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松竹伸幸と日本共産党の内紛とその背景 - 改憲勢力の策動、自業自得の展開

除名された松竹伸幸の行動には怪しさと疑わしさを感じていた。おそらく松竹伸幸は最初から除名を織り込み済みで、除名事件をマスコミに大々的に報道させることで売名を奏功させ、自らの「事業」を拡大し戦略を遂行する狙いで、工程表どおりに動いていたのだろう。普通に考えて、多少とも著名で影響力のある社会的立場を持った大物の共産党員が、今のこの時節に、世間から共産党バッシングが集中して選挙に不利になるような行為を、マスコミを舞台にして賑々しくやるはずがない。私が松竹伸幸の名前を知り、本人のブログを初めて読んで状況を知ったのは昨年11月頃だが、「除名」のイベントハプンと政治闘争に向けての思惑と計略が十分に透けて見えたし、準備を着々と進めている気配が窺えた。訝しい第一印象だった。

単なる個人の突発的な行動ではなく、また、事故や私的怨恨に基づく動きでもなく、仲間や黒幕が付いていて、党そのものを動かし変えようとする政治プロジェクトが仕掛けられている様相を感じた。党中央(志位執行部)と松竹伸幸との暗闘は昨年から続いていたはずだが、当時は、一瞥して志位和夫の方が対処に苦慮し、逡巡し躊躇している様子がくっきりだった。返り血を浴びるのを恐れ、なるべくなら除名という最終手段は避けたいという態度で臆病に逃げていた。収拾に手を焼き、妥協によって穏便に済ませたいという本音を漂わせていた。逆に松竹伸幸の方は強気一辺倒で、除名できるんならやってみろと、どんどん音量を上げて攻勢をかけている印象だった。志位執行部側の弱気と弱みをよく承知した上で、優位に立って挑発していた。

■ 弱気で逃げ腰だった志位執行部 - 追い詰められて伝家の宝刀 

直観だが、最終的に決断して指示を下したのは不破哲三ではあるまいか。松竹伸幸の意図を見抜き、背後に蠢く勢力の目的をも察知し、党のダメージを覚悟した上で政治闘争やむなしと判断したのだろう。いよいよ戦いの火蓋が切られたということで、松竹伸幸の方は、自らを支持する党員に号令をかけ、党にとどまり、来年1月に開かれる党大会に向けた党支部会議で代議員に立候補するよう行動を呼びかけている。党大会で今回の除名の件が議題になるから、その場で反対意見を述べて反対投票してくれと要請している。つまり、今年1年の共産党内をこの除名内紛問題で一色にし、あわよくば内部闘争で多数派となる進行を狙っている。カレンダーをよく見据えた上で昨年から着々と戦略を布石し、計画を練っていた作為が窺える。執行部から見れば、まぎれもなく党乗っ取りのマヌーバーだ。

この紛争は、表面上は党首公選制が争点になっている。民主主義政治の下で活動する政党なら党首公選が当然じゃないか、共産党もレーニン型の旧態慣行を清算して早く「普通の政党」に移行すべしという常識的正論があり、この意見が大衆世論に支持されることを前提に、松竹伸幸は党首公選制を前面に押し出して問題を演出してきた。だが、私の見るところ、松竹伸幸の本心はこれが真の目標ではない。本当の動機は、日本共産党を日米安保支持の野党に変え、9条改憲を容認する野党に転換するところにある。党首公選制の訴えは、自らを正当化して多数支持を得やすくするための表向きの看板で、巧妙な政治作戦の隠れ蓑だ。私は、全く外部の人間なので、日本共産党が党首公選制を導入しようが、従来どおり密室で人事を決定しようが、どっちでも構わないし、好きにやればいいじゃないかという傍観者の立場である。

■ 日米安保を支持する党に転向せよという要求

傍観者だけれども、日本共産党が日米安保支持の政党になるのは困る。9条改憲を遂行する悪党の仲間になるのは阻止したい。もし、日本共産党が綱領を変え、日米同盟支持の党に転換し、9条改憲を容認すれば、その瞬間、改憲側は国会で発議を仕掛けてくるだろう。現在、9条改憲に明確に反対しているのは日本共産党だけだ。そこに世論の中の一部の反対論が存在する。改憲側は、9条改憲の国民投票を国民の圧倒的多数の賛成で可決させたい狙いがあり、投票結果が割れる事態を避けるという重要な目的を持っている。日本共産党が党ごと変われば、それは一気に実現する。今回、松竹伸幸が内ゲバを仕掛け、党が内紛で割れる展開になると、改憲側にはきわめて有利な情勢となり、発議を起こしやすい局面が到来する。私は、松竹伸幸のバックには改憲勢力が付いていると構図を観察する。党ぐるみの転向を謀っている。

現在、日本共産党に対する猛烈な反共攻撃が始まっている。共産党は恐怖の独裁政党だという、いつもの型どおりのバッシングが吹き荒れている。世論への影響は小さくなく、4月の統一地方選での逆風も大きいだろう。議席が確実に減る。松竹伸幸は、議席減少の結果を材料にして、それ見たことか、志位独裁を続けているからこうなるのだと原因分析して責め立てるに違いない。党は窮地に追い込まれ、衆院選の態勢がとれなくなる。松竹伸幸はそのタイミングも計算し戦略全体を構想しているわけで、この1年間ずっと攻撃の主導権を握り続ける巧妙な戦術を設計していることが分かる。実に用意周到で、傍から見れば、志位和夫は絶体絶命のピンチだ。だから、委員長職を田村智子に引き受けてくれと打診したのだろう(噂だが)。確かにこれは一つの対抗策だが、責任の矢面に立つ自信がない田村智子が断ったと言われている。

■ 自業自得 - なぜ日米安保支持を認める党員が多いのか

ネットを見ると、松竹伸幸を応援している党員の声が多くて驚く。これは相当に深刻な内ゲバになると予想する。改憲派は笑いが止まらないだろう。現役党員が松竹伸幸を応援する理由は分かるし、志位和夫の独裁手法と長期にわたる党勢衰退に対して無責任に開き直る態度は許せないという気分は納得できる。しかし、松竹伸幸が公然と日米同盟賛成を言い、9条改憲を提唱しているにもかかわらず、それを現役党員が支持するとはどういうことだろう。松竹伸幸の方向で日本共産党が変わった場合は、安保外交の基本政策は立憲民主党と同じになる。党は立憲民主党の左派になる。それこそが松竹伸幸の狙い目で、その方向性こそが正しいと確信しているのだろうけれど、客観的に見れば、それは日本共産党の死そのものだ。単なる路線転換ではなく、実質的に党の解散と消滅に等しい。その方向性を支持して声を上げている党員が多くいる。

非常に不思議な光景だ。けれども、よく考えればそれもむべなるかなで、この10年の日本共産党は、そうした右寄りの地平にどんどん舵を切って進んできた。立憲民主党に抱きつき、いわば立憲民主党左派を仮想的に標榜(擬態)して「野党共闘」を絶叫し、「政権交代」の夢を訴えてきた。口を開けばもっぱらジェンダー、マイノリティ、LGBTQの、いわゆるポリコレ政策の主張を並べ、それを中国叩きと合わせて前面に押し出し、まるでアメリカ民主党左派の日本支部に等しい政党になりきっていた。しばき隊党に変質していた。私の従来のイメージにある、社会主義と9条平和主義の日本共産党とは似ても似つかぬ党に変貌した。社会主義の方面には全く関心を失い、格差と貧困の問題への緊張感が薄れ、新自由主義批判の論陣を張らなくなった。そのかわり、しばき隊Tシャツを頻回に着用し、しばき隊と一緒に写真を撮ってアピールするリベラル政党になった。

党の変容 - 10年の間に松竹新党に近づいていた

日本共産党がそのように変わってもう10年になる。その間に入党した者も多く、また、この10年間の党の新基軸こそ妥当だと純粋に考え、立憲民主党に抱きついて小選挙区で「野党共闘」の下駄票になるのが合理的な姿だと確信している党員も多いだろうから、そうした党員による松竹伸幸支持の声も頷ける。つまり、今回の松竹伸幸の分派騒動とその波紋は身から出た錆だ。自業自得だ。3年前に行われた中国敵視の綱領改定は、従来の日本共産党から松竹伸幸的新党への一里塚だった。綱領改定の延長線上に松竹伸幸の新党がある。3年前の綱領改定は、日本共産党のしばき隊化であり右傾化変質そのものだった。歴史認識までズルズルと変わった。私は、そうした日本共産党の面妖な変質を批判してきた一人であり、社会主義と9条平和主義の理念を堅持するのが日本共産党にとって正しい道だと考える一人である。

日本共産党員と党に関係する者は、これから熾烈な抗争に直面することになる。骨肉の争いから逃げられないだろう。35年前にニュースステーションで目撃した都教組分裂事件のような、生木が裂かれるような激痛と軋轢の渦中に身を置くだろう。国労の解体時のような呪わしく忌まわしい政治が再現され、傷つき消耗する修羅場になるだろう。政治とは厳しいものだ。体制を根底から批判し変革をめざす思想にコミットする者は、逆境の運命を甘んじなければならない。日本共産党員がいま考えるべきは、戦前戦中、特高に捕縛され私刑拷問の暴力を受難した過去の先輩たちのことだろう。正義は彼ら彼女らが殺された後に実現した。理想は戦後民主主義の日本で形となった。が、殺されるときは、親戚に迷惑をかける非国民であり、絶対悪のアカであり、国民全体の1%に満たない異端者である。政治をする者はその覚悟がないといけない。

■ 体力のない今の日本共産党にこの騒動は迷惑で過負荷 

現在でも、世界で共産党と名前の付く政党は、先進国でも非合法だったり、活動家が弾圧され処罰される国が多い。もともと革命党派で、歴史に誕生したときは過激なインテリのエリート集団だった。戦前戦中の日本共産党は、共産党のそもそもの少数異端の姿を体現している。戦後の野坂参三(愛される共産党)と宮本顕治(議会を通じて政権獲得)の路線になって以降、いわば組織の大衆化が進められ、創価学会に似た組織になった。日本共産党には、少数エリート性と国民政党の大衆性と二つの矛盾した属性があり、党が順調に発展していた70年代は二つが弁証法的に統一できている形象を見せていた。平和な戦後民主主義の体制下だからそれが可能だったと言えるし、戦前戦中の弾圧下で闘って地域で広く尊敬を得ていた優秀な知識人指導者の群像があったから、それが可能だったとも言える。その条件は今はなく、党内に知識人はいない。

いずれにせよ、今のこの局面で、こういう問題提起と分派抗争を起こされ、党を混乱と動揺に導かれると、選挙へのマイナス効果も甚大で、党執行部は大いに迷惑に違いない。今の日本共産党には組織の体力がない。問題を解決できる物理的なキャパシティとケイパビリティがない。「雨降って地固まる」に収められる余力がない。内ゲバを次の躍進に転化できる条件が今の党組織にはない。こんな攪乱と紛争を持ち込まれて対応に追われたら、現場の打撃と負担が大きすぎる。高齢化して組織が衰弱し、かく議員団が縮小してしまっている弱小政党に、果たして党首公選が必要かどうかも私は疑問だ。民主集中制の原則を見直すかどうかという大討論をして結論を出す体力があるかどうか、それこそ決定的な問題だ。そもそも、党首選に立候補して志位和夫を凌ぐ人気と実力の人材が党内に存在するのかどうか。そのような有力な候補が育っていれば、志位和夫が22年も党首を続けることはなかっただろう。

今さら民主集中制を変えてどうなるという問題ではないように思われるし、それをやるならもっと体力が残っている時期にやるべきだった。

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