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ソンカラク

 真っさらな部屋に言葉がやってきた。
 礼儀正しく楚々とした振る舞いの美貌の言葉たちの後から、葬列の付き添いのような顔をして粛々と訪れた言葉たちは最初は一様に寡黙だった。影法師のように曖昧で薄っぺらな彼らは先般出ていった言葉たちではなかったかと訝しく思いながらも私は彼らを招き入れた。今度こそハートの女王のお茶会に出席できるぐらいの礼節と機知を身に着けてきたに違いない。

 しかしやがて美貌の言葉たちは存在が希薄になり、春の淡い雪のように消え始め、連中だけが残った。
 ああまただ。私は自分の浅薄せんぱくを呪った。結局彼らは三月ウサギのお茶会で帽子屋とお茶を濁してきただけだ。いずれ大人気ない空騒ぎを引き起こす彼らには、即刻ここから出て行ってもらわなければならない。

 私は彼らが怠惰に居座るより前に、最初から咽頭への誘導は諦め、肩から肘、そして指へと追いやろうと決めた。指先にまで追い込んでしまえばキーボードによって変換され、順次配列されめられる。肩甲骨へ行く道は遮断した。

 私は彼らの退出を促すために「順路」という黒い矢印を壁に貼った。なんのことはない、消えたと思った美貌の言葉たちは連中の嫉妬によって立派な額に絵画として閉じ込められていた。彼らは悲痛に助けを求めた。私は地雷に気を付けながら、矢印を貼っていった。
 
 ふいに赤いパーカを着た「本音」がフードを目深に被って絵画から飛び出してきた。それを追って狼と狩人も飛び出してくる。ああひどい目に遭ったと「本音」は言った。私は「本音」が連中の一味だと思っていたから、どうして絵の中にいたのかと問いかけると、思春期特有の大人を馬鹿にするような顔をして「本音」は言った。

 あんたはいつだって愚かにもあの連中を引き入れてしまう、改心したと思い込もうとする、あの連中は欺くことにかけては天才的なんだ、すぐに騙されるあんたの心にはきっと彼らが好むものが住んでいる、あんたは言葉の区別もつかない、言葉なら何でもいいんだ、傲慢で、強欲なんだ。

 狼が口角を上げると好色そうな顔つきになり暴食向きの歯列と犬歯が露になった。そして助走のない跳躍でいよいよ騒ぎ始めた連中の中に弧を描いて飛び込んだ。羊頭狗肉の言葉たちは狼の着地に埃のように散り散りに舞い、その中を筋骨逞しい狩人が突き進んでいく。矢を受けてはたりはたりと倒れる累々たる言葉の屍は見ているうちにほどなく消えた。

 連中をそのまま指先から出すなんて何を考えている、あいつらが仕留めなければあんたはその指で人を殺すこともできるんだよ、連中を野放しにした人間が何人指で人を殺したか知っているのかい。

 そう言うと、傍観していた「本音」はまたフードを被りなおし「追われる側だが追う側でもある」と言ってふいと去った。
 確かに私には、その区別がつかなかった。

了(1182字)

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