大切な人を喪った悲しみに寄り添う音楽

以前から「グリーフケア」というものに少し関心がありました。「グリーフケア」とは悲嘆のケア、主に大切な人の喪失に伴う深い悲しみのケアを指しています。

大切な人とのお別れは誰しも悲しいものですが、今のコロナ下においては最期の時に立ち会えなかったり、満足のいく看取りや葬儀ができないといった制限により、残されたご遺族の気持ちの行き場がなく、自責の念や悲嘆が長引くケースが多いようです。

そこで、今回は「大切な人を喪った悲しみに寄り添う音楽」というテーマで書いてみようと思います。

なお、私は音楽療法士として働くかたわら、葬儀での演奏をしていた経験もありますが、グリーフケアについて専門的に学んだわけではないので、どちらかというと私個人の経験にもとづくお話になります。生い立ちや音楽の好みが千差万別であり、死別の経験も一人一人固有のものである以上、「この音楽が万人に効く」といった万能薬のようなものはない、ということを始めにお断りしておきたいと思います。

【私と家族の喪失体験について】

私にとっての死別の経験は、高校生の時に父が病死したことでした。ずっと寄り添って看病していた母は大きな精神的打撃を受け、約二年の間は毎日家にこもって朝から晩まで泣き暮らし、その後も少し回復したものの、かなり長い期間を抑うつ的な状態で過ごしていました。そしてのちに認知症を発症し、今は特養でお世話になっていることは、他の記事でも書いている通りです。

一番悲しみが深かった時期に母は、よく自分を落ち着かせるようにモーツァルトのフルート四重奏曲のCDをかけ、泣きながら横になっていました。母にとってその音楽は、ある意味で精神安定剤であり、傷を覆ってくれるかさぶたのようなものだったのかもしれません。ある程度そこから回復してからは、もうそのCDを手に取ることはありませんでした。

一方、私は当時音楽学校でピアノを専攻していました。ピアノの先生は私を気遣って「人生にはつらいこともあるが、私達には音楽がある」と励ましてくださったのですが、私は父が亡くなってしばらくの間は、とてもピアノを弾く気になれませんでした。レッスンがあるのでなんとか練習はしていくものの、全く音楽に感情が動かず、気持ちが入らなくなったのです。

何故なのかは分かりませんが、学費の高い音楽学校に進学したことで父に負担をかけてしまったことを後悔する気持ちが、音楽への意欲を失わせていたのかもしれません。また、父を喪ったことからくる将来への経済面な不安や、ピアニストとしてやっていくには余りに不足している自分の音楽的能力への自信のなさも、関係していたことと思います。私が音楽への意欲を再び取り戻し、「この道に進んで良かった」と感じるまでになるには、素晴らしい恩師との出会いと何年もの時間が必要でした。

その後私は音楽大学の卒業を前に、音楽療法という分野の存在を知り、学校の講義やセミナーなどで勉強を始めました。最初の講義の時に、なぜ音楽療法に興味を持ったかを書くレポートが課されたのですが、その時ふと母がモーツァルトのCDで自分を落ち着けようとしていたことを思い出し、そのエピソードを書いたことを覚えています。今改めて考えても、音楽の治療的な力を初めて目にしたのはその時だったのではないかという気がします。

【悲しみに寄り添ってくれた音楽たち】

その後音楽療法の道に進み、多くの患者さんと出会い、沢山の音楽を共にする一方で、冠婚葬祭で演奏する機会も数多く頂きました。葬儀の前後や式中に演奏する曲は、亡くなられた方の年代やお好きだったジャンル、(事前に頂いていれば)ご遺族からのリクエストなどに基づいて、故人の御霊やご遺族の心が少しでも安らかになるようにと、想像を巡らせながら選曲していました。「故郷」「赤とんぼ」といった昔懐かしい唱歌、美しく穏やかな曲調のクラシックや宗教曲、「川の流れのように」「我が人生に悔いなし」「My Way」のようなメッセージ性のある流行歌などの他、「涙そうそう」のように故人を偲ぶ歌、「千の風になって」のような故人の目線から語りかける歌も取り入れていました。 

ジャンルを問わず名曲とされるものは、音楽療法の現場でも人気がありましたが、特に「涙そうそう」は、歌いながら涙される方も珍しくありませんでした。この曲の作詞は森山良子さん。若くして亡くなったお兄さんを偲んで書かれた歌で、タイトルの「涙そうそう」は、涙がぽろぽろとこぼれる様子を表す沖縄の表現だそうです。この歌を聴くと私は、優しかった父の笑顔が瞼に浮かぶ気がします。聴く人それぞれが大切な人を重ねながら聴けるところが、名曲たる由縁なのかもしれません。

「涙そうそう」 歌詞:森山良子

「涙そうそう」作詞:森山良子 作曲:BEGIN 歌:夏川りみ&森山良子&BEGIN


もう一つ、私個人としても特別に心を動かされた曲があります。それは、「いのちの記憶」。ジブリの故高畑勲監督による映画「かぐや姫の物語」のエンディング曲です。作詞作曲歌唱の全てを手がけていらっしゃる二階堂和美さんは僧職の方で、法事でお話をされる機会が多いことから、輪廻転生の意味も歌詞に込められたそうです。

この曲を聴いた時に私は、まるで母が語りかけているように感じました。母が認知症になり、私達家族のことも分からなくなったことは、私達家族にとって大きな悲しみであり、これから先に本当の別れが待っていると思うと、足がすくむ思いがします。そんな時にこの歌を聴くと、まるで私が生まれてから慈しんでくれた母、歳老いて今私達から遠ざかろうとしている母が、「いつか必ず、懐かしい場所でまた逢える。だから大丈夫」と約束してくれているような気がするのです。

「いのちの記憶」歌詞:二階堂和美

「いのちの記憶」作詞作曲・歌:二階堂和美

またこの曲は、死別を経験された方と共に歌ったことがあります。つらいお別れをされた方にかけるにはどんな言葉も軽いような気がして躊躇われ、私は黙ってこの曲を選んだのですが、この歌の持つメッセージはその方の心にも深く響いたようでした。直接言葉では伝えられないことも、音楽を通してなら届けられるということをあらためて実感しました。その意味でも、私にとって特別な意味を持つ歌です。

最後にもう一つ、最近知った曲をご紹介します。詩人・絵詞作家の内田麟太郎さんが作詞を担当された「なみだいけ」という曲です。内田麟太郎さんは幼い時に実母との死別を経験され、以降ずっと寂しさを抱えながら生きてきたとラジオでお話しされていました。長じて沢山の人との出会いに恵まれ、その温もりに癒されながらも、母を喪った悲しみと母を慕う心はずっと強く持ち続けていらしたようです。その内田麟太郎さんが書かれた歌詞は、聴く人の悲しみを肯定し、悲しみと共に歩むことを許す優しさに満ちています。

「なみだいけ」歌詞:内田麟太郎

「なみだいけ」 作詞:内田麟太郎 作曲:樋口了一 歌:村上ゆき


最初にお話ししたように、どんな音楽に心癒されるかは人それぞれであり、死別への反応や回復過程も一人一人違うので、誰にでも効く万能薬のようなものはありません。ただ、音楽療法の理論の一つに「同質の原理」というものがあり、悲しい時には悲しい音楽、楽しい時には楽しい音楽など、その時の気分に合った質の音楽を用いることが効果的であると言われています。その意味では、元気を出そうとして明るい音楽を無理に聴くよりも、悲しみを受け止めてそっと寄り添ってくれるような音楽が適しているということは言えるかもしれません。自分の感情の質に近い音楽は心を投影しやすいため、抑圧されていた感情の表出を促し、カタルシス(浄化)につながると考えられます。

また、故人がお好きだった曲、一緒に楽しんだ思い出の曲などの思い入れのある音楽は、残されたご遺族に故人の存在を感じられる時間をもたらしてくれることでしょう。もし思い出すことがつらくなければ、そうした音楽を聴きながら故人を偲ぶことも一つの供養になるのではないかと思います。

ただし、悲しみに向き合う余裕のない時は、気持ちにそっと蓋をしておくほうがいいこともあるでしょう。あくまでご自身にとって無理のない時に、自然に受け入れられる音楽を選ぶことが大切なのではないでしょうか。


今のコロナ下では面会や看取りがきちんとできず、死別を実感できない「曖昧な喪失」を経験している人が多いと聞きます。つらい時には打ち明けられる人に話を聞いてもらったり、SNSなどで同じような経験を持つ人達とつながりを持ったり、また必要であればカウンセリングやグリーフケアなどのサポートを受けることも大切だと思います。

なおグリーフケアに取り組んでいる団体「リヴオン」では、コロナ下で死別を経験した方々や、仕事柄グリーフケアに関わっている宗教関係者や医療従事者などに向けて、グリーフケアのリーフレットを配布しているそうです。関心のある方は、以下のサイトよりお問い合わせください。

また以下の記事のように、死別の悲しみと向き合うための文章や本も多く出ていますので、参考にされるといいでしょう。

今回も最後までお読み頂き、ありがとうございました。

(追記:「なみだいけ」作詞者の内田麟太郎さんのお名前の表記に誤りがあったため、訂正させて頂きました。大変失礼いたしました。2022年2月14日)

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