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【夏休みの読書感想文】『非正規教員の研究~「使い捨てられる教師たち」の知られざる実態』を読んで(後編)

後半では、非正規教員の課題をどう改善できるのかについてみていきます。

非正規教員の課題解決に向けた6つの提言

このnote記事で取り上げている佐藤明彦著「非正規教員の研究~「使い捨てられる教師たち」の知られざる実態」では、最終第5章に提言が打ち出されています。

提言① 義務教育国庫負担金の負担率引き上げ
提言② 学校に配置する教員数の厳格化
提言③ 非正規教員からの最低採用率の設定
提言④ 非正規教員1年目の初任者研修の実施
提言⑤ 採用試験の見直し
提言⑥ 教員以外の専門スタッフの正規化

出典:佐藤明彦著「非正規教員の研究~「使い捨てられる教師たち」の知られざる実態」
第5章 改善に向けてどのような政策が必要か

著者の6つの提言には、私も異論なく賛成です。この通り実施できたら本当に素晴らしいです。ただ、近い将来のことを考えると実現は非常に難しく、長い時間軸の中で実現を模索することになると思います。時間が掛かる理由は2つ。1つ目は、国または自治体で教育予算の確保が必要だから、2つ目は、仮に教育予算が確保できたとしても他に優先すべき事項があるから、です。

提言の阻害要因①:予算措置が必要

提言には、新たな予算措置が必要なものがあります。特に、「提言① 義務教育国庫負担金の負担率引き上げ」は、そもそもの原因が国庫負担割合が1/2から1/3に減額されたことにあり、それを元の1/2負担に戻すという意味で、正攻法ではあります。しかし、厳しい国家財政を考えると乗り越えるべきハードルは高い。さらに、三位一体の改革では、(形式上は少なくとも)地方への財源移譲とセットで国庫負担割合を減らしていますので、再度、中央に財源を戻すことも含めて検討をするとなると議論はさらに複雑になります。

また、限られた国家予算というパイをどう配分するかというより大きな議論もあります。外国と比較して、日本のGDP対比の予算で低いとされるもののひとつは、今話題の防衛費です。日本は長らく防衛費をGDPの1%を目安に維持してきました。日本のGDPを約500兆円とすると1%は5兆円。ところが最近は、安全保障上の懸念などから、GDP対比2%に引き上げることが議論に上っています。1%の増額、つまり5兆円を新たに防衛関係費に振り向けることになります。日本の一般会計予算が約100兆円なので、国家予算の10%という計算です。

防衛費の他に、諸外国と比較して日本が国家予算を使っていない分野の代表格は、教育分野です。限られた国家予算のうち、防衛予算と教育予算、どちらを優先すべきか。この質問を授業中に生徒に投げかけたことがあります。生徒の意見は見事に分かれました。防衛予算を優先すべき、という意見の理由には、安全保障上の懸念が高まっているという現実を目の当たりにして国防が大事だという意見や、国家の安定があって初めて教育が成り立つからというものがありました。一方で、教育こそが長期的な国家の安定と成長を支えるという意見や、今まさに教育を受けている身として教育の大事さを感じているから、と教育予算を優先するという意見もありました。生徒とこの問いについて議論すると行き着くところは、最大の歳出項目である社会保障費を見直すしかない、ということになり、だったら選挙に行かないとね、という結論になります。いずれにせよ、本書の提言の実現に向けた予算の確保には相当な時間を要することが予想されます。

提言の阻害要因②:他の優先事項の存在

仮に教育予算を確保できたとしても、日本の公教育をめぐる問題は非正規教員に当然限らず、給特法の改正を含む教員の待遇改善、教員免許更新制度を廃止して新たな質保証の仕組みの構築、教員を将来の職業として選んでもらえるような教職課程と教員採用試験の抜本的な改革など、やるべきことは山積しています。非正規教員の抱える問題も切実ですが、圧倒的多数である正規教員も長時間勤務など大きな課題があり、優先順位は多数を占める正規教員の課題解決にあると思います。これは仕方ないことで、限られた予算とリソースにおける政策として、順次対応になることは理解できます。

この点に関連して、私自身の体験でこんなエピソードがあります。教職課程を履修している時に、とある教育委員会主催の教員志望者向けセミナーに参加しました。教育委員会の方が、求める教員像や進みつつある働き方改革、採用試験のポイントについて説明をされていて、大学生に交ざってその場にいた社会人科目等履修生の私も興味深く聞いていました。セミナー終了後に、他の現役学生が教室を後にする中で、講師の方に「専任教諭ではなく非常勤講師として働きたいのですが・・・」と直接質問をしました。ですが、こんな質問をしたことをすぐに後悔しました。教育委員会としては、正規教員を目指して教員採用試験を受ける候補者を増やしたい。採用試験を受けずに最初から非常勤講師になりたいという人は想定外なはずです。もちろん、教採に残念ながら合格しなかった人から非正規教員として声を掛けるという流れがあるため、教員採用試験受験者を増やすことが非常勤講師の人材プールを増やすことに結果的につながるのですが、優先順位は専任教諭を目指す学生・社会人を増やすというところに置かれています。私が質問をした後、教育委員会の方とは話が合わず、「非常勤講師の募集は、最近、会計年度任用職員というものに変わりまして・・・」という形式的な説明だけ受けて、私はその場を後にしました。

また、「提言④ 非正規教員1年目の初任者研修の実施」についても、教員免許更新制度が撤廃された今は、代替となる教員研修の検討で文部科学省をはじめ有識者の頭は一杯でしょう。実際に、新しい研修制度が始まったら地域の教育委員会や学校では、まずは専任教諭の研修実施やその管理で手一杯でしょう。非正規教員の研修の検討は劣後することが予想されます。公に期待できないのであれば、自分たちでやるしかありません。

加えて、仮に非正規教員に対する初任者研修があったとしても、正直多くは期待していません。私たちが欲しいのは一般論ではなく個別の事情にあった具体策であり、一日だけで忘れてしまうような短期のものではなく、継続的に相談したり必要なときに協力できる長期な関係です。研修の意義は実はその中身ではなく、本書の中でも次のように書かれている通り、教員同士のつながりだと思います。

正規教員は1年目に「初任者研修」を受ける。授業を他の先輩教員に任せ、教育センター等へ出向くこともある。そこで、同じ1年目の「同期」と親交を温め、愚痴をこぼし合ったり、励まし合ったりする。そうして、どうにか1年目を乗り切り、いっぱしの教師として離陸していく人も多い。

出典:佐藤明彦著「非正規教員の研究~「使い捨てられる教師たち」の知られざる実態」
第1章 非正規教員という「沼」p.45

では、どうする?

では、改善には時間が掛かるから、このまま座して待つしかないのか?というと、そういうことではありません。先ほど、公に期待できないのであれば自分たちでやるしかない、と書きましたが、具体的には、ビジネスの力で改革を進めていきたいと思っています。

私は、あえて積極的に非正規という立場を選択している、と生徒に話したことを前編で書きましたが、これは自分が自由な働き方をしたい、という狭い範囲の話ではありません。自分だけのキャリアだけを考えるなら、非常勤講師という立場は正直選んでいないと思います。自分だけのキャリアとしての教員ではなく、もっと大きく、教育全体を変えたいと考えているからこそ、起業という選択をしました。

では、会社で何ができるのか。前述の初任者研修についての話の中で、研修の中身には期待していないけれど、初年度の教員同士のつながりやネットワークにこそ意義がある、と言いました。これについて、非正規教員でも、そのようなつながりが持てる場をつくりたいと考えています。それも、コミットメントがどうしても薄くなってしまう勉強会やイベントでのつながりではなく、会社のメンバーとしてお互いに協働する場をつくりたいというのが法人を設立した目的です。

この非正規教員をめぐる問題は、金銭的な待遇面や、契約や立場上の弱さだけでなく、人としての尊厳の問題であると捉えています。先生として、児童生徒に「生きる力が大切だ」と話している、その先生の生きる力が危ういということが、心に大きくのしかかる、人としての尊厳の問題です。この状態を解消するために、非正規教員には、自分の手に選択肢を持っていて欲しい。この学校しかない、この仕事しかない、という状況だとどうしても自分を追い込んでしまいます。立場が弱いと無理な依頼を断ることもできません。選択肢を持っていて欲しい、別の言葉でいうと、非正規教員に余裕があることが必要だと強く感じています。そのための居場所というのが当社on-shi-onの企業理念であり存在意義です。

採用ページにはこのように書いています。

on-shi-onでは、自由に幸せに生きるフリーランス教員の仲間を募集していますが、ずっとフリーランス教員として働くことをメンバーに求めるものではありません。
非常勤教員として働く中で、常勤という立場で学校教育に関わりたいという気持ちを新たにすることもあるかもしれません。また、民間企業とのプロジェクトに関わる中で、学校教育よりもビジネスの現場にやりがいを見出すこともあるでしょう。
どちらも大歓迎です。on-shi-onが社会に提示したいのは、学校の先生のキャリアの複線化であり、また、学校教育に携わる人の多様化だからです。いずれon-shi-onから卒業してしまうことになっても、次の道に進む仲間を応援します。

使い捨てられる〇〇

それにしても、「使い捨てられる」という表現は、その後に続くのが教師でなくても、あまり気持ちのいいものではないですね。著者もこの問題を取り上げて世に出すことに逡巡されたようです。

実を言うと、この問題に焦点を当てることには当初、ためらいがあった。教師という職業の負の部分がクローズアップされ、教員志望者の減少に拍車をかけるのではないかと考えていたのだ。だが、現場の事情で都合良く使い回されている非正規教員たちの姿を見て、やはり一石を投じないわけにはいかないと思った。本書を読んでくださった方々には、状況を冷静に受け止めた上で、建設的な解決・改善策を共に考えていただくことを期待したい。

出典:佐藤明彦著「非正規教員の研究~「使い捨てられる教師たち」の知られざる実態」
はじめに p.5

私たちがビジネスの力で「使い捨てられる」状態を解決していきます!

on-shi-on株式会社では、会社のミッションである「自由に幸せに生きるフリーランスの先生を通じて、子どもと、子どもに関わる全ての人の生きる力を育む教育と世界をつくる」に共感するメンバーを募集しています。お気軽にお声がけください!


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