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暮れ行く日々

 先日美容院に行った。ここだけは年末らしい書き入れ時の様相を見せるなか、その日最高気温が20度越えというなんとも12月をにわかに信じられない状況にうすぼんやりとシャンプーなどされていたとき。

 長身の初めて担当してくれたシャンプーの方(以前はインターンと呼んでいた記憶だけど、、)とすき間を埋める会話をこれまたうすぼんやりと交わしていた。いや、交わしていくのだ、と思っていたら、青年はまだ20歳になったばかりくらいの年頃と会話から想像された。こういう時期特有の便利な会話として「年末年始はどうするんですか~」と聞かれ、なんだかものすごく適当な返事をしたのだろう、自分でもなんて返したのか記憶にない。なにしろ本題は彼のことだからだ。

 「ぼく、昔は(おそらくつい最近までの学生時代と予想)休みの日には友だちと会う予定をびっしり入れて、それ全部楽しくて最高!ってタイプだったんですが、最近もうむしろ約束をあらかじめ入れるのが面倒になっちゃって…。お正月も実家に帰るのは楽しみなんですけど、もう誰にも会わないでずっと寝てようかなって(笑)」と、その「休日にずっと寝ていること」をすごく後ろめたそうに話す彼を見ていて、ああ、この方はとても社交的でいつもわいわいと過ごしてきたのだろう、と難なく思われた。

◇◇◇

 「それが一番贅沢なことですよ」と返すと彼は一瞬、え、となった。つづけて「だって毎日これだけの人に会って(適当な)会話をしてる仕事なわけだから、知らないうちに消耗しているのかも。自分って、開放し続けてると消耗するものだから。一人になる時間をいま求めているのかもしれないですね。それに、毎日何時に起きてどこに行って、と規定どおりの生活をしていると、一切の縛りをなしにして思うままに生活したくなるものですよ」と言った。すると彼は文字通り目を丸くして、「そうか…。そうですよね。一人になりたいと無意識に思っていて、それは自分を充実させる必要があるのかもしれないんですね」と言いながら、固く凝り固まった私の背をもみほぐしていた。

 わーなんだかカウンセリングを受けたみたいに楽になってしまいました、わー、と無邪気に気の晴れた顔をする彼は、おそらくこれまで「一人で過ごすことの贅沢」なんて予想だにしない人生だったのだと思う。好きな人たちと共に楽しく過ごすことが当たり前で、それは彼を間違いなく毎回幸せにしてきた。そして本来の彼はずっとそこにいると思う。

 「でもね、たまたまそのシーズン、人生のシーズンにいるってだけなので大丈夫なんですよ。これからずっと一人の時間が贅沢と思うわけじゃなく、人生のうちいろんなシーズンがめぐってくるから、たまたまいま、そういうタイミングなだけなんで(心配しなくていいんですよ、かつての人生とさよならしたわけじゃないんだから)」と言うと、彼はこれまた驚いていた。

 こういうことで驚ける若さというか、人生経験のスタートラインにいるんだなぁとスッと爽快に風が通るような思いがする。

 そして思った。

 私がタクシー運転手さんとの雑談をこよなく愛するのと一緒で、彼もまた同僚・先輩・上司後輩とではなく、まったく違う世界で生きる見知らぬ他人と日々たくさんの雑談をするなかで、こうして時に拾い物のような会話をしているのかもしれない、と。

 サロンを出るとすっかり宵のころとなっており、表参道に恒例の灯りを目指す、大勢の人出となっていた。


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