうしかない。環境が悪いんだっての、それ。ほんとにそうなんだから、仕方ねンだわ。

下流で疲弊するよりも、どうか上流をめざしてほしい。金にならないだけならいいけど、自信が失われるんすよね、その働き方……。みなさんの才能と努力が、報われることを切に望む。


上流クリエイターの課題

零細会社の地獄の底から蜘蛛の糸を辿って脱出し、わらしべ長者の要領で上流へと行き着いたクリエイター。そこでハッピーエンドとならないのが、クリエイターのつらいところだ。当然、上流では上流の新たな試練が突きつけられる。

下流で仕事をしているときは、ただ愚直に成果物のクオリティを追及していればよかった。それは比較的簡単なのだ、なぜなら本人の努力でどうにかなる問題だから。

上流で働くクリエイターのすべきことは、すでに85点まで引き上げたクリエイティブをさらに磨き上げて90点にすることではない。5点のクリエイティブを活かしてなにをするのか? なにができるのか? 

それを考えるのが新たな課題になってくるのだ。

ぼくたちは、RPGで魔法使いから賢者になるように、クリエイターからマーケターにならなければならない。

この世で生き抜くために絶対に逃げられない課題なのだが――、

その話の続きは、また後日。


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