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【書籍紹介】今こそ名著 西郷南洲翁遺訓 高潔な精神と広い度量

こんばんは。

リーダーシップデザイナーの吉田幸弘です。

今日のおススメの書籍です。

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■今こそ名著 西郷南洲翁遺訓 高潔な精神と広い度量
■西郷隆盛(著)
■道添進(編訳)===========================


1890年庄内藩の酒井忠篤氏とその家臣たちによって編纂され誕生した「西郷南洲翁遺訓」。

西郷さんが生前に皆の前で語った43の言葉を集めたものです。

西郷さんは生涯1冊も著書を記しませんでした。

だからその貴重な教えを山形県の庄内藩で遺しました。

実は庄内藩は、戊辰戦争で薩摩藩を中心とした新政府軍から攻撃を受け、降伏をしています。

ただその時、西郷さんは誰も刑罰に付さなかったのです。

そんな度量の広い「ゆるす心」を持った西郷さんに感動し、庄内藩のメンバーは薩摩にその後学びに行き、本書が出来上がったわけです。

そんな西郷さんの教え、リーダーにとって大切な礎が詰まっていて、非常に参考になります。

それでは特に参考になったエッセンスをご紹介していきます。

●「この男はしょっちゅう意見書を上げてくるが、いったい何者か?」

藩主島津斉彬は、上書を読みながら興味を惹かれた。

もちろん、その報告書を出していた役人は西郷隆盛だ。

まだだいぶ後になるが、安政三(1856)年、斉彬に有名な上書を提出している。

それは、10年に及ぶ郡方書役助として務めた経験をもとにまとめられた、厳しい農政批判だった。

「わが薩摩国ほど農政の乱れているところはない。どうしてこれで農民が成長できるだろうか」

(P26~27 引用)

西郷隆盛の出自は下級役人の家であり、元々立場が上であったわけではありませんでした。

世に出たのは当時の薩摩藩主島津斉彬氏に庭方役として見出されたからです。

見出されたきっかけが「意見書を書き続けたこと」でした。

もちろん意見書の内容が目を惹いたのでしょうが、最初からダメと思わず挑戦し、失敗に屈することなく続けることの大切さを改めて認識させられました。

●重要な官職というものは、その任に耐えられるだけのすぐれた人物を選んで、任務に就けるべきなのだ。

維新などの功労者には、官職ではなく、俸禄を授与して報いるのがよい。

このように南洲翁(西郷隆盛)は言われた。

中国の古い経典である『尚書』の中にも、そのような一節がある。

「人徳が高い者は、官位につけて職務に励ませなさい。功績がある者には、褒美を与えて励ませなさい」

これよおなじ意味でしょうかと南洲翁に尋ねたところ、顔をほころばせて、「その通りです」と答えられた。

(P61 引用)

現代で言えば、高い業績をあげた人をそのままリーダーに抜擢してはならないということ。

リーダーとプレイヤーは仕事は別。

高業績だからといってリーダーに抜擢してその後苦労し、持ち味をなくしてしまったら本人のためにもならない。

もちろん部下のためにもならない。

逆に報酬を与えたりといったところで、本人の要求を満たすという考えにシフトしましょう。

●先年の戊辰戦争でのこと。

私は出陣に際し、兵士たちに向かってこう指示したことがある。

「われわれの備えは十分だろうか、そうではないだろうか。

これについては、見方の目だけで見てはいけない。

敵の側から見て、敵になったつもりで、我が軍をひと突きしてみるとどうなるか。

そうすれば我々の弱点がはっきりしてくるし、ここを固めれば最大の防備となるのだ」

(P164~165 引用)

営業でいえば買い手や競合先の目、リーダーなら部下の目で考えるようにしたいものです。

俯瞰的な視点を持てるようになり、気づきも生まれてくるでしょう。

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