見出し画像

SMよ、人生をひっくり返してくれ⑩ 私が女王様になった理由

「怒れない私」を克服するためのSMバーデビュー。2軒目「Mistress bar Guernica」の続き。

SMショーに魅せられて

蜜さんは、どうしてお店の女王様になろうと思ったのだろう。やはり誰かをいたぶりたいという欲求があったのだろうか。

「いえいえ、自分のことはずっとMだと思っていたんですよ」

聞けば、長いことお店のお客さんとして通っていたそうで、お店のSMショーなどを見るうちに「あんな風にかっこよく鞭をさばいてみたい」と思うようになったそうだ。そして実際にやってみると、M男さんとのコミュニケーションが楽しかったのだと目を輝かせた。

Mと一言でいうと、「征服されたい側」「奉仕したい側」などと捉えて理解した気になってしまうけど、きっと人の数だけ思い入れがある。それが蜜さんと少しリンクしたなと思ったのが、私が来店理由を説明したときのことだ。
私はSMの世界に人に怒りをぶつける練習で入った。怒ろうとすると、自分に暴力を振るった母の姿が重なって「ああなりたくない」とストッパーがかかる。そんな話をしたところ「あぁ、わかります~」と連発する蜜さん。

「ウチは肉体的な暴力じゃなかったんですけど、父の・・・言葉の虐待がすごかったので。私も人から何か言われると、それが理不尽なことでもすごく引きずってたんですよ」

なんとここにも、似たような体験をした方が!
家庭で虐げられることで慢性的に自信が持てなくなるというのは、以前虐待経験者に取材をしていたこともあり肌感で分かった。私も自分をM気質だと思っていた。それは自分が「罰せられる存在」だと信じて疑わず、その思い込みを体現してくれる征服者のような存在を神々しいと感じてしまうのだ。その片鱗は今もあるかもしれない。

さて、蜜さんの場合、S嬢としてMの方とコミュニケーションをとることで何か変わったのだろうか。

私は呼び水としてミルキーウェイでの体験を手短に説明し、
「怒りの練習になったかはわからないんですけど、スポーツジムに行ったようにスカッとはしたんです」
と話したところ、蜜さんはうれしそうにパチンと両手を合わせた。
「ああ、そんな感じです。私の場合は、怒りを抑圧していたこと自体が重荷だったようで、ここ(ゲルニカ)で発散したらだいぶ変わりました」
「え、どんな風に変わったんですか?」
「んー、人から批判的なことを言われても『何か言ってるなー』ぐらいにしか思わなくなりましたね。日常生活でのアクションは変わらないんですけど、こういう場で発散できるのでガス抜きができるというか」
「わぁ、それはうらやましいです。私も早くそんな風になりたいなぁ」

そんなことを、壁にかかっている鞭を選びながらお互いに話していた。「これカッコいいですね」などキャーキャー言いながら、まるでウインドウショッピングの最中のようだ。

ドミナとサブ

蜜さんは女王様としての経験こそ浅いのかもしれないが、それでも私に人生の光を見せてくれるナビゲーターだった。

だったら、相談してみたいことがある。
ミルキーウェイで往復ビンタをさせてもらった吉村氏について「お仕置きのリクエストがないから自分がどう振舞ってよいかわからなかった。どうすべきだったのだろう」と聞いてみると、蜜さんは「それはサブですね」と解説してくれた。

SMの世界には「ドミナ」と「サブ」という立場がとられることがあり、ドミナは女主人、サブは従者のような存在なのだそうだ。「サブ」はサーバント(召使い)の略なのかと尋ねたら、そのあたりの語源はよくわからないと首を振っていた。自分は辛くても、服従する相手が楽しいのが喜びというM男さんは、吉村氏の他にも少なからず存在するらしい。

※後に博学な知り合いに聞いてみたところ、サブは従属者を意味する「subordinate」の略ではないかと言っていた。

「受け手の方にはいろんなタイプがいて、たとえば物みたいに扱われるのを好む人もいます。でも、多くの方が相手(Sの人)が楽しそうにしていると喜びを感じているみたいです」

なるほど、そういうサブの方に出会ったら、自分の快楽の追求に限界までお付き合いいただくのがよいのかもしれない。吉村氏にも「あなたは遠慮して手加減している」と指摘されたが、手を緩めるのはかえって失礼なのかも。

そうこうしているうちに、「鞭たくさんあるので使ってみますか?」と、先ほどシステム説明をしてくれたボンテ―ジ女性が再び姿を現した。

この人こそが、私の鞭の教官になるユリカ様(仮名)だった。

(続く)



カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!