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フルーツティー記念日。

今朝、柿を切っていた。

「柿が食べたい」という次女のリクエストがあったからである。

柿、ちょっとヌルっとするよな〜
と思いつつ、カットした柿を皿へ。

「あっ…」

ヌルっと手が滑り、
温かい紅茶が入ったカップの中へ見事にイン。

一瞬取り出そうか迷ったが、自分のカップだったので
「まあいいか」と思い、そのまま飲むことに。

最後の紅茶は、柿のflavorがした
あまくてせつない香り

と歌いたかったが、柿のflavorはしないし
あまくもなんともない。

柿が少し柔らかくなったかな?と思ったが、実際のところは分からない。

結局柿が入ったところで、特に何も変わらなかったのだが、柿入り紅茶を飲んでいて思ったこと。

それは
「フルーツティーって、こうやって生まれたのかもしれない」

ということ。

******

紅茶。

レモンティーを始め
ピーチティー、アップルティーなんかもある。

たとえばレモンティー。
こんなエピソードが想像できる。

紅茶を飲んでいたら、近くで唐揚げにレモンを絞っている人がいた。
勢いよく絞ったレモンの汁が、紅茶の中に入ってしまった。
仕方なくそのまま飲むと…あら不思議。

「!!!!」(お、おいしい)

この味がいいねと君が言ったから、今日はレモンティー記念日。



そしてピーチティー。
私のように、桃を包丁で切っていたらうっかり手をすべらせて、紅茶にインしたのかもしれない。

******

で、何が言いたいかというと

何らかの失敗によって、新たなものって生まれてるんじゃないか?ということ。

で、何か失敗がないと、新たなものって生まれないんじゃないの?ということ。
かっこよく言うと、イノベーション?


たとえば、朝の出来事で考えてみる。
もし柿をスムーズに切って、皿に難なく載せていたら、この記事は生まれなかっただろう。

ただの紅茶を飲んでいたら、フルーツティーの起源を妄想することもなかったはず。



平凡な日常も大事。
でも、あまりにも変化がないとつまらない。

意図的に失敗することはできないけど、意図的に変化させることはできる。

自己啓発本の受け売りみたいだけど…

いつもと違う道を歩いてみたり
いつもと違うランチを頼んでみたり
いつもと違うコーヒーを頼んでみたり

少し変化させるだけで、新たな発見ってたくさんあるよねって話。


明日は、何のフルーツを食べようかな〜。

<あとがき>
紅茶には、ミルクも砂糖もレモンも入れない派です。ペットボトルの紅茶は、午後の紅茶おいしい無糖一択です。
今日もありがとうございました。

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