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『37セカンズ』は母親の物語でもある

37セカンズ』、めちゃくちゃいい映画ですよ。現時点で、今年の邦画の暫定チャンピオンと言ってもいいんじゃないかなーと。

どんな映画かと簡単に言うと、脳性まひで半身不随の20代女性・ユマの冒険譚です。「障害者が主役? なんだか重そう」と思う方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。若い女性の愛と性と青春の物語です。ただそれだけの、すがすがしい物語です。

あと、この作品は全国の「母親」たちに観てほしい――そう思わずにはいられない映画でした。

(ここから先の感想では、ネタバレは極力回避しています。しかしストーリーをそこそこなぞっていますので、「ネタバレは1ミリも許せん、絶対」という方は、映画を観たあとに読んでくださいね)

映画の前半では、主人公のユマが、「障害者がされて嫌なこと」のベスト10に入ることばかりをされまくります。

母親はひたすら過保護だし、高校時代の親友には利用されるし、障害者ということで妙に気をつかわれるし、「障害なんて気にしない」と言った男に裏切られたりもします。お金を出して会った男性にも、あることがきっかけで拒絶されます。はっきりキツいです。

そんなキツさの中でも、際立っているのが母親の過保護です。娘と一緒に入浴したときの様子や、娘の髪型や服装にまで干渉してくる態度は、ちょっと異常というか、気味が悪いほどです。

しかし、そんな母親の気持ちはわからないでもない。障害を抱えた子を持つ母親の多くは、「私がこんな風に産んでしまった」という自責の念に囚われています。ユマの母親もきっとそうなのでしょう。

腰に巻いているコルセットは、親の責任として娘の介助をしまくっている証拠でしょう。過干渉なのも、障害を負った娘が危ない目に遭わないようにと願ってのことでしょう。唯一の娯楽らしきものがシェイクスピアの朗読なのも、娘には健全な一流のものに触れさせたいという親心からでしょう。

でも、正直言って気持ち悪いです。娘を「障害者」というものに縛り付けることしかしてないように見えます。そして、自分を「障害者の母」に縛り付けているようにも見えます。

実際、ユマの母は、世間が考える「障害者の母」という範疇からはみ出さないような服装をしています。清潔ではありますが、おしゃれとは無縁です。

そんな彼女と、ユマの親友の母との対比が残酷です。かたやおしゃれで明るい母と娘、かたや障害のある娘と地味な母……。ユマの親友の母と同じエレベーターに乗りそうになりながら、それを避けようとするユマの母の姿に、喉の奥が詰まりそうになりました。

わかるよ。いろいろと負い目があるんだよね。

やがてユマは、そんな母や、自分を利用するだけの友人から逃げるように、自分で世界を広げようともがきます。ユマが飛び込んだ世界には、彼女を良くも悪くも弱者扱いしない人たちが棲んでいました。

その人たちの中では、ユマは「かわいそうな障害者」ではなく、ただの女性です。おしゃれを楽しんで、お酒を飲み、キャピキャピ騒ぐ、20代前半の健康な女性です。

やがてユマの冒険は思わぬ方向に向かい、そこで重大な事実を知ります。

「ユマの母は、いろいろな選択肢のある中で、あえて『障害者の母』として生きることを選んでいたんだなぁ」

その事実を見せつけられたとき、私はこう思いました。

在宅で人形の修理の仕事をしているユマの母は、非常に有能な女性に見えます。なのに、その才能を活かすことや、「○○の妻」といったほかの役目を自ら捨てて、ユマの母親でいることだけを選んだのでしょう。

「障害者の母」ということが唯一のアイデンティティであるユマの母は、ユマに自分のもとから去られては困るのです。自分が「障害者の母」であり続けるには、ユマと一心同体でなくてはならない。バカボンのパパと同じです。バカボンがいないと、バカボンのパパにはなれませんからね。

娘のユマは、自分を縛っていた「障害者」という枠を取り払ってしまった。そして「ユマ」という一人の女性として自分を確立できた。でも、それをされると母には何も残らないんです。

最後、ユマは母にある「役目」を思い出させます。ユマの母がかつて捨てたその「役目」のおかげで、彼女は「障害者の母」としてだけでなく、ただの1人の女性として生きていけるんじゃないかと思わせるエンディングでした。

……と、母親目線で観ると、こんな気持ちになれる映画なのです。

もちろん、主人公のユマの目線で、自分の枠をバリバリと破っていく快感を味わうも良し、風俗嬢・舞さんのカッコよさに惚れ惚れするも良し、フリーの介護士であるトシさん(イケメン)に「私もこういう人に介護されたい……」とうっとりするも良し、です。

すごくいやらしい言い方ですが、この映画はベルリン映画祭で2冠を獲得している作品なので、「世界のお墨付き」です。

どう? 観たくなったでしょう?
ならば、ぜひ観てください。涙を拭くハンカチを多めに持って。

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