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【植物が出てくる本】『花競べ』朝井まかて

今回は時代小説です。
私は日本史には疎いので、若干不安を抱えながら読み始めましたが、ぐんぐん引き込まれ、あっという間に、この作品のファンになってしまいました。

『花競べ~向島なずな屋繁盛記~』朝井まかて(2011年:講談社)

時は江戸時代。向島で苗物屋を営む花師の新次は、植物を愛する根っからの職人。新次が育てた苗物は活き活きとして花つきが良く、妻のおりんのアイディアによる、植物の「お手入れ指南」も評判を呼んでいました。
当時の江戸は園芸ブームの真っただ中。育種の出来栄えを競う品評会が、さかんに行われていました。その一つである「花競べ」に出品した新次は、かつて一緒に花師の修業をしていた「霧島屋」の娘、理世と競い合うことになり……。

江戸時代、本草学の発展とともに、園芸文化が盛り上がりました。オモトや変化アサガオなどの作出ブームが起こり、時には投機の対象にもなったようです。

本作ではそんな、華やかな江戸園芸の世界を舞台に、新次とおりんを中心とした、市井の人々の人情物語が展開されます。

実際の史実がふんだんに織り込まれていて、勉強になります。新次が修業していた設定となっている、巣鴨染井の「霧島屋」も実在していました。
新次が育てた新種の名付けに関しては、フィクションが含まれていると思いますが、もしかしてこんな感じだったのかな……と想像が膨らみます。

新次は、当時流行していた、奇をてらった珍しい品種を作出する風潮を快く思っておらず、自然が生み出すものこそ美しいと考えています。
自分のポリシーを曲げず、決して妥協しない姿勢に、植物への深い愛を感じます。

そして、女性たちがカッコいい!
新次の元修業仲間、理世や、吉原の花魁、吉野。
どちらの女性も、強い精神力と情の深さを兼ね備えていて、女の私でもほれぼれします。

そんな中、新次の妻、おりんの明るさと優しさが、物語を支えています。
彼らが預り育てている子ども、「雀」こと、しゅん吉の健気さにも泣かされます。

ある悲しい別れの場面で、登場人物の一人が、芽生える草を見てこんなことを言っています。

春だねえ。どんな土地にも誰にでも、分け隔てなく春は巡ってくる。……この草こそきっと、菩薩なんだねえ

植物が人の心を救うことを感じさせる、印象的なシーンでした。

物語の終盤には、こんな言葉が出てきます。

人が真実(まこと)を通して生きることの、何と厳しいことだろう。

植物と、そして人と、真摯に向き合って生きる人々の姿に、がっつりと心をつかまれた作品でした。





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