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言葉の宝箱 0987【おいしいものを食べると決心が鈍りそうになる】

『天国はまだ遠く』瀬尾まいこ(新潮文庫2006/11/1)

裏表紙には「心にしみる清爽な旅立ちの物語」とある。
主人公山田千鶴は文中
「あんた、自分のこと繊細やとか、気が弱いとか言うとるけど、
えらい率直やし、適当にわがままやし、ほんま気楽な人やで(略)
あんたみたいな人は、長生きするわ」P176と言われる。

もし、こんな人が身近にいたら、ちょっと距離を置きたいなる存在、
どこにでもいる困ったさんが、
鳥取や京都のうんと奥、木屋谷の「民宿たむら」で癒され、
逃げ出した都会に戻っていく21日間のお話。

・私はこの地が好きだ。
朝露にしめった道を歩くのも、
夕焼けにそまる枯れ枝を見上げるのも大好きだ。
葉の匂い、風の音、きれいな水、きれいな空気。どれも捨てがたい。
おいしい食事に、心地よい眠り。この生活にも身体が順応している。
古い民宿だって、鶏たちだって気に入ってる。
だけど、ここには私のするべきことはどこにもない。
自然は私を受け入れてくれるし、たくさんのものを与えてくれる。
でも、私はここで何をすればいいのかちっともわからない。
都会に戻ったからって、するべきことがあるわけじゃない。
やりたいこともない。
存在の意義なんて結局どこへ行ったって、わからないかもしれない。
けれど、それに近付こうとしないといけない気はする。
ここで暮らすのは、多分違う。ここに私の日常はない。
ここにいてはだめなのだ P169

・おいしいものを食べると、どうしても決心が鈍りそうになる。
でも、思い立ったら、すぐに動かなくてはいけない。
このままだといつまでもここから抜け出せない P171

・海も山も木も日の出も、みんな田村さんが見せてくれた。
おいしい食事も健やかな眠りも田村さんを通して知った。
魚や鶏を手にすることも、讃美歌を歌うことも、絵を描くことも、
きっと田村さんが教えてくれた。そう思うと、胸が苦しくなった。
ここで生きていけたら、どんなにいいだろう。
きっと、後少し、後一カ月だけでもここで暮したら、
私はもっと確実に田村さんのことを好きになったはずだ。
田村さんと一緒にいたいと、もっと強く思えたにちがいない。
そして、ここにいる意味を見つけられたかもしれない。
でも、もう行くと決めたのだ P178

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