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【第14話】諦めないために帰京する

 移住して72日目にして、初めて東京に帰ってみました。いやー、だんだん生活も落ち着いてきたワケだし、フリーランスの憧れでもある「田舎と都会を行ったり来たりする仕事スタイル」を確立していきたいというところでして。だから今回東京に帰ったのは、そのテスト走行というか、お試し旅行だったんですね。

 なんて……、す、すみません。大ウソっす! いや、そういう意味合いもあったことには違いないんだけど、本当はそんなクレバーな動機じゃなかったんだ。

◇ある雑誌の「最終号」を見送りたかった

 何年もライターとしてお世話になっていた雑誌季刊レポが、今月号で最後となる。その終焉にどうしても立ち会いたくなったのだ。

 ここに拾ってもらわなければ、物書きになるなんて夢は捨てていたかもしれない。我が人生の中で、そのぐらいの比重を占めている雑誌だ。

 ちょっと長くなるが出合いの経緯をば。

 会社を辞めて失業保険も貯金も尽き、児童文学大賞や絵本作家のオーディションにも撃沈(何になりたかったんだ)。でも「書きたい」という欲求だけはくすぶっていた31歳のころ。体当たり記事は書いてみたかったけど「ノンフィクション大賞」に応募となると重厚すぎてちょっと違うんだよなぁ。ネタがあっても、受け皿がなきゃブログ止まりじゃんよ……と愚痴りつつ、近所にあるジュンク堂書店池袋本店の雑誌棚を片っ端から漁る日々。

 そこで出合ったのが『季刊レポ』の第3号だった。たしかカルチャーとか文学の棚にあったっけ。

 パラパラめくると、私が求めていた「面白さ」そのものじゃないか。何これ、すげぇー! ページを繰る手が止まらない。パリのメトロで尺八を吹いて投げ銭を期待してみる、阿佐ヶ谷で虫を食べてみる、SM界のM男ビッグ3のロングインタビューなどなど。決してニュースの一面にはならないけど、暮らしの中で疑問に思うようなことを純粋に追及している。しかも、ここまでやるか!?ってぐらいに振り切れてて。この人たち生活大丈夫か??

 『季刊レポ』の説明書きには、こう書いてある。

 読んでも人生の役に立たないノンフィクションが満載です! ジャーナリスト魂とは無縁の、マニアックな視点、とぼけた風味、イイ腰の引け具合、を大事にします!

 「エンタメノンフ」(エンタテインメント・ノンフィクション=人とはちょっと違う視点で面白く書かれたノンフィクション)という言葉ができる前からそれを実践していたんですね。レポは3カ月に1度の発行で、編集長はノンフィクションライターの北尾トロさん。まだ50歳そこそこであるご本人は、老後に備えて(!?)介護用のオムツを装着したまま排尿してみたルポを執筆していた。装着感や尿をするまでの葛藤が赤裸々に綴られている……って、これなかなか実行する人いないよ。最高だよ。

◇このレースに勝てなかったら、潔く去ろう

 理想の楽園を見つけた喜び半分、でも、絶望も半分。

 それまでは、雑誌をななめ読みしながら「私ならコイツらより、もっと面白く書けるね」なんて息巻いていたけど、『季刊レポ』は立ち読みの数ページだけで、そんなスカスカの鼻っ柱を片手でバッキリ折ってスニーカーでぐしゃぐしゃに踏み潰してくれた。ヘイ、ブラザー。世の中には、こんなにユニークな書き手がウジャウジャいたのか。先に言ってくれよん。

 何とも言えない気持ちで他のタイトルも拾い読みしていたのだが、最後のページに「原稿募集」の案内を見つけたとき、私の心は決まった。

 自分が書けるとしたら、ここしかない。ただし、記事を採用してもらうということは、彼ら執筆陣のレースに勝つということだ。途方もない壁が立ちはだかる。「でもさ、ここで8位にも9位にも食い込めないようじゃ、アンタ諦めたほうがいいね」と心の中の誰か(イメージでは、ソバージュにボディコン)がウイスキーをぐいっとあおって言い放った。確かにこの雑誌からNOを突きつけられたんなら、往生際の悪い私だって納得して成仏できるってもんですよ。まぁ、そんときは一旦死んで、別の道で生まれ変わりますわ。

 で、そのとき掲載された「カラスを飼うという愛の行方」が、数年後にカラス雑誌『CROW'S』へと発展するんだけど、イベントなどを組み合わせた“場”の作りや売り方、発送方法などは、トロさんがレポで見せてくれたことの影響が非常に大きい。

 レポでは雑誌が発行される度に、執筆者や制作関係者がトロさんの事務所に集まって発送作業をしていたんだけど、そこにはゆるい連帯感みたいなものが漂っていて、まるでサークルの部室にいるようだった。発送作業にギャラはでないんだけど、色んな人に会えるのが楽しくて、執筆してない回でもわざわざ電車に乗って出かけたりしていた。フリーランスは基本孤独ですからね。でも寂しさを埋めるために行くのではなく、純粋に面白い人ばかりだったのだ。皆さんには、言葉で言い尽くせないほどお世話になった。

 最初に行ったときは、愛読していた『できるかな』シリーズ(西原理恵子)の編集者・新保信長さんや、憧れのナンシー関さんをメディアの世界に送り出したえのきどいちろうさんが普通にコピー紙を折っていたりして、大興奮したなぁ。当時はこんな認識だったため、ご本人たちの著書を知らず大変に失礼……というか普通に恥ずかしいよね! 今でも思い出す度に、頭を掻きむしりたくなるよ!!!

【告知】三省堂書店神保町本店で『さよなら(T_T)/~~~レポ』フェアをやっていただいているそうです。期間は、2015年6月22日~7月下旬(撤収が早まる場合もあり)。場所は2階の下りエスカレーター前。★バックナンバーでは、私もちょくちょく書いています。13号=選挙事務所に潜入したルポ、16号=妊婦でもないのにマタニティマークをつけて周囲の反応をレポった記事、他。もちろん終刊号でもレポってますよ、お寺で結婚式を挙げる「寺婚のススメ」。読んでね!


◇距離を言い訳にしたくない

 そんな『季刊レポ』が今月で終わりになる話は、ずっと前から知っていた。800km離れた島への移住を決めた時点で、ラストには立ち会えないと諦めていたのだった。ひとえに交通費の問題である。

 瀬戸内海の大三島から東京の西荻までの交通費を計算してみると……、大三島 ―(バス2210円) →松山市駅 ―(バス410円)→松山空港―(飛行機1万円)→成田空港 ―(電車2860円) → 西荻窪駅

 合計で約1万5000円、往復だと約3万円。宿泊費がオンされることを考えると、なんだかんだで5万円ぐらい見ておくのが妥当だろう。これは今の財務状況から言って、頻繁に出せる額ではないのだった。初の田舎暮らしで出費続きだったという状況に加え、7月には『CROW'S』の印刷代が11万円かかるし、教習所の30万円もプールしておかねばならないからだ。あとイベント関係で7月末にも東京帰るし、その旅行費も別途必要。怒涛の出費ラッシュなんである。

 しかし「打ち上げします」メールを見た瞬間から、どうしようもないムズムズが込み上げてくる。酒飲みたいからじゃないっすよ。やっぱり皆に会いたい。SkypeでもUstreamでもなく、一緒に肩を並べて、大好きだった雑誌にお礼を言いたい。実は同じ時期には、表参道で教え子たちの写真展もあった。これも私にとっては、身体の一部ともいえる仕事。同じく「行くのはムリ」だと諦めてたことだった。

 こりゃもう、神様が「行け」って言ってるでしょ。

 距離を言い訳にしたくない、と強く思った。私がしたいのは「諦める」移住じゃなくて「切り開く」移住だ。

 ここで行かなかったら、5年ぐらいは後悔するかもしれん。田舎暮らしをうらめしく思うことなんて、まっぴら御免である。単発ではあるが、新たにイラストエッセイの仕事をもらえたし、飛行機代ぐらいにはなるっしょ。帰京をきっかけに次の仕事に繋がることもあるだろうし。

 というワケで、レポの副編ヒラカツさんと写真教室の監修をしている友人に「やっぱ、そっち行きます」とメールを送ったのだった。二人ともびっくりしてたなぁ。

                               (続く)

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カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!