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母は助けてくれない

母がしてくれなかった

ではなく

私が求めなかったからだ


私が「お母さん慰めて」と求めなかったから

母は私に慰めが必要だと分からなかったんだ

本当は私は
母に慰めてもらいたかった

「いい子いい子、よしよし、大丈夫、大丈夫」
と抱きしめてなでてほしかったんだ


でも、私は求めなかった

でも、小さな私は、求めなくても、与えられなくても大丈夫ではなかった

だから、分かりやすく求める、という形ではなく、
頭が痛くなる、激しい偏食という形でSOSを出していたんだ

助けを求められなかった私の体が、
代わりに悲鳴を上げていて、
代わりに、助けて!と叫んでいたんだ

だからあんなに、原因不明の頭痛がしょっちゅう出ていたんだ

それに、私の母は気づかなかった

もしくは、母は気付いてはいたが、認めたくなかったのかもしれない

認めてしまう=私(母)のせい

だと思い込んでいて、
「認めてしまったら私のせいになる、私が責められる」

という思い込みから

気づかないふりをしていたのかもしれない、無意識の中で


母が気付いてくれたら、

母が自分自身の弱い一面に目をそらさずに
認める強さがあれば、
母親自身に自己を受け入れる強さがあれば

私の何かは変わったかもしれない

あんなに偏頭痛で苦しい思いをしないで済んだかもしれない


でも、私は今は母を恨んではいない

誰でも、弱い自分を認めてしまうのは怖いと知っているから

厳しい現実を認めてしまうのは、
相当強い覚悟がないとできない事だと
自分の経験から知ったから

でも、それをしないと何も始まらない、
という事も知った

今でも母は、自分の醜い部分、弱い部分から目をそらして生きている

だから、母はずっと同じところをぐるぐるして、何も始まらないでいる

そんな母を、私はずっと軽蔑していた

でも、今は軽蔑していない

なぜなら、この私も

自分の見たくないところ
自分の知りたくないところを
ずっと見ないようにして生きてきたから


何十年も生きてきて、やっと自分をみようとして、覚悟を決めて見ている途中

私だって、覚悟するのに何十年もかかったのだから

いまだに出来ない母を責める気にはなれない

だって、生半可な覚悟じゃ出来ないもの

覚悟できずに一生を終えてもおかしくないくらい、おっきな意志が必要だから

なので、
今は母に対して恨む気持ちも、
責める気持ちもありません


母は母の選んだ人生を

私は私の選んだ人生を



そして、

あなたがあなたの選んだ人生を歩めますように

あなたがあなたの原点に辿り着けますように



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