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【URコラム】美容男子25年史

※『URBAN RESEARCH Media』にて2021年11月26日に掲載された内容をここに残す。


思えば四半世紀。美を追求するその日々は、社会で生きる葛藤の日々でもあった。

■美容男子誕生

1996年。中一。
学ランに身をまとい男子も女子も色気づく頃、青春の証・ニキビも朱く芽吹く。

父と同じ石鹸が嫌になり、母の女女したローズ臭のする洗顔料にも手が伸びず、自分用の『クレアラシル』を買ってくれとせがむところから美容男子への道は始まった。

幸いにも私の母は息子の肌ケアには寛容で、「男でも肌が汚いより綺麗なほうがいいに決まってるじゃない」と言い放ってくれた。今でもそれは全ての美容男子へのエールだと思っている。
顔の原型は変えられなくても、清潔感は充分変えられる。

ということでウチには早いタイミングから、リビングに化粧水と乳液が常備された。兄弟三人の共用として。(当時として男が三人で風呂上がりに肌ケアをする姿は最先端だったと思う)
『雪肌精』。たまたま近所のジャスコで安かったそうだが、サッパリした使い心地は思春期の肌にもなじみやすかった。

■勉学に美学に大忙し

高校生。メンズ雑誌を開いては、この町にない(というかこの県にない)憧れのブランドにかじりついていた。

学校に塾にカラオケに。時間もなければお金もない。雑誌一冊800円と言われても当時の時給680円より高い!
BOOK-OFFにチャリを走らせ『smart』『メンノン』『GET ON』などのバックナンバーをあさった。夏も冬も。毎週のように。「準新作」となればすぐに欲しかった。
たまに親と大型書店に行き新刊を買ってもらえた時なんか本当に嬉しかった。雑誌だけでは勉学を怠けていると思われるので、参考書と一緒に渡す。すると自然と買ってくれた。大人をうまくだます知恵も美しくなるためには必要なのだ。

雑誌の二大主流。それは今も昔も「ファッション系」と「ヘアスタイル系」。その中でもひときわ先駆的な一冊があった。
『BiDaN(ビダン)』……その名の通り「美男」を目指すためのもの。
当時では珍しく「スキンケア系」の情報量が多かった。男のための洗顔料・化粧水・乳液の選び方。眉毛の整え方。毛穴ケア等々。
思えばあの頃テレビをつければ資生堂『uno』やギャッツビーのCMがすごくて、俳優やアイドルが美を追求する姿を様々映し出していた。メンズ誌も多数創刊され、まさにミレニアム感。男子美容界のビッグバンを、僕は既に感じ取っていた。

化粧水だけでは飽き足らず、隣町のマイカルまでチャリを飛ばし『ギャッツビー/メンズ眉キット』を手に入れた。小さなハサミとコームと毛抜きの3点セットで800円。また時給が吹っ飛んだ。
他にも毛穴パック・肌下地・眉ペンシル・整毛コーム(すねげを少し減らすもの)・男のネイルケア・・・今ではなくなった商品も多数ある。そんな『uno・ギャッツビー戦争』に踊らされていただけかもしれないけど、他の田舎者とは違う何かになりたかった。

軽い肌ケアだけなら父も横目でみていたが、眉をいじっただけで「きもちわるい男女(おとこおんな)」とヤジられる時代。僕は買ってきた美容グッズを学習机の奥底に隠した。
いよいよ机がパンパンになり、たまに洗面所などで見つかるともう大変。テストの結果が悪かった時なんかタイミング最悪。勉強は一夜漬けでもよくても、美は毎日続けないといけないのに…!

あの情熱は我ながら素素らしかった。

■美の巨匠

成宮寛貴。塚本高史。妻夫木聡。どのオシャレ番長もキラキラしていた。その中で群を抜いている人がいた。

オーソドックスだけでなく時に強烈な個性を乗せてくる。
巨匠・堂本剛

元がいいのはわかっている。何を着ても似合う。どんな髪型もかっこいい。
それでも彼は、いつも人と違う美をもってして、僕をハッとさせてくれた。
彼の仕掛けたものは世の中に大きく広がらなくても、僕の感性を刺激し続けた。

2002年。大学一年生。
僕はその夏だけ『マニキュア男子』になった。

初めての百均コスメコーナー。ゲイをカミングアウト済みの女友達がついてきてくれた。ずっと欲しかった黒とシルバーのマニキュア。除光液も。爪の細かいところを落とすのには綿棒がいいと友達が教えてくれた。

アメリカンラグシーで見つけた安くてカラフルなサンダルに、シルバーのマニキュアを合わせるのが好きだった。
全ての爪に塗るとやぼったい。親指と人差し指だけ。

全て巨匠に教わった。最初はマネごとでいい。

男の先輩らに「きしょい」と言われたこともあったけど、それはすでに、無頓着でダサい奴らが堂本師匠に向かって言っていたのと同じ内容だったので全然気にならなかった。むしろお前らがしていないことを僕はしていると、巨匠のマインドに少し近付けた気さえしていた。

しかし師匠は、気付いた時にはもう、次の新しい美学を楽しんでいた。

■美を金で買う

社会人になれば金に物を言わせるようになった。
なんだか行くところまで行ってみたくて、女友達をまた連れだし、次は「店頭カウンセリング」が必要な場所へ向かった。「彼氏彼女ゴッコ」をし、彼女が肌診断をしたついでに「彼もよろしければいかがですか?」と言われるのを待った。
「ぜひ!」
……結果は僕の方がよかった(笑)
百均にはひとりで行けても、百貨店のあの真っ白な一階フロアに、男一人で堂々と踏み入る勇気はまだなかった。

最初はアルビオンやSKⅡにハマり、中田英寿が広告塔だった資生堂メンや、ディオールオムなども試した。
まあでも結論としては高ければいいというものではない。海外ブランドはいいも悪いも「外国人の匂い」が強い。個々人の好みだと思うが、特に基礎化粧(化粧水・乳液等)に関してはアジア人はアジアンブランドでいいと思う。

ちなみに僕はメンズ商品があまり好きじゃない。
そもそも「ノーマル肌」(←肌診断結果)なので、「男のオイリー肌」を前提として作られている多くの商品はサッパリしすぎる。
メンソールを入れただけで『メンズ商品』と名乗っている安直な商品に出会ったなら、そのメーカーとはもうおさらば。

ざっくり言うと、
【秋冬】●朝用:女性用さっぱり ●夜用:女性用しっとり 
【春夏】●朝用:男性用しっとり ●夜用:女性用さっぱり 
今でも季節や朝夕で使い分けるようにしている。

■脱毛文化の到来

さて、美容といえば古典的な基礎化粧(化粧水・乳液等)、時代を彩るコスメ(メイキャップ等)などは長らくあったが、おそらくニッポン男児にとって歴史上初の文明開脚こそ本格的な『脱毛文化』の到来ではないだろうか。

僕は2010年代初頭にドイツに住んでいたので、先をゆく『欧州男児の剃毛文化』についていち早く研究を進めることができた。

ヨーロッパでは『男も毛を処理するもの』という文化が既に浸透。日本人サッカー選手がブンデスリーガなど欧州リーグに移籍した際、シャワールームで他の選手から「なんだそのジャングルは!」とイジられるところから始まるという都市伝説は、真実かどうかはしらないが容易に想像できる。(※「剃毛=毛を剃ること」「脱毛=毛根から処理すること」は厳密には異なるが、以下、毛を処理する文化を『脱毛文化』とまとめておく)

僕は当初、脱毛文化に反対だった。なぜならその『必要性』が理解できなかったから。
現地人にインタビューを重ねた。「なぜ、あなたは剃毛するのですか?」その問いに納得いく答えはなかなか得られなかった。
「トレンドだから」「してないとダサい」というのは他人に合わせているだけで何の答え(必要性)にもなっていない。
「毛があると匂う」という回答も複数あったが、僕はキッパリと「あんたたちヨーロッパ人は風呂ギライのせいか肉食のせいか遺伝子かしらんが、体臭がキツい人が多い。しかし日本人は臭くない」と反論。彼らの反応は「確かにアジア人は匂わないね」と納得してくれた。はい。私が証明です。

が、ひとつだけ納得いく答えが得られた。
「だって、行為のときに毛が口に入ったらヤじゃん」

……確かに!(目からウロコ)

とまあ、脱毛先進国でも大した理由(生きていく上で重要な事)なんてなく、皆なんとなくやっているということが知れたところで、僕は帰国の路へとついたのであった。

■男の美はどこへいくのか

時は過ぎて2017年。日本。
パナソニックが初めてメンズ向けのボディトリマーを発売した頃から「あ、ついに来たか」と思った。
先ほどの『ギャッツビー/眉毛キット』じゃないが、日本の大手メーカーが『男のための〇〇』を出すインパクトは常に非常に大きい。海外メーカーが出せば「ああ、外国人用ね」となるし、中小零細企業が出せば「ああ、ニッチマーケットね(ヘタしたらうさんくさい)」となるだけ。それを、天下のパナソニック様が、ついに男の局部の研究に、本腰を上げたのだから!
僕自身も現在、様々な脱毛や美容医療を試している。

ではなぜ僕がそこまで美を追求するのか?
それは「きれいでいたい」という想いだけでなく、『これをしたら自分の人生がどう変わるのか』(自身を実験台にしその変化を見てみたい)という想いが強い。
「納豆を食べ続けたらどうなるか」「このサプリを続けたらどうなるか」なんでも自分に合うものは自分にしか見つけられない。
毛がある生活/ない生活。その差異は自分自身で確かめてみないと。

ニッポン男児はどうだろう?
25年前と今の変化。
それは明らかな『美容の大衆化』。

昔の美容男子なんてモテたい野心家や意識の高い俳優・アイドル・ビジュアル系など、ごく一部だけだった。しかし今では、美容をして当たり前。普通。それこそ男性美容の「マジョリティ化」「大衆化」。

90年代なんて「メンズ化粧水」なんてほぼ皆無だった。いやでも"女もの"を使うしかなかったのに、今は選び放題。脱毛だって100万円かかっていたものが今では30万以下、キャンペーンに乗れば大学生でもできる。大都市のターミナル駅前にメンズTBCが一店舗あるかないかだったのに、今では地方に行っても“メンズ美容専門”の雑居ビルが一棟・二棟…。選択肢は増える一方。かくしてニッポン男児の美容レベルは確実に底上げされた。と同時に「みんなしてるから」と周囲に迎合するだけの人間も現れた。

こうして何かが大衆化することは新たな危険性をはらむ。『社会の分断』だ。

『剛毛 Lives Matter』・・・毛の処理をしていない人が「汚い」「時代遅れだ」「貧乏なんだろう」と差別や偏見の的になってはいないか。
GLM運動があれば、僕は当事者でなくてもぜひ参加したい。美の本質をはき違えた者達への主張。そして自らの居場所の確保。

僕自身は脱毛をしているが、パートナーは毛むくじゃらでも全然いい。むしろその方が萌えるかもしれない。もし肌ケアに関してお願いがあるとすれば……心地よく手を握り合うためのハンドクリームを。やさしいキスをするためのリップクリームを。この二つだけでいい。なんならワセリン一個あれば両方充分だ。

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ある夜、絨毯のような胸毛を持つ王子とアラビアンナイトのような時間を過ごしたことがある。まさに彼の胸元はマジックカーペット。A Whole New Worldだった。
僕は胸毛でアリンコを作り、そして引きちぎった。「イデッ」とあえぐ彼がかわいい。
「俺こんなんで大丈夫かな」と不安そうに聞いてくる彼に、私はこう答えた。

「知ってる?蟻って食べると甘いんだよ

実際それを食べたわけではないが、その夜はとても甘かった。

〜完〜


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