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「大丈夫?」の呪い

「大丈夫?」という言葉にエネルギーを奪われたことがある。

「大丈夫?」よりも、「あなたなら大丈夫!」と言われたい。

私も、そう言おうと思った。

◇◇◇

4年前の3月、私と夫は入籍した。そして12日後、夫は無職になった。

思いがけず無職になったわけではない。夫は当時、工業高校でデザインを教えていたが、3月いっぱいで退職することは前々から決まっていた。

旅に出るためだ。

そもそも、2年間という契約で教員になったのも、旅の資金を貯めるためだった。職場からは契約の延長も打診されたらしいが、資金が充分に貯まったため、約束どおり2年で退職させてもらった。

そのとき、ある知人に言われた。

「大丈夫?」

「何がですか?」

「旦那さん、結婚したのに仕事辞めちゃったの? 何考えてんの? そんなんで本当に大丈夫?」

「大丈夫……だといいんですけどねぇ(笑)」

私は、努めて穏やかに答えた。「努めている」時点で、内心が穏やかじゃないのは明白だった。

もしも大丈夫じゃないとしたら……どうなるんだろう?

破綻するんだろうか。

えーと、そもそも、この場合の破綻ってなんだろう。

離婚? 自己破産? ホームレス? 野垂れ死に??

どれも、私にとっては怖いことだ。

もちろん、知人はそこまで具体的な何かを想定して「大丈夫?」と言ったわけではないのだろう。知人に悪気がないことはわかっているし、私も知人の発言に腹を立てたわけではない。

ただ、「私たちは人から心配されるようなことをしてるんだ」と思うと、大それた選択をしてしまった気がして怖くなった。

◇◇◇

そして、旅に出た。

何もかもが珍しく、刺激的だった。初めて見るものや初めて知ることの連続で、毎日が色鮮やかだった。

でも、旅の間もふとした瞬間にあの言葉が頭をよぎる。

「大丈夫?」

それは、まるで呪いだった。

それもかなり即効性のある呪い。どんなに旅を楽しんでいても、今が幸せでも、笑っていても、ふとした瞬間にするりと侵入してきては、あっという間に心を曇らせてしまう。

ときおり「大丈夫?」の呪いに絡めとられながらも、旅先での一日一日を私たちなりに味わった。

◇◇◇

無職になって旅に出た私たちは、帰国後、以前働いていた山小屋に戻った。

山小屋がオフシーズンの間、夫はフリーランスでデザインやイラストの仕事を始めた。私はというと、「躁うつ病なのにバックパッカー旅に連れて行かれた主婦」としての体験をエッセイにして書き綴った。「これ、たくさんの人に読んでもらえないかなぁ」と友人に相談したら、紆余曲折の末に書籍化してもらうことができた。

そんな生活をしているから、年収は同世代の平均よりずっとずっと低い。ワーキングプアと呼ばれる層だけど、たいしたワーキングもできていない。

経済的な不安は、ないことはない。

……嘘、ちょっと強がった。不安はめちゃくちゃある。ものすごく不安だ。

けれど、私は幸せだ。

夫も、幸せだと言う。

夫には「幸せに生きるちから」が備わっていると思う。今までずっと、なんとかしてきた。この先も、苦しいことがあったとしても、彼は幸せに生きていくだろう。私はそう確信している。

夫だけではなく、私自身にも「幸せに生きるちから」が備わっている……とは、どうにも信じられずにいる。

でも、夫は言う。

「サキちゃんなら大丈夫!」

私が夫を信じるように、夫が私を信じるように。

私は私のことも、信じたい。

◇◇◇

「あなたのために心配してるよ」よりも、「あなたなら大丈夫だから全然心配してないよ」と言われたほうが、私は強くなれる。

人からエネルギーを奪う心配よりも、エネルギーを与える励ましができる人でありたい。


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