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不完全なものに惹かれる人の、夏の風物詩といえば?

「参加する人は○して下さい」

ペン先をカチッとしまい、
完成した名簿を眺める。


私は飲み会の企画が大の苦手だ。

少人数で飲みに行く場合を除き、
飲み会の企画をすることはほぼ無い。

5人以上の飲み会になりそうだと分かった途端
私はすぐさま子泣き爺へ変身し、
企画してくれそうな人に
おんぶに抱っこの状態になる。

優柔不断な私は飲み会の企画をするとなると
「これでいいのかな?」という疑問が
次から次へと湧き出てしまう。
どこら辺の人まで声かけようかな?
どのエリアなら集まりやすいかな?
何時くらい開始だと無理せず来れるかな?
コースにする?いや、席だけとる方がいいかな?
飲み放題はつけた方がいいかな?
でも、そんな酒飲まない人もいるしな…

誰も異議を唱えるはずもないのに
私の心は迷走し始める。
楽しい飲み会のための企画のはずが、
全く楽しくない。
もうやだ。

そんな訳で、愛する酒の為とはいえ、
企画をする事に関しては
どうにもこうにもやる気が起きない。

企画をしてくれる人たちも、
恐らく企画したい訳ではないと思う。
だってどう考えても面倒だ。
それなのに文句も言わずサラリとやってくれる。
だから飲み会の企画をしてくれる人が
私には酒の神様に見えてくる。
酒の神様のお導きに従えば、
絶対に楽しく美味しい酒が飲める。
飲み会の後、千鳥足の私は
これからも一生子泣き爺として生きよう、と
いつも心に誓う。

そんな私が、唯一企画する飲み会がある。

ビアガーデンだ。


6月に入ると、
ビアガーデンという文字が街の至る所に現れる。

私は『ビアガーデン』という文字を見ると
全然夏が好きじゃない癖に
夏がキター!!!とテンションがあがる。

夏が到来した事に喜んでいるのではなく、
ビアガーデンにいけるという喜びが
ビールの泡のようにふつふつと湧き上がるのだ。

私は夏が始まると、
今年は何回ビアガーデンにいけるかな?
と、一緒に行ってくれそうなメンバーを
頭に思い浮かべる。

仲の良い友達は私が企画をするまでもなく、
「行きたいんでしょ?」と言わんばかりに
私をビアガーデンへといざなう酒の神様に変身する。
私はそんな友人、いや酒の神様へ
心からの忠誠を誓い、ますます子泣き爺になる。

なぜそこまでビアガーデンに執着するのか
自分でもよく分からない。
だけど、あのなまぬるい風が吹く空の下
なまぬるいビールを飲む所を想像すると
居ても立っても居られなくなる。
私の前世の人がビアガーデンで死ぬほど働かされて、次生まれ変わったらビールを配り歩く方じゃなくてビールをしこたま飲む方になってやろうと強く思いながらこの世を去ったのかもしれない。
わからんけど。

夏休みが始まると、
私は仕事の定時を過ぎた後、
ビアガーデンに行く計画をいそいそと立て
参加者を募る名簿を職員室へ撒き散らす。
職場で私が企画する飲み会はこれくらいだ。

私が名簿をニヤニヤ回し始めると

「お!もうそんな季節か!」
「待ってました!」

と、ビール好きの先生達から言われる。

「いやー、今年も始まりましたね」

と、私は更にニヤニヤしながら返す。

まるで夏の甲子園が始まったかのようなやり取りだが、ビアガーデンの話だ。
しかし私の頭の中では
確かにプレイビールのサイレンが鳴り響く。

ビアガーデンに行くと、ビールはぬるいし、
汗で身体はベタベタするし、
時折ジメジメした空気を風が運んできて、
あまり気持ちの良いものではない。
エアコンが効いた部屋で
キンキンに冷えたビールを飲んだ方がよっぽど美味い。

だけど、どうしても行きたくなってしまう魅力が
ビアガーデンにはある。
不完全なものに惹かれてしまう人間のサガなのかもしれない。
なまぬるい風に吹かれ、
なまぬるいビールを飲みながら、
私は人間である自分に感謝する。
アリやタコやハムスターに生まれてたら、
こんな思いは出来なかっただろう。

ビアガーデンが終わり、
2次会にでも行くか、となった途端に
私は子泣き爺にドロンと変身する。

酒の神様のお導きで、
2次会は室内でキンキンに冷えたビールを飲む。
涼しい店内で冷えたビールを飲みながら
「やっぱコレだわ!」と思う。
つい先程まで人間のサガを思い、
人間である自分に感謝していたはずの私は、
やはり、これからも一生子泣き爺として生きよう、と心に固く決め、グビリグビリと冷えたビールを喉に流し込む。
どうやら私が人間に戻れるのは、ビアガーデンにいる間だけらしい。
どうりで毎年ビアガーデンに行きたくなるわけだ。

子育て真っ最中の私は
街に今、ビアガーデンの文字が踊っているのかどうかも知らないし、
授乳中だからここ数年は全くお酒を飲んでいない。
過去の記憶をたぐり寄せて、
酒への思いを募らせながら
この文章を書いている。

どうやら最近のうだるような暑さが
私の中の恋心でも親心でも真心でもない
酒心を呼び覚まし、
育休中のアルコール分解機能たちを蘇らせようと躍起になっているようだ。

ここ数年で突然世界が変わってしまったけれど、
なまぬるくて不完全な夏の風物詩を
思う存分楽しめる世界に早く戻るといいな。
そうしたら私も久しぶりに
子泣き爺になったり人間になったりしながら
大好きな仲間達と沢山乾杯したい。

去年は中止になったが、
今年は予選をしている甲子園のニュースを見て
ふとそんな事を思う今日この頃である。

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