見出し画像

SMよ、人生をひっくり返してくれ⑦ 飴と鞭

スリッパの代わりに

私がプレイの相手として最初に選んだのは、体が頑丈そうなジャイアンのほうだった。
「どんなことをしてみたいですか?」と、ジャイアンが質問してリードしてくれる。
「スリッパで、頭を思い切りはたきたかったんですけどねー。あ、持ってくるの忘れちゃった」
「んー、ここにはなさそうですねぇ」
と、二人して部屋の中を見回していたところ
「手始めにコレはどうですか?」
とスタッフのヒデさんが持ってきてくれたのは、黒い革製の羽子板のような形の鞭だった。尖っていない丸い鋲が外周に沿って打ってあって、中央にハート型の穴が開いている。後日行った別のお店で、これは「パドル」と呼ばれていると教わったが、なるほど実際に馬の調教でもこれに似た形の鞭は使われているようだった。
試しに自分の腕をぺしっと打ってみると、面が広いために鋭い痛みではない。その割に音が大きくて、打撃を行ったという満足感がある。スリッパの底に似ていなくもないし、こちらの方が格好いい。

得物は決まった。しかし、どのような体勢で打てばよいのだろう。
ふと脳裏に芸人のにしおかすみこの姿がよぎったが、あの人が実際に誰かをしばいてるシーンがイメージできなかった。

「ーーで、どのような姿勢で打てばいいですか? 好みとかあります?」とジャイアンに尋ねると、床に四つ這いになりお尻を突きだした。さすが慣れている。
「これでお尻を打つのが基本ですかね」
「わかりました。えと、服は着たままでいいんですか?」
「じゃあ上脱いでいいですか?」と、うれしそうに黒いパンツ一丁になるジャイアン。
準備は整った。私はこれから初対面の人の尻をひっぱだくのだ。アポロの月面着陸のように「歴史が変わってしまう」という期待と脅威を感じるが、もう後戻りはできない。
「はい、じゃあ行きますね・・・。本当に行きますよ。せーの!」

パシンッ!!

引き締まった音が響いて、ジャイアンがウッとうめいた。
「いい感じです!」
「大丈夫ですか? 痛くないですか?」
「痛いですけど、それでいいんです」
そんな会話をしたような記憶がある。

飴と鞭でワンセット

まるで素振りの練習だ。慣れてきて、2、3度パドルを振るうと、だんだん快感になってくる。いい音が鳴って、ジャイアンがウッとかアッとか身を捩って反応すると、体の奥からゾクゾクと意地悪な虫が湧いてくるようだ。その虫に身を任せたい。
ただし、相手が本当に「苦痛だ」と感じることには抵抗がある。私はジャイアンに「まだ大丈夫ですか」などと確認しながら、それでも心配なので、毎回自分の腕で試し打ちをし、痛みの度合いを確かめてからパドルを振り下ろした。

おかげで後日、腕にあざが。別の店の女王様からは「偉いね」と褒められた。

この様子を見守っていたヒデさんが、横からそっと手を伸ばして、ジャイアンのお尻を円を描くように撫でる。
「はぁぁん!」と、あえぐジャイアン。
ヒデさんがワンポイントアドバイスをくれた。
「打たれた皮膚は赤くなって敏感になりますからね。そこをくすぐるようにそっと撫でられると快感なんですよ。これが『飴』。M男さんには鞭の後にご褒美の飴もあげてくださいね」

試しに私も、指先でさわさわと大きなお尻をくすぐってみる。
「はうん♡」と腰をよじるジャイアン。
面白~い、とケタケタ笑い出したくなるのと同時に、私の体中に潜んでいた意地悪な虫たちが一斉に黒い汁を吹きだした。謎の苛立ちが毛細血管の先まで駆け巡る。次の瞬間、
「何、気持ちよくなってるんですか?」
と口を開くと同時に、ひゅんっ!と手が勝手に動いて、ジャイアンのお尻に強烈な一撃を喰らわせていたのだ。
「うっ!!」
縮こまるジャイアン。
「・・・い、いいです」
「ええ?これがいいんですかぁ? ふふふ、変態なんですねぇ」

ここからは楽しすぎて、パドルとくすぐりが止まらなかった。

苦悶の表情が見たくてうつ伏せの顔を横に向けさせたり、ヒデさんに「M男さんには跨るのもご褒美なんですよ。あと乳首を思い切りつねるのとかも」と教わって、ジャイアンの背中に馬乗りになりながらストッキングの足で後頭部を踏みつけつつ乳首をひねり上げ、ジャイアンが「ああん」と気持ちよさそうな声を上げると「今度声上げたら鞭な!」と間髪入れずにパドルを振り下ろした。

なにこれ!楽しすぎる。
鞭を入れるタイミングは漫才のツッコミにも似ている。それに、鞭がいい音を鳴らすと、バッティングセンターでヒットを打ったように気持ちいい。また相手の反応に自分の動きを調和させたり、逆に崩したりしていくのは、ボクシングのスパーリングや、犬とじゃれて遊ぶ面白さにも似ている。そういうのを全部ひっくるめて、体中の細胞が楽しい、もっとやりたいって言ってる!!

ジャイアンからは「どこのお店で働いていたんですか?」と驚かれ、Aちゃんの話によるとお店の人からは「ウチで働かないか」と私は即戦力として何度も誘われていたらしい。褒められたみたいでうれしかった。

そして、もっとうれしかったのは、ジャイアンが私の意地悪な虫を体全体で受け止めてくれているという事実だ。そこには感謝があり、だからこそ苦痛だけではなく、ちゃんと喜んでほしいと心から願った。これは新しいコミュニケーションなのかもしれない。
母のことを思う。
今回は怒りを誰かにぶつける練習としてSMの道に入ってみたけど、もしかしたら、私は昔の母親のように他人にフルスイングで暴力を振るえる人間ではないのかもしれない。こんな状況であっても人にサービスしてしまう。それはそれで、自分を誇っていいのかな。

初対面の男性にまたがり、乳首をひねりつぶしている状況で、言えることではないかもしれない。しかしうっすらと「自分、意外といいヤツじゃない?」という喜びが体を包んでいたことも事実だ。

飴と鞭でワンセット。これが日本のSMというシステムの王道のようだ。先ほどジャイアンは「型はないから自由でいい」と言ってくれたけど、飴と鞭も楽しいぞ。

しかし、Sの役割というのは意外と神経と体力を使う。
私はジャイアンに「ちょっと休憩しましょうか」と提案し、お互いに正座をして「ありがとうございました」と深々と頭を下げた。これはお店のルールではない。自然と沸いた感謝の想いからだった。

このような感じで、吉村氏ともお手合わせをした。
そこで、虐待の思い出がある種崩壊するような出来事が起きたのだった。

(続く)

カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!