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先日見た「明晰夢」について

突然ですがみなさんは夢は見ていますでしょうか。

先日、いつものようにヨーガの瞑想をしてから就寝した際、覚醒した状態で夢を見る「明晰夢」を経験したので、今回はそのことについて少し書いてみます。

「明晰夢」という言葉自体、ぼんやりとしか知らなかったのですが、検索してみると、わりと近年(コロナ渦の影響なのか)に関連記事が多く、関心のある人も増えて来ているのかなと感じました。

個人的にもなかなか興味深い体験ではあったので、今後は関連する本などを読んでみたいと思っているのですが、amazonで関連書籍のラインナップを見てみると、科学寄りのものからオカルト寄りのものまで様々のようです。

科学的な分野では心的療法での効果も期待され研究されたりもしているようですが、夢を見るメカニズム自体が科学的に未解明である以上は、オカルト的な側面に関心が集まるのも無理はないのかも知れません。

さてその明晰夢体験ですが、ここ数日中に二度ほどありました。
最初は、大きな缶でできた箱のようなものが目の前にあり、なぜか「触りたい」と思い両手で強く持って持ち上げると「ギュ、ギュ」と激しい音が鳴り、「リアルな音だなー」と感じたことを覚えています。そこで一旦途切れました。

二度目は、生姜焼きのようなお肉の乗ったラーメンが目の前にあったので「食べたい」と思い、お箸でお肉を一切れ持ち上げ口の中に入れると、確かな食感があったのですが、味はあまり美味しくなかったです。こちらの夢もたったこれだけで、その後意識が遠くなってしまいました。

二度ともあっけないものでしたが、「今自分は確かに目が覚めている」という意識を持ったまま夢の世界にいるという感覚が実に不思議で、またその意識の中で「〇〇したい」という意思があり、行動できたことも更に不思議でした。

あと、色がはっきり付いていたのも驚きました。自分の場合これまで、夢に色が付いているかどうかさえおぼろげだったので。。(明晰夢体験以降も夢に色が付くことが増えたのですが、ちょうど今回の挿絵の雰囲気が一番近いと思い選んでみました(↑))

視覚以外にも聴覚や触覚もかなりはっきりとしたものでした。体は特に動いていなかったと記憶しています。飽くまでも脳内での現象でした。これは私の主観ですが、神秘的な体験というよりは、「今まで使ったことのない認知機能が働いた」という言い方のほうがしっくり来るように思います。

最後に、なぜ私が明晰夢に至ったかですが、冒頭でも触れましたが、恐らくヨーガの瞑想の副次的な現象だろうと思っています。

(二度とも)その日はいい感じに瞑想状態に入れたまま就寝でき、トイレに起きた際の意識朦朧とした状態で、目を瞑りだんだんと夢の映像が見え始めた頃に、あえてまた瞑想の状態になるように意識してみたら、たまたま覚醒状態のまま夢を見れたといった感じです。

私が最近よく瞑想の参考にしている成瀬雅春氏の著作本に「夢見観想法」という修行が紹介されていて、それを少し前に読んだのが大きいです。「夢見観想法」は、寝ている以外の時間も段階的に夢を見る時間を増やしたり減らしたりする技法で、ヨーガの悟りを得るための修行の一種です。

ちなみに成瀬氏の本では「明晰夢」という言葉では説明されません。また、チベット仏教でもドリームヨガという奥義があると聞いたことがあります。それぞれ違う体系を持つジャンルから、同じ現象というか方法論について言及されているということは、人間にとって普遍的な意識の探求の一つなのかも知れないとも思います。

オカルト/スピリチュアルの世界では明晰夢と幽体離脱はセットで語られることが多いようで、体験としてかなり近いものだという説もあるので、いよいよ自分も幽体離脱体験に一歩近づけたのかなと思うのですが、どうなんだろう・・またその際は報告したいと思います。

ここまでお読みくださりありがとうございました!

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