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黒木文庫(1) - "日本を知る"一冊と出会う

前回のnoteで、フランスの歴史人口学者で家族人類学者 エマニュエル・トッドの文献から「日本の場合は今や日本回帰の時期を迎えています。日本人は、ヨーロッパのあずかり知らぬところで,自律的な発展を遂げた江戸時代を懐かしんでいます(「問題は英国ではないのだ、EUなのだ」:文藝春秋)」という一文をご紹介させていただきました。

弊社がご提供しているコンサルティング業務では「ビジョン思考」や「センスメイキング理論」を活用しながら、右脳と左脳の思考パターンを行ったり来たりすることによって引き出される新しい"知のイノベーション"から、解決策を探求していただいておりますが、大切なことは「自分の存在意義を知る」「自分ゴトで考える」「Breakthrough mind」の3点である、とクライアントの皆さまにはお伝えしています。

興味深いことに、これらプロジェクトを進めていくと昨今一番論議されているのが「日本人とは何者なのか」「日本独自の価値観とは何なのか」「日本文化の根源とは」、さらには「日本の食文化を再検討する」等が挙げられることが多いことに気づきます。クライアントは老舗の日系の食品会社だったり、外資系の消費財会社だったりジャンルやカテゴリは全く異なるのですが、何故かここに行き着く。「日本人が忘れかけている真の美徳」。昨今、むしろ外国人によって再評価されているこの「日本」という部分が何やらキーワードになっているのかもしれません。

グローバルとは、ローカルの集合体

「日本を学び、日本を知る」ことは、私自身のワイフワークの一環であり探求し続けているテーマでもあります。グローバル化が謳われて久しいですが、これらを「海外と働くこと」や「英語で円滑にコミュニケーションすること」、「世界基準や規範に合わせること」と考える人が多い気がします。

しかし私は、それだけでは不十分だと思うのです。あくまでも世界はローカル、つまり「地域」の集合によって成り立っているというのがその所以です。各々の国や地域の価値観が集まることで、多様性が生じ新しい価値観が生まれる。つまり、ローカルとローカルを再構築することによって真のグローバルという概念が成り立つと私は考えます。そう考えた時、自分の国について知らずして、どうやって世界と闘うことができるのでしょうか。

そんな昨今のクライアントの動向から、今回のnoteでは「日本」「日本人」について考える助けとなる書籍を、僭越ながら私の書棚からいくつかご紹介してみることとしました。本日もお付き合いください。

ジャンルA:日本人とは何か

1)九鬼修造著「いきの構造」:岩波文庫 
日本人の精神構造を分析。"いき(内包的構造)"を媚態と意気地と諦めとの三要素で分析。"いき"の模様におけるデザイン表示方法まで提示。
珠光の侘び茶、芭蕉のさび、ほそみに繋がる"いき"は、柳宗悦、魯山人、さらにイサム・ノグチ、白洲正子の数奇に繋がっています。
cf)北大路魯山人著「魯山人の真髄」:河出文庫
日本料理と陶芸 器と茶道、花道,建築、絵画との関係を知るのに適しているといえる一冊です。

2)河合隼雄著「中空構造日本の深層」:中公文庫 
ユング研究分析の心理学者。民話や古事記で解読しています。日本人の意識と西洋人の意識を図解(57P参照)があります。
日本人の思想,文化,社会構造のなかにたまたま成立している中空構造を無意識にもつだけでなく、積極的にうつほ(空・虚・洞)を意識して、日本型個人主義の再構築を提案しています。

3)鈴木大拙著「日本的霊性」:岩波文庫 、「禅と日本文化」:岩波新書    
  鈴木俊隆著「禅マインド ビギナーズ・マインド」:サンガ新書
スティーブ・ジョブズの愛読書であり、創造性を養いゼロクリアにして,自分自身を知ることを学べる書籍です。
ありのままの現実を直視する、五感を研ぎ澄ましながら、共通感覚が、瞬時の判断力や想像力を昂めることに寄与する。ジョブズや本田宗一郎といった経営哲学に結びつきます。日本人独自の考えマップの「利他←→利己」の理解にも役立つことでしょう。

ジャンルB: 日本文化の再構築

4)松岡正剛著「日本という方法  おもかげ・うつろいの文化」 :NHKブックス、「日本文化の核心 ジャパンスタイルを読み解く」:講談社現代新書 編集という切り口から、日本文化の再構築について学びます。
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①デュアルモード(一つのものから次々に連想を広げる手法)
例:「わび」と「さび」、「かぶら」と「ばさら」、「あそび」と「すさび」
②リバースモード(対比と対立を想定させる手法)
例:「和」と「荒(あら)」、「あわれ」と「あっぱれ」、「ウツ(幻想)」と「ウツツ(現実)」
③型化と型破り
④間の思想:日本建築や日本語絵画は,空間(余白)を大切にする。松岡正剛は,和歌や俳句に時のうつろいや面影が、わび,さびに繋がると解読。
⑤不・未の美学:縮みの文化、引き算の文化
⑥ノマド性:日本人は,辺境(縁)と漂泊(渡り)を重視
例:建築業界でいくと、縁側や渡り廊下がそれに当たる。

ジャンルC: 場の理論からのアプローチ

5)平尾誠二・松岡正剛著「イメージとマネージ」:集英社
日本人がラグビーで,海外競合と闘うコンセプトを平尾氏は「連続性」に希求しています。ライフスタイルにおいて日本が縁側、廂、軒、家屋には襖や障子があるならば、欧米ではドアで仕切られていてコンパートメントになっています。
古来日本人型の思考は,自分の判断力が内部に要求されていました。茶の湯の連続性や武士の間合いは、まさに「見えない仕切り」が日本の特性にあると指摘されています。

ジャンルD: デザインのアプローチ

6)原研哉著「日本のデザイン -美意識がつくる未来-」:岩波新書 
「美意識が資源であること。」を理解することを筆者は説きます。掃除するひと、工事するひと、料理をするひと、あかりの管理するひとの丁寧なしごと。「繊細」「丁寧」「緻密」「簡潔」を価値観が根底にある日本を描きます。日本人の美意識の系譜が、シンプルとエンプティに存在すること。柳宗理の薬缶などの事例から考えていきます。

ジャンルE: 食文化アプローチ

7)竹下大学著「日本の品種はすごい」:中公新書
ブリーダー(育種家)は、農業界のイノベーター的存在として、日本の品種改良に挑戦する。著者はブリーダーの潜在能力を「志の大きさ」「好奇心の強さ」「育種対象への謙虚さ」で測れるという視点を提唱していることが興味深いです。
例:ジャガイモ(次々現れると敵との激闘の数々)
  ナシ(日本人発祥の珍しき果樹)
  リンゴ(サムライの誇りで結実した外来植物)
  ダイズ(縄文から日本の食文化を育んできた豆)
  カブ(持統天皇肝入りで植えられた作物)
  ダイコン(遺伝子学者の想像を超えた品種たち)
  ワサビ(家康が惚れ込み世界に広がった和の辛味)

ジャンルF: 哲学と生物学

8)西田幾多郎著「善の研究」:岩波文庫
  福岡伸一著「動的平衡」:小学館新書 
西田幾多郎哲学は「論理ではなく直観を磨くこと」、「理解ではなく会得によること」と定義されます。西田氏の代表作である「善の研究」で語られる「純粋経験」は、"主観と客観"あるいは"知・情・意の未分化"の状態。これによって西欧の観念論的とは異なる東洋的アプローチをしています。
一方、京都大学農学部出身の福岡伸一氏は「生命は動きながら、常に変化しながら平衡をとる」というスタンスをとっています。部分ではなく全体、空間ではなく時間にこそ真相がある。西田幾多郎哲学と福岡伸一生命論が包摂性と動的視点に於いて、繋がっているといえるでしょう。

まとめ

「日本」を知るために役立つ書籍を、いくつかの視点からご紹介してきましたが、こうしてまとめてみると連関性が高いのが分かります。

野中郁次郎先生の"知識創造アプローチ"は、西田幾多郎哲学・福岡伸一氏の動的平衡にも共通して、直観から東洋思想的暗黙知からアプローチされているでしょう。またそれは、九鬼修造氏「いきの構造」や松岡正剛氏「日本という方法論」にも繋がっています。現在ブリーダーで"財団法人食品産業センター"の竹下大学氏の志にも通底しているといえるでしょう。今は亡き、平尾誠二氏が"日本人の連続性を生かすラグビー"と発言されいたことも懐かしいですね。

多くの諸先輩たちから学んださまざまな「日本」や「日本人のアイデェンティティ」が、私たち個々の存在の意味を考える上で役立つのではないか思えてなりません。

黒木文庫の紹介は、また適時開催してみようと思います。

(完)