見出し画像

途上国ベンチャーで働いてみた:M&Aプロジェクトはじまる

2019年にバングラデシュに渡り訪問健診事業の立ち上げに関わり始めたころから、すでにとある現地病院の開設プロジェクトと当該病院における院内臨床検査室の受託・運用を請け負う計画が持ち上がっていることは聞いていた。

病院側経営陣との間で正式な契約交渉に決着がついていない中、病院から提示される開設スケジュールと現場工事の進捗状況には大きな乖離があり、いったいいつからこちらの資本を投入してプロジェクトに参画すべきか、先行きの見えない状態が続いていた。現地にわたって3ヵ月程度しか経っていなかった私は、正直そんな新規プロジェクトなぞを考える余裕などなく、そもそも立ち上がっていない既存事業のマーケティングやら営業やら財務やら人事やらでてんてこ舞いの日々だった。新規プロジェクトは本社がどうするか考えてくれているのでしょう、という程度の認識だった。

しかし、それはある日突然始まった。スケジュールが先か、契約が先か、はたまた現場の準備進捗が先か、、、堂々巡りでプロジェクトが滞っている状況にしびれを切らした病院側から圧力がかかり、MOUベースで検査室開設準備に取り掛かることが(おそらく2年越しのやり取りの末)ようやく決まった。

プロジェクトの状況を複雑にしていたのは、当該病院がまったくの新規開設ではなく、既存病院の建て替え+新規開設であり、一部人員や機能を引継移管する計画になっていたことだった。われわれが請け負う検査事業も、検査技師人員と機器類を引き継いだうえでの運営が条件となっており、そのためにはまず既存病院検査室の人員、組織体制、オペレーションを把握することが最初のミッションであった。当時はてんやわんやの中で手探りで始まったプロジェクトであり、筋道立てて整理する余裕もなかったが、やっていたことは要するによその検査事業を吸収し、われわれの会社の傘下として事業を運営していくというM&Aにほかならない。

ベンチャーあるあるではないかと思うが、案件を獲得できたはよいものの、現場に期待されているケイパビリティが足りない、それでもまずは結果を出さなければならない、という状況が、われわれの現場でも起きていた。
そもそも、私たちの少なくとも日本人経営メンバーのなかに病院の検査室運営に通じている人間はいなかった。頼りにしたのは、現地で採用した大手民間病院に勤務経験のある検査技師たちである。彼らは会社設立当初からほかの部門のメンバーたちに比べても非常に勤勉で、まじめで、自分たちの手で日系の検査室をつくるんだという意欲も非常に高かった。
しかし、彼らは20-30代前半とまだ若かっただけでなく、一般的に現地の臨床検査室というものを束ねているのはシニアの医師であり検査技師は格下に扱われる、という商慣習が大きな壁となった。

吸収先の既存病院検査室では、シニアであり且つ現地医療界では地位の高い病理医が主任として検査室運営の実権を握っており、既存病院内での発言権も強い立場にあった。よって、まずは既存病院検査室内の人員とオペレーションを把握しようと病院を訪れたものの、この病理医によって検査室内には情報統制が敷かれており、私たちの情報収集に協力する者は排除されるほどの徹底した抵抗に遭うところからスタートした。

「なんの権限を持って名も知らない日系企業がわが検査室に口を出してくるのか」
「いったいどれほど有益なメリットをわが検査室にもたらしてくれるのか」
「どんな検査室にしていくビジョン・構想をもっているのか」
「どれほどの実績と権威ある医師が率いてくれるのか」

M&Aだと思えば、彼らの反応、抵抗も当然予想できたものであり、今思えば何の驚きもない。吸収先の従業員に対して丁寧な経営ビジョンの説明がなされる必要があることも当然である。しかし、病院の経営陣と合意したプロジェクトと聞いて無防備に現場に赴いた当時の私にとっては予想していない反応だった。
なるほど、我々の若手検査技師だけでは太刀打ちできない。医者は医者の言うことしか聞いてくれない。とにかく日本にいる経営メンバーの医師を引っ張り出し、スカイプ越しにこのプロジェクトの意義、ビジョンをどうにかこうにか語ってもらい、その遠隔対談を設ける横で、われわれの若手検査技師による既存病院検査室のオペレーション理解を目的としたシフト連携を認めてもらえるよう何度も病院に足を運んだ。

(ちなみに、ちょうどこの頃われわれの側では組織崩壊が起きており、さらに当該プロジェクトの先方病理医とも折り合いが悪かった現地社長は検査室出禁にされたりとトラブル続きだった。。)

さらにこのプロジェクトを複雑にしていたのは、病院側の経営陣が一枚岩ではなく、複雑な院内政治が行われていたことだった。詳細は避けるが、既存病院検査室の吸収に立ちはだかった最初の関門である病理医との対峙は、バングラデシュ現地の病院という魔物との対峙に他ならなかった。
吸収先事業の従業員の理解を得るために、プロジェクトに合意しているはずの吸収先事業経営陣からの協力を仰ごうと相談に訪れた際、伝えられた言葉はこうだったー
「まあ、うまくやってください。彼女(病理医)をうまく巻き込まないと、事業は進みませんよ」

(続)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?