見出し画像

寺山修司の短歌「海のない帆掛船あり」

海のない帆掛船ありわが内にわれの不在の銅鑼どら鳴りつづく

『血と麦』(『寺山修司全歌集』132頁)

『血と麦』では、「銅羅」と表記されているようだ。講談社学術文庫の『寺山修司全歌集』では「銅鑼」と修正されている。

■語句

銅鑼――出帆の合図のために打ち鳴らされる金属製の円盤。

■解釈

一瞬、「わが内に」は前と後ろのどちらに続くのか、と思ってしまう。つまり、「海のない帆掛船ありわが内に」で切れるのか、それとも「わが内にわれの不在の銅鑼鳴りつづく」と「わが内に」は下の句に続いていくのか。

おそらく意味的には「わが内に」は両方にまたがっているのだろう。でも僕が読むときには、「海のない帆掛船あり//わが内に/われの不在の銅鑼鳴りつづく」と、こんな感じになる。「わが内に」は下の句の方に近づけたくなる。

と、こう書いて気づいたのだが、「わが内に」と「われの不在の」のワ音が頭韻となっているから続けたくなるのだ。

帆掛船があるのも、銅鑼が鳴っているのも、「われ」の心の中での出来事だ。

大海原に向かって、帆掛船で出帆したい。帆掛船はある。準備万端だ。ところが、海がない。出帆を告げる銅鑼が鳴り響いている。ところが、船には「われ」が乗っていない。出帆の時はいつまでも訪れないのだ。

自分のなかにある青春が、自己実現を求めてあふれんばかりなっているのに、それを実現する舞台がない。今いるところにとどまり続けなければならない。気持ちが急くが何もできない。青春期のもどかしさ、焦燥感を表現している。

■作者との関連

この歌を読んですぐ思ったのは、寺山がネフローゼで入院していた頃に詠んだものかな、ということだ。1955年から1958年、19歳から22歳にかけての時期だ。

『短歌研究』で特選を獲得し、はなばなしく短歌界にデビューした青年歌人。これから、というときに病気になってしまった。創造力がもっとも活発になり、次から次へと文学への思いがあふれてくる。ところがまさにそのとき、生死の境をさまようような重病にかかってしまう。はやる思いはあるのに、足踏みせざるをえない。そのもどかしさ。

この歌は、1957年出版の『われに五月を』にも、また1958年6月出版(小菅190頁)の『空には本』にも載っていない。収められている歌集は、1962年7月出版の『血と麦』だ。ということは、1958年から1962年の間に作られた可能性が高い。

『空には本』の出版が1958年6月で、寺山が退院したのは同年7月だ。う~む、微妙だ。少し元気になって、退院が待ちきれずに作った歌なんだろうか? それとも後で、入院時の気持ちを思い出して作ったのだろうか。

『血と麦』では「呼ぶ」という小題のもとにこの歌が入っているようだが、寺山修司自身が編集した『寺山修司全歌集』(1971年出版)では、「初期歌篇」「夏美の歌」の「十五才」に入っている。

とすれば、15歳のときに作った歌なんだろうか。あるいはまた、後になって15歳の頃のことを思い出して詠んだのだろうか。

『寺山修司全詩歌句』の編注(750頁)によれば、寺山は、『血と麦』の「呼ぶ」連作のタイトルを「十五才」に改め、そのまま『寺山修司全歌集』に移動したようだ。

では『血と麦』の「呼ぶ」の初出はいつか。小菅によれば、「呼ぶ」の作品群が雑誌『短歌研究』や『短歌』に掲載されたのは、1959年1月から1961年3月にかけてのことらしい。寺山23歳から25歳にかけての作品だ。

残念ながら地方に住んでいると、今回扱った歌がどの雑誌にいつ発表されたかまでは調べることができない。(国立国会図書館よ、早くネットで見られるようにして!)

これで、この歌が15歳のときに作られたものではないこと、また、もともと「呼ぶ」という小題のもとにまとめられていたので、必ずしも15歳のときのことを歌ったものとみなす必要もないことがはっきりした。

退院間近、あるいは退院後すぐの頃に作られたということはおおよそ確かなのではないか。

■他の人のコメント

◆葉名尻竜一:2012
歌意を、「海の無い帆掛け船が、僕のなかにある。船出の銅鑼は鳴り続けているのに、僕はいない。」(56頁)としている。

■おわりに

誰にでも、人生でこういう時期ってあると思う。

たとえば、絶好調だったのに突然大けがを負って、フルシーズンをリハビリに当てなければならなかったサッカー選手もこんな思いをするのではないか。

■参考文献

『寺山修司全歌集』講談社学術文庫、2011

『現代歌人文庫 寺山修司歌集』国文社、1983

『寺山修司全詩歌句』思潮社、1986

小菅麻起子『初期寺山修司研究』翰林書房、2013

葉名尻竜一『コレクション日本歌人選040 寺山修司』笠間書院、2012

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?