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第17回 壮絶

 彼女をメンヘラ化させる要素を私も多分に持っていたと思いますが、彼女の要求に応えることは自分の生活を崩すことでもあります。親との関係も悪化します。その結果一時的ではありますが、私は祖母の家に身を寄せていました。バイトに行く時間もままならなくなります。バイトの時間が減ると金銭的にきついので、そこだけは死守しました。また学業に影響が出そうになりましたが、まだ大学1,2年のころの話だったので、友人を頼りになんとかしたり、「二人の将来のためには、私がちゃんと大学を出て、きちんと稼げる仕事につくことが大切なんだよ」と説得したりして難は逃れました。一番困ったのは、私のバンギャ仲間との断絶です。私がRを差し置いて友達と仲良くしていることが彼女にとっては許せなかったのでしょう。ありとあらゆる人との連絡を断とうと根回しを始めました。Rはまず、私の友達と仲良くなり、「私がもう連絡したくないって言っている」と言って私から友達を引き離していきました。付き合いの長い友達は異変に気づいてくれた人もいて「Rがこんなこと言っているけど、本当か」という内容を秘密裏に連絡してくれた子もいました。「Rが嫉妬深くて大変だからしばらく連絡とれないかもしれないけど、こっちが落ち着いたら連絡する」という旨を伝えて、連絡が途絶えてしまった友達が何人もいます。メンヘラのエネルギーはものすごいです。こっちのエネルギーを全部吸い取っていく。何もしたくなくなる。学業とバイト、Rと一緒にいる以外は何も手につかなくなりました。彼女は私のちょっとした言動に敏感に反応するようになり、嫉妬心をむき出しに攻撃してきます。ちょっときれいなお姉さんに視線が行っただけで、「今女の人見たでしょ?」となる。「だっておっぱい大きかったんだもん」なんて言った日には大変です。「おっぱい大きい人と付き合いたいの?」と攻撃が始まります。「付き合いたいわけじゃないけどエロいよな、と思って」彼女の沸点がどこだったかもう忘れましたが、「私じゃ満足してないってこと?」という話の展開になり、「ちゃんと話をしないと納得しない」と腕をすごい勢いで捕まれて引っ張られたり、ホームから突き落とされそうになったり、メガネを折られたり、車の窓ガラスを割られそうになったりと、私の所有物を破壊する行為、私の身体に対する暴力が始まっていったのです。私は生育歴的にそういった暴力行為を日常的に目の当たりにしたことがなかったので、本当に驚き、恐ろしく思いました。人は怖いと思たった時、何とかそれを回避しようと防衛行為にでる、つまり私はRからは逃げられず、自分の心を閉じていくことで自分を守ろうとしたのです。彼女に束縛されて、彼女とも、もちろん友達とも話をするエネルギーもなくなり、そうして私の世界はどんどんと狭まっていきました。それでも私を心配して連絡をくれる友達もいましたが、Rはケータイをチェックしてはいちいち説明を求められ「じゃ、この友達いらないよね?消去して」というパターンの繰り返し。何回かのこのやり取りの後、二つ折りのケータイはいわゆる逆パカという反対側に折られることも経験し、ほとほと疲れました。バイト先の仲間は事務的な連絡の必要があるし、大学の友人はレポートの話や代返のお願いとかもしたいし、家族と連絡取れなくなれば、親が変に思って連絡をしてくるのは当たり前です。なので、「お願いだから、バイト先と大学の友達と家族だけはアドレス帳から消さないで」というところで納得してもらいました。それでも私は幼い頃からの友人やバンギャ友達との連絡を絶やしたくなかった。そこで私は、あたかもバイト先の上司や業者のような名前に変えて、バンギャ友達を登録していました。彼女から最初の暴力があってから私は別れる機会をうかがっていたのですが、何せ常にエネルギー切れ状態で彼女と対等に話もできないし、親も友達とも距離を置いている状態では、急に彼女の存在がなくなってしまうと本当に一人ぼっちになってしまう。それも怖くてできない。私はこのまま一生彼女の暴言と暴力に絶えて生きていくのか、と本当に思いつめました。

 ある日彼女の部屋で寝ている時、私は苦しいと思って目を覚ましました。するとすごい形相のRが私の上に馬乗りになって、泣きながら私の首を絞めていました。「○ったんが、いけないんだよ。○ったんがいけないんだよ。」(○には当時の私のライブネームの頭文字が入ります。任意のひらがなを一文字入れてお楽しみください)と彼女はうつろな目で呪文のように唱えていました。人間は本当に恐ろしい場面では一切の思考が停止し、俯瞰的に何が起こっているか冷静に判断はするものの、全く声がでません。私の頭の中では(あー、私はもう死ぬんだな、ママ、ごめんね。ママ、ごめんね。ママ、ごめんね。ママ、ごめんね。)という言葉だけがループしていました。私を大切に慈しんで育ててくれた母にとって、私が彼女に殺されてここで死んでしまうのは、お互いに無念だという思いだったと思います。そうすると、私の目から涙がすーっと流れていきました。声を出せず、Rの目を冷静にずっと見つめて微動だにしなかった私が、母のことを思うと涙が出たのです。そこでRが我に返ったのか、手を放しました。私は苦しさから解放された反動で、ものすごい勢いで涙を流してせきこみました。Rは手を放しても呪文のような「○ったんが悪いんだよ」という言葉を止めず、ボロボロと泣き始めました。私は私の何がいけないかよくわからないまま、「ごめんね、ごめんね」と謝りました。彼女が泣きながら訴えてきたことは、Rは、私が寝ている時に着信した、上司っぽい名前に変更してあったバンギャ友達からのメールの「久しぶりにご飯に行こう」という内容のメールを見たということなのです。メールの前後の文脈として、Rとの関係は大丈夫かとか、私がRとの関係に疲れているのではないか、みんな心配しているなど、そういった内容も含まれていたと思います。それを彼女がばっちり見てしまった。彼女は私がそのメールを見る前にメールを消去してしまったので、詳しい内容を知りませんが、彼女にとってメールを消去すれば済む問題ではなかった。まず名前を変えて登録し、私が友達と連絡を取り続けていたこと、Rとの関係に私が疲れているといった内容が書かれていたことに彼女が反応するのは当たり前です。そもそも他人のケータイを勝手に見るという行為がアウトですが、彼女にそれは通用しない。Rが私のケータイを勝手に見ていることは百も承知で、それでも付き合い続けていたのは自分です。寝ている私を見て、ふつふつと怒りが湧いてきたのでしょう。首絞めという形で彼女の感情が爆発してしまったのです。その後私は彼女にとにかく謝り倒しました。もう二度とバンギャ友達とは連絡を取らないこと、Rのことを一番に考えること、これからもずっとRを大切にし続けること、その時は口から出まかせでも彼女を落ち着かせるためにはこの方法しかありませんでした。彼女が納得したかどうかはわからなかったのですが、Rは泣きながら突然服を脱ぎ始めました。それはRの「そんなに私のことを思っているなら抱いて」という気持ちの表れだったと思います。実際のところその場でセックスする気は全く私には起きていなかったし、この状況で君は服を脱ぐのかい。と笑いそうになってしまっていたのですが、Rが服を脱ぐものだから、私はRを優しく抱きしめてキスをして、乳首を愛撫して、挿入行為という一連のセックスをしたのだと思います。Rはセックスを通して愛を確認したい、承認欲求を満たしてほしかったのでしょう。彼女が服を脱ぎ始めた時、この状況で到底できるか、という思いがあり、それ以降のことはよく覚えていません。どういうセックスをしたのか、彼女がどの程度納得していたのか、記憶から完全に抜けています。次に思い出せる記憶は、彼女が寝てしまった後に洗面所に立つと、鏡には首にくっきりと赤色の線が残る自分の姿が映っていたことです。Rとは別れないとダメだ。と本当に決心した瞬間でした。このままでは死んでしまう。

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