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や す も の ─ 安 物 ─

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養老まにあっくすエッセイ集①
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必要だからやる。それが仕事

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  養老先生が若い頃、つまりまだ東大で教えておられた頃、必要な設備を私費で購入して研究していた。そういうエピソードがある。これは美談だから紹介するのではない。先生はこの話をすると、「本当はいけないんだけどね」と苦笑いする。  なぜいけないかと言うと、東大の教授は国家公務員だからである。ポケットマネーを使ったら、研究の目的が歪む。だから禁止されている。しかし、本当にそうか。  どんな研究でもそうだが、たとえば私企業から資金をもらって研究すれば、その

不登校の現在地

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  2024年1月28日、桶川市の桶川市民ホールにて「子どもの教育を考えるシンポジウム」が開かれた。登壇したのは桶川のフリースクールHIRO代表・中里哲也氏、文科省初等中等教育局児童生徒課長補佐・大野照子氏、優育プロジェクトの的場美芳子氏、そしてわれらが養老孟司先生である。私はお手伝いのような形で関わらせていただいた。  顔ぶれをよく見ていただくとおわかりかもしれないが、このシンポジウムのテーマは不登校である。詳しい内容は後日動画でアップされるの

事実と真実

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  こんなことならちゃんと予習をしてから映画館に行くんだった。「なんか面白そうだから」「クラシック音楽が好きだから」そんな軽いノリで『TÁR』を観に行って激しく後悔した。  これは決して難解な作品ではない。権力と地位の頂点にいる指揮者リディア・ターが、スキャンダルによって失墜していく単純明快な話である。ただ、この映画は余白が多いというか、描かれていない部分を脳内で補完して観ないと理解できない。ジグソーパズルに例えると、すべてのピースが揃っているわ

幸福論

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  幸せ、幸福、幸運、いろいろ言い方がある。「幸い」という言い方は、少し古めかしいかもしれない。思い出すのは、カール・ブッセというドイツ人が残した詩である。日本では、上田敏の訳で広く知られた。  山の向こうの空遠くに、幸せがあると人は言う。人に尋ねて歩いたが、涙ぐんで帰ってきた。それでもなお、山の向こうのもっと遠くに、幸せはあると人は言う。  幸せとは何だろうか。ときどきふと立ち止まって考える。だが、そう考えてしまうのは、自分が幸せでないと感じ

汚れ仕事

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  「汚れ仕事」という言葉がある。具体的にどのような仕事を思い浮かべるかは人それぞれだと思うが、服が汚れるから汚れ仕事なのではない。普通はやりたがらないから汚れ仕事なのである。会社でも損な役回りのことを「汚れ役」などと言う。「仕事に貴賎無し」という諺があるのも、誰かがやらなくてはならない仕事だからこそ、周囲は敬重すべしということなのであろう。  これと比べると、「底辺」というのは随分と品がない言い方である。とある就職情報サイトが「底辺の職業ランキ

感覚をひらく

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  「沈黙は金、雄弁は銀」という諺がある。私はもともと口数が少ないので、よく「何を考えているんですか?」と訊かれる。実際はただボケっとしているだけなのだが、傍目には何か難しいことを考えているように見えるらしい。そして、「考える」というのはなぜか、高尚なことのように思われている。  先日私は心理療法士の先生に「マインドフルネス」というものを教わった。最初にマインドフルネスという言葉に出会ったのは、もう随分昔である。ティク・ナット・ハンというヴェトナ

理解と解釈

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  「お腹すいた」という言葉を、文字通り自分が空腹であることを示すために使う人は、ほとんどいないであろう。子供が親に対して言ったなら、それは「ご飯まだ?」という催促だし、友達どうしでの会話なら、「何か食べに行かない?」という問いかけになる。  われわれは漠然と、「言葉」という乗り物が「意味」という荷物を乗せて運んでいくようなイメージを抱きがちだが、そのような言葉の運用は、じつはきわめて限定的ではないか。冒頭の例を見てもわかるように、言葉に対する解

食べる

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  以前、牛丼チェーンの吉野家が「牛丼を三ヶ月食べ続けても健康に問題はないか」という実験をしたことがあった。その結果は、「一日一回、吉野家の牛丼の具を通常の食事として三ヶ月食べても、コレステロール、中性脂肪に悪影響はなかった」というものだった。  自社の食事の安全性をアピールしたかったのだろうが、私は経験したことがある。仕事が忙しくて毎日終電で帰っていた頃、夜中に開いている店がコンビニと松屋しかなく、毎晩松屋の牛丼を食べていた。すると、ある日突然

デザイナーという職業と、デザインすることについて

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす 僕がデザイナーになったわけ  「デザイナーをやっています」と言うと、羨ましいものでも見るような目で見られることがあります。広告の仕事をしているときもそうでした。普通の人からすると、広告代理店やデザイン事務所というのは、とても華やかな職場に見えるようです。しかし、現実はそんなに明るいものではありません。  まず、デザイナーという仕事は、どうしても夜遅くなりがちです。デザインというのは、アートと違って自分だけで完結するものではありません。途中の段

有料
500

石ころ

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  人は何のために生きているのか。じつは、あらかじめ意味を持って生まれてくる人間は一人もいない。その意味では、人間は石ころと同じである。  自分は会社にとって必要な人間だと言ったところで、その会社がなくなれば意味はないし、いくら世の中に貢献していると言ったって、明治維新や終戦のように世の中の方がガラッと変わってしまうこともある。石だって一定の大きさと重さがあれば漬物石にはなるが、それも漬物あっての話である。意味は後から与えられる。  自負、自尊心

他所のおじさん

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  Twitterである高校生が、「なんで会ったこともない他所のおじさんに黙祷しなきゃいけないんですか」と書いていて、思わず笑ってしまった。確かに、「会ったこともない他所のおじさん」に違いない。  大学生の頃に所属していた同好会で、学年は私より上だが後から入ってきた女子学生の名前が、その「おじさん」と同姓であった。加えて、顔立ちもどことなく髣髴とさせるところがあって、自己紹介の際に恐る恐る訊いてみると、やはり後胤であらせられるということがわかった

ヴァーチャルは現実を超えるか

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  夕食時にテレビを見ていたら、花火の映像を中継していて、それを見ていたスタジオのタレントが「CGみたいですね」と言った。むろん褒め言葉のつもりで言ったことはわかる。しかし、この一言がどうにも気になって仕方ない。  真意としてはたぶん、「現実を超えるような美しさですね」ということだと思う。しかし、受け取りようによっては「作り物めいて見える」という否定的な意味にもとれる。むしろ、私なら素直に受け止めればそういうふうに理解する。昔のCGはいまから見れ

私の好きなマンガ

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  書店に勤めていたころ、お客様から「おすすめの漫画はありますか?」と聞かれることがあった。年配の方や、普段漫画を読まなそうな大人の方が多い。どんなジャンルが好きなのかとか、自分で読むのか誰かにプレゼントするのかとか、いろいろお話を伺ってレコメンドするのだが、とにかく困ったら『よつばと!』を薦めることにしていた。実際、これだけ万人に安心してお薦めできるマンガも珍しいと思う。  連載開始から18年だというが、作品の中の時間はほとんど進んでいない。主

「違う」が「同じ」になるまで

𝑡𝑒𝑥𝑡. 養老まにあっくす  「だって、黒人ってみんな同じ顔に見えますでしょう?」昔、外国映画を見ていたら、白人の女優がそう言ったのである。いまだったらこんな台詞を入れること自体が考えられないが、ともかくそれが許されるくらい古い時代の映画である。  ところで、それを見ていた私はといえば、「白人だってみんな同じ顔じゃないか」と思ったのである。何の映画かは忘れてしまったが、そう思ったことだけははっきりと覚えている。  あなたは、ゲーリー・クーパーとグレゴリー・ペックとケーリー