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SMよ、人生をひっくり返してくれ⑨ 女王様の巣窟へ

技術習得のために女主人を尋ねる

都内にいるうちに、SMバーをもう一軒ぐらい試しておきたい。

五反田の「ミルキーウェイ」ではアットホームで充実した時間を過ごすことができたが(下の記事参照)、その価値は比較によってこそ一層浮き立つものだ。ならば全く毛色の違うお店にしてみよう。

そう考えて選んだのが、池袋にある「Mistress bar Guernica(ミストレス バー ゲルニカ)」だ。
Mistressとは女主人や女性支配者の意味で、 Guernicaといえばピカソが描いたあの阿鼻叫喚なモノクロームの地獄絵図だ。
その名を冠したことに深い意味があるのかは、わからない。でも、ここに来たMの人々は、完膚なきまでに崩壊させられそうだ。ということは、ミストレスの皆さんも相当な手練れであろう。事前にメールで問い合わせたところ、鞭を振ったり、受けたりする体験もできると言う。Sとしての技術を学ぶには、ここしかない。

数日後の夜7時ごろ、池袋の西口繁華街を抜けた先にあるゲルニカへ。
今回はAちゃんの同行もなく一人だが、不安はない。この世界に少し慣れた気になっていたのと、昔住んでいた街だったこともあり危ない空気はなんとなく嗅ぎ取れるつもりだったからだ。

すみません、一人はやっぱり怖い

お店は雑居ビルの7階にあった。エレベーターを上がると・・・おお、ちゃんと看板がある! そしてドアが開いていて中が見える。ミルキーウェイの入りづらさを経験しているからか、このオープンな入口だけで感動してしまった。照明はちょっと暗めだが、都市部によくあるバーという印象だ。

ドアの向こうに女の人の影が行き来していて一瞬ひるむ。が、相手は見逃さなかった。
「こんにちは~~」
ひ~~、つかまった! 一人でも大丈夫なんて嘘です。やっぱり怖いです。
明るい声で気さくに出てきてくれた女性は、まるでアパレルか美容院のスタッフのようだ。
しかし、美容院にこんな人はいないだろう。ボディラインがくっきりと出た真っ黒なツヤツヤのボンテ―ジスーツ、しかも肌色要素がかなり多い。でもコスプレとは違う。きっとものすごく似合っていて、この人の日常着なんだろうなという感じがしたからだ。オーダーメイドかもしれない。あと、ハイヒールの標高が異常に高い。
「あ・・・あの、はじめてなんですが、来てみました」
しろどもどろであるが、自分が迷いこんできた者ではなく、ここに来る意志を持って来た客であることを伝える。
「えー、ホントですかぁ~。うれしい~~」
女性は笑うと店の奥に向かって、新規の客が1人来たことを告げた。

キャバクラなら帰りたい

どうぞーと促されるままに女性の後ろをついて店に入ると、ズンズンズンズ~ンと低音の効いたクラブミュージック。
バーカウンターを抜けると、奥にはちょっと広めの空間があり、壁に沿ってコの字型にソファーが並べてあった。どこにでも動かせる小さな丸テーブルと、小さな椅子がいくつも。全体にロゼ色の照明が暗く落ちていて、中央はダンススペースのように空いている。

手前のソファを通り過ぎるとき、人が不自然な形に組み合わさっていた。
えっ、一人はソファに持たれているけど、その股の部分に人の後頭部が埋まっている。ボーリングの玉かと思って二度見してしまった。どうやらもう一人が四つ這いになってそのような姿勢をとっているようだった。どちらも女性で、そのまま動く気配がない。この二人だけ時間が止まっているようだった。
この人たちは大丈夫なのか、何が起きているのか、薄暗くてよくわからない。もっとよく観察したかったけど失礼かと思い、素通りして案内された奥のソファに座った。

間髪入れずに別のボンテ―ジ女性がやってきて、流れるように料金体系の説明をする。
女性は何時間滞在してもフリードリンク3,000円。しかしちょっと高級なお酒と、お店の人へのドリンクは別料金。うろ覚えだが1杯800円ぐらいだった気がする。
「何かわからないことはありますか~?」
私はぶるぶると首を横に振った。
「じゃあ、じゃんじゃん飲んでくださいね。何飲みます~?」
そう聞かれて、そういえばと確認する。
「あ、縛りのときはアルコール駄目とか、決まりはありますか?」
「自制心が保てて、自分を見失わなければ大丈夫ですよー」
なんだかとても軽い。ミルキーウェイの玄関で受けたような、思想の尊重やプライバシー保護、精神性の説明が一切ないのだ。店の子にお酒をおごるシステムなどは、どちらかというとキャバクラのノリに近いかもしれない。

人生の救いをSMに求めに来たような、素人迷子の私には物足りなかった。もっと私の心に深く触れてほしいのに~~っ!

周りのスタッフ(おそらく女王様だろう)は、胸やお尻を強調したセクシーな衣装。一方で私は気の抜けたサマーニットにスニーカー。私は浮いている。普段は聴かないズンズンとしたBGMも含めてすべてが場違いな気がした。角のソファで縮こまりながら、鞭のことをちょっと聞いてハイボールを1、2杯飲んだら適当に帰ろうと思った。3000円は惜しいけどこれも勉強料だ。

女王様のお誕生日だった

そのときだった。
「ここに座ってもいいですか?」
低めのふんわりした声がして顔を上げると、レースの長袖ワンピースの女性が首をかしげていた。

肌の露出がとても少ない。マスクをしているが、若めの壇蜜さんという感じの和風美人だ。こんなに落ち着いた女王様もいるのか。よし、この人は心の中で蜜さんと呼ぼう。

「あ、もちろんです」
断る理由もないので了解する。接客の参考になればと
「SMバーは数日前にデビューしたばっかりで、このお店も初めてなんです」
とS歴をお伝えすると、蜜さんはほっとしたように笑った。
「ああ、じゃあ一緒ですね。私も今日初入店なんです」
この人は、他の女王様と違う気がする。どうしてこの世界に入ったのだろう。

当初の目的と違うが興味をひかれたところで、屈強なスーツ姿の男性が近づいてきた。この店のオーナーさんで、問い合わせのメールを受けてくれた方だった。
「モンブラン食べられます? お客さんからケーキたくさんいただいたので」
その日は女王様のお誕生日だったらしく、非番のスタッフやM男さんがお祝いに駆けつけているらしい。このお店にはこのお店なりの温かい繋がりが息づいているのだ。
目の前にはどっしりとしたモンブランがまるまる1個。お祝いに来たお客さんは、これを相当な数買ったはずだ。そのお気持ち、ありがたくいただきます。
私はモンブランをほおばりつつ、蜜さんとちょっと話してみることにした。

(続く)

カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!