見出し画像

屋久島タイムスリップゴジラ温泉


屋久島には屋久杉を見に来た。

屋久杉を見るには朝5時に山の麓にいる必要があるから、前日は酒を飲むことはできない。いや、酒を飲むことはできるけれども、自分の満足いくまでは飲めないから、思い切って一滴も飲むことなく寝ることにする。屋久島に来ておいて島の焼酎を飲まない夜があるというのは本懐ではない。しかし屋久杉を見に来たから仕方なく早く寝る。

屋久杉を見るのにきちんとしたルートで行こうと思うと、わたしみたいな素人は、8時間ほど山道を行って帰る必要がある。8時間というと、2時間の映画ならぶっ続けで4本、睡眠にしてみると1日7時間は寝ることにしているから、そこに昼寝の1時間を足して、それでやっと屋久杉をみれたことになる。それなら早々に寝てしまって夢の中で屋久杉を見る方が早いような気がするが、それでは人に自慢が出来ないからやっぱり仕方なく4時に起きて観念した。山に登って、それで結局一夜分の酒盛りをし損ねたから、この悔しい気持ちを考えると、屋久島に来た目的は酒盛りである。

早く酒盛りをしたいから、山登りのことを詳しく書くとなかなか酒盛りのことを書けないので、端的に書こうと思う。屋久杉は遠く、また遠いからこそ身体はつらく、身体がつらくなるほど歩いたから景色は雄大で美しかった。屋久杉は何かというに、まさに大きな樹なのであるが、それを見るまでの山登りの時間と距離が山の奥にある屋久杉をさらに大きな巨木へと育て上げるのである。さて、酒を飲みたいので先を急ごうと思う。

次の日には港近くでレンタカーを借りて、島内をドライブした。前日の登山で足が痛いから、温泉の名前がついている銭湯に向かった。木造の建物で非常に雰囲気が良い。

大きな風呂に入れるのが嬉しくてほくほくしながら中に入って驚いたのは、座って体を洗う椅子がない。椅子がないし、鏡もない。思っていた銭湯ではない。さらにすでにいた先住の紳士たちは据え付けてある蛇口の前で身体を洗うのではなく、湯船の真横の地面に座っておのおの御身体と御髪を御洗いあそばせている。

When in Rome, do as the Romans do.

郷に入っては、である。知った顔で、己が判断する相手のテリトリーを尊重した距離で身体と頭を洗って先住の皆様と同じように湯船に身体を沈めた。こうなってしまえばもう大人も子供も女も男も猿も人間もみんな一緒である。ふわぁっと緩めながら体中に暖をとる。すでにどれほど湯に浸かっているかわからない小さなご老人は顔が真っ赤になっていてお猿さんのようだった。

風呂をでて火照った身体でゆっくりと着替えて、待合のような部屋に寄り、少しくのぼせた頭で瓶のコーラを飲んでぼーっとした。待合室の小さなテレビはブラウン管で白黒のゴジラの映画が流れている。なんとなく10分ぐらい映画を眺めて、車に乗って宿に戻った。

屋久島には三岳という焼酎がある。関西で飲むと高いが、屋久島で飲む三岳は安い。安いから島民は水のように三岳を飲む。水のように飲むということは水のような値段で売らなければいけないから、屋久島で買う三岳は安いのだろう。

居酒屋でその三岳のロックと地魚をやりながら、ふと思った。瓶のコーラを飲みながら、ブラウン管のテレビで白黒のゴジラを見ていた10分間と、椅子と鏡のない風呂場の風景。今更ながらそんな銭湯がこの世にあるとは思えない。この世にあるとは思えないけれど、実際にその風呂に入ったのは自分だからきっと現実だったのだろう。あれが現実であろうと、過去の時空に迷い込んだのであろうと、今は三岳で気分がいいからどちらでもいい。どちらでもいいとは思うが、どちらであっても旅先の経験としては楽しいものである。


(了)


(「ゴジラ」、本多猪四郎監督、1954年公開、日本映画)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?