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警官

「千マイルブルース」収録作品

もっと私の作品を知っていただきたく、またご購入の参考にしてもらいたいと思い、この作品を無料公開することにいたしました。
ご一読いただければ幸いです。

……警官には二種類いる。


警官

 警官には、二種類いる。
 俺は、ある新しく整備された街で道に迷っていた。国道に出たいのだが、街がそうさせてくれない。同じような曲がり角と似たような建物がグルになって俺を封じこめていたのだ。辺りに方面標識は見あたらず、異様な数の街路樹ばかりが目に入る。山をブルドーザーでかっさらった、せめてもの罪滅ぼしか。あちこちに立つ、街をアピールする宣伝看板も目にうるさい。
 またも同じ交差点を通過した俺は、旅人を相手にしてくれそうな善人を捜すため、脇道に入りバイクを停めた。その途端である。後ろから、ちょっと君、と声がかかった。振り向くと、白いカブに乗った警官だ。
「そこ進入禁止だからね。はい、降りて」
 ついこないだ警察学校を卒業してきたような巡査が、ベテランを気取ったように言ってくる。しかし、街を出るためにあらゆる標識に注意して走っていたのだ、見落とすはずはない。
 訝りながら、俺は道の入り口まで歩いて戻ってみた。すると、あった。たしかに進入禁止の標識だ。だがまて……。俺は、走ってきた方向にさらに戻った。警官がついてくる。標識は、手前の街路樹の繁った葉でよく見えない。視線を促すと、若造警官が苦笑した。
「まあ、直前まで来れば見えるよね。違反は違反だから。はい、こっち来て」
 俺は頭に血が上り、憤然とした。それでも抑えて言う。
「書類を作るのは勝手だが、俺は、サインはしないよ」


 すると、警官の態度が変わった。裁判になったら何度も呼び出しが来て面倒だよ、お金もかかるよ、心証も悪くなるよ、と心配と威圧を混ぜて言ってくる。だがあいにく、そんな詰め合わせは見飽きている。検察庁から呼び出しがあっても、遠隔地なら書面で済むはずだ。費用だって裁判自体はタダだし、国選の弁護士をつけても、じつはそんなにかからない。だいたい状況から、不起訴になる可能性が高い。けれど、なんともタイミングが良すぎる。俺は自分のバイクを眺めながらカマをかけてみた。
「後ろの荷物、ゴムが緩んで落ちそうだったでしょ?」
「いや、平気だったよ」
 やはり後をつけ、よそ者が落ちる穴を待っていたのだ。
 結局俺は調書にサインせず、しかし、国道までの道はしっかりと訊いた。不服そうに、だが私の毎日は正しいとばかりに胸を張り、若造警官が俺に道順を説明する。
「目印は手前の交番だから。わからなければ、そこで訊いてください」
「『警官』がいればね」
 皮肉が通じたのかどうかわからないが、若造警官はあざけるような笑みを浮かべた。
「います、います。親切なおまわりさんが」
 俺はバイクを発進させた。
 警察官には、「目標値」というノルマがある。これをクリアできない者は、当然昇級も難しい。だから皆、躍起になって取り締まる。それで本来の目的を見失い、本当に問題すべきことを見誤ってしまうのだ。


 ようやく目印の交番を見つけて信号待ちしていると、傍らにまた警官を見つけた。駐禁のマーキングをしている。これもノルマかと眺めていると、前方で急ブレーキの音がした。見れば車が交差点の真ん中で止まり、運転手が窓から首を出している。人身事故かと思ったが、誰も倒れている様子はない。いや、よく見ると小さな塊がうずくまっている。子犬だ。どうにか起き上がると、その子犬は足を引きずり脇の小道に消えていった。しかし、誰も車から出ようとしない。誰も立ち止まろうとしない。跳ねた車も、まるで被害者のような顔で走り去った。これが、あちこちの看板で謳っている、「緑といのちの○○市」かい。なんとも、胸クソ悪いまわり道になってしまったものだ。
 俺は走り出し、子犬の消えた小道に向かった。しかし、またもや進入禁止の標識だ。この街とは、やはりうまくやれそうにない。俺は無視して突っ込んだ。
 バイクを止めて子犬を探していると、ポリバケツの陰からうなり声が聴こえてきた。小さな牙をむき、射るような瞳で俺を睨んでくる。当然だ、俺も同じキカイを操る人間だ。怒れ、憎め。俺はグローブの手を噛ませ、痛みに耐えた。そして抱き上げた。見たところ出血はないが、前足と脇腹をケガしているようだ。汚れてはいるが首輪はある。
「ちょっと君」
 俺は背後を振り返り、またもうんざりとした。先ほどの駐禁マーキングの警官ではないか。今度は年配者だが、そのワリに階級章は巡査長だ。この歳でこのクラスというのは、はっきり言って落ちこぼれだ。俺はでかい溜息を吐き出した。
 巡査長は俺を一瞥すると、来なさい、ときびすを返した。まあ、今度は確信犯だ。サインでも捺印でもしよう。だが、今やるべきことはそれではない。
 俺は、スタスタと歩きだしたその背に言った。
「先に、こいつの面倒をみたいんだけど」
 巡査長は振り向きもせず、交番のほうをアゴで指した。
「いいから来なさい。すぐそこだから」
 こいつもやはり、そっち側の「警官」か。まあいい。こうなったら、この子犬を助けるためにも、交番で騒げるだけ騒いでやる。逮捕でもなんでもするがいい。俺は子犬を抱いて歩き出した。交番が近づく。しかしその手前で、ひょいと巡査長が角を曲がった。慌てて追うと、ある建物の前で手招きをしている。俺は呆気に取られた。動物病院だ。
 巡査長は俺をかせた。
「なにをしてるんだ。さ、早く入りなさいっ」
「……俺のほうは、後まわしでいいんですか?」
「いったい、なんのことだね?」
 警官には、二種類いる。



初出 「アウトライダー」(ミリオン出版) 2001年1月号


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