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第18回 メンヘラRとの決別

 Rとの別れを決心しても行動に移すにはかなり時間を要しました。彼女の機嫌を損なわないように、完璧なパートナーを演じながら別れるタイミングをずっと計っていました。実際には別れるのに、半年近くかかっています。そして精神を相当蝕まれている私は、自分一人の力だけでは別れることはできませんでした。そのころたまたま連絡をしてきてくれたのが、Rの元カノでした。その子からも「最近、全然連絡ないけど、みんな心配しているよ。元カノの立場からだから進言できることあるかなと思って。Rって束縛がひどいでしょ」と連絡をくれたのでした。Rの元カノだからこそ、Rとの関係性を一番分かってくれる良き理解者が突然登場したのです。以前はRが元カノよりも私を好きでいてくれることが嬉しかった、元カノよりもうまいセックスする自分に酔っていた。しかし、こんなにRの元カノを救いの神のように輝いている存在だと思ったことはなかったです。そしてメールのやり取りの中で私が相当疲弊していることを理解してくれ、Rに内緒にして仲間で集まる場面を設定してくれたのです。願ったりかなったりです。そして、数回その友達と会って悩みを相談するうちに、Rと別れよう、別れても私は一人じゃないという勇気をもらえました。Rとの別れ話をするのに、Rと対峙したり、電話でやりとりしたりするのでは絶対に私の身が持たず、別れられないと分かっていたので、友人にお願いし、忘れもしない、新宿西口のサイゼリアでオールしながら、メールのやりとりだけで、Rとの別れを決行しました。メールのやりとりだけで彼女が納得するわけはなく、もちろん何度も電話がかかってきていましたが、着信拒否をして一切電話には出ませんでした。メールで別れを切り出したのは私です。急に別れ話をしてRが納得することはもちろんなく、何度も「なんで」「納得しない」「変わるからチャンスを欲しい」などのやり取りが続きました。途中でエネルギー切れになってしまった私は、メールのやり取りを友達に任せるという場面も出てくるのですが、友達がいてくれなければ、とうていRとは別れられなかった。明け方「納得できないけれど、別れてあげる」という一言で決着を付けました。着信拒否をしていても留守電にはメッセージを吹き込めるので、後々そのメッセージを聞くと「今から死ぬから」「今から飛び降りるね」「電話出てくれないと手首切るよ」「薬大量に飲んだよ」「死ねないから、実家に火をつけに行くね」という自殺予告や脅迫めいたものが大量に吹きこまれていました。私は力が抜けて、朝日が差す新宿のサイゼリアでしばらくぼーっとしていました。彼女は今でも元気に生きています。Rと別れて数年経ったころ、一回だけ会ってセックスしてしまいました。彼女は相変わらず可愛くてお肌がふわふわで抱き心地はよかったけれど、彼女に苦しめられた過去が蘇ってきて、一歩引いている自分がいました。もう二度と彼女とは会ってはいけない、そう思いそれ以来会ってはいません。バンギャ仲間つながりで生存は確認できています。彼女は私の次にどんなパートナーを見つけてどんな恋愛をしているのか、ちょっと気になるところではあります。それは私と同じ苦しみを他の人も味わえばいいと思っているからかもしれません。Rとの関係を通して、束縛系の人に対する過敏症状が出るようになります。束縛のにおいを感じると回避するようになりました。それでも依存系の人に惹かれるというのは、自分がとてもモテている錯覚に陥ることができるので、なかなかやめることはできませんでした。その後付き合ったのは高校の時の後輩でしたが、それも若干の依存系でした。彼女はそんなにセックスは好きではなかったらしく、短期間で別れました。メンヘラ女子とのお付き合いの経験から、メンヘラの生産メカニズムには一定の条件があるように思います。それも一重に親との関係です。Rは両親が金銭的な問題で離婚、一緒に暮らしていた母親もあまりRの面倒を見ず、Rとの生活をするために、長時間労働をしていたと思います。もしかしたらRの母親には恋人がいて、母親の愛情はRではなく、その恋人に向いていたのかもしれません。Rは寂しかったのだと思います。Rには寂しさを埋める存在、親に愛してもらえなかった分を愛してくれる人を求めていたのだと思います。この経験を通して私は家庭環境がなるべく似ている人と付き合うようにしています。家庭環境で人を差別してはいけないけれど、1対1のお付き合いになると家庭環境の似ている人の方が私はうまくいくのだと実感するようになりました。

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