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【日常系ライトノベル #9】雨の日に傘って必要ですか?

色んな人の読み物をさらっと読んで癒される時間は、ある意味贅沢な時間かもしれない。

コーヒーを片手に窓の外から聞こえてくる雨音を聞きながら、ふと苦い思い出が蘇ってきた。苦い思い出というか、正確にはほろ苦く、今なら「そんなこともあったな」って許せるほどの微笑ましい思い出でもある。

そんなこんなで、純平はその思い出を書きたくなったのだ。

特にオチがあるわけでもなく、特別な感動で他人(ひと)を泣かせるようなストーリーでもない、平凡な高校生の思い出のお話。

高校は中高一貫の進学校だった。とはいえ、高校受験組で中学から入学している連中とは勉強の進み具合は圧倒的に遅れていた。

そう、部活なんてする暇もない、ほぼ朝、夕の補講へ自主参加する”フルタイム高校生”だ。フルタイム高校生って言葉は、いま勝手に作った。フルタイムパートのような印象を伝えたかったからだ。

勉強に埋もれた日々であっても、隣のクラスに可愛らしくて気になる子を見つけてしまった。彼女の名前は…、あえて書かないでおこう。この中では彼女と呼ぼせてもらう。

高校は駅から離れた高台にあった。高校から駅まで少し離れているので、スクールバスというのが定期的に出ていた。

それから、その駅は大きくはなかったものの、複数路線の電車が利用できる駅だった。純平はその駅のメイン路線であるA路線、一方で彼女はローカル線を利用していた。

隣のクラスなので話をしたことは一度もない。科目によっては、成績順でクラス分けがされるので、数学の時間だけは同じクラスで授業を受けることが出来た。あまり活発な感じの彼女ではないので、見ていて落ち着くというか、単純に見ていて「いいな」という感じが心地よかった。

「気になる子が誰と話をしているかな?」くらいのことは気にはなったが、そのことが勉強の邪魔をすることはなかった。

ある雨の日。小雨かな、いや傘が必要なくらいの雨だったと思う。

補講が終わって18時を過ぎていた。うす暗い階段を降りて、玄関までの廊下を足早に歩いて下駄箱に着いた。

今朝、出るときは雨が降っていなかったので傘を持ってくるのを忘れたのだ。スクールバスを利用するにしてもバス停までは濡れなければいけない。駅までタクシーを利用するといっても一人だとお金が勿体ない。

そんなことを考えていたと思う。ちょうど目の前に彼女の姿を見つけてしまった。彼女の右手には傘がある。一度も話したことがない彼女に「バス停まで一緒に入れてください」と言える勇気は…、当時の純平にはなかった。

どうしようかとモジモジしていると、隣のクラスのタツヤがやってきた。彼女とは同じクラスだからか、何やら簡単な会話をすると彼女の開いた傘で一緒に帰り始めた。

「いいな」と気にかけていた純平は、何だかちょっとだけ悔しい気持ちでいる自分に気づいた。きっと彼女のことを好きだったに違いない。一緒に帰る姿を目線で追うと、二人はバス停へ向かうわけでもなく、歩いて駅まで向かう方法をとったのだ。

それはそうだよな、一緒に歩いて帰る時間がその方が長くなるからな。純平はバス停まで濡れる覚悟で玄関を飛び出した。

きっと、きっとだよ、純平はそのとき少し傷ついたんだよ。だから、雨に濡れる方が救われたんだ。

雨の日に傘って必要ですか?


【終わり】

ありがとうございます。気持ちだけを頂いておきます。