書評『カラフル』

2023年度「サギタリウス・レビュー 学生書評大賞」(京都産業大学)
図書部門 大賞作品

「カラフルの輪廻」
石井陽也 文化学部・国際文化学科 1年次

作品情報:森絵都『カラフル』(文春文庫、2007)

人の印象はその人の一部に過ぎない。これを理解せずに「あの人はこうだから」というように決定づけるとどのようなことが起きるのか。その空間で印象付けられた人間は、殻をかぶり印象という牢獄に閉じ込められるのだ。なぜなら印象とは違うことをすると白い目で見られるからだ。孤独、不安、恥じらい、ネガティブな感情が日がたつごとに肥大化していった。彼はめちゃくちゃ普通のことをしたかっただけだった。

前世にて大きな”あやまち”を犯した魂の主人公。あの世に流されるようにふらふら彷徨っていると天使プラプラに呼び止められ再挑戦のチャンスを与えられる。どうやらこのままでは輪廻のサイクルから外れて二度と生まれ変わることができなくなるそうだ。乗り気ではない主人公だが強引なプラプラに連れられて現世に戻される。気が付くと彼は小林真だった。こうして自殺を図った少年、小林真として暮らしていく中で自らのあやまちに気づいていく物語だ。この小説のポイントは小林真が小林真ではないことだ。前世での記憶がない主人公が小林真として生きることで黒だと思っていた世界が少しづつ色合いを変えていく。

私はこの作品を通して疑問に思う点があった。その疑問とは大きなあやまちを犯した罪な魂が輪廻のサイクルを外れる点だ。しかも二度と生まれ変われないことを殺生とまで表現している。これは本来の輪廻の意味と比較すると逆なのだ。そもそも仏教用語である輪廻は苦の連鎖である。仏教の開祖、釈尊は生まれること、老いること、病めること、死ぬことなど苦しみが蔓延るこの世界からの解脱を目指した。そして解脱とは苦の連鎖である輪廻から脱することである。つまり元来の輪廻と「カラフル」における輪廻は全く違っているのだ。ではなぜ輪廻の意味を異なるものにしたのか。それは「カラフル」で感じられる、苦しい世の中でも少し角度を変えれば様々な色がみえてくるという考え方(教え)は、仏教でいうところの法(ダルマ)だったからではないかと考察する。法とは解脱に至るための手段であり、人それぞれそれ異なった法が存在する。私はカラフルは小林真にとっての法を見つける物語に思えるのだ。(ここから先はネタバレの内容も含む)主人公の魂の正体は前世の記憶を消去した小林真である。そして彼の犯したあやまちとは殺人である。彼は薬によって自分自身を殺したのだ。私は自殺した彼に再び生きる機会を与えることに大きな意味を感じた。確かにこの世の中は嫌になることばかりかもしれない。しかしこの世に絶望して来世に期待するように命を絶つよりも、自らの殻を破りしぶとく生き続けるほうがよい。来世はもっと苦しい状況かもしれないし、生への執着ではなく今持っている命の執着が重要だ。それらを伝えるために輪廻の意味の違いを出したのではないかと予想した。

自殺というトッピクは重々しい雰囲気になりがちだが、この作品は小林真の年相応のポップな文で書かれていて重い印象は受けない。ほかにも小林真と魅力を持った登場人物たちの会話にクスっと笑える箇所もあった。総じてとても面白い作品だった。主人公が中学三年生なので学生のほうが共感しやすい点が多いと思うが、ぜひ老若男女、幅広い年代に読んでほしい。