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寺山修司の詩「ぼくが死んでも」―青い海が見えるように

  ぼくが死んでも

      寺山修司

ぼくが死んでも 歌などうたわず
いつものようにドアを半分あけといてくれ
そこから
青い海が見えるように

いつものようにオレンジむいて
海の遠鳴とおなり数えておくれ
そこから
青い海が見えるように

『寺山修司少女詩集』20頁

『寺山修司少女詩集』には詩しか載っていないが、もともとは「海へ来たれ」というエッセイに含まれる詩だ。「海へ来たれ」は、1970年出版の『ふしあわせという名の猫』(新書館)という本に収められている。小題「少女のための海洋学入門」の一篇だ。

寺山は、新書館が企画した「フォアレディース」と銘打った若い女性向けのシリーズのために、『ひとりぼっちのあなたに』(1965)を皮切りに、全部で8冊の本を刊行した。その第6冊目が『ふしあわせという名の猫』(1970)だ。

『ふしあわせという名の猫』の刊行当時、寺山は34歳だった。

■語句

題:『寺山修司メルヘン全集4』では、無題の詩としてエッセイの中に挿入されている。おそらく初出の『ふしあわせという名の猫』でもそうなのだろう。『寺山修司少女詩集』と『寺山修司全詩歌句』では無題だが、『寺山修司詩集』と『寺山修司著作集1』では「ぼくが死んでも」という題がつけられている。

遠鳴り――遠くから響いてくる音。

■解釈

◆内容
「ぼくが死んでも」――「ぼく」の死が近いことがわかる。語りかけているのは妻(あるいは恋人)だ。

「歌などうたわず」――これは、後で出てくる「遠鳴り」と関連している。遠鳴りだけを聞いていたいと思っている。

「オレンジむいて」――いつも妻にオレンジをむいてもらっている。「ぼく」は病人としてベッドに横たわっているか。

そう、この詩を書いているときの「ぼく」は病人だった。しかし、今は「ぼく」はもう亡くなっている。妻は「ぼく」の書いたこの遺言のような詩を見つけた。彼女は、テーブルの上にオレンジをおいた部屋で、半開きにしたバルコニーに続くドアの向こう広がる海を眺めながら、その詩を反芻し、海の音に耳を傾けている。

そんな状況も思い浮かぶ。

詩に出てくる色は、海の青とオレンジ色だけだが、それらを際立たせる白も背景にある。白い部屋に白いテーブルと白い椅子、そして白いドア。椅子に座る妻も白い服を着ているだろう。

場所はギリシャか南フランスか。青い海は地中海か。

◆感想
う~む、キザだ、どこまでもキザだ。でも、カッコいい! 僕もこんな詩を書き残してみたい!

たかぶりつつ、少し冷静になってみると、ひょっとしてこの詩で表現されているのは昭和男のわがままな幻想にすぎないか、などと反省してみたりする。

結局、死んだ後でも、いつまでも自分のことを思い出してほしい、っていうことだからな。令和の今、パートナーにとてもこんな要求はできない! 言えるのは、「君には自分の好きなように生きてほしい」くらいか。

ま、でもたとえ幻想でもあまり難癖をつけたりせず、湧きあがるイメージをうっとりと楽しんでもいいだろう。

「フォアレディース」シリーズの最初の本『ひとりぼっちのあなたに』の「読まなくてもいいあとがき」に、寺山は「今更ながら、気恥ずかしいことを書いたものだと思う」と書いているようだ(★1)。この詩についても、寺山は同じ言葉を向けたいだろう。

寺山にはいろいろな「私・われ・ぼく」がいたということだ。

■詩に影響を与えたもの

◆与謝野晶子の歌
「遠鳴り」を日本国語大辞典で引いてみると、例文として、与謝野晶子の

海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家

という歌が挙げられていた(うん、いい歌だ)。「海の遠鳴り数えておくれ」はこの歌から影響を受けているかもしれない。

◆ガルシア・ロルカの詩
もっと大きな影響を受けているのは、ガルシア・ロルカの次の詩だろう。寺山が自分で訳している。「別れ」という題の詩だが(★2)、寺山は題を付していない。

ぼくが死んでも
バルコニーは開けておいてくれ
子供がオレンジを食べている
(バルコニーでそれを眺めるのだ)

百姓が小麦を刈っていく
(バルコニーでそれを感じるのだ)

ぼくが死んでも
バルコニーは開けておいてくれ

白石征『望郷のソネット』のエピグラフ

この詩でも「オレンジ」が登場している。

■おわりに

今回取り上げた詩を含むエッセイ「海へ来たれ」が載っている『ふしあわせという名の猫』(1970)には、「死」という題のエッセイがある。そこにも寺山によるロルカの詩のアレンジが見られる。

私が死んでも
いつものように
ドアを半分だけあけておいてくれ
月の光がさしこむように

『寺山修司メルヘン全集3』214頁より

これだけの短いものだ。

寺山はロルカの「ぼくが死んでも/バルコニーは開けておいてくれ」というフレーズが気に入っていたのだ。

■注

★1:ネット「寺山修司抒情シリーズ」より。
★2:『ロルカ全詩集Ⅰ』の小海永二訳による。

■参考文献

◆テキスト

『寺山修司少女詩集』角川文庫、改版、2005(初版は1981)

『寺山修司メルヘン全集3』マガジンハウス、1994

『寺山修司メルヘン全集4』マガジンハウス、1994

『寺山修司全詩歌句』思潮社、1986、340頁

『寺山修司詩集』ハルキ文庫、2003、123頁

『寺山修司著作集1』クインテッセンス出版、2009

寺山修司「黙示録のスペイン――ロルカ」、『私という謎』講談社文芸文庫、2002所収

◆文献
白石征『望郷のソネット』深夜叢書社、2015

フェデリコ・ガルシーア・ロルカ『ロルカ全詩集Ⅰ』小海永二訳、青土社、1979

ネット:「寺山修司抒情シリーズ」
https://cookbooks.jp/ef-3/ef3-1.html


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